Chocolateの悲劇
「なぜだ!?なぜなんだッ!?」
その日、ブリタニア王宮には朝からルルーシュの叫び声が響いていた。
ルルーシュの隣では、スザクが、送りつけられてきたチョコの山に囲まれている。
それを恨めしそうに睨んでいるルルーシュは、納得がいかないようすだった。
「・・・そんな顔をしなくても・・・欲しいなら一個あげるよ?」
「そう言う問題ではない!」
そうしている間にも、スザクの前に大量のチョコが運び込まれてくる。
今日は全国的に2月14日で、ルルーシュが心待ちにしていたバレンタインデーなのだが、なぜかルルーシュはまだ一個のチョコももらっていない。
それとは対照的に、スザク宛のチョコが次から次へと届けられていた。
本人にその気がなくても、スザクが女性に人気があることはルルーシュも知っている。
だから、バレンタインデーにスザクがチョコをもらうことは少しもおかしいことではない。
しかし、いまや大国の皇帝にまで登りつめたルルーシュが、一つもチョコをもらえないというこの現状に得心がいかなかった。
と、言うよりも、皇帝になったルルーシュは、大量のチョコがもらえるものとばかり思っていたのだが、その期待は見事に裏切られたことになる。
容姿が人より劣っているわけではないし、年齢もお年頃である。
「・・・なぜだ?」
再び同じ疑問を口にしたルルーシュは、かなり落ち込んでいた。
「たかがチョコレートぐらいでそんなに落ち込まなくてもいいじゃないか」
「お前に、俺の気持ちがわかるか!」
確かに、スザクにはルルーシュの気持ちはわからない。
気持ちはわからないが、ルルーシュがなぜそんなに落ち込んでいるのかは、スザクは理解しているつもりだ。
スザクは送られてきたチョコに込められた相手の気持ちを感じるのだが、ルルーシュは相手の気持ちよりも、もらったチョコの数にプライドを感じるタイプの人間なのだ。
だから、バレンタインに一個もチョコをもらえないなどということは、あってはならないと考えているに違いない。
「こうなったら仕方がない」
「ど、どうしたんだ?」
いきなり立ち上がったルルーシュを見上げ、スザクは困惑の表情を浮かべている。
「待っていても始まらない。チョコをくれそうな相手のところに行って、もらってくる!」
最早プライドをかなぐり捨てでもチョコが欲しいと思っているルルーシュは、本末転倒になっていることに気づいていない。
「で、でも・・・どこへ?」
「そうだな・・・C.C.は絶対に用意しているだろうから、後回しにしてもいいとして、まずは、人当たりのいいセシルのところにでも行ってみるか・・・義理チョコは早い者勝ちだからな」
追い詰められたルルーシュは、「義理」も「本命」も関係なくなっている。
例え「義理」でも、チョコを確保するつもりだ。
ルルーシュは脇目も振らずに、セシルがいると思われるロイドの研究室に向かった。
研究室の入り口の扉を開けるとすぐに、つんと鼻を突く異臭がルルーシュの嗅覚を刺激した。
「なんだ・・・これは?」
不審に思いながらも一歩足を踏み入れると、土気色の顔をしたロイドが苦悶の表情を浮かべて床に倒れているのが、ルルーシュの視界に飛び込んできた。
「しっかりしろ!一体どうしたのだ!?」
体を揺すられて微かに意識を取り戻したロイドは、ルルーシュの姿を認めると、
「あ・・・陛下」
蚊の鳴くような、弱弱しい声で応えた。
「な、何があったのだ?」
「へ、陛下・・・どうか、お気をつけください・・・セシルくんのチョコ・・・」
何かを伝えようとして、すべてを言い終わらないうちに、ロイドはがっくりと力尽きてしまった。
意味がわからずルルーシュが部屋の中を見渡すと、セシルの姿はそこになく、ロイドの机の上にはチョコレート色をした不気味な物体だけが残されている。
一口だけ食べかけのそれは、なんとも表現し難い異臭を放っていると言うことがなにを意味しているのか、頭の回転の速いルルーシュは咄嗟に判断すると、倒れたロイドを打ち捨たまま、後ずさるようにしながら研究室を逃げ出した。
「あ、危ないところだった・・・」
うっかりセシルの手作りチョコをもらっていたなら、自分もロイドと同じように倒れていただろう。
なりふり構わずチョコをもらうことばかりに気をとられていたルルーシュは、セシルが稀代の「ポイズンシェフ」であることを忘れていた。
その料理センスは、天才的としか言いようがない。
間一髪の恐怖にバクバクと高鳴る心臓を抑えながら、ルルーシュは仕方なくC.C.の部屋に行くことにした。
C.C.はルルーシュにとって最後の砦である。
しかし、悲しいかな。ルルーシュには他にチョコをくれそうな相手が思い浮かばなかった。
長い回廊を歩きながら、ルルーシュは結局最後はC.C.を当てにしている自分が惨めに思えてならない。
アッシュフォード学園にいた時は、処分に困るほどのチョコをもらえたルルーシュは、一度も催促などしたことがなかった。
一体どうしてチョコをもらえないのだろうと、疑問に思っているルルーシュは、自分の性格の悪さを棚に上げている。
身分を隠して学生を演じていた時とは違い、皇帝になったルルーシュは、その性悪な本性をしばしば剥き出しにして、とんでもないトラブルを度々引き起こしていた。
その犠牲になるのは、常にルルーシュの傍にいるジェレミアやスザクや城内の兵士達である。
「人の口に戸はたてられない」とは、よく言ったもので、口伝に皇帝になったルルーシュの非道ぶりは、今や国内にとどまらず全世界に広く知れ渡っていた。
そんなルルーシュにチョコが集まらないのは道理で、自業自得なのだが、本人はそれにまったく気づいていない。
頭の中で自問自答を繰り返しながら歩いていたルルーシュは、長い回廊の先に偶然C.C.の姿を見つけた。
これで部屋まで行く手間が省けたと、声をかけようとしたルルーシュだったが、C.C.の傍にはなぜかジェレミアの姿があった。
C.C.とジェレミアが廊下で立ち話をしているところなど、見たことがないルルーシュは咄嗟に廊下の端に置かれた観葉植物の陰に身を隠して、二人の様子を窺った。
自分でもどうしてそんなことをしたのかわからなかったが、廊下の先にいる二人はただならない雰囲気で話し込んでいる。
C.C.が微笑しながら話しかけて、ジェレミアは少し驚いたような、困ったような、不思議な表情を浮かべながら何かを受け取っていた。
今日はバレンタインデーなのだから、ジェレミアが受け取ったそれがチョコであることは間違いない。
ジェレミアにチョコを渡すくらいなら、C.C.は絶対に自分にもチョコをくれると、ルルーシュは確信した。
身を隠した観葉植物の陰から、何気ない風を装って廊下に姿を現したルルーシュは、その時初めて二人の存在に気づいたかのように振舞って、近づいていく。
ジェレミアの手にあるラッピングされたチョコをちらりと見ながら、わざとらしいほどに、にっこりと爽やかな笑顔を作った。
「なんだジェレミア、お前C.C.にチョコをもらったのか?」
「あ・・・は、はい」
「よかったな・・・。ところでC.C.?俺の分は?」
さりげなくC.C.の前に手を出しながらそう言ったルルーシュに、C.C.は怪訝そうな表情を浮かべる。
「ルルーシュ、なにを言っているのだ?お前の分などあるはずがないではないか」
「・・・は?」
C.C.の言葉に、ルルーシュは悪い夢でも見ているのではないかと、現実を疑った。
「ジェレミアにやって、俺にはないとはどういうことだ!?」
「お前、去年のバレンタインデーにチョコを山ほどもらって、迷惑そうな顔をしていたではないか」
「そ、それは・・・」
それは学生だった去年までの話である。
しかし、今年はまだ一個もチョコをもらっていないルルーシュはC.C.のくれるチョコに最後の望みを託していたのだ。
それがもらえないとなると、今年のバレンタインデーの収穫はゼロと言うことになる。
ジェレミアが手にしているチョコを、羨望の眼差しで見つめるルルーシュは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「なんだ?チョコが欲しかったのか?」
C.C.の言葉にルルーシュはこくりと頷いた。
しかし、
「残念だが、私はもうチョコを持っていない。今ジェレミアにやったのが最後の一個だ」
絶望的な言葉を残して、C.C.は逃げるようにどこかへ行ってしまった。
後には気まずい空気に包まれたジェレミアとルルーシュだけが残された。
「ル、ルルーシュ様・・・?」
「なんだ?」
「チョコが欲しいのでしたら、よろしければ私が差し上げましょうか?」
「い、いいのか!?」
「はい」と言ったジェレミアに、ルルーシュは飛びつかんばかりに喜んだ。
「私の部屋まで一緒に来ていただければ、ルルーシュ様の好きなだけチョコを差し上げます」
「行く!」
チョコがもらえると言うだけで、有頂天になっていたルルーシュは、なにか大事なことを見落としていることに気づいていない。
ウキウキと弾む心を抑えながら、辿り着いたジェレミアの部屋の扉をルルーシュが開けると、そこには想像を超える壮大な景色が広がっていた。
「・・・なんだ、これは?」
「チョコレート、ですが・・・とても一人では食べきれないのでどうしようかと思っていたのです」
スザクがもらった3倍の量はあろうかと思えるほどの、大量のチョコにジェレミアの部屋は埋め尽くされている。
呆然としているルルーシュは、常識を遥かに凌駕した量であることは確かだが、ジェレミアに送られてきたチョコレートの量に驚いているわけではない。
「ルルーシュ様、どうぞ遠慮なさらずにお好きなだけお取りください」
そう言われても、ルルーシュはそれを素直にもらう気にはなれなかった。
ジェレミアがもらったチョコをお裾分けされても、ルルーシュは少しも嬉しくないのである。
ルルーシュは、ジェレミアがルルーシュの為に用意したチョコが欲しかったのだ。
ジェレミアが「好きなだけチョコをくれる」と言った時点で、なぜそのことに気づかなかったのか、今更悔やんでも後の祭りだった。
ルルーシュは立ち直れないほどに落ち込んでいる。
「ジェレミア・・・お前、あっちこっちで色気を振りまいて歩いているんじゃないだろうな?」
悔し紛れに皮肉を言ってみても、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
ジェレミアは首を大きく横に振って、「そんなことはありません」と、ルルーシュの言葉を否定した。
「・・・では、このチョコの山はなんだ!?殆どが男からじゃないか!」
「はぁ・・・まぁ・・・」
困った顔を浮かべているジェレミアを、ルルーシュは軽蔑するような眼差しで睨みつけている。
その瞳には明らかに嫉妬の色が浮かんでいた。
「男にチョコをもらっておきながら、俺にはチョコを用意してなかったのか!?」
ルルーシュの当初の予定では、ジェレミアはバレンタインの射程外のはずだったにも関わらず、一つもチョコをもらえなかった悔しさと、自分以外の男からチョコをもらったジェレミアに対する嫉妬心から、ついつい言葉がきつくなるのを、自分でもどうすることができない。
ルルーシュに睨みつけられているジェレミアは困ったように顔を俯けながら、何か言いたそうな視線をルルーシュに向けている。
「・・・なんだ?言い訳なら聞かないぞ」
「・・・実は、ルルーシュ様にチョコをご用意したのですが・・・私からもらってもあまり嬉しくないのではないかと思いまして・・・」
そう言って、上着のポケットから綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出した。
それを躊躇いながらルルーシュの前に差し出して、片膝を床に着けたジェレミアは目の前の主の顔色を窺っている。
「・・・俺に、くれるのか?」
「は、はい。・・・ルルーシュ様がお嫌でなければ、どうぞお受け取りください」
差し出した箱をルルーシュが受け取ると、ジェレミアは嬉しそうに、少しはにかんだ笑みを浮かべた。
しばらくその笑顔に見惚れて、ルルーシュはようやくもらえたチョコを大事そうに両手でしっかりと握り締めた。
「・・・ところで、ジェレミア?」
「はい?」
「この有様では、お前の部屋はしばらく使えそうにないな?」
「はぁ・・・」
大量のチョコレートに占拠されたジェレミアの部屋は、かたづけるだけでも2〜3日かかるだろう。
「チョコを他の場所に移動させるまでの間、俺の部屋に来るか?」
そう言ったルルーシュに、恐らく他意はないのだろうが、ジェレミアは嫌な予感を感じずにはいられない。
「そ、それではルルーシュ様にご迷惑が・・・空いているほかの部屋もございますし、私のことでしたら、ど・・どうかお気になさらないでください」
「それでは俺の気が済まない。部屋が元通りになるまで俺の部屋に来い」
「し・・・しかし・・・」
「これは命令だ!いいな?」
ルルーシュに「命令」と言われてしまったら、ジェレミアはどんな気の進まないことでも従わなければならない。
諦めて、「はい」と小さく返事をすると、ルルーシュは満足そうに微笑んだ。
その背後に、どす黒い闇が見えるのはジェレミアの気のせいだろうか。