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史 跡
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・09/4/29
井原西鶴文学碑写真追加
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文学碑(4) 所在地:
近松門左衛門の碑:大阪市中央区高津2丁目
井原西鶴の碑:大阪市中央区本町橋
江戸時代の日本を代表する文豪、近松門左衛門井原西鶴の文学碑である。近松門左衛門の文学碑は大阪市(?)、井原西鶴のものは民間団体が建てているが、残念ながらどちらもメンテナンスが行き届いているとは思えない状態になっているのは残念なことである。
 とりわけ、近松の文学碑はひどい状態になっている。この文学碑は1984年(昭和59年)「国立文楽劇場」の完成を記念して、谷崎潤一郎の文学碑と併せ、建てられたとの事だが、大阪市(ゆとりとみどりの振興局)のホームページの中ある『大阪市内文学碑一覧』のなかに谷崎のものは記載されているが、近松は記載されていない。このことをホームページの中の『意見・要望』に投稿したが、1ヶ月以上(2004年10月末現在)にもなるのに全く反応がなく、ホームページも訂正される様子もない。
 大阪市が大阪の文化の振興に力を入れるのは当然のこととして、その原点である近松や西鶴の顕彰にも、もっと力を入れるべきではないかと思われるが如何なものか。

近松門左衛門文学碑
近松門左衛門文学碑-1 大阪市中央区松屋町筋と千日前通り交差する北西角の植え込みの中に建っている近松門左衛門文学碑には『心中重井筒』の一節が彫られている。
同じ千日前通りの文楽座の西側にある「谷崎潤一郎文学碑」とデザインが同じのものだが、谷崎のは黒系の石に対し、こちらの方は文字の部分は白系の御影石に墨入れをしているが、手入れが全くされていないので、文字は殆ど読めない。
又、この石碑が近松門左衛門の文学碑であることを表す案内板の類は建てられておらず、気付く人もいない。

近松門左衛門文学碑-2 
 文字の部分の半分は周りの
 植え込みに隠れてしまってい
 る。このような石碑の周りに
 成長の早い植木を植えるの
 は考え物である

井原西鶴文学碑
大阪市中央区本町通り、本町橋の近く「東横堀川」に平行した道路の植え込みの中に建てられている井原西鶴文学碑。『日本永代蔵』の一説が彫られている。
この碑は1972年(昭和47年)大坂北浜船場ライオンズクラブが建てている。
周りは雑草が茫々で、石碑の傍には近づけない。


井原西鶴文学碑-1
井原西鶴文学碑-2 井原西鶴文学碑-2
'06年7月に西鶴の文学碑がある通りを隔てたところに、シティプラザ大阪(ホテル)が新たにオープンし、西鶴の文学碑のある場所は上記の写真のように整備され、装いも新しくなっている。
ただ、文学碑の前に「粗大ごみを捨てないで下さい」の立札は無粋すぎるし、無神経すぎる。大阪らしいと言えば、そうとも言えるが‥‥。 
シティプラザ大阪の1F、通りに面したところに天然温泉かけ流しの足湯があり、無料で楽しめるのは有りがたい。 大阪シティプラザホテル足湯

史跡-068/TTL-301

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