大阪再発見の表紙に戻る
霊場参拝
河内西国33所観音霊場 河内三十三所観音霊場
第32番
ロゴをクリックすれば
一覧表に戻ります



紫雲山 弥勒寺 所在地:四條畷市南野3丁目
最寄駅:JR学研都市線「四條畷」下車、東へ、四條畷神社の参道階段の手前を北へ、約300m
当山の開基は明らかではないが、中興開山として雲上上人の名が知られている。雲上は1697年(元禄10年)に没しており、17世紀には寺容が整ったと考えられる。
 現在の宗旨は西山浄土宗であるが、1736年(元文元年)の南野村旧記帳には弥勒寺は「河州茨田郡佐太来迎寺末寺也」とあり、もとは大念仏宗来迎寺末であった。
南野村に残る記録によると、この弥勒寺は1765年(文化12年)に再建、1786年(天明6年)に水害に遭い、石垣が壊されたことなどが記されている。
 当寺に祀られている高さ30cmの一木造聖観音像立は「舎利吹観音」と通称され、悪瘡治癒に効験が有るとして信仰を集めている。
「舎利吹観音」のいわれ:伝わるところによると、江戸時代の中頃、この在所に音羽という美しい娘がいたが、はやり病の疱瘡にかかってしまい、美しい顔は見るも無残な疱瘡の跡におおわれてしまった。
 悲嘆に暮れた娘と両親は弥勒寺の観音堂に籠り、必死に祈願したところ、満願の十日目の夜明け、両親の目に写ったのは、もとどおりの美しい顔に戻った娘の姿であった。
 親子は大層喜び、早速観音さまにお礼を申し上げようと観音像を見上げたところ、観音の顔一面に舎利が吹き出していたという。
 このことがあってから、村人たちは誰言うともなく、この観音さまを「舎利吹観音」と呼ぶようになったという。

[参考資料]  『日本歴史地名体系』(大阪府の地名編) 平凡社
弥勒寺山門 弥勒寺全景。
弥勒寺は権現川沿いに、道より1段高い場所にある。
弥勒寺本堂。
この近在の寺院には珍しく鉄筋コンクリート造りである。
1951年(昭和36年)の第2室戸台風の際、本堂が破壊れてしまい、その後再建されたのがこの本堂である。
弥勒寺本堂
弥勒寺十三仏 境内にある十三仏。
「永禄2年(1559年)」7月8日の紀年銘、「逆修」の文字と13名の名が刻まれている。
弥勒寺鐘楼 弥勒寺梵鐘
鐘楼に吊られている梵鐘には文字に金箔が施されていた。2000年(平成12年)に新しく作られた。
権現川 権現川改修記念碑
弥勒寺の前を流れる権現川(左)。川幅はわずか3〜4mの小さな川であるが、両岸はコンクリートで固められている。右の写真の記念碑は1953年(昭和28年)の台風13号と翌年の大雨でこの川が氾濫し、家屋の流失などの大きな被害をもたらした。その後、5か所の堰などを造り水路の改修したことを記念して建てられた。
ご朱印
河内三十三所観音霊場
弥勒寺朱印
[2008年4月25日参拝]

寺院-232/TTL-631

1つ前に戻る このページの上に戻る 表紙に戻る

Copyrightc2015.Yoshi Planning.All rights reserved. 写真及び文章の無断使用は禁止します。