第4回光明寺文化祭
  2010.9.20

今年で第4回となる文化祭が光明寺本堂で開催され

出品者31名の協力で内容のある展示となった。

又今回初めて実施をした「出品者による懇親会」には23名の方が参加

作者の貌が見えて交流を深める事ができ、好評を得ることが出来ました。



         








本堂で行われた懇親会模様


        






光明寺秘蔵に新たな発見か!!!



「百首御当座和歌巻」「最上下向記」など光明寺十八代住職乗阿

に関わる巻物が存在する事がわかり、2009年3月7日

大阪より大学教授で和歌や連歌の研究者である鶴崎先生を

招き講演会が開かれた。






乗阿は時宗の僧であると同時に、桃山、江戸初期(1600年前後)

に京都を中心に活躍し、「源氏物語」「伊勢物語」「古今和歌集」

などの古典研究に寄与、歌人、連歌宗匠としても聞こえていた。

最上義光は上洛中に「乗阿」から「源氏物語」指導を受け、

切紙(一種の免許状)まで受けていたとされ

これが機縁となって乗阿を光明寺住職として

招請したのであった。

これに応じて最上に下ったいきさつを書いたものが

最上下向記」である。

光明寺の存在は山形の初代城主「斯波兼頼」の菩提寺

だけでなく、最上義光との係わりも明らかになったのである。





           
















           



この「光明寺縁起」の案内板は「河野英丸住職」が書かれたもので、

書体、線質とも格調高く品格を感じさせます。

建ててから時間が経ち、少々はげかかってきている。






光明寺

斯波兼頼公の記念事業で「参道の舗装、橋の架け替え、そして

一遍上人の石像建立」と工事が入っている。





      

      内我が家の駐車場と蜂屋さんの蔵

                                                                                                                                                             2005.6.14

    

我が家の雪囲い


我が家の庭は何年ぐらいになるのか.......。

庭を造ったばかりの古い写真がある。

樹木もまだ小さく、庭石が良く見えていた。

親戚が集まった時の記念撮影は庭と言うのが定番のようであった。

もう100年はなるのか。



     

「さつき」の丸い形がくずれないようにと、大雑把に屋根をかけただけの

簡単な雪囲いである。



   

2005年1月14日の朝の様子です。

こんなにも積もりました。高い木はそのつど雪を払います。



雪囲いのお陰で今年も「さつき」が咲きました


庭のさつきもつつじが先に咲き、だんだんさつきに移行して行く。

今はさつきがいい具合に咲いています。

今年はつつじの花付きがかんばしくなかったですが、その分

さつきは良いようです。





            







中学の同級生で還暦のお祝いを


10月の成栄会展の会場に「和代さん、紀美さん」のお二人で、それも和代さんは

病み上がりの状態で大変だっただろうに、足を運んでくださいました。

そこに遠藤くんを呼び出して、4人で急遽「還暦のお祝い」をしようと話が決まり

、日程と場所をとに角決め、身近なところでやりましょうと言う事になった。

遠藤君と和代さんで参加メンバーをあたり、私は会場とした「古窯」担当となる。

準備する期間も少なく、身近な方々への声かけでしたが

参加は「千葉から正乃さん」「埼玉から笹原くん」「秋田から中島くん」

「仙台から樽石さん」「小国の紀美ちゃん」「病み上がりの和代ちゃん」

山形勢は「さよ子さん、桜井さん、久江さん」「荒井くん、佐藤くん、二瓶くん」

そして「渡辺くん」「遠藤くん、森」の15人が集まった。

会費2万円で2日にわたる全経費をまかなう事が出来たようで

会計を担当してくれた遠藤君に感謝です。

後日グランドホテルで反省会を開催する。





           

上の山の神社でお祓い                                                                                                                                   同級生の面々                     






皆さん笑顔が素敵ですね




  










   

カラオケタイム




   

茂吉記念館前で                                                                                                                 古窯の玄関で記念撮影


還暦祝いの同級会は2004年11月9日、10日古窯で開催される。





 2005、書成展と小旅行


 毎年成栄会の仲間と書成展の表彰式、祝賀会に合わせ上京

その翌日を利用した小旅行を企画しているが、

今年は3月4日、5日にかけて「はとバスで山の手一日散歩」を巡る事となった。








  
     

浅草の浅草寺正面から








退職しました

2005年3月31日付けでNTTを退職しました。

昭和38年8月赤湯局の開式要員として採用なってから

(1963−2005)42年勤めたことになる。

18歳から60歳までの人生をNTTですごした。

よくよく、今の自分を見つめ、考えてみると、どうしても60歳という実感が

まったくないのである。

誰でもそうなのだろうか、

自分の中に若い頃からまったく変わっていない自分がいたりする。

進歩がないというか、変わらないというか、

これが私自身の原点なのかも知れない。

いつまでも変わることのない自分の姿、自己そのものなのだろうか。

そんな思いを抱く時、「こんな思い」が結構若さという秘密だったり

するのかも知れない、、、、、、、、、。                      複雑な心境にある。

これからはいつまでも「素朴でやさしく」ありたいと願っている。

私は常々男の勁さはやさしさだと思っている。

これは絶対的なこと。 なかなかなれません、出来ません、

これを目指して生きるのです。

これからは山形と大石田と半々の生活を考えています。

二人して「人形と書」の教室を自宅で開いている。

妻はNHKの文化教室でも教えていますし、

創作人形や頼まれて開く教室等もあり、結構忙しくしている。

私は水曜日の夜に近所の子供たちを指導、

そして土曜日の午前は大人の教室を自宅で、

そして午後大石田へ移動して、3時頃から子供たちの教室を開いている。

大石田では大石田駅前の今野時計店の二階を借りているのだが、

4人が精一杯、

これ以上増えると他の場所を借りないとどうしようもない状況にある。

生徒さんのおばあちゃんが空いている部屋があると、

早坂工務店さんの二階を紹介して下さる。

そこは以前にも教室を開いていた所で条件としては申し分のない所でした。

これが軌道に乗ると少し充実した生活になってくるのかなと思っている。

後は畑作り、これも又楽しみです。

今年からはこれまで以上に手をかけられるのでないだろうか。

自宅とアトリエを行ったり来たりの生活がこれから始まります。

                                                                                                                                                                                                                                                       2005,4,19




最上川の船大工

 山形でも最後になり、後継者も今はあやうし


制作風景