ECCジュニア・BS中之条教室

生徒の留学体験記

Yoshiko Yazaki




2007年、結婚。現在アメリカワシントン州で暮らしています。

教室生のひとり矢崎由子さんは、ECCの留学プログラムを通して、2002年夏アメリカに向けて飛び立ちました。
彼女が当ECC中之条教室に入学したのは教室開設の年、小学校4年生の時。ジュニアからBSクラスを経て、高校2年生で日本を発つまでの7年余り、教室に在籍しました。

留学先のワシントン州では1年間ホームステイをしながら公立高校に通い、まさに“生きた英語力と国際感覚”を身につけて帰国しました。

2005年7月、再度渡米。ワシントン州のSkagit Valley Collegeで寮生活を送っていました。

彼女の高校時代の留学生としての数々の貴重な体験を多くの人に知ってほしいと思い、ここにご紹介します。
  矢崎由子 留学体験記
きっかけ・なりゆき
   小学生のときに、ECCジュニア教室で楽しい英会話を習い始めた。いきなり英文法ばかりを習っていたならば、すぐに英語教室なんて止めていたにちがいないが、楽しかったから続けられた。
ECCの教室にあったチラシの留学という言葉にひかれ、確か中学生の時に資料請求をした。「留学したい。」と言っても、「留学ねぇ・・・」ってな感じでかわし、まともに話を聞いてくれなかった両親も、送られてきた資料冊子をあれやこれやとめっくていた私を見て、心が動かされただろうか。
 高校生になって、東京のECCから電話をもらってからは、とんとん拍子に話が進んで、あっという間に高校2年の夏から1年間留学することになった。

ホストファミリー
   私のホストファミリーは、お父さん、お母さん、女の子2人の4人家族だった。お父さんもお母さんもとても優しかった。2人の女の子は8歳と6歳で、すごく無邪気だった。親戚の人達もみんないい人だった。みんな、本当の家族みたいに接してくれて、幸せだった。私は本当に恵まれていた。

事前学習
   アメリカに着いてからの3週間の事前学習が一番つらく感じた。どうしても先生を好きになれなくて、毎日がイヤでイヤで仕方なかった。その先生は、英語で考えて英語だけでコミュニケーションしろと言うけど、英語力の乏しい自分は、「そんなこと簡単にはできないよ。」と思って、泣きそうになりながら授業を受けていた。みんな思っていることはだいたい同じだったので、休み時間にはみんなしてトイレで愚痴りまくってた。もちろん日本語バリバリで・・・。嫌いな事前学習が終わるのは嬉しかったけど、日本からずーっと一緒だったみんなと離れ離れになるのは、とても悲しかった。

新入生オリエンテーション
   私が始めてTimberline high school に行ったのは、新入生のオリエンテーションの日だった。カウンセラーと相談して科目選択をし、他の国からの留学生たちと集まって遊んだり校内を案内されたりした。英語がちゃんと話せないのは私だけで、悲しくなってしまった。何なんだこの差は・・・と思った。日本人が私しかいないことに不満もさびしさもなかった。

選択科目
   ◎体育(前期)
 英語はほとんど必要なく、真面目に一生懸命やっていれば悪い成績は取らない。週に一度、1マイル走ってタイムを計る日があった。
 スポーツテストらしきものもしたし、バスケ、テニス、バドミントン、バレーなどもした。勝ち負けを全く気にしていないわけではないが、ゲームそのものを楽しんでいる人がとても多いように思えた。
 実技テストは一回もなかった。スポーツルールのペーパーテストは何回かあったけど、事前に配られる用紙を読んでおけば、そう難しいものではなかったと思う。

 ◎英語(後期)
 エッセーを読んだり書いたり、物語を読んだり感想を書いたり、ディスカッションをしたり。毎日がしんどかったけど、よく先生に相談して助けてもらった。

 ◎数学(1年間)
 日本の中学から高校以上のレベルの数学を勉強したらしい。答えあわせをグループでしたり、方程式をみんなで歌いながらおぼえたりした。テストは、方程式などヒントになりそうことを書いた紙を一枚だけ自分で作っておいて、テストの時に見て良いという形式が多かったので、楽だった。

 ◎アメリカ史(1年間)
 唯一の留学生必修クラス。大嫌いな授業だった。毎日、新聞や難しいニュースばかりの雑誌を読んではディスカッション、調べ物、エッセー書き、教科書読み、プリント・・・ やらなくてはいけない事は多いのについていけなかったからだ。アメリカでの歴史の授業のスタイルは日本でのそれとは全く違っていて、英語力がもっとあったなら好きな授業になっていたかもしれない。

 ◎演劇(1年間)
 個性的な人ばかりが集まったような楽しいクラスだった。即興劇の練習を多くしていたので、英語力をつける上で非常に役に立った。大好きなクラスだった。グループに分かれて一つの演劇作品を創り発表することや、特定の演技をすることがテストだったが、好きでやっていたから苦にはならなかった。

 ◎舞台製作(1年間)
 舞台の裏方さんをするクラスだ。私は小道具と衣装のデザインや製作を担当していた。年2回の演劇公演やクリスマスコンサートのために働いた。毎日すごく明るい雰囲気の中で作業できた。

 ◎歌(1年間)
 直訳すると聖歌隊というクラスだけど、クリスマス以外で聖歌を歌った覚えはない。多くの愛国心に満ちた歌を歌った。よくコンサートがあった。クラスみんなで、泊りがけで大学見学やミュージカルを観に行った時のことは、いい思い出になった。

友達

いつも一緒にいるような友達はそれほど多いわけではなかったけど、色々な人と友達になれたと思う。アルバムにサインしてくれる人が、自分が思っていたよりたくさんいたことには驚いた。有り難かった。変わった人もいたし、いやな人もいたけど、基本的にみんないい人ばかりだった。今でも何人かとはメールのやり取りをしている。
ランチタイム
   学校のカフェテリアで、毎日のように油がギトギトのピザやポテトを食べていた。太らないわけがない・・・。アメリカ人、ルーマニア人、韓国人の友達と一緒に食べた。食べながら宿題したり、どーでもいい話をよくした。自分の国の言葉を教えあったりもした。楽しい時間だった。

お別れ
   空港でお別れするときは、色々な思いがあふれて涙が止まらなかった。あんなに自分が泣くとは思っていなかった。離れたくなかった。ずっとアメリカに居たいと思った。ちゃんとさよならをして別れるまでには、かなり時間がかかった。目を真っ赤にしながら飛行機に乗った。



 怠け者の私がアメリカ留学して、途中でめげることなく一年間過ごせたのは多くの人の協力があったからであり、感謝の気持ちでいっぱいです。こんな恵まれた環境の中で生きている私はなんて幸せなんだろう、とつくづく思います。
 英語の勉強が嫌いな私だけれど、今度は大学留学を目論んでいます。目論見だけで終わらないように努力していきたいです。

                                                 2003年 

 


HOME