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所在地:京都市左京区御室大内
最寄駅:京福電鉄北野線「御室」下車、北へ約300M |
仁和寺は平安時代、第58代光孝天皇[在位:884年〜887年(元慶8年〜仁和3年)]が「西山御願寺」(にしやまごがんじ)と称する一寺の建立を発願されたことに始まる。
888年(仁和4年)宇多天皇が父である先帝の意志を継ぎ造営を完成させた。31歳で子の醍醐天皇に譲位し、その後出家した宇多天皇は「仁和」の年号をもって寺号と定め、「大内山仁和寺」と呼ばれるようになった。
宇多天皇以降、明治維新の第30世純仁法親王まで約一千年、皇子皇孫が仁和寺の門跡となり、御室御所と呼ばれるようになった。高貴な僧の住む僧坊を「御室」と総称し、やがて仁和寺周辺の地名ともなった。現在の堂宇の大半は1637年(寛永14年)から1646年(正保3年)にかけ覚深法親王が徳川家光の援助のもとに再興したものである。
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[参考資料] 仁和寺ホームページ |
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「二王門(山門)」を境内の側から見たところ。
仁和寺の二王門は、知恩院の「三門」や南禅寺の「山門」と共に、京都の三大門と呼ばれている。
中門から二王門を望む。
この中門は江戸初期の再興の時に新築された。 |
本尊の阿弥陀三尊像を祀る本堂(国宝)。
1613年(慶長18年)に造営された京都御所の紫宸殿を寛永再興の際に移築、1644年(寛永21年)仁和寺金堂として完成した。現存する最古の紫宸殿の遺構とのこと。 |
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仁和寺の境内の一角、二王門を入った左手には、「御殿」と呼ばれる宮殿風の建物が本坊がある。
右の写真は「唐門」。
仁和寺御殿は、江戸初期に再建された時、京都御所より移築した「常御殿」を中心にして構成されていたが、明治20年(1887年)に焼失。現在の建物は1915年(大正3年)に再建された。
二王門を入った左手に勅使門」がある。奥に見えるのは白書院。 |
5重塔は1644年(寛永21年)に造営されたもので、総高約36.2M。
境内に植えられている遅咲きで有名な「御室桜」は樹高が2〜3メ−トル位にしかならないという特徴があり、1924年(大正13年)名勝に指定されている。
訪れた10月中旬には桜の葉は紅葉し始めていた。 |
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近畿三十六不動尊霊場 |
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[2003年10月16日参拝] |
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