そして誰もこなくなった・・・部屋
日差しが眩しかった。
大気中を渡っていく微風が、換気の為に開けられた窓の隙間から、湿り気の少ない爽やかな風を室内に送り込んでいる。
小鳥のさえずりが遠くで聞こえている。
穏やかな秋の正午。
「・・・なんで俺ばかり、こんな思いをしなければならないのだ?」
ベッドの中で、唸るように呟いたルルーシュは、次の瞬間に激しく咳き込んだ。
一度咳き込むとなかなか治まらず、涙目になりながら、「ゼーゼー」と激しく乱れる息を整えるのにかなりの苦労を要する。
普通に呼吸するだけでも気管支が痛い。
高熱の所為で身体中が痛くてだるいし、時々吐き気が襲ってくる。
咳き込むたびに頭がズキズキ痛んで、腹筋も筋肉痛だ。
しかし、それら身体的苦痛よりも、今のルルーシュを一番悩ませているのは、「退屈」の一語である。
「ヒマだ・・・」
ボソリと呟いて、再び咳き込んだルルーシュはやり場のない怒りを持て余した。
一昨日、急に咳が出始めて、その日のうちに高熱に襲われたルルーシュが、インフルエンザの診断を受けたのは今朝になってからのことである。
その診断には周りも不審がったが、一番納得ができなかったのはやはり本人だった。
巷で流行していることは知ってはいたが、皇宮内での発症者は未だ確認されていない。
しかも、ルルーシュは一歩も皇宮の外へ出ていないのである。
(自称)多忙なルルーシュの雑用を無理矢理請負わされているのは、専ら、スザクであったりジェレミアであったり、時々気まぐれにC.C.であったり・・・と、しかしそれらのもっともルルーシュに近しい人物達は誰一人としてインフルエンザを発症してはいない。にも拘らず、ルルーシュだけが見事に巷の流行に乗ってしまったのである。
「なんで俺ばかり・・・」
それを鑑みれば、ルルーシュの怨めしい呟きにも大いに頷ける。
ロイド曰く、
「免疫力、抵抗力には個人差があるから、同じ環境にいても発症する人間としない人間がいるのは少しもおかしなことではないんですよ〜?疲れていたり、体力のない人間が一番最初に病気の餌食になるのは医学的見解からみても妥当と言えるのでは?」
とのことらしいのだが、そう言った当の本人は自分の体力のなさに自覚があるのか、いち早くルルーシュの前から姿を消している。
とは言え、皇宮内の予防対策が疎かだったわけではない。
外出時のマスク着用は、厳しく義務化してあったし、使用したマスクは入り口で回収して焼却処分にするように命じてある。
帰城後の手洗い、うがい、着替え、洗顔洗髪の徹底、アルコール殺菌・・・と、必要以上の予防策はしてあったはずだ。
それもこれもすべて、ルルーシュが我が身大事さに厳命を下したのだ。
しかし、結局はその当の本人だけがウイルスの餌食になってしまったのである。
そこまで完璧に予防をして罹ってしまったのなら仕方がない・・・と、最初は潔く諦めの態度を見せたルルーシュだったが、ルルーシュの病名ががインフルエンザだと判明すると、人の出入りが、部屋の出入り口に結界でも張られたかのようにパッタリと途絶えてしまったのだ。
食事はいつもと変わらない時間時にきっちりと運ばれはてくるが、日に三度行われていた掃除は朝だけになり、あれほどルルーシュの部屋に入り浸っていた、C.C.やスザク、そしてジェレミアまでもが見舞いにすら来ない。
今やルルーシュの部屋は、完全閉鎖の隔離状態になっている。
―――あいつら、わざとウイルスを俺の部屋に持ち込んだんじゃないだろうな!?
ベッドの中で喘ぎながら、ルルーシュの捻じ曲がった性格が黒い思念を呼び起こさせるが、それを発散させる為に八つ当たりできる人物はここにはいない。
苛立ちにギリギリと奥歯を噛み締めてはみるが、すぐにそれは虚脱に変わった。
怒りを持続させる気力すら失われつつあるのだ。
「はぁ〜」と、大きな溜息を吐いて、軽い咳を二つ三つ零した後に、枕元に置かれた携帯電話に視線を移す。
「誰かに電話してみようか・・・」
携帯なら病気が感染することもないし、話をするだけでも気晴らしになるだろうと、手を伸ばしかけたルルーシュだったが、高慢なプライドがその動きを静止させた。
「馬鹿馬鹿しい!なんで病人の俺の方からあいつらに電話をしなければならんのだ!?」
そう言ってくるりと寝返りを打って瞼を閉じたルルーシュだったが、枕元の携帯が気になって仕方がない。
誘惑に惹かれるようにそろりと手を伸ばし、画面にアドレス帳を呼び出した。