尽きることのない疑問
「本当に欲しい物は自分の手で勝ち取るものだ!」
数十名の兵士を前に熱弁しているルルーシュを、広間の前をたまたま通りかかったジェレミアは、顔を顰めて窺っている。
集められた兵士達は、数日前にルルーシュの突然の命令を受けて編成された、皇帝直属の部隊であることは、ジェレミアも知っている。
しかし、わからないのは、その人選だ。
貴族制度を廃止したルルーシュが家柄で兵士を選ぶわけもなく、かと言って、何か特別な功績を挙げた者でもなく、日ごろの勤務成績が優秀なわけでもない。
人選はルルーシュ自身が行い、頼まれた資料を用意しただけでその意図をまったく聞かされていないジェレミアは、蚊帳の外である。
思わず顔を顰めたのは、不愉快の現われだった。
そんなジェレミアが自分を見ていることに気づいているのかいないのか、ルルーシュは熱心に話し続けている。
「待っているだけではカモはやってこない。自らの手で捕まえるのだ!」
その場を立ち去ろうとしたジェレミアの耳に聞こえてきたルルーシュの声が、なにやら嫌な予感を連想させた。
ジェレミアは動かしかけた足を止め、その胸のうちを探ろうと、息を殺してルルーシュの横顔を凝視する。
表向きの表情は、威厳ある皇帝の顔を見せているルルーシュだったが、口端に微かな微笑が浮かんで見えた。
それは普通の人間にはわからないほどの微笑だったが、ルルーシュの策略に何度も嵌められて酷い目にあっているジェレミアには、はっきりと悪だくみの意思が感じ取れる。
―――また良からぬことを企んでいる・・・。
ジェレミアの嫌な予感は確信へと変る。
ルルーシュの悪行をこのまま見過ごすわけにもいかないジェレミアは、陰に隠れて、しばらく様子を窺うことにした。
ルルーシュの熱弁は更に続く。
「利益の為には投資は惜しんではならない。幸いにもお前達は若くて見てくれにも恵まれている器量良しだ。手段を選ばず、体を張って挑めば畏れるものは何もない!」
その言葉に、ジェレミアの持っていた疑問が一つ解決した。
つまり、ルルーシュの集めたこの部隊の査定価値は、顔なのである。
この急ごしらえの直属部隊には、若くて、見た目の良い兵士を選抜したのだ。
―――では、一体何の為に?
ジェレミアの疑問は尽きない。
「しかし、投資を惜しむなと言っても、利益を上回る投資をしてはならない。マージンは最低でも90%を確保しろ。つまり、収益の10%くらいまでの投資で抑えるのだ」
なにを企んでいるのかは知らないが、粗利が90%というのは経済学の観点から言っても、滅茶苦茶な数字である。
ある意味、「ぼったくり」に近い。
陰で聞いていたジェレミアは、頭を抱えたくなるのをじっと堪えて、尚も続けられるルルーシュの言葉に耳を澄ませた。
「必要最低限の投資で、より高額な利益を得る為には、まず相手を選ぶことが重要である!そのための情報収集は怠ってはならない。できるだけ裕福で家柄の良いのを選ぶのがポイントだ。そう言う奴は世間知らずで人を疑うことを知らない上に、見栄っ張りで気前がいいから上がりも大きい」
話が徐々に確信へと近づいていく。
ルルーシュの言う「カモ」が、「家柄が良くて金持ちで世間知らずで見栄っ張り」だということは理解できる。
それが妙にぴたりと当てはまるジェレミアは、自分のことを言われているようで、聞いていてあまり良い気分がしなかった。
「いいか、これは口からのでまかせで言っているのではない!実体験に基づいた確固たる理論だ!」
聞こえてきたルルーシュの言葉に、ジェレミアは激しい眩暈を覚え、思わずその場で卒倒しそうになる。
なぜなら、それらはすべてルルーシュの実体験で、「カモ」とは即ち、ジェレミアを指してのことなのだ。
「このことを踏まえた上で、お前達には早速私の為に働いてもらいたい」
卒倒している場合ではない。
ルルーシュが何を企んでいるのか、「カモ」と称されているジェレミアには聞き届ける義務がある。
「2月14日はバレンタインデーだ。昨今は逆チョコなどと言うものもあるらしいが、本来は女性が男性に愛を告白しつつ物品を贈る重要なイベントだ。これはお前達の能力を発揮する絶好の好機である。貧乏人には目をくれるな!男女を選ばず超がつくほどの金持ちを狙え!」
あまりにも露骨な物言いに不快感を露にしたジェレミアだったが、これでルルーシュの意図がはっきりした。
要するに、ルルーシュは顔のいい兵士達を利用して、バレンタインデーで一儲けしようと企んでいるのだ。
「そして、上がりはすべてこの私に差し出すのだ!お前達には純利益の5%の報酬を約束しよう!」
たった5%の報酬だとしても、ルルーシュのギアスにかかっている兵士に否応はない。
残りの85%の利益は、確実にルルーシュの手元に入ることになる。
―――そ・・・そんなことの為に、ルルーシュ様は皇帝になられたのですか?兵士達にギアスを使われたのですか?世界制服はどうするのですか?・・・そ、そんなことより、私はルルーシュ様の・・・「カモ」なのですか!?
疑問は尽きることなく、ジェレミアの頭を悩ませ続ける。