我が家のペット自慢 その1



その日、ジェレミアはいつもと変らない朝を向かえ、いつもと変らない仕事をこなし、書類の最終確認を終えた後にルルーシュに裁決のサインをもらう為に、皇帝専用の執務室に顔を出した。
それは殆ど毎日まったく変らない一連の仕事の流れで、執務室にいるルルーシュが仕事をサボっているのを注意するのも、いつもと変らないジェレミアの日課になっている。
が、しかし、その日に限ってルルーシュは珍しく仕事をしていた。
いや、少なくとも、ジェレミアの目には、ルルーシュが仕事をしているように映った。
机上の端末の画面を見ながら、書類にペンを走らせているルルーシュは、ジェレミアが入ってきたことにも気づかないほど熱心に仕事に打ち込んでいる。
ジェレミアにしてみれば、それは実に結構なことで、できるだけ邪魔をしないように気を遣いながら、頭の中では、

―――今日は赤飯に鯛の尾頭付きの夕食でも用意させようか・・・。

などと、上機嫌である。
真面目に仕事をするルルーシュを満足げにしばらく眺めていると、ルルーシュの手の動きがぴたりと止まった。
止まったかと思うとすぐに動き出し、そしてまた止まる。
何度かそれを繰り返した後に、ルルーシュは書類を睨みながら沈思して、「う〜む」と低い唸り声を洩らした。

―――なにか難しい問題でもあるのだろうか?

そうは思いながらも、ルルーシュの手元にある書類を覗き込むような失礼な真似はできない。
邪魔にならない壁際で控えながら様子を窺っていると、偶然顔を上げたルルーシュと目が合った。

「・・・なんだ、来てたのか」
「は・・・はい」
「声くらいかけてくれればよかったのに・・・。まぁそれはいいとして、ところで、お前にちょっと聞きたいのだが?」
「なんでしょうか?」

ルルーシュを悩ませている案件に対して、自分に意見を求めているのだろうと思ったジェレミアは、内心では踊りだしたいくらいに喜んでいる。
ルルーシュの役に立てることが嬉しくて嬉しくて仕方ないのだ。
それを心の中だけに留めて、感情を隠しているつもりのジェレミアだったが、実はしっかりと顔に出ていることに本人は気づいていない。
にやけ顔のジェレミアに苦笑を浮かべながら、ルルーシュは手にしたペンの先を書類の上でコツコツと弾ませた。

「お前、何か特技はあるか?」
「と、特技・・・ですか?」

期待していた質問とはまったく質の異なる言葉に、ジェレミアは意表を突かれ、それでも真剣に腕組しながら自分の特技を考えている。
その生真面目な性格が、ルルーシュの格好の玩具にされている原因だとは少しも疑っていない。

「特技と言えるかどうかはわかりませんが・・・ナイトメアの操縦には自信がありますが・・・」
「・・・まぁ、それも特技と言えないこともないだろうが・・・もう少し軽いものはないのか?例えば、キャッチボールとか・・・」
「残念ながら、そう言った類のものには興味がありません・・・」
「そうか・・・まぁいい。では、趣味とかはなにかないのか?」
「・・・趣味・・・?」

問われて、ジェレミアは再び考え込む。
趣味と言われれば、ジェレミアにとっては戦闘・戦争が趣味のようなものだが、それは先程のルルーシュの反応から推測すると、多分違うのだろう。
一般的な趣味の王道は、読書や音楽鑑賞などと言ったものであることは、ジェレミアも承知している。

「・・・ありません」

結局ルルーシュの期待に応えられるようは趣味は持ち合わせていないのだ。

「・・・つまらん。それでは、俺が今お前の趣味を決めてやる。お前の趣味は昼寝でいいな!?」
「ちょ・・・ちょっとお待ちください!」

勝手に決めつけて書類にペンを走らせるルルーシュに、ジェレミアは何かがおかしいことに気がついた。

「ルルーシュ様は先程からお仕事をなさっておられるのではないのですか?一体なにを書き込んでいらっしゃるのですか!?」
「これか?」

顔を上げたルルーシュはニヤリと嫌な笑みをジェレミアに向ける。

「実は雑誌を見ていたら”我が家のペット自慢”というのが目に付いてな・・・応募しようと思ったのだが?」
「・・・それと私と、どう関係があるのですか・・・?」

尋ねるまでもない質問だったが、訊かずにはいられない。

「適当な動物が見当たらなかったので、お前を推薦しようかと・・・」
「私はペットではありませんッ!」
「違うのか!?」

わざとらしく驚いてみせるルルーシュに、ジェレミアは激しい頭痛を覚えた。

「わざわざお前の経歴を調べてここまで書き上げたのに・・・俺の努力はどうなるのだ?」
「そんな無駄な努力をなさるのでしたら、少しは真面目に仕事をしてください」

端から仕事などする気がないルルーシュにそれを言うのは無駄なことである。
ルルーシュはつまらなさそうな顔をジェレミアに向けて、「ふん」と鼻を鳴らす。

「真面目に仕事ばかりしていたら、お前のように趣味も特技もないつまらない人間になってしまう」
「くッ・・・」

返す言葉が見つからず悔しそうな顔をしているジェレミアに、ルルーシュは満足そうな顔をしている。
退屈しきったルルーシュが、ジェレミアで遊んでいるのは一目瞭然で、「ペット」と言うよりは「玩具」にされていることにジェレミアは気づいているのかいないのか、半分涙目になりながらルルーシュを睨みつけているジェレミアは、つまらないどころか、これ以上ないほど弄り甲斐のある男だった。

「そんな顔をするな・・・」

今にも泣き出しそうなジェレミアに手招きをして自分の傍に寄せて、ルルーシュの手が跪いたジェレミアの髪を優しく撫でると、たったそれだけのことで、泣きだしそうな顔が歓喜の表情に変った。

―――やはり、ジェレミアにしよう!

そう心の決まったルルーシュの手元には、同じ様式の書類が数枚用意されているとは誰も知らない。