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円満山円照寺 所在地:吹田市山田東3丁目
最寄駅:阪急千里線「山田」下車、バスでJR吹田OR茨木行きで
「山田宮の前」下車、北へ約500M
当山は寺伝によれば、853年(仁寿3年)文徳天皇の勅願を受け、天台宗延暦寺座主の慈覚大師円仁が創建。
 本尊の千手千眼観音像は円仁の自作と伝わる。同天皇は厄除開運を祈り、寺念仏の十一面観音を寄進し、陽成天皇は病気回復を祈り、日光・月光菩薩像を本尊の脇侍として、寄進安置したという。
また、894年(寛平6年)山城・醍醐寺の聖宝(理源大師)が宇多天皇の勅宣を受け、皇后の平癒祈願のため、当山に入った。
 これ以後、当山は真言道場となり、室町中期ごろまでは栄えていたが、応仁の頃(1657〜9年)細川氏家臣香西玄蕃が山田庄中村に一城を構え、寺領が没収され、応仁年中の兵火で焦土となったことに加え、庄内が浄土真宗化したことにより寺運は衰退した。
 江戸時代始めの万治年間(1658〜61年)山田別所村の領主板倉氏の援助で、覚祐が再興している。現在の堂宇は万博が開かれた1970年(昭和45年)に新築再建された。

[参考資料] 『日本歴史地名体系』(大阪府の地名編) 平凡社
         『摂津国八十八ヶ所霊場案内記』 古寺顕彰会発行
圓照寺山門 万博会場に程近い集落の中に寺院はある。
かっての寺域は万博のメイン会場のシンボルである「太陽の塔」付近にあった本堂を中心に、4km四方に広がり10余の僧坊があったと伝わる。
本堂は1970年(昭和45年)に鉄筋コンクリート造りで
建てられた。本堂の両脇にある蘇鉄は檀家の人の寄贈によるとのことだが、樹齢100年は越えるものと思われる。
圓照寺本堂
圓照寺鐘楼 圓照寺准胝堂
本堂の裏山、奥の院に立つ鐘楼と准胝堂。准胝堂に安置されている「准胝観音菩薩立像」は平安前期の作とされ、陽成天皇寄進の「日光・月光菩薩像」と共に、大阪府の指定文化財である。
ご朱印
摂津八十八ヶ所霊場 摂津三十三ヶ所霊場
円満寺朱印-1 円満寺朱印-2
[2005年1月18日参拝] [2005年1月18日参拝]

寺院-100/TTL-334

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