言葉の意味



ルルーシュの臣下になったジェレミアは緊張していた。
新しいジェレミアの主君は、今、ジェレミアを目の前にして、難しい顔をしている。
椅子に腰を下ろし、優雅に脚を組んで、腕組みをしながら、ジェレミアをじっと見つめていた。
その前で片膝をついて、軽く頭を下げたジェレミアは、内心で、なにを言われるのかと、ドキドキと怯えている。

「・・・ジェレミア」
「はい」
「最初に言っておきたいのだが・・・」

と言うことは、臣下としての心得でも説かれるのだろうか、と、不安だらけのジェレミアの胸に、僅かな安堵が浮かんだ。
しかしルルーシュは、ジェレミアのその予想を裏切るように、まったく違うことを口にする。

「・・・お前、”暗殺”の意味をちゃんと理解しているか?」
「・・・は?」
「だから、”暗殺”という言葉の意味を、わかっているのかと聞いている」
「・・・それは・・・要人を殺害することだと、理解していますが・・・」

その答えに、ルルーシュは溜息を吐いた。

「やっぱり、お前はわかっていないようだな・・・」
「あ、あの・・・私の答えは間違っているのでしょうか?」
「お前・・・、俺を暗殺する為に送り込まれた刺客だったのだろう?」
「はぁ・・・まぁ・・・、表向きはそうでしたが・・・」

結局、ジェレミアは、ルルーシュを殺すことはできなかったが、途中までは、本気で殺すつもりもあったことは事実だ。

「たった一人の俺を殺すのに、あれだけの騒ぎを起こして、お前は一体なにを考えているのだ!?」

そう言った、ルルーシュの声は、不機嫌そうだったが、それについては、ジェレミアにも言い分はある。
騒ぎを起こそうと思って、やったのではない。
咲世子の攻撃は別としても、ヴィレッタやスザク、元々饗団より送り込まれていたはずのロロ、それにC.C.の存在など、ジェレミアの予想外の要因が多すぎたのだ。
そして極めつけは、ルルーシュの仕掛けたゲフィオン・ディスターバーを起動させたことで、更に騒動が増した。
だから、今日の騒ぎのすべてが、自分一人の責任だとは言えないと、ジェレミアは思っている。
しかし、ジェレミアはそれを口にはしなかった。
主君に対して、意見したり、口答えをするなど、絶対に許されないと思っているジェレミアは、黙ったまま俯いていた。
その耳に、ルルーシュの溜息が聞こえる。

「”暗殺”と言うのはだな、人に気づかれないように、こっそりとしてのけるものだ・・・。状況によっては、多少の騒ぎも仕方ないが、脱出ルートは確保しておくものだぞ!・・・それをお前は・・・」
「はぁ・・・」
「暗殺に失敗して、敵に捕まったら、お前はどうするつもりだったんだ?」

結局ジェレミアは、ルルーシュの暗殺に失敗したわけだが、捕まったわけではない。
自ら望んで臣下になったのだ。
だから、失敗したのとは少し違う。
結果的には、ジェレミアの望む通りになったのだが、ルルーシュは不服そうだった。

「暗殺などと言う小ざかしい手段を、俺は使うつもりはないが、もし万が一、俺がお前に誰かの暗殺を命じた時に、今回のような失態をしてもらっては困る・・・」
「申し訳ございません・・・。以後、気をつけます」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「・・・はい」

しかしルルーシュは、まだ納得していない様子だった。

「お前は頭が少しきれるようだが、基本的な知識が乏しいようだ・・・」

そう言って、ジェレミアの前に、重そうな包みを差し出した。

「・・・あの、これは?」
「広辞苑・・・」
「広辞苑・・・ですか?」
「俺の命令を受けたら、必ずこれを読んで、その意味をきちんと理解してから行動してもらいたい」
「お言葉ですが・・・私を馬鹿にしていらっしゃるのでしょうか?」
「馬鹿になどしていない。俺はお前を馬鹿だと思っているだけだ!」

他人に面と向かって「馬鹿」と言われたことなど、一度もないジェレミアは、酷く落ち込んだ。
しかも、臣下になって、まだ数時間しか経っていない、思いっきり年下の主君にである。
それでも、不思議と怒りは湧いてこなかった。
ジェレミアはルルーシュに差し出された広辞苑を、大切そうにおしいただくと、早速その分厚い本を捲る。
パラパラと頁を捲っているジェレミアを、ルルーシュはおもしろそうに見つめていた。

「なにを探しているのだ?」
「とりあえず、・・・”馬鹿”と言う項目を・・・」

―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・こ、こいつ・・・、本物だ!