王様ゲーム




ジェレミアは朝から憂鬱だった。
憂鬱の原因はジェレミアの目の前で思いっきり不機嫌な顔をしている。
昨夜遅くに任務から戻ってきたジェレミアは、朝一番で報告を兼ねたご機嫌伺いのために皇帝の前に顔を出したのだが、その時にはすでにルルーシュの機嫌は最悪だった。
だからまだ報告も済んでいないし、会話らしい会話は殆ど交わしていない。
機嫌の悪いルルーシュに迂闊に話しかけて、地雷を踏むほどジェレミアは馬鹿ではなかった。
いや、「学習した」といった方が正しいかもしれない。
これまでにも何度も同じようなケースにジェレミアは遭遇している。
ルルーシュの性格を知らなかった頃のジェレミアは、迂闊に話しかけて不機嫌の八つ当たりの対象にされたことが何度もあった。
度々痛い目にあえば学習するのも当然だ。
それでもこのところはジェレミアにとって平穏な日常が続いていた。
ルルーシュにとって抑えの存在である枢木スザクがいつも傍にいるからだ。
枢木スザクはルルーシュの暴挙を止めることのできる唯一の存在である。
しかしそのストッパーは今日の夕方までは戻らない。
ジェレミア同様、任務で外出しているのだ。
だから、今はそれを当てにすることはできない。
自分で何とかしなければならないのだ。

「・・・あ、あの、ご機嫌があまりよろしくないようにお見受けされますが・・・?」

恐る恐る声をかければ、「別に」とつまらなさそうな声が返ってくる。

「・・・何かご不満があるのでしたら、よろしければ私にお話していただけないでしょうか?」
「不満などない」
「・・・で、では、私が留守中になにか陛下のご不興を被るようなことでも・・・?」
「なにもない!なにもなさ過ぎて、つまらなかった・・・」
「は?・・・あ、あの?」
「退屈だったと言っているのだ!お前もスザクも俺をほったらかしにして出掛けてばかりで、俺は退屈しているんだぞ!」
「・・・そ、それは・・・」

それはルルーシュの命令を受けて、諸侯の反乱の鎮圧やら平定やらで出ているのだから、ジェレミアにもスザクにも責任はない。
任務に赴いているのだから、それに文句を言われるのは理不尽なことだ。
その理不尽な理由の所為でルルーシュは勝手に不機嫌になっているらしい。
結局はルルーシュの我侭なのだ。
ジェレミアはがっくりと脱力する。

「昨夜、お前が帰ってきたと聞いたから、遊んでやろうと思って待っていたのに・・・」
「わ、私を、待っていてくださったのですか!?」
「当然だ。退屈で死にそうだったんだぞ!」

ルルーシュの言葉に一瞬喜びはしたが、続けられた言葉に昨夜のうちに顔を出さなくて良かったと、ジェレミアは青ざめた。
退屈しきっているルルーシュの前に顔を出すというのは、飢えた獣に餌を放るのと同じくらい危険な行為だ。
なにをされるか知れたものではない。
不機嫌な顔を見せられるほうがよっぽどマシだった。

「・・・お前今、昨日のうちに顔を出さなくて良かったとか考えただろう?」

考えていたことをズバリと言い当てられて、ジェレミアは本気で狼狽して、返す言葉が見つからない。

「お前はどこまで馬鹿なんだ?」
「は?」
「昨夜のうちに来ても今朝になってから来ても、結果は同じだと気づいていないのか?」

そう言って、椅子から立ち上がったルルーシュに、ジェレミアはびくりと肩を震わせた。

「どうせお前は俺の命令には逆らえないんだろう?」

不機嫌な顔に僅かばかりの笑みを浮かべて、ルルーシュがジェレミアの傍に寄る。
まるでペットの頭でも撫でるかのように、蹲るジェレミアの髪を一撫でした。

「ルルーシュ様・・・?」
「王様ゲームをしようではないか」
「お、王様、ゲーム・・・ですか?」
「そうだ。お前を使ったリアル王様ゲームだ!」

今のルルーシュは皇帝なのだから本当の王様だ。
だからそれは、超がつくほど現実的な遊びなのだ。

「俺を散々退屈させたんだから、付き合ってくれるよな?ジェレミア」

見上げたルルーシュの顔が愉しそうに笑っている。
さっきまでの不機嫌さは嘘のように消えていた。
いや、実はルルーシュの不機嫌な顔は、ジェレミアを操作しやすくする為の演技だったのかもしれない。
不機嫌を装って、ジェレミアを萎縮させて、そこに命令を与えればジェレミアは絶対に逆らえない。
例えその命令がルルーシュの個人的な我侭でも、機嫌を損ねない為には大人しく従うしかないのだ。
簡単に策略に嵌ってくれるジェレミアは、ルルーシュにとって恰好の玩具なのだろう。
その策略さえも、ジェレミアを弄ぶ遊びなのかもしれない。
しかし、策略だろうと遊びだろうと、玩具にされていようと、ルルーシュの命令に逆らえないのは事実だ。

「・・・私は、なにをすれば・・・よろしいのでしょうか?」

諦めきったジェレミアの声に、ルルーシュは「そうだな・・・」と考えて、研究室に篭りがちな性格破綻者の顔を思い浮かべる。

「ロイドが今進めている研究が、そろそろ仕上がるとか言ってたな・・・。それをぶち壊して来い!」
「そ、そんなことをしたら・・・」
「大丈夫だ。俺にはまったく関係のない研究だから問題ない。いいか、偶然を装って態と目の前でデータを消すんだぞ?」
「・・・は、はい・・・」
「それから・・・」
「ま、まだ他にも・・・?」
「当たり前だ!ロイドのところに行ったついでに、セシルのスカートを捲れ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「なんだ?」
「女性のスカートを捲るなんて・・・できません!!」
「・・・お前、俺とセシル、どっちが怖い?」
「ル、ルルーシュ様です・・・」
「わかっているではないか。では、やってこれるな?」
「・・・は」
「ちゃんと下着の色も確認してくるんだぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・・はい」

ガックリと項垂れたジェレミアは、半ば自暴自棄だった。










夕方に戻る予定だった枢木スザクは、予定よりも少し遅れて帰ってきた。
それを待ち構えていたように、ロイドが、セシルまでもがランスロットから出てきた枢木スザクに駆け寄った。
「聞いてくださいよ」と、泣きつくようにロイドが第一声を発すると、あとは愚痴の嵐に見舞われた。
突然、ロイドのラボにやってきたジェレミアが、最終のデータ取りをしている最中に、端末に繋がっていたコードを全部引っこ抜いた挙句、デリートボタンを押して、これまで集めた実験データを全て消去してしまったらしい。

「うっかりとコードに足を引っ掛けてしまったと本人は言ってましたが、あれは絶対にわざとです!」
「・・・はぁ。でもジェレミア卿がそんなことをするのでしょうか?もし、わざとだとしても一体何の為に?」
「嫌がらせに決まっています!ボクの大事な実験データが一瞬で吹っ飛んでしまったんですよ!?」
「でも、コピーはとってあったんでしょ?」
「・・・まぁある程度のところまでは・・・」
「ジェレミア卿はそれを知っていたのではないですか?」
「・・・確かそんな話を先に聞かれたような気もしますが・・・」

データを消されてしまったショックでロイドはその前後の会話をよくは覚えていなかったが、何気ない会話の中で、データのコピーはあるのかと聞かれたような記憶があった。
ジェレミアがロイドの研究に関心を示すことなど珍しいことだったので、それは憶えている。
しかし、いくら複製があるからといっても、ロイドにとってはかなり衝撃的なことだったのは間違いない。
茫然自失のロイドの隣では、セシルが引き攣った笑みを浮かべながら、わなわなと震えている。

「あ、あの・・・セシルさん?」
「・・・なにか?」
「なんか、他にもあったんですか?」
「あったなんてもんじゃありません!ジェレミア卿があんな人だとは知りませんでした」

そう言ったセシルの声には明らかな侮蔑の色が含まれていた。

「・・・また、ジェレミア卿ですか・・・」

スザクは溜息を吐いた。

「・・・で、なにが?」
「わ、私の・・・私のスカートを・・・」
「スカート?」
「あの人が、私のスカートを捲ったんです!!」
「え、えぇ〜ッ!?」

ジェレミアがフェミニストなのを知っているスザクは耳を疑った。
そのジェレミアが女性の嫌がることをするとは、とても信じられなかったからだ。

「そ、それは本当の話・・・なのですか?」
「嘘じゃないよ。ボクもいたんだから間違いない。・・・しっかりとこの目で見た!白だった!!」
「何の話をしているんですか・・・ロイドさん?」
「セシル君の下着の色まではっきりとわかるくらい捲っていったと・・・」

興奮を抑えきれないようにそう言いかけたロイドに、セシルの鉄拳が炸裂した。

「・・・・・・・・・なんか、おかしくありませんか?」
「なにが・・・ですか?」
「いえ、ロイドさんの方は嫌がらせだとしても、セシルさんのスカートを・・・その・・・め、捲ると言うのは・・・」
「でも本当なんです」
「あのジェレミア卿が、ですよ?そんな子供の悪戯みたいなことを・・・」

と、そこまで口にして、枢木スザクは言葉を止めた。
自分の口から出た「子供の悪戯」と言う言葉に、なにか引っかかるものを感じたからだ。
しばらく考えて、なにを思ったか、スザクは黙ったまま歩き出した。

「スザクくん!キミもジェレミア卿には気をつけた方がいいよ」
「・・・嫌がらせをされていないのは、陛下を除いては貴方だけですからね・・・」

そう言った二人の声を背中で聞いて、スザクの嫌な引っ掛かりは確信へと変った。
ジェレミアがルルーシュにそんな悪ふざけのような悪戯をしないことは知っている。
そんなことをしたらルルーシュにどんな仕返しをされるかを理解しているからだ。
ルルーシュは嫌がらせの天才だ。
2倍で済めばいいが、下手をしたら4倍かそれ以上の倍率で確実に返される。
それをわかっているから、絶対にあり得ない。
と、言うよりも、真面目なジェレミアが自分の意思で悪戯を仕掛けるなど、どう考えてもおかしいことだ。
だからその後ろには、ジェレミアを操っている黒幕がいるに違いない。
自分の手は汚さずに、全部ジェレミアの所為にして愉しんでいるのは、間違いなくルルーシュだ。
そして、ロイドとセシルが既にその犠牲になってしまっている以上、次は確実に自分が狙われる。

―――なにを企んでいるのか知らないけど、少し懲らしめてやろうか・・・。

ロイドのしょうもない実験のことなどは別にどうでもいいことだが、セシルのスカートを捲るのは問題だ。
人格が疑われるようなことをジェレミアに無理強いさせているのなら、それは止めさせなければならない。
皇帝になったルルーシュに意見できるのは自分だけだ。
覚悟を決めて、スザクはルルーシュの部屋のいる扉を開けた。

「おかえりスザク。首尾はどうだった?」

扉を開けるなり、ルルーシュの機嫌のよさそうな声が聞こえてくる。
その横にいるジェレミアは、ルルーシュとは対照的にどんよりとした空気を纏って、酷く落ち込んでいるようだった。
やっぱりそうかと、自分の考えが正しかったことを確信して、スザクは何事もなかったかのような顔を装った。
正面からルルーシュの悪戯を注意しても、惚けられてしまってはどうしようもない。
悪戯を実行したのはジェレミアで、ルルーシュがそれを命じた証拠はどこにもなかった。

「少し手間取って帰るのが遅くなってしまったけど、なんとか片はついたよ」
「そうか。それはよかった。お前の帰りが遅いので心配していたんだ」
「それよりルルーシュ?」
「なんだ?」
「ジェレミア卿の顔色が悪いようだけど・・・?」

悪事の尻尾を掴む為に、ジェレミアの話題に触れてみる。
しかしルルーシュは顔色を変えずに「気にするな」と、スザクの言葉を冷たく一蹴した。
取り付く島もないとはこのことだ。
そんなに簡単には尻尾を出すつもりはないらしい。
やっぱりだめかと心の中で苦笑して、スザクはルルーシュに疑われないようにそれ以上はその話題に触れなかった。
その後も、どうでもいいような会話を交わして様子を窺ってみたが、ルルーシュは終始ご機嫌で、気持ちが悪いほどの笑顔を浮かべている。
ジェレミアはずっと黙ったまま俯いていた。
何かを仕掛けてくる気配はない。

「じゃぁ僕はそろそろ失礼するよ」

帰ろうとしたスザクの声に「そうか」と短く答えて、ルルーシュは横にいるジェレミアに目配せをする。
それを見逃さず、スザクは「ほらきた」と心の中で身構えた。

「ジェレミア。スザクを部屋の外まで見送ってやれ」
「は、はい」
「いいよ。そんな・・・ジェレミア卿に失礼だよ」

わざとらしく固辞するスザクに「構うな」と言って、ニヤニヤと口許に笑みを浮かべていた。
身構えはしたものの、なにを企んでいるのかまでは想像がつかない。
扉に向かって歩き出したジェレミアの動きをさりげなく見守りながら、注意を怠らなかった。
しかし、スザクの予想に反して、何も起きる気配は見受けられない。
注意しつつもジェレミアの開けた扉から部屋を出ようとした瞬間、スザクの腕が通り過ぎようとしたジェレミアの手に強く掴まれた。
そのまま腕を引かれて、ジェレミアに強く抱きしめられて、無理矢理唇を押し付けられた。
それは一瞬の出来事で、身構えていたスザクにも、それを防ぐことができなかった。
押し付けられた唇はすぐに離されて、小さな声で「すまない」と呟いたジェレミアが、抱きしめたスザクの身体を開放する。
呆然としながら、見上げたジェレミアの顔が泣きそうに歪んでいた。
これはもう悪戯の限度を超えている。
自分がなにをジェレミアにやらせているのか、ルルーシュはわかっているのだろうか。
横目でちらりと見たルルーシュは、肘掛に肘をついて、おもしろそうに笑っていた。
スザクにはその神経が信じられない。
ルルーシュの余裕たっぷりの笑みが癪に障って、スザクは激しく苛立った。
だったら、そんな顔で笑っていられなくしてやるしかない。
「ジェレミア卿」と名前を呼んで、開放された腕を自分より長身のジェレミアの肩にかける。
そのまま首の後ろに腕を回して、「少しだけ我慢してください」と、ルルーシュに聞こえないように囁いたかと思ったら、その唇がジェレミアの唇に触れた。
突然のスザクの逆襲に、ジェレミアはうろたえている。
スザクの肩を掴んで身体を離そうとするが、首筋をしっかりと押さえられているので、逃げることができない。
さらに強く引き寄せて、ジェレミアの口内に舌を差し入れると、慌てたジェレミアは必死になって抵抗した。
それでも構わずにスザクはジェレミアの萎縮する舌を追いかけて、それを無理矢理絡めとると、そのままルルーシュに見せつけるように深い口づけを続けた。
ルルーシュがどんな顔をしているのか、気にはなったが、スザクはそれを止めるつもりはない。
肩を掴んでいたジェレミアの手の力が徐々に弱まり、完全に抵抗がなくなると、スザクはようやくジェレミアから唇を離した。
唾液で濡れたジェレミアの唇を指先で拭って、力の抜けた身体を支えるようにその腰に腕を回す。

「ジェレミア卿。部屋の外までと言わず、僕の部屋まで送っていただけませんか?」
「ちょ、ちょっと待て!」

慌てて声をかけたのはルルーシュだった。
振り返れば、ルルーシュは椅子から立ち上がって狼狽しまくっている。
それを鼻で笑って、スザクはルルーシュに冷ややかな視線を向けた。

「僕に、まだ何か用があるの?」
「・・・ジェレミアを置いていけ!」
「なんで?キミがジェレミア卿に、僕に抱きついてキスをしろ・・・とか命令したんじゃないのかい?」
「そ、それは・・・」
「だったら僕にくれるってことだよね?」
「・・・ち、違う!」
「なにが違うのさ?いらないからそんなことが平気で言えるんだろう?さぁ、ジェレミア卿。こんな馬鹿は放っておいて、僕の部屋で一緒に夕食でもいかがですか?」

腰に回した腕に力を入れて引き寄せると、スザクはルルーシュを無視して歩き出した。
戸惑いながら、背中を押されたジェレミアは仕方なく足を進める。
その背中を見送る形になったルルーシュは怒っているだろうか。
それとも、自分の行動に少しでも後悔しているだろうか。
しかし、引き止める声は、もう聞こえてこない。
だとしたら、諦めたのだろう。

「ジェレミア卿?」

不意に足を止めたジェレミアを、スザクは不審そうに見上げた。
ジェレミアは戸惑いを隠せずに、不安そうな顔で後ろを振り返っている。

「大丈夫ですよ。絶対に追いかけてきますから。・・・それに、ロイドさんとセシルさんにはルルーシュの口から経緯を話させて、ちゃんと謝らせますから心配しなくてもいいですよ」
「・・・なぜ、そこまでしてくれるのだ?」

不思議そうにそう言ったジェレミアの顔を見ながら、スザクはクスクスと笑っている。

「仕返しは、倍返しが原則でしょう?」