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・05/09/15
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王舎山長寳寺 所在地:大阪市平野区平野本町3丁目
最寄駅: JR大和路線「平野」下車南へ、国道25号線を超え、大念仏寺の前を通り、四つ目の辻左へ、約200M左側
当山は、征夷大将軍坂上田村麻呂の娘で、桓武天皇の妃となった春子を開祖とする。春子は806年(延暦25年)桓武天皇亡き後、兄の広野麿の居る、当地に来て剃髪し慈心大姉と号し、坂上田村麻呂が大同年間(806〜10年)に創建した長宝寺の開基となった。以後代々坂上家の女子が比丘尼として法灯を継いで来ている。
 南北朝時代、後醍醐天皇が皇居を吉野に移す時、当寺を仮皇居としており、天皇が当寺に滞在中、山号の「王舎山」を賜り、杭全神社には「熊野権現社」の扁額を賜っている。
 創建当初の広い堂宇も元弘の乱や建武の中興、大坂夏の陣などの兵火にあい、ことごとく焼失。現在の本堂と庫裡は、天保年間(1830〜44年)第33代慈源大姉の代に再建されたものである。

[参考資料]  『摂津国八十八ヶ所霊場案内記』 古寺顕彰会発行
          『長宝寺の文化財』 現地案内板 
長宝寺山門 山門の横には「後醍醐天皇行在所跡」の石碑が建ち、当山の由緒を物語る。
本堂に安置されている本尊の十一面観世音菩薩(秘仏)は坂上田村麻呂の守護仏と伝えられ、毎年5月18日には、この秘仏の公開と共に閻魔大王(閻魔大王の自作像と伝わる)の扉を開き法要を執り行われる。 長宝寺本堂
長宝寺銅鐘 この銅鐘は「建久三年」(1192年)の銘があり、鎌倉時代の代表的な作で、もとは京都東山の金光寺にあったもの。古くから大阪の名鐘のひとつに数えられており、国の重要文化財の指定を受けている。
長宝寺密祖堂

長宝寺鬼瓦
 境内の一角にある弘法大師を祀る「密祖堂」。
堂に祀る弘法大師像はもとは杭全神社内の大師堂にあったものを、明治初年の廃仏毀釈の際、長宝寺にあった田村麻呂像と入れ替えられた。
本堂や密祖堂の鬼瓦の個所には、坂上田村麻呂の定紋である「向馬(むこううま:馬が正面を向いている)」が配置されている。
ご朱印
摂津八十八ヶ所霊場 摂津三十三ヶ所霊場
長宝寺朱印-1 長宝寺朱印-2
[2004年4月13日参拝] [2005年5月14日参拝]

寺院-067/TTL-176

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