王様と私



大の大人二人が横になっても、まだまだ余裕のある、広いベッドの上で、ジェレミアがルルーシュの身体の上に、覆いかぶさるようにして抱きついていた。
自ら、何度もルルーシュの唇を求めて、貪るような口づけを要求するジェレミアは、やはり様子が変だと、ルルーシュは感じていた。
自分から求めるようなことを、ルルーシュの知るジェレミアはしない。
いつもなら恥ずかしがって、その理性を手放すまでに、散々ルルーシュの手を妬かせる。
そのジェレミアが、今日は矢鱈と積極的だった。
何度も唇を重ねた後に、首筋や胸に唇を滑らせて、ルルーシュの身体を強く抱きしめるジェレミアからは、切迫した様子が感じられる。
敢えて、ジェレミアの好きにさせておいて、ルルーシュはそれを咎めなかった。
ジェレミアは理性をなくしているわけではない。
それが証拠に、ルルーシュの衣服を脱がせることを、躊躇っていた。
もどかしそうに、服の上から何度もルルーシュの身体を撫で擦り、乱れた襟元から露出した素肌を求めて、唇を強く押しつけている。
これでは、どっちが押し倒しているのかわからない状況に、ルルーシュは微かに苦笑を浮かべた。
ルルーシュの首筋に顔を埋めているジェレミアは、それに気づいていない。
その髪を優しく梳いて、背中に腕を回すと、やんわりとジェレミアの身体を抱きしめ返した。
それを待っていたかのように、ジェレミアは動きを止めて、ルルーシュの胸に頭を預け、「ルルーシュ様」と、確認するように主の名前を呟いた。
それだけで満足したのか、それ以上の欲望を剥き出しにするようなことはしない。
ルルーシュの胸に顔を埋めて、縋るように抱きついている。

「ジェレミア」
「はい」
「いつまでそうしているつもりだ?」
「・・・いけませんか?」
「それでは、なにもできないではないか?」
「なにもしなくて、結構です・・・このままで、いたいです」

泣きそうな声でそう言われて、ルルーシュは「そうか」と、あっさりとそれを許した。
ルルーシュはジェレミアに甘い。
それに今は、性欲に駆られているわけでもなかったし、どうしてもジェレミアの身体が欲しいわけでもなかった。










「今日は長かったな・・・」

ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべたC.C.が、執務室に戻ってきたルルーシュを迎えた。
それを相手にしないで、ルルーシュは机の上に置かれた書類に目を通す。
さっきスザクに手渡した書類が、処理を終えて、そこに置かれていた。
ルルーシュが私室に篭ってから、約三時間以上が経過していた。
「まぁ、当然だろう」とルルーシュは思う。
スザクに渡した書類の数も少なかったし、その気でやれば30分もかからない内容だ。
そのたった30分を惜しんで、ルルーシュはその書類をスザクに預けたのだ。
C.C.は相変わらず、ニヤニヤと笑って、ルルーシュの顔を覗き込んでいる。

「・・・なんだ?」
「・・・痕」
「はぁ?」
「・・・見えているぞ」

そう言ってルルーシュの襟元をじっと見つめる。
それを隠そうともしないで、ルルーシュはC.C.の言葉を鼻で笑って、受け流した。

「・・・珍しいな。見えるところに痕を許したことなど・・・今まであったか?」
「なにを勘違いしているかは知らんが、今日はお前が考えているようなことは、していないぞ・・・」

その言葉に、C.C.は、少し驚いたような顔をして、やがてクスクスと笑い出した。

「それでは、明日は雪が降るな・・・。それとも、槍か?」
「お前・・・、その言い方は、俺が年がら年中ジェレミアといかがわしいことをしているように聞こえるぞ!?」
「違うのか?」

ルルーシュは「うッ・・・」と言葉につまって、低く唸り声を上げた。

「と、とにかく、今日は、なにもしていない!」

「結局・・・」と言いかけて、C.C.は、真顔でルルーシュを凝視する。

「お前は、ジェレミアを手放す気など、さらさらないのだろう?」
「・・・まだ、利用価値がある」
「欲求不満を満たす、お前の玩具としてか・・・」
「・・・ち、違う!き、貴重な戦力として、だ!」
「男の言い訳は、見苦しいぞ・・・」

C.C.は揶揄するようにそう言って、愉しそうに笑っている。
ルルーシュは少しだけ不機嫌な顔をして、恨めしそうにC.C.を睨んだ。
C.C.に言われるまでもなく、それが言い訳なのは、自分でもわかっていた。
自分に縋るジェレミアの顔を思い浮かべて、ルルーシュの険しい表情に、ふっと笑みが浮かぶ。

「・・・思い出し笑いとは、気持ちが悪いな」
「勝手に言ってろ」
「今度は開き直りか・・・」

ルルーシュは「ふん」と鼻を鳴らして、わざとらしく、緩みかけた表情を引き締めた。

「今はお前の相手をしている暇はない。俺はこれでも結構忙しいんだ。あとはお前とスザクで適当にやっておいてくれ」

C.C.に背中を向けて、ルルーシュは執務室の扉を自ら開ける。

「スザクにはなんと・・・?」
「急用ができたとでも、言っておいてくれ。それから・・・」

言いかけて、ルルーシュはC.C.を振り返った。

「くれぐれも、余計なことは言うんじゃないぞ。俺の部屋には、呼ぶまで誰も近づけるな」
「・・・ルルーシュ・・・お前、それで隠しきれると思っているのか?」

呆れ顔のC.C.は、溜息を吐いている。
それが露骨だと、ルルーシュは気づいていないのだろうかと、首を捻りたくなるのも当然だ。

「別に・・・隠すつもりはない・・・」

どっちにしろ、こんなことをいつまでも続けていれば、今は四六時中ルルーシュの傍にいるスザクに、ジェレミアとの関係が知れるのは、時間の問題だと、ルルーシュは考えている。
「隠すつもりがないのなら、人を遠ざけてることなど、意味がないだろう?」と、不思議そうな顔をしているC.C.に、ルルーシュは背中を向けた。

「・・・これは、俺の責任だから・・・」

呟くようにそう言った、ルルーシュの背中が遠ざかる。
それを見送ったC.C.は、珍しく、その言葉の意味を、考え込んでいた。
恐らく、それはジェレミアに対してのものだろうと言うことだけは、C.C.でも理解はできた。
しかし、いくら考えても、、ルルーシュの言う「責任」の意味がわからない。

―――・・・責任とは、一体なんのことだ?

首をかしげながら、一生懸命考えて、結局その答えが見つからないまま、C.C.は、突然なにを思ったか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。





ジェレミアはベッドの上で、所在なさそうに、身体を丸めて、蹲っていた。
「そこで待っていろ」と言った、ルルーシュの言葉に、ジェレミアは律儀に従っている。
戻ってきたルルーシュの気配に気づき、自分の鼓動が跳ね上がるのを、抑えられない。
聞き慣れた足音が徐々に近づき、寝室の扉が開けられて、そこから現れたルルーシュの姿を、その瞳に捉えると、自分の心臓の鼓動がより一層早くなるのをジェレミアは感じていた。

「ちゃんと、俺の言いつけを守って、大人しく待っていたようだな・・・」
「はい・・・」
「いい子にできた、ご褒美をやろうか?」
「・・・は?・・・そ、それは・・・あの・・・?」

戸惑っているジェレミアの横に腰を下ろし、ルルーシュはクスリと笑った。

「本当は、俺が皇帝になんかならなければ良かったと、考えているのではないのか?」
「そ、そのようなことは・・・考えて、おりません!ルルーシュ様が皇帝陛下になられて、本当によかったと・・・」
「嘘を吐かなくてもいい。・・・お前、俺が皇帝になったから、相手をしてもらえなくなると思ったんだろう?」
「そ・・・それは・・・」

ジェレミアがそう思ったのは、事実だった。
皇帝になったルルーシュは、もう自分だけの主君ではないのだと、ジェレミアは一抹の不安と淋しさを感じていた。
しかし、その醜い独占欲を、ルルーシュの前で曝した記憶は、ジェレミアにはなかった。

「・・・なぜ、そうお思いになるのですか?」
「お前は馬鹿か?あれだけ必死に縋りつかれれば、お前が俺に固執していることくらい、すぐにわかる」
「あ・・・」

自分の醜態を思い出し、ジェレミアは頬に朱を上らせた。
それを見て、ルルーシュは可笑しそうに笑っている。
ジェレミアにとってのルルーシュの存在は、もはや「固執」では済まされないことを、ルルーシュは理解していた。
ルルーシュがいなければ、ジェレミアは自分の存在価値がないとさえ、考えている。
悪く言えば、それは「依存」だ。
いつからそうなってしまったのかは、ルルーシュにもはっきりとはわからなかったが、今のジェレミアは明らかにルルーシュの存在に「依存」している。
そうなってしまった原因が、自分にあることも、ルルーシュは自覚していた。
必要以上に傍に置いて、「命令」と言う逆らうことを許さない言葉で、ジェレミアを束縛し続けて、それが当たり前になってしまったジェレミアは、ルルーシュに束縛されていないと、不安を感じるまでになってしまっていた。
しかし、ジェレミアはそれに気づいていない。

「・・・あの?」
「お前は、馬鹿がつくくらい、正直者だな。隠し事のできないタイプだ」

ルルーシュに言われて、ジェレミアは、ますます顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いている。

「・・・俺のご褒美が、欲しいのだろう?」
「・・・わ、私は別にそのようなものは・・・」
「欲しくないのか?」
「それは・・・その・・・。ま、また私を、・・・か、揶揄っているのですか?」

ジェレミアの猜疑心が深くなってしまったのも、また、ルルーシュの所為だった。
ルルーシュの言葉に、ジェレミアは散々に振り回されているのだから、それも仕方がないことなのだろう。
心の中でこっそりと苦笑を浮かべて、ルルーシュはジェレミアの肩を抱き寄せる。
耳元に唇を近づけると、ジェレミアの身体に緊張が走るのが、わかった。

「俺の、貴重な時間をくれてやろうと思ったのだが・・・欲しくはないのか?」

耳元で囁かれて、ジェレミアは驚いたように顔を上げた。
それは、ジェレミアが今一番欲しいものだったからだ。

「ルルーシュさま・・・?」
「明日の朝まで限定だが、お前がいらないというのなら、他の予定を入れてしまうぞ?」
「い、いただきます!・・・いえ、その・・・ほ、欲しいです」

離したくないとでも言うように、ルルーシュの背中に腕を回して、しがみついたジェレミアは、勢い余って、ルルーシュの身体をベッドに抱き倒した。
埋めた胸に頬ずりをして、幸せそうな顔をしている。

―――・・・こいつがこんな風になってしまったのは、俺の責任だから・・・仕方ないか・・・。

それが、少し鬱陶しいとは思ったが、ルルーシュは何も言わないで、ジェレミアの好きにさせた。










翌朝、朝食の席には、なぜか赤飯が用意されていた。

「・・・なにかお祝い事でもあったの?」

スザクは首を傾げている。

「ルルーシュが・・・」
「ルルーシュに何かおめでたいことでも?」

皇帝になったこと以上にめでたいことなどあるのだろうかと、考えるスザクに、C.C.はクスクスと可笑しそうに笑っている。

「ルルーシュが、パパになるらしい・・・」
「え・・・ええッ!?」
「昨日、責任を取ると、はっきりと言っていた」
「・・・あ、相手は誰!?どんな人!?」
「お前もよく知っている人物だ」
「え・・・?」
「もうすぐ、二人揃って顔を出す頃だろう」

と、C.C.が言っているそばから、ダイニングの扉が開く。
そこに姿を現したのは、ルルーシュとジェレミアだった。
スザクは不思議そうな顔をして、入ってきた二人の顔を交互に見つめている。
しかし、ルルーシュの傍にはジェレミア以外、他に人の姿は見当たらない。

「・・・ねぇC.C.?ルルーシュが妊娠させた相手って誰なんだい?」

C.C.の耳に口を寄せて、ひそひそ声で、スザクが問いかける。

「ルルーシュの傍にぴったりとくっついている奴がいるだろう?」
「・・・・ジェレミア卿しか、見当たらないけど・・・?」

自分の目がおかしくなったのだろうかと、スザクは何度も瞬いて見るが、やはりルルーシュの傍にはジェレミアしかいない。
C.C.は相変わらず、クスクスと声を殺して笑っている。

「・・・もしかして・・・相手はジェレミア卿・・・とかって、言わないよね・・・?」
「他に誰がいる?」
「えぇ〜ッ!?ジェ・・・ジェレミア卿って、本当は女だったんですか〜ッ!?」

思わず大声を出してしまったスザクの言葉に、ルルーシュとジェレミアは、驚いて、顔を見合わせている。

―――そんなわけあるか・・・冗談だ・・・。

天然振りをここぞとばかりに発揮するスザクに、C.C.は心の中で毒づいた。