日本の鉄道 1960 年代


 

My Essay for Railalbum of C62's final days

常磐線の全線電化完成が二月後に迫っていた、昭和42年7月29日、最後のハドソン特急、急行達はもはや架線の下を走っていました。大柄なC62が身をかがめるように走るその姿は、なんとも痛ましく、私はこの日、走行風景の撮影をやめて、あるテーマ一つに集中することにしていました。それは、以前から懸案だった平駅での特急牽引機交代風景でした。平駅は常磐線列車については機関車交代が行われる上、磐越東線発着、小運転列車、入れ替えなどがあって構内立ち入りは厳しく制限されていました。当時高校生の私が入ることは、不可能と思えましたが、事前交渉の熱意が実って、とうとうこの日、特急機関車交代劇を構内から鑑賞する事になったのです。

朝5時半過ぎ、平駅西部信号扱所に向かった私の前には、もはや薄紅色のEF8030号機が同じ色のヘッドマークを掲げて唸りを上げて待機していました。劇はもう始まっていました。気ばかり焦る私に「ひとりでいんと、無断立ち入りでいろいろ、言われっかんない。ついってからよ。」親しげな磐城弁で構内掛がわざわざ撮影中は同行する旨を告げます。撮影は始まりました。上り特急「ゆうづる」6列車は6時04分着です。うっすらと朝靄のかかった東の構内を凝視しますが、それらしき影は現れません。遅れているようです。その時、太い汽笛が構内いっぱいに響き渡りました。夏とは言え、午前6時の大気は十分に煙と蒸気を凝結させてくれます。「ゆうづる」牽引待機のEF80の背後にむくむくと煙がわき上がり、構内の空を焦がしてD6052が引く混723列車が姿を現しました。「きれいだ!」と思った瞬間シャッターを押していました。最後尾のトラが湯気のレースをまとったように出ていくのを見て送って振り返った私の目にC62特有のシルエットがヘッドライトを輝かせて滑り込んでくるのが写 りました。静かに列車が停止したとき、ファインダーの中で見事な色彩が組み上がりました。薄紅のEF80、二つのやはり薄紅色のヘッドマーク、その一方を掲げる黒く頼もしく懐かしい形。その後ろに続く深い青の長い列。しっかりシャッターを切ります。すぐに線路を横断してEF80とC62が引き上げてくる上り本線の間に陣取ります。まさに特等席です。ゆっくりと黒い陰が近づいてきました。C6239。ファインダーの中で今日の牽引機を確認します。「珍しいな・・・ 39が引くなんて・・・」と一瞬、妙に冷静に分析めいた考えが頭をよぎります。しかし、今それは邪念に近い。全神経を集中させて、二つのマークが並んだ瞬間を切り取ります。とうとう撮った!重いシャッターでした。

黒いテンダーを見送って、さらに線路を横断、信号扱所の二階に登ります。ずらりと並んだ転轍梃子の向こうに回って、見通 しの利く窓からカメラを構えると、一仕事終えて安堵したような顔つきのC6239が機関区へ帰っていきます。煙の匂いがつ〜んと鼻をかすめてしばし、ホームで出発ブザーが鳴りました。ゆるゆると青い列が出てきます。20系寝台がポイントを渡る軽やかなリズムの中で、我が青春の一大イベントの幕が降りました。特急牽引機交換という平駅の最も華やかな刹那を、構内を自分の庭のように歩かせてもらっての、今でも信じられない撮影でした。

写真ができあがりました。なけなしの小遣いをはたいて買ったフジカラースライドフィルムは、その感動を再現してくれました。が、それを見て思わず唸ってしまいました。出来上がったスライドは、D60の混723列車の発車と待機する「ゆうづる」牽引EF80を撮ったコマと、「ゆうづる」牽引EF80とC6239の「ゆうづる」到着シーンが写 ったコマは定点写真になっているではありませんか。二つをつなげれば、混723列車の発車と待機する「ゆうづる」牽引EF80とC6239の「ゆうづる」到着シーンが一コマになるのです。「これはすごい!これって嘘だけど、あのときの感動は『これ』だったもんな。」高校2年生の私はつぶやきました。

それから33年、ネガ整理をする私の手が、フジカラースライドフィルムの箱を掴みました。懐かしさにスライドを取り出すと、あまり退色もせず、あの日がそこにありました。「あっ。」思い出しました。二つの場面 をくっつける作業が残されているのを。33年の間に、このツーカットをワンショットに合成するのはいとも簡単なことになっていました。あの日がスキャナーに取り込まれていきます。二つのシーンがコンピュータディスプレイに現れました。そしてphotoshopはいとも簡単に二つを融合させてしまいました。出来上がった画面 を加工作業した何倍の時間も眺めていました。ついでに平駅西部信号扱所からのショットも融合させました。機関区に帰るC6239とEF80の「ゆうづる」発車です。 今やパノラマ写真が大流行です。そんな中でこの写真って何なんだろう・・・・言うなれば「時差パノラマ」だろうか・・・やっと日の目を見た平駅の朝の風景です。

2000/7/30


この作品はRailmagazine誌2000年12月号に掲載されています。