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所在地:泉南市樽井
最寄駅:JR阪和線「樽井」下車、南へ約500M |
当社の創建年代は不明であるが、もとは八王子社と呼ばれ、庶民の熊野信仰から八王子権現を勧請して祀ったのが起こりと思われる。
当社付近から平安時代の古瓦が出土し、神宮寺のものでないかと推定される。
1585年(天正13年)豊臣秀吉の根来攻めの折、兵火に罹り社殿旧記悉く灰塵に帰し、記録は残っていない。その後、村民の手で本殿は復興され、江戸時代は南泉寺が社僧として、神事を勤めた。
現在の社殿は1725年(享保10年)社僧亮海の修復であるが、桃山風の建築様式を伝えているという。
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[参考資料] 『茅渟神社由緒』 現地案内板
『日本歴史地名体系』(大阪府の地名編) 平凡社 |
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茅渟神社正面鳥居。
鳥居は真新しい。
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茅渟神社拝殿。
祭神は現地の案内板よると「天忍穂耳命、天菩卑命、天津日子根命、活津日根命、熊野久須毘命、多紀理毘賣命、多岐津比賣命の7柱、摂社の市杵島姫命を加え、
これら天照大神の子を祀り、そのほか神倭磐余彦命(神武天皇)、恵比須大神、菅原道真も祀られており、大世帯の神社である。
当社では天忍穂耳命以下8柱の神々を天照大神の子としているが、古事記では天照大神と須佐之男命が誓約した際に生まれた神々で、多紀理毘賣命、多岐津比賣命、市杵島姫命(いわゆる宗像3女神)は須佐之男命の子としている。 |
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境内摂社の市杵島神社。祭神は市杵島姫命を祀る。
説明板によれば、「市杵島姫命は天照大神の子で、皇孫邇邇芸命が降臨に際し、養育係として付き添い、邇邇芸命を立派に生育させたことから、子守の神さま、子供の守護神として、崇敬されているという。」
市杵島姫命は後に仏教の弁才天と習合し、本地垂迹において同神とされ、福の神として称えられた。 |
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[2007年5月18日参拝] |
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