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神社めぐり
神社めぐり 交野天神社
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[更新記録]
・09/03/01
改装なった本殿と八幡神社の写真を追加
楠葉宮址へ
磐船神社 所在地:枚方市楠葉野田2丁目
最寄駅:京阪電車「くずは」駅下車徒歩薬30分。東へ約1Km、
バス停「みさき」を北に入り約1Km。循環バス路線もあり
交野天神社は「かたの あまつかみのやしろ」と呼ぶのが正式な呼び方らしい。当社は787年(延暦6年)第50代桓武天皇が当地に、郊祀壇(こうしだん)を設け父の光仁天皇を天神(あまつかみ)として祀ったのが起源とされる。これは、中国では皇帝が毎年冬至に、都の南に天壇を設け、天帝を祀る例にならっている。桓武天皇がこの地に、父光仁天皇を祀ったのは、この地が継体天皇即位地の楠葉宮伝承地であったこととが最も大きな理由と思われる。
 創建当時から、皇室とは関係が深く、社殿の修理などの際には、朝廷よりの奉幣の儀が度々あり、神社
の記録によれば、1238年(嘉禎4年)の修理、1401年(応永8年)の再建、1442年(嘉吉2年)の屋根の葺き替えの時には朝廷より特使の参向があった。
 一般的にいえば、天神=菅原道真のイメージが強くあるが、ここの神社は、それ以前の天神の形を保っ
ている。尤も、この神社も、1872年(明治5年)菅原道真を合祀している。

[参考資料] 『交野天神社 由緒』 交野天神社
         『交野天神社』 現地説明板 枚方市教育委員会 
交野天神社-1 神社の入口の鳥居。周りには住宅地が迫って来ているが、1歩足を踏み入れると鬱蒼とした原生林に囲まれ、昼間でもひっそりとしており、安らぎを覚える。
鳥居の手前の石碑は右側「樟葉宮旧蹟」と左側「桓武天皇先帝御追尊之地」とある。
拝殿の後方に社殿が2棟(本殿と八幡神社)あり、
現地の説明板によると、いずれの社殿も『鎌倉時代の様式を残した室町時代初期の建造物で、一間社流造、桧皮葺』との、ことである。1950年(昭和25年)国の重要文化財の指定を受けている。
訪問したときは、50年ぶりの改修工事が行われていたため、残念ながら、社殿全体が青いテントに覆われており、中は窺い知ることは出来なかった。

→一番下に改装後の写真あり。
交野天神社-2
交野天神社-3 交野天神社-4
入口の鳥居からしばらく行くと二の鳥居がある。 本殿の脇を通って楠葉宮に至る道。昼なお暗く、木々からのこぼれ日が落ちている。

平成21年2月23日参拝。
平成17年に改装がなった本殿(大きい建物)と八幡神社。右の写真は拝殿の正面から撮影。
ご朱印
交野天神社朱印-1 交野天神社朱印-2
[2004年11月8日参拝] [2009年2月23日参拝]

神社-051/TTL-314

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