Hieralchy〜ヒエラルキー〜




少女はベッドですやすやと心地よさそうな寝息をたてていた。

「くそッ!なんで俺が追い出されなきゃならないんだ!」

その寝顔を恨めしげに睨みつけて、この部屋の主であるルルーシュは、枕代わりに使用しているクッションをソファーに乱暴に投げつけ、忌々しげに悪態を吐いた。
今少女の眠っているベッドは本来はルルーシュのものである。
少女は突然ルルーシュの目の前に現れて、勝手に居候を決められ、挙句の果てにベッドまで半ば強引に奪われた。
自らを「魔女」と言ったC.C.と名乗る少女には「ギアス」という特別な力をもらったことは確かだが、彼女はそれを「契約」だと言った。
だからルルーシュはC.C.に対して恩も義理も感じていない。
C.C.とルルージュの間には利害関係はあっても上下関係はまったくない。・・・はずなのではあるが、結局ルルーシュはC.C.の奔放で強引な行動に振り回されっぱなしなのである。
プライドの高いルルーシュにしてみれば、結果的に実におもしろくない状況なのは確かな事実だった。
そしてこの不愉快な状況はこれからもしばらく続きそうな予感に、ルルーシュは不満よりもむしろ怒りを感じていた。
が、しかし、その怒りをC.C.にぶつけてみたところで、彼女にはまったく通じないのだから諦めるしかない。
そう自分に言い聞かせて、ルルーシュは毛布に包まって窮屈なソファーに横になった。






「ルルーシュ様・・・」

少し戸惑ったような控えめな声が、ソファーに横になって睡眠体勢になりかけていたルルーシュの耳に聞こえてきた。
C.C.と初めて出会ってから一年以上が経過している。
その間、ルルーシュを取り巻く環境は目まぐるしく変化をし、様々な事件や出来事が彼を襲った。
しかしこの部屋の状況は今も変っていない。
相変わらずルルーシュのベッドはC.C.に占拠されたままで、ルルーシュは窮屈なソファーで眠ることを余儀なくされている。
そこに更に居候が一人増えた。
床に片膝を落として形式どおりの臣下の礼をきっちりととり、訝しそうにルルーシュを見つめている男の姿にルルーシュは眩暈を感じた。
元はブリタニアの辺境伯爵で、ゼロとしてのルルーシュとの因縁も浅くはないジェレミアを「敵」として認識していたのはつい昨日のことである。
その男がルルーシュを「様」付けで呼び、大げさすぎるほどの臣下の礼を示しているのはなんとも奇妙な光景であった。

「ルルーシュ様?」

再び名前を呼ばれてルルーシュは少し不機嫌な声で「なんだ?」と返した。

「・・・あの、なぜルルーシュ様がそのようなところでお休みになられるのですか・・・?」

不審そうな表情でジェレミアは至極当然の質問を声にした。
その質問がルルーシュにとって禁忌だとは内情を知らないジェレミアには知る由もない。

「いろいろと事情があるんだよ!」

更に不機嫌を増した声でそう答えて、ルルーシュは窮屈なソファーの上でくるりと寝返りをうちジェレミアに背を向けた。
ルルーシュの声に少し戸惑っているジェレミアに気づいてはいたが、ルルーシュは気にせずに瞼を落とす。
とにかく今は眠りたかった。ルルーシュの疲れた身体が睡眠を欲している。
しかし、

「あの・・・も、申し訳ございませんルルーシュ様。何かお気に触ることを言ったのでしたら無礼はお詫びいたします」

馬鹿がつくほど丁寧な言葉がルルーシュの睡眠の邪魔をする。
本来自分の安眠の場であるベッドを居候一号のC.C.に奪われ、居候二号のジェレミアには睡眠することさえも邪魔をされる。
思わずルルーシュのこめかみに青筋が浮かんだ。
しかし背中を向けられたジェレミアはそれに気づいていない。

「ルルーシュ様、私はどうすれば?」

その間の抜けた質問にルルーシュの苛立ちは頂点に達した。

「その辺の床に適当に転がって寝とけ!」

ルルーシュの氷の刃のような冷たい声にジェレミアは「承知いたしました」と答えて、それ以上の声はルルーシュの耳に聞こえてこなくなった。





「ひ、姫様・・・」
人前で表情を崩すことのない、嫌味なほどクールな男の声が僅かに焦りを含んでいた。
その男の眼鏡の奥の瞳が激しく動揺をしている。

―――ギルフォード卿

コーネリア皇女の騎士である彼がギアスによって「ルルーシュ」を「コーネリア」と認識させられた男である。
だから彼の瞳にはルルーシュがコーネリアとして写されている。
ギルフォードはコーネリアを「姫様」と呼び、深く敬愛していた。
その彼の目の前に信じ難い異様な光景が広がっていた。
見知らぬ少女がベッドで眠り、こともあろうに彼の敬愛する皇女コーネリアが毛布に包まりソファーに横になっている。
部屋の隅にはジェレミア卿が転がっていた。
ギルフォードにとって、ジェレミアはこの際どうでもいいことなのだが、問題はコーネリアである。

「・・・姫様がどうしてそのようなところで!?」

奇しくも居候三号のギルフォードは居候二号のジェレミアと同じ質問をコーネリアと認識しているルルーシュにした。
ルルーシュはその質問にいちいち答えるのも面倒だった。

「事情はジェレミアに聞いてお前は・・・」

そこまで言いかけて、部屋の中を見渡せば満員御礼である。
狭い部屋ではないのだが、図体のでかいジェレミアとギルフォードが一緒では鬱陶しい。

「・・・そうだな・・・」

少し考えて、「廊下で寝ろ」と、ギルフォードに命じた。
これでやっと眠れると、安堵したルルーシュだったが、不意に身体が持ち上げられるのを感じて、慌てて閉じかけていた瞼を開ければ、ギルフォードが自分を抱きかかえていることに気がついた。

「な、なにをする!私の言うことがわからなかったのかッ!?」

わざとコーネリアの口調を真似てそう言ってみたが、ギルフォードはまったく怯まず、

―――まさかギアスが切れたのか?

と、慌ててジェレミアに視線を向けたが、ジェレミアが彼固有の能力であるギアスの能力を無効にする「ギアスキャンセラー」を発動させた様子は窺えない。
ジェレミア自身も驚いて、「私ではありません」とでも言いたそうに首を横に振っている。

―――・・・では何故だ!?

抱き上げられてギルフォードの顔を見上げれば、毅然とした表情でルルーシュを見下ろしている。
眼鏡の奥のその冷たい瞳に見つめられ、ルルーシュの背筋にゾクリと恐怖が走り、助けを求めるようにベッドの中のC,C,に視線を向けたが彼女が夢から覚める気配はない。
しかし、次にルルーシュがギルフォードを見上げた時にはその冷たい瞳はすでにルルーシュから外されて部屋の隅にいるジェレミアに向けられていた。

「ジェレミア卿!」

抑揚のない冷たい声が部屋に響く。

「貴公ともあろう者がコーネリア皇女殿下をこのようなめにあわせていようとは・・・なんたる失態!」

ギルフォードにそう言われてしまえば返す言葉もないジェレミアではあったが、ここはブリタニアではない。
ブリタニアとはまったく違う組織構造を有する場所なのである。
ギルフォードに叱咤されて、ジェレミアにはジェレミアの言い分があったのだろうが、それをルルーシュが目顔で制した。
ここで揉め事を起こすのは良策ではないと、ルルーシュは判断したのだろう。
それはジェレミアも同意見だった。
ジェレミアはなにか言いたそうな様子だったがそれをグッと呑み込んで口を噤んだ。
そうしている間にもギルフォードは彼の言う「姫様」ことルルーシュを抱きかかえて部屋を出て行こうとしている。

「一体どこへ?」

怪しまれないように無抵抗のまま自分を抱き上げたギルフォードに身体を預け、ルルーシュは問うた。

「この近くに私の顔の利くホテルがございます。姫様には私と一緒にそちらでお休みになっていただきます」
「・・・部屋は当然スィートなのだろうな?」
「もちろんでございます!」

この小さなヒエラルキーの頂点にいる少女は未だ夢の中・・・。





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