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所在地:豊中市宮山町4丁目
最寄駅:阪急宝塚線「豊中」下車、バス「箕面」行きで「宮山」下車、西へ約300m |
当山は開基は、弘仁期(810〜824年)に弘法大師によると伝わるが詳細は不明。
元は大阪市北区兎我野町(梅田の東)にあったが、寺の傍を新御堂筋が開通するなど、都市化の波に洗われ、1966年(昭和41年)に現在地に移転している。不動明王を本尊とし、兎我野時代から大護摩法で知られてきた。
寺伝によると、弘法大師が諸国巡礼のおり、摂津北野村(兎我野)の地で七光の石を見出し、大師自ら、5輪法塔に仕上げ、不動明王の梵字を石に記した。その後、大師は再び当地を訪れ、小室を造り、石像を安置し、不動堂とした。
元暦年中(1184〜5年)後鳥羽院の勅願所となり、豊臣・徳川の庇護を受けるなど、兎我野の不動として、広く庶民の信仰を集めてきている。また、数度の戦乱にも遭遇し、特に第二次世界大戦の戦火では堂宇が全て焼失し、1950年(昭和25年)に本堂を再建したが、寺の周辺が歓楽街化するなど環境の悪化が深刻化し、古くから伝わる伝統行事の大護摩法も次第に行えなくなったことが、現在地への移転を決意した最も大きな要因であったとのことである。
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[参考資料] 『摂津国八十八ヶ所霊場案内記』 古寺顕彰会発行 |
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不動寺の全景。丘陵を利用して、本堂やその前の庭園が巧みに配置されている。 |
左側の本堂は鉄筋コンクリート作りだが、右側の木造の護摩堂は、兎我野町にあった古い建物を解体して移転したものとのこと。 |
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本堂に入った正面の壁に描かれている本尊の「五大不動明王」。 |
「大師堂」には2m近くある大柄な弘法大師が建てられている。 |
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摂津八十八ヶ所霊場 |
近畿三十六不動尊霊場 |
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[2005年1月19日参拝] |
[2005年1月19日参拝] |
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