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神社めぐり 火走神社
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霊場参拝
七宝瀧寺へ
火走神社 所在地:泉佐野市大木
最寄駅:JR阪和線「泉佐野」下車、南海バス「犬鳴山」行きで
「中大木」下車すぐ 
当社は「延喜式」神名帳には日野郡10座の中に「火走神社」が見える。また、1289年(正応2年)書写の『和泉神名帳』には日根郡19社のうちの1として、「従五位上火走社」とある。
 1501年(文亀元年)に日野庄の支配のため下向した九条政基の日記『政基公旅引付』や江戸時代の1796年(寛政8年)刊行の『和泉名所図会』などには瀧宮、瀧大明神の名が使われ、境内にある灯籠にも瀧大明神と刻まれたものが多くあるところから、中世以降は瀧宮、瀧大明神の名で通っていたと思われる。
 祭神は軻遇突智命(かぐつちのみこと)という名の「火の神」である。「火走」の名は『泉州志』によると、元禄(1688~1704年)以前、男巫が火の上を走る行事があったとされているが、何か修験道を思わせる神事であり、七宝滝寺との強い繋がりがあったようだ。
 なお、現在社務所となっている建物は、かっては当社の神宮寺で上宝院滝本坊滝音寺と称していた。明治初年の神仏分離で廃寺となっている。

[参考資料] 『現地説明板』 泉大津教育委員会
         『日本歴史地名体系』(大阪府の地名編) 平凡社
火走神社鳥居 火走神社は犬鳴街道に面してある。
道に面しての鳥居とそれに続く拝殿があり、ちょっと窮屈な感がする配置である。
火走神社社殿
境内は「日根荘遺跡」の1つとして国史跡指定を受けている。

大木地区は中世の頃の面影を多く残す地域で、当社のほか、円満寺・毘沙門堂・蓮華寺・香積寺跡が同じく国史跡として指定を受けている。
火走神社拝殿
火走神社本殿 火走神社幸社
火走神社本殿。
江戸時代前期の1622年(元和8年)の建立。
一間社春日造、彫刻、絵画、彩色に泉南地方の特色をよく発揮しているという。
火走神社摂社の幸殿。
室町時代後期の建立で国の重要文化財。
一間社春日造、部材の大きな面取、繋虹梁、木鼻、蟇股の様式などに室町時代の特色が表れているとのこと。

[2007年4月10日参拝]

神社-085/TTL-551

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