角丸四角形: 同一労働同一賃金 ―「案」が付いて雲散霧消の危機

グローバル産業雇用総合研究所 所長 小林良暢
    グローバル総研レポート/2017.2.10.






政府は、2月7日から内閣府・厚生労省共管の「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」を再開し、ガイドライン案に沿った法改正の議論に入っている。この報告は3月中にまとめる予定で、これを受けて政府は「働き方改革の実行計画」に盛り込み、6月をめどに労働契約法・パート労働法・派遣労働法の3法改正案を国会に提出する。

政府の当初の工程表では、昨年12月に同一労働同一賃金のガイドラインの決定後、年明けからスピード感をもって法改正の検討に入り、労働政策審議会と同時併行で17春闘交渉の場でガイドラインの話し合いを労使に要請、3月には改正法案を提出、会期内成立をめざしていた。だが、法案提出が会期末ぎりぎりになる見通しになって、ここでは継続審議にするのがやっとである。秋の臨時国会は日程的に審議が無理で、本格審議は2018年の通常国会、それも政府予算があがる4月以降にずれ込み、成立は2019年になるという。

なぜ政府の工程表に狂いが生じたのか。この1月の働き方改革実現会議に政府が提案した同一労働同一賃金ガイドラインの尻尾に案」を付けたことがケチのつき初め。この時の記者レクでは、法案が未だ出来ないので案」し、法律が成立すれば案」が消えると説明していた。だが、これで法改正作業が遅れ、17春闘での労使の話し合いも吹っ飛んだ。

さらに重要なのは、ガイドラインの肝心のところが食い荒らされ、内容が「骨皮筋衛門」になったことだ。

例えば、ガイドラインの最初に提示された基本給について、「労働者の職業経験・能力に応じて支給しようとする場合、職業経験・能力に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない」としている。だが、例示された<問題とならない例A>では、正社員の総合職であるXが、新卒採用後の数年間、店舗等において、キャリアコースの一環として、パートタイム労働者のアドバイスを受けながら、同様の定型的な仕事に従事しているのに、会社は正社員Xに対してパートYに比べ高額の基本給を支給しているケースを「問題ない」としていることである。仕事を教わりながら同一労働なのに教わっている方が賃金が高いのは、職能資格制度をベースにした日本型賃金の下では日常的に見かける光景だが、これをなんとしても堅持したいという経済界の強い意向を反映したものとみていい。筆者のような職種給ほ志向するジョブ派賃金論者からすると、ここに一歩でも半歩でも踏み込んでもらいたいとの期待を裏切るものである。

また、定年後の継続雇用については、わざわざ()までつけて、正社員と定年後の継続雇用の有期社員の間の賃金差について、「両者の間に職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の違いがある場合は、その違いに応じた賃金差は許容される」としている。だが、「その他の事情」が入っていのはくせ者で、長澤運輸事件の地裁判決は、 「職務内容、職務内容・配置の変更範囲」が同じだから訴えた労働者側が勝訴、 高裁判決は「その他の事情」を考慮して(給料半額はどこの会社もやっていること)だから)、会社側の逆転勝訴となった。検討会の議論をリードしてきた水町勇一郎東大教授は、高裁判決に批判的なコメントを新聞によせていたが、今度のカイドラインでは「その他の事情」を外してしまえばすっきりするのだが、「案」では高裁判決に沿って後退した。

さらに賞与については、「同一又は貢献に応じた支給しなければならない」としながら、生産効率が低かったり、目標値が未達の場合にペナルティを課されていないパートや契約社員に「その見合い範囲内で、支給していない」のを「問題にならない」としている。要するに、ボーナスは「お印し程度」でも出していればよしということである。

 一方、ガイドライン()に項目が提示されてはいるが、見送りまたは後の検討に先送りしたものが多いことである。

例えば、福利厚生の「転勤者用住宅」については基本的な記載に留め、「住宅手当」は見送り、家族手当も記載なし、派遣労働者は最後の追記の形で、「派遣先の労働者と職務内容などが同一の場合は同一支給する」との原則の提示にとどめ、後の検討に見送った。

加えて、このガイドラインの運用にとって重要な項目が、抜け落ちていることは見逃せない。

@立証責任

 企業側に「立証責任」は「正社員と非正規の賃金の決定基準に差があるときは、企業側は主観的・抽象的説明では足りない」の注記に留めで、見送った。

A従業員代表制

 有期社員・パート・派遣との労使コミュニケーションの円滑化のための従業員代表制にはふれられていない。例えば、工場やショップ、オヒィスの会社側の代表及び労働組合(ない場合は従業員代表)とパートや契約社員、派遣労働者の場合は派遣会社・労働組合(ない場合は従業員代表)が参画する四者協議の場を設け、「ガイドライン」についての意見交換する場にパートや契約社員、派遣労働者のボィスが届くようにすることから始めることである。

B職務分離 

 職務分離について中間報告は記載しているが、ガイドラインには至らなかった。

C業務委託

 水町プランではガイドラインの「抜け道」として問題提起があったが、業務委託について触れられていない。しかし、現実には大学の非常勤講師、予備校・塾講師、IT関連技術者などに広がりつつあり、早急な法規制が労働者性の担保が求められる。

D解雇ルール

 同一労働同一賃金の制度化が進展し、企業内に定着性が高まるにの伴い、リストラの際の際の労使協議に当たって、解雇ルールとりわけ「解雇の順番」が明確でない我が国の労使関係の中では、実際の場面に臨んでは「辞めても生活に支障のない人」とか「有夫の婦」とかいったわけのわからないもの横行してきたことを踏まえると、明快なルールを明示しておく必要がある。この点は、「同一労働同一賃金」の制度がパートや契約社員、派遣労働者にとって有効な機能するためのポイントなので、法成立までの間に追加・補強してもらいたい。

【先送りの懸念」】

 昨年末に政府が働き方改革実現会議にガイドライン「案」が堤出されて以降、「同一労働同一賃金」の報道が下火になっている。

 これに輪をかけたのが「日経ショック」だ。110日の日経新聞「同一労働同一賃金よりも長時間労働是正が最優先」の記事である。これは、日経の実施した働き方改革調査を記事にしたもので、安倍首相が第1回働き方改革実現会議で提起した9項目の働き方改革について、会社と正社員にどの項目に期待するかを聞いたものだか、結果は「長時間労働の是正」を会社も正社員共に2位にあげているが゜、「同一労働同一賃金・非正規雇用の処遇改善」ついては正社員で6位、会社はビリの9位と、労使ともに期待していないという。

 これはどうしたことかと、知り合いの新聞記者や旧知の役人に逆取材をかけたら、6月の法案の法案提出にも先送りの懸念が出てきているという。内閣府など政府関係者の霞が関版「チマタの噺」によると、官邸も36協定の上限規制には熱心だが、「同一労働同一賃金」は熱が冷めてきているという。

だが、労ペンヒヤリングの春闘ヒヤリングでUAゼンセンから聞いた話では、傘下のスーパー・外食などで非正規労働者を組織化している流通部門では、パート・アルバイトの「同一労働同一賃金」への期待がおおいに高まっているという。

日経電子版(2017/2/14)が伝えるとろでも、「同一労働同一賃金」のガイドライン案は、今のところ企業が必ず守らねばならないという法的な裏付けは無いが、パート社員や契約社員からの期待は大きいという。これに企業戸惑いをみせながら、働く人の意識の変化に対応しようとしている先進企業を例を書会している。

 例えば、昨年暮れに冬のボーナスを支給したコールセンター大手のベルシステム、受け取った女性(44)は「ボーナスは20年以上前、社会人になった直後に2回もらって以来のこと」と、嬉しさをかみしめる。また、東都生活協同組合では、配送ドライバーなど約500人の非正規職員にも既に交通費を支給しており、や既に先進企業では動き出している。

 

 今、政府は6月の法案提出に向けて、同一労働同一賃金の実現に向けた検討会の場で、その根拠となる労働契約、パートタイム労働、派遣労働者の3法を対象に法改正の条文の検討に入っている。

 法改正のポイントは2点。1つは正社員と非正規労働者の待遇差について、企業側に説明義務を課すのかどうかである。現行法では本人の待遇がどう決まったかについては企業側に説明義務があるが、正社員との賃金差に関しは明確な規定はないのが実情である。検討会では、説明義務を課せば「労働者の納得性や人事制度の透明性が高まる」という意見が出た一方で「日本と欧州の賃金制度の違いを考慮する必要がある」といった意見も出たという。

 いま1つは、裁判における待遇差の立証責任である。現在は非正規労働者が正社員との間の非合理な待遇差を無くすように裁判で訴えた際に、労働者側は待遇差が不合理である理由を説明し、使用者側は待遇差が不合理でない根拠を説明する仕組みになっている。これに、連合等の労働団体は企業側に立証責任を課すよう求めているが、経団連などの使用者団体は立証のハードルが高くなるため反対している。

 この点について、再開した検討会でリーディング報告をした水町勇一郎教授は、これは「法的には、この点は「規範的要件」と呼ばれるものであり、いずれにしても、使用者と労働者の双方がそれぞれ自らの主張を基礎づける事実について立証するものとして、1)「待遇の相違は合理的なものでなければならない」と法律で規定、例2)「待遇の相違は不合理なものであってはならない」と法律で規定することを提案している。そして、重要なことは、労働者の待遇について制度の設計と運用をしている使用者に、待遇差についての労働者への説明義務を課しこれによって、待遇に関する納得性・透明性を高めるとともに、不合理

な待遇差がある場合にその裁判での是正を容易にすることができる。その上で、不合理な(合理的でない)待遇差を是正するための労使のコミュニケーションを深めていくことが重要であるとしている。

 しかし、6月に提出を予定している3法改正法案が、この「水町プラン」どおりに盛り込まれるかは予断を許さない。説明義務や立証責任にしろ、上述の定年後の減額給与(長澤運輸f判決)にしろ、労使の対立に止まらず労働法学界を巻き込んだ論点があるからだた。

労働法学世界には、菅野労働法vs水町労働法が拮抗しており、「同一労働同一賃金」を巡っても検討会や実現会議の意見や議事録にもそれが垣間見ることができる。菅野労働法菅野和夫「労働法」弘文堂)の考え方は「著しく不条理と認められるものではあってはならない」というもので、労使自治に基づいて法による介入は嫌抑的であるべきだとする。これに対して、水町労働法水町勇一郎「労働法」有斐閣)は「合理的でないものは認めない」との立場で、3法やガイドラインで労使協議に縛りをかけて「同一労働同一賃金」を実現することを了とする。これまで菅野労働法(が大勢を占めていて、裁判官が労働案件の判決文を書くときはこれに依ってきており、シェア8〜9割を占めているという。確かに大手書店では菅野労働法が平積みされているのに、水町労働法は棚に1冊並べてあるだけだった。だが、この前東京駅前の丸善本店に行ったら菅野労働法と水町労働ま並べて平積みされており、本屋ではもうシェア5:5で、流が変わってきている。w@3.>

 このようにガイドラインを骨抜きにした経団連などの抵抗勢力は、「同一労働同一賃金よりも長時間労働是正が最優先」とする日経新聞の支援を得て、法案審議をしないまま放っておいて、そのうち雲散霧消するのを狙っている。連合傘下の職場で働くパートや契約社員・派遣労働者の間には、安倍政権が進めている同一労働同一賃金への期待が高まっているという。連合はその期待に応えて、政府の「同一労働同一賃金」法案に賛意を表明し、一歩でも半歩でも前進させるよう改革勢力に転進してほしい。

今月の先読み情報【2016.7.25】

同一労働同一賃金は「ガイドライン」が焦点-抜け落ちた3つの論点

  参議院選挙でアベノミクスの「信」を得たとする安倍首相は、「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と胸を張った。しかしアベノミクスを再起動するにしても、財政出動・公共事業やヘリコプターマネーでは、その実行効果に難がある。そこで、「同一労働同一賃金」の具体化と「働き方改革」を柱に据えるというのが官邸の戦略だ。

政府は同一労働同一賃金の検討会をこの三月からスタートさせ、委員からの論点の提起と各界からのヒヤリングで論議をひと当たりしたところである。この中で経団連と連合がそれぞれの「考え方」の表明、また新聞論調や識者の論文もほぼ出揃い、各界の方向性が見えてきた。

 政府の検討会は
、パート労働法・労働者派遣事業法・労働契約法の関連三法の本則に、「合理的な理由のない待遇格差は認めない」旨を盛り込む形で片を付けることに合意している。法改正はこれだけである。ただ、これを三法の条文改正で行うか、パートタイマー・派遣労働者・有期雇用社員を対象とする「同一労働同一賃金」の一括法にするかは、秋からの労働政策審議会の論議を待つことになっている。

 そこで問題となるのは、「合理的な理由のない待遇格差」とはなにか。どの職務とどの仕事が「同一労働」か、またどの程度なら「不合理な格差」なのか。検討会は、「ガイドライン」で示すという。これは、労働契約法の制定時においてさの第20条を巡る論議の際に、正社員と有期社員との労働条件の相違は、日本の雇用制度全体と労使自治に在り方にかかわっており、不合理であるかどうかという司法の介入は「謙抑的」であるべきという労働法学会における主流の考え方(菅野和夫労働法)に沿ったものである。このガイドラインの中味が、秋からの論議の最重要のポイントだ。

経団連の「考え方」によると、何をもって不合理的と捉えるかをガイドラインですべて示すことは困難で、「企業の労務管理における自主点検に資するものを例示することが適当だ」と主張する。主張の字ずらはその通りであるが、ガイドラインの骨抜きにするのではないか意図も垣間見える。連合は、ガイドラインを労使の現場で合理性の有無を判断する際の「参考資料」と位置づけをしており、経団連と異口同音に聞こえのが残念で、むしろガイドラインにこれこれが入れば賛成すると積極的な姿勢で臨んでもらいたい。というのは、これまでの検討会の論議や新聞や識者の論調には、重要な論点が抜け落ちているからである。

第1は、誰のための「同一労働同一賃金」かである。言うまでもなくパート、派遣労働者、有期契約社員たちのために、不合理な時給格差を改善に資するためのものである。

第2に、そのためには現場の労使協議の場において、パート、派遣労働者、有期契約社員たちのヴォイスが届くよう現場の労使協議の場に派遣元の労使(又は従業員代表)を参画させる四者協議のシステムの設置を義務付けること。

第3に、連合にたいしては、毎春闘時(201016年)に調査し公表している70職種の「銘柄賃金」を月間所定労働時間をつけて世間に公表して、連合自ら構成組織支部で同一職種の時給の点検活動を実施し、労使協議の現場における「同一労働同一賃金」の運動をリードすることを期待したい。


今月の先読み情報【2016.4.15】

「同一労働同一賃金」の現実的な可能性

政府は、同じ仕事なら同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」を実現する指針をつくる検討会を設け具体的な論議を開始した。「同一労働同一賃金」とは、例えば欧州では正規社員に当たるフルタイム労働者に対するパートタイム労働者の賃金水準は、イギリスが71%、ドイツは79%、フランス89%に比べて、日本は57%と低い。安倍内閣は、この状況を非正規雇用の待遇改善を通じて改善すべく、4月中下旬までに論点を整理し、5月にまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」に盛り込むよう鋭意取り組んでいる。

俄かに動き出した「同一労働同一賃金」

安倍首相が「同一労働同一賃金の実現」を最初に発言したのは、1月22日の施政方針演説である。この段階では、例によって首相官邸の限られた側近のもとで練り上げたトップダウン型の方針表明に止まっていたが218日、安倍首相が官邸に労働法学者の水町勇一郎東大教授を招いて懇談した。この席で水町教授が「(欧州の労働法制では)雇用期間の違いなどで不合理な労働条件の相違があってはならないとなっているが、日本でも『同一労働同一賃金』の原則を入れることは十分考えられる」として、そのために労働契約法とパート労働法、労働者派遣法の改正が必要だとの助言をしたという。これで流れが一気に加速、223日に官邸で開かれた一億総活躍国民会議で、安倍首相がその実現に向けて具体的な法制度の在り方を早急に進めるよう関係閣僚に指示して、同一労働同一賃金」法案が政治日程に上ったのである。政府は早急に有識者から成る検討会を設けて議論を本格化、パートや契約社員、派遣労働者に対し合理性のない不利益な扱いを禁じることを法律で明文化するという。

同一労働同一賃金」には、これまで政党や団体がこれに似た政策目標を掲げてきているので、これを否定する者はいない。だが「何が同一か」を巡っては、その解釈が一様でない。まず、経済界は「同一労働同一賃金」には表だって反対はしないが、慎重論が大勢である。榊原経団連会長は「同じ職務でも責任やキャリアよって状況が違う。将来への期待や、転勤の可能性などの違いもある」と言う。だが、経団連は日本的経営システムの特質などの理屈をつけているが、要は低賃金コストの上昇が嫌なことと、それにも増して問題なのは「同一労働同一賃金」になることによる日本型の雇用慣行や処遇・賃金制度の将来展望が描ききれていなために、「慎重論」のまま思考停止しているだけである。

これに対して、連合は神津会長が「(安倍政権の主張は)アドバルーンではないかとう疑念を持っている」と語り、逢見事務局長も談話で「唐突」だとして、「参院選を控えた『イメージ戦略』に終わることがないよう、実効性のある法規制を実現せねばならない」とけん制している。しかし、これを参院選目当てのアドバルーンだとか言って高をくくっていると、安倍内閣にいいようにされてしまうだけである。

 他方、新聞は安倍首相の同一労働同一賃金」に是々非々の論調が多い。そんな中で、ひとつ朝日新聞の匿名コラム・経済気象台「働き方改革への違和感(山人)(2016.3.5)が、「首相や一億総活躍会議などでの識者の発言には違和感も覚える」と、明確な批判を展開しているのが目を引く。曰く、安倍首相の「同一労働同一賃金」に違和感を覚えるのは、「非正規社員の増大を既成事実として是認した上で、正社員との賃金格差の縮小を議論している点だ」として、非正規社員の正社員化を進めて安心して暮らせる賃金を払う、という話ではないと述べ、「いま議論すべきは、長期安定雇用をどうやってつくるかということである」と述べている。しかし、すでに非正規雇用者の比率が40%に達しようとしている現在、これを「正社員化」しようというのは、いささか時代がかったリアリティーに欠ける主張である。

以上の主張や論潮は、「同一労働同一賃金」の実現を期待している派遣や期間社員、パートで働く人たちの共感を得るのは難しいのではないか。ましてや、派遣やパートを正社員化するという話は、それが出来るに越したことはないが、学校を出てからずっと今も派遣で働いている人たちにとっては、安倍首相の同一労働同一賃金」の方が日々の時給の改善につながるものとして映るだろう。

筆者は、それぞれの政治的な思惑や考え方よりも、派遣や期間社員、パートで働く労働者の立ち位置から、安倍内閣の「同一労働同一賃金」が実現に向うことに歓迎の意を表したい。

日本型年功賃金と「同一労働同一賃金」

 我が国の戦後71年、このうち61年は春闘の時代である。春闘の歴史61年、我々は日本型年功賃金の中で「同一労働同一賃金」をどのように実現するかという、苦悶の歴史を背負ってきた。今、安倍内閣の手で始まろうとしている「同一労働同一賃金」は、この歴史遺産の何に決着をつけようとしているのだろうか。筆者は春闘61年を以下の@からDまで4つの時代に区分する。

@太田春闘(195574)

1955年、春闘がスタートの年に、日経連は「職務級」と併せて定期昇給制度の導入を提唱したが、同時に「同一労働同一賃金の原則は貫かられるべきである」と主張したのは、なんと日経連であった。

 これに総評と中立労連が加わった春闘共闘委員会は「職務級」反対・「生活給」堅持を主張して対抗した。だか、高度成長の時代が進むにつれて、組合内に「生活給」に対してヨーロッパ流の「横断賃率論」が芽生え、60年代はいると全国セメントの「職種・熟練度別賃金」、松下電器労組の「仕事別賃金」、電機労連「職種別賃金」、鉄鋼労連の「標準労働者賃金」と、職種別賃金をめざす政策が提起された。

 そうした中でこの時期の格差問題は、「臨時工」の問題か中心的な運動課題となっていた。しかし、時代が高度成長の最盛期にかかると、東芝労働組合が1959年〜1965年にかけて2万6686人の臨時工の「本工登用」を実現した。これを境に以降数年を経ずして電機労連関係企業で解消に向かい、さらに広く各産業での「臨時工」問題も「正社員化」することによって解決に向かった。

A宮田春闘(197589)

 1973年の石油危機を契機に労働運動は大きな変質を遂げることになるが、春闘も76年を画期として「1ケタ春闘」とリストラ(雇用調整)の時代を迎える。これで60年代に民間労組によって華やかに打ち上げられた「職能給」運動も次第に勢いを失っていく。長いオイルショックを抜け出した1980年、日経連が「職能資格制度」を提唱、それをベースにした「職能給」の流れに労働組合の「職種給」も次第に吸い込まれ、我が国処遇・賃金制度は相対的安定期を迎える。

 だか、70〜80年代は流通革命の最盛期、団塊の世代の専業主婦たちがスーパーマケットのパートタイマーとして労働市場に大量に流れ込み、パートタイマーを巡る処遇が格差問題の主役になる。しかし、組合運働におけるこの問題の取り扱いは婦人部マターとして取組まれたために、運動の中心テーマにはならず、しかも「臨時工」と同じように「正社員登用」に方針化されたことが運動面での間違いの始まりもとになった。なぜなら、パート自身に正社員になりたいニーズは少なく、彼女たちの関心は時給アップ・交通費支給・社員食堂利用などゼニカネが問題なのに、労働組合はこの二―ズをうまく吸い上げることができず、働き続ける女性をスローガンに掲げ専業主婦を敵に回すような婦人部運動では社会運動にならなかった。ただ、流通系組合がパートの組織化に成功したのは、会社のパートを戦力化と呼応した社内の安定的労使関係と相俟って組織化に取りくんだからで、それでも「パート」格差の問題は進展がみられなかつた。しかし、1980年代に入ると職能資格制度をベースとした結果としての年功型職能給に風穴を開ける3つの兆候が次第に見えはじめてきた。

第1の兆候は、1980年の「マイクロエレクトロニクス革命」元年から、プロクラマーとシステムエンジニアの急増したことである。これがその後の我が国賃金制度にインパクトを及ぼす状況変化を起き起こした。それは、社内の若手のプロクラマー・SEの側から、職能資格制度に基づく人事処遇・賃金への不満を欝積させることになる。すなわち30・40歳代エンジニアは70年代のコンピュータ言語であるコボルを使って仕事をしているが、我々若手はフォートランだ、Cなどの世界最先端の言語を駆使し、会社の業績向上に貢献している。なのに、あのおじさん達の給料が我々よりも高いのはおかしい。

2の兆候は、企業が大卒女子の定期採用を開始し始めたことである。プロクラマー・SE要員としての大卒理系の採用難から、文系女子でも偏差値が高ければ教育すれば使えることに気付いて、1980年にNECが、次いで富士通などでSE要員として大卒女子の定期採用が始まった。大量採用の大卒女子たちは、最初はちやほやされたけれど、教育・研修、仕事の与え方、査定などで同期の男性と差をつけられ、結果として賃金に差がつくのは納得できないと声があがった。今流に言えば「職能資格制度、死ね」だ。この問題は80年代が進むにつれて電機・マイクロエレクトロニクス産業に止まらず、広く静かに産業界に拡大し、人事処遇制度に変革をせまるものであった。

3の兆候は、1985年に男女雇用機会均等法と同時に労働者派遣事業法が成立した。これが、主婦パート問題とは質的に異なる「正規と非正規」の格差問題を引き起こすことになるのだが、そのマグマの蓄積と「職能給」の行きづまりだけを残して、980年代を彩ったバブル経済は終焉する。

B連合春闘(19902001)

バブル崩壊後の1990代に入って、「職能給」の行き詰まりが明らかになる。経済界には成果・能力主義賃金が叫ばれるようになり、その契機となったのか1992年に富士通が成果主義賃金制度の導入に踏み切ったことだと言われている。また、同じ年に連合のシンクタンクである連合総研が、1992年に「90年代の賃金」を発表した。この内容は、能力主義賃金である「職能給」が行き詰ったのだから、90年代に「職務給」への転換を促す提言であった。しかしながら、連合総研のこの提言は連合の運動方針に取り入れられることにはならず、JC(金属労協)の主要産別が採用している「個別賃金要求」(30・35歳標準労働者)を1995年の春闘で連合が要求方式として並立するという形だけのものにととどまった。

C奥田春闘(200213)

これにたいして、日経連は95年に「新時代の日本的経営」の提言だけに止まり、処遇・賃金制度面での取組みはさらに遅れ、ようやく2009年になって「役割・貢献度賃金」をうちだした。その「役割給」の中味は「職務給けであるにも関わらず、職務で発揮した成果を反映した賃金だと堂々と明言出来る元気に乏しかったのである。

しかし、1990年代は10年不況、さらに20年デフレの2000年代と、大リストラが労使の最大の問題で、同時にアジアNIEs、のちには中国の追い上げとりわけ低賃金攻勢をうけて、単位労働コストの削減が労使が共有する課題となるが、それを正社員=労働組合員の良好な雇用機会を維持したままでやり遂げるには、低賃金のパートタイマーや期間社員、とりわけ派遣労働者の活用に走るしか道はなかった。

さらに90年代の就職氷河期から超氷河期における学卒無業者の就業とフリーターの受け皿になったのが派遣で、これが2000年代になると30代フリーターになり、また不本意就業者を生み出し、さらに「生涯派遣」につながったのである。2000年代には、パートや期間社員、派遣労働者か働く現場は、工場にしろ、オフィスにしろ、ショップにしろ、近くには同じ仕事をしている正社員との格差が目立ち、なぜ賃金が違うのか、「同一賃金」の要求が日々実感できる現場に変容していた。こうした憤懣が、1209年の総選挙で民主党政権へと突き動かすことになったと考えられるだが、民主党政権はその期待を裏切った。そして、今度の安倍内閣の手による「同一労働同一賃金」である。

「同一労働同一賃金」―水町プラン

以上のように、我が国の職務型賃金と雇用形態による格差賃金は、10年たっても20年を経ても何も進まなかった。その主要な原因として挙げられたのが、日本型の処遇・賃金制度の特質である。日本企業では勤続年数に応じて、結果として賃金が高くなる職能資格制度に基づく賃金体系が一般的だ。そこに、「同一労働同一賃金」を導入しようとすると欧州は職務給、日本は職能給(職務+キャリア展開)なので、日本への同一労働同一賃金原則の導入は難しいし、労働者や企業に混乱を招きかねないという議論が根強くあったのである。

これに対して、今度の安倍内閣の提案では、それを突破する方策を考えている。その根幹は、「同一賃金」と言っても、正規社員とパート・期間社員・派遣社員との間には、職能資格や勤続年数、学歴などで賃金に差を付けることは容認しようという方向である。具体的には、水町雄一郎東大教授が政府の第5回一億総活躍会議に呼ばれて次のような意見を述べている。「フランスでは、提供された労働の質の違い、在職期間(勤続年数)の違い、キャリアコースの違い、企業内での法的状況の違い、採用の必要性(緊急性)の違いなど、ドイツでも学歴、(取得)資格、職業格付けの違いなどが、賃金の違いを正当化する客観的な理由と認められると解釈されている」つまり、同一労働同一賃金が根付いている欧州でも、経験や能力に応じた賃金差を認め、学歴や資格、勤続年数に応じて賃金水準に反映させており、日本でもこれらの事例も参考するべきだという。

政府は、労働の質や勤続年数・人材育成を理由に賃金に差を設け、これを「ガイドライン」で具体的な均等の形を指し示そうとて、厚生労働省に設けた検討会で審議を開始している。だか、官邸内や一部識者の中から聞こえてくる同一労働同一賃金制度を巡るこうした動きには要注意でこある。学歴、(取得)資格、職業格付け、経験や能力に応じた合理的な賃金差つけることは、職種別賃金とは素地の異なる我が国では、均等原則を曖昧にし、正規社員と派遣や契約社員、パートタイマーとの賃金格差を残す温床になりかねず、せっかくの労働市場改革が元の黙阿弥になる恐れがあるからである。

民進党は、「ガイドライン」ではなく、それを法律の本則に盛り込めと主張している。だが、箸の上げ下げまで縛る法律では、かえって規制力を削ぐことなり、法律自体が空文化するので、筆者は反対である。

だから、政府は「ガイドライン」でやろうという訳だろうが、この政府のやり口が問題である。要するに、法律の本則ではなく、政令、省令、大臣告示など、立法府の承認もなく、労働市場の現実を無視して役人が恣意的に発令することができ、とくに労働法制では多く労働者の権利を侵す事例すらみうけられるので、この手法は取らない方がいい。さらに、政府は通勤手当や出張経費などについて、例えば非正規社員が正社員と同じ仕事で同じ勤務形態なら、通勤手当や出張経費に差をつけないようにするという。ここは非正規労働者に媚を売るもので、シンプルに正社員の月例賃金=基準内賃金と非正規時給との均等に絞るべきだ。

均等と均衡

 安倍首相と官邸周辺は、正社員と契約社員・パートタイマー・派遣労働者との賃金格差の是正について、従来から一般に使われてきた「均等・均衡」のうち“均衡”という言葉を使うのを避けている。ここに、今回の際立った特徴がある。これは、重大な変化である。

 たとえば、昨年改正された平成27年労働者派遣事業法では、第三十条の二「均衡を考慮した待遇の確保」の条で、次のようにうたわれている。「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者の従事する業務と同種の業務に従事する派遣先に雇用される労働者の賃金水準との均衡を考慮しつつ、当該派遣労働者の従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の賃金水準又は当該派遣労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力若しくは経験等を勘案し、当該派遣労働者の賃金を決定するように配慮しなければならない」

また、パート労働法では、パートタイム労働者と通常の労働者との処遇に関して「パートタイム労働者の均等・均衡待遇指標」を規定しているこの「均等・均衡」を巡っては、なにが均等か、何が均衡かで労使の厳しい対立の経緯があって、安倍官邸はこの「神学論争」に入り込むと話がぐちゃぐちゃになってことが進まなくなることを学習した上で、「同一労働同一賃金」にむけて正面突破で踏み込んできたのである。

「同一労働同一賃金」への3つの戦略

  そこで現在、「同一労働同一賃金」をどう実現するかである。それには理想を求めず、出来ることから手をつけることである。

 第1の戦略は、「同一労働同一賃金」で一番の対象になるパートや期間社員、派遣労働者と企業内の賃金が一番低い層(これを企業内最低賃金というが)、この月例賃金と時給の均等を図ることである。我が国の低賃金層は、三段重ねになっている。賃金が高い順に「上・中・下」というか、うなぎや寿司みたいに「松・竹・梅」のように、それぞれ違う値段(月給・時給)が付いた三層賃金構造になっている。まず時給が一番低い「下層」は、時給700円台で、全国の地域別最低賃金の中で最低のDランク、さらに最も低い沖縄・宮崎・高地・鳥取の4県の時給693(月給換算するには160Hを乗じて11880)から奈良県の794(127040)まで37道県の最賃に張り付いた時給層である。これより低い時給で働く労働者は我が国ではいないことになっているが、実際には外国人技能実習生などにはそれ以下というところもあって、これとパート時給が我が国の最下層賃金市場で競争しているのである。

 次に時給700円〜800(月給112000円〜128000)までの中位の層である。最低賃金でいうと、自動車産業や電子電機産業の特定産業別最低賃金に相当し、地方の製造工場で働く派遣・請負労働者の時給は各県の該当する産業の特定最賃に+30円か+50円を上乗せした水準で地場相場を形成している。

一番上は、時給800円台〜900円を超えている、最賃ランクで千葉の817(月額13720)から埼玉、愛知・京都・大阪に900円を突破した神奈川、そして全国最高の東京の907(145120)11都府県で、これらが時給の「最上層」を形成している。

以上のような三層賃金構造のどこから手をつけるか。

その第1の戦略は時給1000円戦略である。連合は、全労働者の「下支え」・「底上げ」の観点から、地域別最低賃金を時給1,000円にしろと要求している。ただ、三層賃金構造のどれを1,000円にしろというのかよく分からない。「最下層」の時給693円と1000円とは約300円の開きがある。第二次安倍内閣の両3年にわたる官製最賃で、とりわけ昨年は18円の大幅引き上げを実現している。だが、仮に毎年20円づつ引き上げても、1000円に届くには15年かかる。15年で実現するなんて、途中でくたびれて運動にならない。したがって、真ん中のアンコの部分の「低賃金層の中位」の特定産業別最低賃金、現行850円位の水準をまず900円台に持っていけば、 1,000円が指呼の間に見えてくる。だから、まず三段重ね「上」を1000円に引上げて、「中」と「下」を徐々に引張っていく現実的なアプーローチをとる。

時給1,000円と言えば月給に換算すると16万円、電機連合が16春闘で獲得した高卒初任給は16万円、両者同額である。現在、我が国の18歳労働市場においては、高校を卒業してパナソニックや日立などの大手電機企業に就職しても、あるいはショップの派遣店員や一般事務、バンク便のライダーになっても賃金は同じだ。この職業人生のスタート台で、正社員の高卒初任給と期間社員や派遣社員、パートタイマーなどすべての非正規労働者の時給を1,000円の同一賃金にする戦略だ。だが、18歳賃金を正規も非正規も「同一」でスタートしたとしても、12年後の30歳、17年後の35歳には「同一賃金」になっていないのが現実である。

これを打開するには第二の戦略が必要になる。連合は、2010年春闘から「均等待遇」の取り組みの第一歩として、傘下各産別にそれぞれの産業の代表的な職種の「銘柄別賃金」の登録を義務付け、2015年で77職種の標準労働者の賃金水準を公表している。これが正社員賃金の代表銘柄である。この取組みは「同一労働同一賃金」の運動にとって画期的な取り組みであったが、連合はこれを運動にまったく活用しておらず、宝の持ち腐れ、ネコに小判である。

例えば、自動車総連の高卒35歳の自動車製造組立労働者の賃金は312,400円、他方北関東の自動車工場の派遣・請負の時給は1200円、月給にすると192000円、さらに愛知県トヨタの工場からは時給1500円で声がかかるが、月給だと24万円、それでもまだ8万円の差があるのだろうか。また、電機連合の開発・設計職の基本賃金は312468円、これに対してリクートジョブズの派遣時給調査によると、IT系開発設計職の時給は2048円、月給だと327680円、ほぼ同一とみていいのだろうか。

これは、実際の現場で判断するしかない。いくら法律や「ガイドライン」をつくっても、現場ではそんなもの役に立たない。そこで、まず派遣やパート・契約社員・期間社員が働いている工場、オフィス、スーパー、ショップなどの現場で、その事業所の構内で働く正規・非正規のすべての従事者の代表が一堂に会して、非正規側のボォイスが届く場をつくることである。例えば、派遣の現場で、ベンダー側(派遣事業者)の会社代表と労働組合(ない場合は従業員代表)、ユーザー側(工場やショップ)の代表及び労働組合(ない場合は従業員代表)が、現在四半期ごとに実施しているフォーキャスト(生産計画や営業見込み)の伝達の場を活用して四者協議の場を設け、まずは現場で「同一労働・同一賃金」について意見を交換することから始めることである。同一賃金のボイスを聞くだけでもいい。四半期ごとに時給改善の話を聞かされれば、いかに頑ななユーサー側を協議のテーマに乗せようにするかが重要だ。現場の労使協議の場に労働組合員以外の従事者の代表を参加させる制度は集団的労使関係にとって、最初はベンダー側の労働者代表が発する画期的なことで、これなくして現場の「同一労働・同一賃金」の判定も出来ないし、ましてや単位労時時間当たりの生産性の向上も望めない。

ただ、「同一賃金」といっても、杓子定規に同一である必要はなく、我が国の労働法制には「五分の四ルール」という判例・慣行があり、少々下回っても双方労使合意して進めることが大切で、それを四者協議で合意すれば半歩前進である。

連合は見逃し三振か、クリーンヒットか

安倍内閣は、働き方改革に本気で取り組んでいる。「同一労働同一賃金」・「インターバル時間」・「三六協定・特別条項」の見直しなど、いずれも言うことがプロっぽい。野球で言えば、これらは連合が一番好きなコースである。ここに安倍官邸は“くさい球”を投げ込んできた。はたして、連合はこの球を強打一振打ち返してクリーヒットを放つか、それとも見送るのか。連合は、早急に各構成組織の政策担当者を集めて「同一労働同一賃金」の対抗策を検討を開始するという。是非、具体的でリアルティーな政策を望みたい。連合が“見逃し三振”ではカッコ悪い。

【本稿はForum Opinion 163.に加筆修正したものである】


【2014.10.1】

格差拡大は資本主義の宿命か?―ピケティ「21世紀の資本論」

フランスの経済学者トマ・ピケティの「21世紀の資本論」が、今アメリカで売れているらしい。もともとフランスで発行されたが、今春にアメリカで英語版に翻訳されてから評判になり、日本語版は今年の暮れになるそうだが、既に一部ま論壇で話題になっている。

この本は、700頁もの大部の経済専門書だが、それでもアメリカで40万部のベストセラーになったのは、フランスの文豪バルザックや英国の女性作家オースティンの小説などから、資本家階級の生活を活写している読み物としての面白さに加え、ピケティの経済理論がきわめて単純であることによるようだ。

ピケティの理論とは、「資本の収益率()」が「所得の成長率()」を上回るというもの。この「r>g」の不等式こそが、ピケティ理論の眼目である。もしこの不等式が成立するならば、資本主義にとって格差拡大が『宿命』ということになる。

ピケティは、この「r>g」を米・英・仏・日の過去200年にわたる統計データを駆使して、資本主義の『宿命』を実証してみせたという。すなわち、大きな資産を投資に回せる資本家は多くの「資本収益」でより豊かになっていくが、「経済成長」から配分される労働者の賃金収入はそれほど増えない。21世紀に入っても資本の収益が労働収入を上回るペースで増大し、格差拡大という事象が広がっていると言う。

例えば、国民の「総所得」に占める上位10%の高額所得者の取り分の比率は、アメリカは1950年で35%程度であったが、これが1980年以降に比率が上昇、2000年代に入って4550%と史上最高値に近付きつつある。この上昇トレンドは所得が所得上位10%の高額所得層に集中し、富の格差の拡大していることを物語っている。21世紀のアメリカ資本主義像は、西欧の福祉社会型資本主義とは異なり、19世紀型の資本主義への回帰だと、ピケティは結論付ける。

こうした分りやすい話が、ごく少数の富裕層と大多数の大衆、すなわち「1%vs99%」の対立が鮮明になっているアメリカ人に受けたのだろう。

だが、「上位数%の高額所得者に所得が集中する」というピケティの結論は、アメリカやイギリスでは当てはまるといえるが、フランスやドイツなど欧州諸国ではそれ程顕著ではない。ピケティの本が最初に出版されたフランスではあまり読まれていない。格差拡大が問題になっている日本も、欧州グループに近い。成熟した福祉社会の西欧やその途上の日本では、政府による所得再分配で所得の平準化が進んでいる事情があるからだ。

ただし、日本は所得再分配 (国家による税と社会保障の再配分) 後の所得分布でやや米英寄りに位置する。日本は、この中間的位置から、欧州並みに向かうか、英米に近づくのか。国家の政策選択の分岐点に立っているといえる。

【2014.9.1】

労働力不足と外国人材の受入れ

              「高度専門職はOK・単純労働者はNO」まやかしの国是からの脱却を

政府が発表した4〜6月期の国内総生産(GDP)速報値によると、実質成長率は年率換算で6.8%のマイナスになった。4月の消費増税に伴う駆け込み需要の反動で、原因は個人消費が実質で前期比5.0%減と、現行基準に切り替えた94年以降で最大の落ち込みになったからだと言われる。だか、個人消費の反動減は政府や民間シンクタンクも想定内、最大の落ち込みになった主因は別にある。それは、自動車(耐久消費財18.9%減)と住宅投資(10.3%減)の大幅減である。

じつは、もともと自動車と住宅の二大耐久財産業は駈込み需要をこなしきれず、その製造・建設が45月にずれ込み、その結果反動減が56月いっぱいまで長引いてしまったのである。理由は、自動車は期間社員集まらず、製造した新車はその日にうちに輸出向けに船積みされ、国内分は納車遅が頻発、住宅建設も建設労働者の確保難から工事の進捗が遅れに遅れている。

受注“絶好調”の自動車・建設業界なので、製造・建設の現場がうまく回りさえすれば、早晩回復軌道に戻るはずだが、そうは問屋がおろさない。元を質せば労働力不足が“元凶”なので、どうにもならない状態が続いている。

就職情報誌でトヨタの期間社員の募集広告を見ていると、この春ごろから「時給1500円」の高値が出るようになった。それどころか、最近では「残業・深夜手当30H込みで月給28.3万円」にプラスして「赴任手当2万円、食事手当1万円、寮無料、満期報奨金3か月9.1万円・6か月32.9万円」の高額を謳っている。それでも人が集まらない。トヨタには直雇用の期間従業員が現在4000人程いるといわれているが、これまでは週に200人程度採用していたものが、最近では週70人程度と3分の1くらいしか採れなくなっているという。世界のトヨタでもこうである。建設業界では、鉄筋工や型枠大工など労働者の確保難から、被災地の復興住他の建設が遅れ、公共事業の入札不調が全国で頻発している。また外食チェーン業界では、牛丼のすき家が夜間一人勤務で食券販売機かなく現金が手元にあることから、強盗に入りやすいという評判がたち、実際に各地の店舗で強盗事件が起こり、アルバイトが来なくなり、全国2000店舗ある中で200近く店舗が閉店に追い込まれた。

個人消費の落ち込みだけであれば、“アベノ景気”の勢いを駆っていずれは回復軌道に乗せることが十分可能だろうが、労働力不足の方は構造的なので厄介、対応を誤ると安倍内閣の一枚看板である成長戦略にも暗雲が立ち込めるとの観測が出始めている。

■待ったなしの労働力不足

現在の日本の労働市場は完全雇用状態である。経済学では「インフレ非加速的失業率(自然失業率)と呼ばれる状態」で、要するに仕事を選り好みしなければいつでも就職できる状態である。こうした労働力不足経済のもとでは、経済の好循環にしても、成長戦略にしても、労働力不足というボトルネックが現実問題になりやすい。

どうすればいいのか。この点をめぐって新聞論調は大きく二つに分かれる。最近の新聞は「読売・日経・産経vs朝日・毎日・東京」の二極構造になっており、集団的自衛権、憲法改正問題、労働市場改革などでことごとく対立しており、労働力不足の解決策を巡っても同じ構図である。

 しかし、政府が6月に発表した「子ども・若者白書」(2014年版)によると、1534歳の若者で仕事も通学も求職もしていない「ニート」は60万人で、前年に比べ3万人減少したという。内閣府は「景気が改善傾向にあることに加え、ニートや引きこもりの就業、教育の支援拠点が増えたことが減少の要因ではないか」と分析している通り、働ける人は言われなくてもとっくに働き出しているのである。

また、不本意非正規就労者は、労働力調査の特別集計によると341万人、その実態は派遣とか契約社員で働いている人が多い。だか、昨年来の労働力逼迫の中で、会社の方からの「正社員になりませんか」という誘いに乗って、三越伊勢丹12000人、イケア12000人、ファーストリーティリング(ユニクロ)1万6000人、りそな銀行1万人、三菱東京UFG銀行1万1000人など、「限定正社員」の形で正社員になっている。もちろん、個々人の賃金はアップし、企業は労務費負担が高まった。

 しかし、こうしたことができないのが、人手不足が深刻なサービス業だ。とりわけ介護分野は政府の公定価格で介護単価が設定されているために賃金は上がりにくく、また「ブラック批判」を浴びる外食・飲食の一部企業は人が集まらず定着しない。

高いコストをかけても「正社員」でつなぎ止めることができる企業と、労働者に見放されて経営難や事業閉鎖に追い込まれる業界・企業、労働市場を巡る二極化が現実化している。

■外国人技能実習制度の見直し

 職に就けない国内の埋もれた人材に雇用の場を」と言う主張には半ば同意する部分があっても、現実に極度に人手が不足している労働市場の現場は、かっての「キツイ・汚い・危険」の3Kに、最近では「給料が安い・帰宅が遅い・休日休暇がとれない」なんていわれる新3K(SPA14.6.14) が加わり、「K」の内容が広く多様化している。こういう職場に「埋もれた人材」がはたして行くだろか。しかし、こういう業態の会社にだって労働力の供給が滞ると経済は回らない。

 一方、現在の労働力不足は自動車・電機などの基幹産業の製造現場や社会インフラの建設現場、看護・介護や物流・飲食サービス等の広範な分野に及び、一方で専門職不足、他方での単純労働や3K職種には行きたがらない分野での絶対的不足、という構造問題を抱え、労働力不足問題は待ったなしである。

だが、政府の成長戦略で掲げるメインの政策は、「外国人技能実習制度の見直し」だけである。すなわち、対象職種の拡大し、実習期間の延長を最大3年から5年へ延長、また監理団体に対する外部役員設置又は外部監査の義務化する」というものだ。この政府の政策で果たして解決するだろうか。

【2014.3.20】

14春闘―新しい合意形成型春闘に期待する

連合春闘は大手組合のベア回答がでそろった。今年は連合が設定した集中回答指定日の3月12日の前から、コンビニ大手のファミリーマートがベア5000円・定期昇給を含めると1万円の回答の表明したのを手始めに、焼き肉チェーン店「牛角」を運営するコロワイドは基本給を月額5000円引き上げ、また「餃子の王将」を展開する王将フードサービスも1万円のベースアップをとるとか、なかには「ほっかほっか亭」のハークレイの初任給7万5千円アップが飛び出すなど、ホントかよっていうニュースが新聞紙上を賑わせました。

でも、この手の話は、今なら新聞・TVが取り上げてくれるだろうという宣伝効果狙いが多く、賃金体系がどうなっているのか、またそもそも元の賃金ペースが分からず、回答データとしての信頼性に欠け、今年の春闘の相場を占うには度外視していい。

3月12日の連合の集中回答日の夕刻に記者会見に行った。神津事務局長が大手有力組合の回答状況を発表しましたが、2千円・3千円の有額回答を報告すると、「何年ぶりですか?」、「いつ以来のことですか?」という質問が相次ぎましだ。若い記者からは、「平均で2千円弱のベアということですが、これって過去最高水準ということでいいですか?」という質問も飛び出たし、会場の隅で聞いていた筆者の周りにいた労働記者OBの評論家諸氏からは、「彼らは5桁春闘も1万円ベアも、74春闘の2万8千円も知らないんだ」との声が漏れましたが、連合本部は「連合春闘になってから最高ということです」と苦笑いしながら答えていた。

翌日の新聞の紙面には、今年は「過去最高水準のべースアップの実施が相次ぐなど、昨年までとは様相が一変した春闘となった」(毎日3/12)と、たかが2千〜3千円で「過去最高」がデスクの眼すらすり抜けるとは、労働記者の劣化を痛感した春闘だった。

そこで、連合の回答内容だが、3月14日現在の第1回回答集計によると、集計組合数491組合の平均の賃上げ額は6491円、率で2・61%ということだ。だが、この額は「定期昇給+ベースアッア」の数字ですので、ベアのみに集計し直すと1979円、率で0・44%であると、口頭説明があった。

個別組合の回答状況は別表の通りですが、全てについてふれる余裕がないので、ポイントだけ言うと、まず自動車はトヨタがベア4000円の要求に対して2700円の回答、一時金は6.8カ月の要求に満額を回答、日産も組合の3500円の要求に満額、一時金も満額回答で応えた。一方、電機は日立、東芝、三菱電機、パナソニック、NEC、富士通の大手6社が、設計開発職でベア2000円の一斉回答である。

賃上げ率になおすと、トヨタが0・76%、日産1・01%、日立0・65%となっている。また別表の回答一覧から筆者が独自に集計した連合大手30組合の平均では0.64%になっている。

以上、ベア率は0・44〜1・01%に分布しているが、電機を1%下回る、丸めて0.5%という辺りが賃上げ相場になりそうだ。

ベア0.5%というのは、安倍内閣としてはアベノミクスを実現するために2%とはいかなくても、1%近くにはいってもらいたかったでしょう。だって、トヨタより業績が劣る日産は1%に到達しているのですから、出来ないわけはない。

今春闘を主導したのは安倍内閣だ。そのために、安倍内閣は、昨年夏から地域別最低賃金を平均15円・率にして2・0%アップに着地させ、政労使会議の設置、年末の「賃上げ合意文書」の取りまとめ、政府の諮問会議や政策会議の場での再々再四の口先介入や復興特別法人増税の繰り上げ停止など、あらゆる手段を動員して取り組んだ。

だが、経済界に言わせると、政府の一連の働きかけの中で一番効いたのは、経済産業省の局長が直々に所管する業界の主要企業の社長を訪ねてきたことであったと言ってい。役所は、何かあれば社長を呼びつけるのが普通である。それをわざわざ手向いてきて、言うことは「春の賃上げをお願いしたい」。企業は、所轄官庁の局長の要請は、断った後のことを考えると、たいていのこと言うことを聞く。

しかし、政府も役所も回答額については労使に委ねました。まかされた労使の中でのキーマンになったのは、政労使会議に財界から参画していた日立の川村隆会長とトヨタの豊田章男社長の二人ではないか。この二人、春闘の節々で重要な発言をしていて、曰く、「従業員に成果の還元を応える必要がある」(川村)、「ベアも重要だが、業績を上げた企業は一時金で」(豊田)など。かって80年代には「八社懇」というのがあって、この談合で賃上げ回答が決まったが、今年はこの二人が仕切った「二社懇」で決まった春闘だった。結果はそうなっている。

具体的には、トヨタは、ベア日産3500円の後塵を拝しましたが、ベアでは年間6・8か月、日立もベアでは2000円と、業績改善がやや遅れているパナソニック、NECに合わせたが、一時金は5.52か月と92年以来の最高にした。こうした一時金重視の傾向は、自動車、電機の他の産業でもみられ、この一時金の増額分が、雇用者の報酬増にどのくらいつながるかが重要である。豊田社長は、春闘が本場を迎えた頃から、「賃金だけではなくて、労働者の報酬の増加が重要だ」と、盛んに強調していた。

トヨタの一時金6・8月を額にすると247万円です。去年は205万円でしたから、20%アップです。トヨタの一時金で大盤振る舞いですから、これを一般化できません。むしろ、日立や三菱電機の率で2%アップという出方の辺りが世間相場になる可能性がある。

だが、一時金で2%アップといっても、労働者は平均では「12カ月賃金+一時金3か月」の計15が年間の総報酬ですから、一時金が年収に占めるウェイトは賃金の1/5、上乗せ効果は0・5%程度だ。そうすると、賃上げ0・5%に、これを一時金の0・5%を加えて1.0%が報酬増になり、安倍内閣の目論見の最低限を満たしたことになる。

一方、―非正規労働者の処遇の改善は、連合の第1回集計でも、非正規労働者の賃上げは時給で11・97円と発表され、一部の新聞・TVでは低い水準に止まると報じられました。 

しかし、連合非正規解答速報の27組合の集計資料を見ると、人材サービスユニオンの「あっとほーむ」分会が時給40円の改善の満額も回答を獲得したのを始め、イオンタウンユニオンも30・19円、デンコードーユニオンが30円アップするなど、20円台を上回る回答が相次ぎ、時給改善が進んでいる。それでも平均が低くなったのは、5万人を有するJP労組が10円に止まり、それを含めて加重平してしまったためで、これは連合のミスリード、そのまま報じたマスコミの「誤報」です

時給40円は月給に換算すると6400円、30円で4800円、20円でも3200円と、トヨタのベアを上回ります。昨年来、非正規問題が社会的にも注目を集めて、労働組合の取り組みが強化されたことがありました。いまひとつ、重要な点は、春闘が始まる前の昨年後半から、非正規労働者の時給が急騰していることである。

派遣業界では三大都市圏(関東・東海・関西)の契約社員・スタッフ社員の募集時平均時給は、この1月に1521円と、前年に比べ3%上昇していますまた、公共事業関連の建設業界では、都内の鉄筋工の日給は10%アップ、自動車・電機の現場の期間社員や製造派遣の時給が、北関東や東海地方では20〜25%も急上昇している。この背景には、昨年夏以降顕著になってきている労働力不足があります。国内で5万店を擁するコンビニ業界では約100万人のパートやバイトが働くが、2014年度は大手5社で6万4千人の人手が新たに必要になる。首都圏では幕張イオンモールで5千人の新規雇用が創出され、大阪のあべのハルカスでも2千人の募集に拍車がかかっいる。

筆者が見て回った派遣現場や製造請負の現場でも、北関東の工場では、時給が1000円から1200円へ20%上昇、トヨタの城下町・豊田市周辺でも1200円だった時給が1500円へ25%アップしており、非正規時給はかってない上げ潮基調にあります。それでも、人がなかなか集まらない超人手不足です。工場もショップも、また飲食店やサービス業も、人手が集まらないでは仕事にならないので、時給アップに動いている。

非正規の回答はこれからも続く。これまでの上潮基調を引き継ぎ、非正規雇用市場のフォローの風にのって、今年の非正規春闘が画期的な成果を上げることを期待したい。

ともあれ14春闘の最大の特徴は、政労使会議の場を通じて安倍内閣が終始リードした「官邸主導春闘」ということだ。政労使のトップのトップ協議を頂点に、新しい合意形成型春闘がワークし始めようとしていることは画期的である。

 


【2013.3.19】

「アベノ春闘」がもたらした春闘パターンの転換

 
 2013年春闘の相場形成に影響力をもつ金属労協の集中回答が、3月13日に出揃った。自動車、電機を中心とする大手有力企業の回答は、定期昇給(定昇)を維持し、一時金の満額ないしは増額回答を引き出した上で、さらにべースアップを獲得する組合が出るなど、過去3回の「ベアなし春闘」とは様変わりの春闘となった。

 これを伝えた新聞各紙も、「賃上げ 物価目標超え、年収増相次ぎ2%上回る」(日経)、「アベ効果・給料上がる」(夕刊フジ)など、久方ぶりに元気のいい見出しをつけた。

この元気な回答を引き出した殊勲賞は、ベースアップを獲得したローソン、ファミリーマート、セブンシレブンのコンビニ3労組、またセブン&アイHD、ニトリHD、餃子の王将やイタリアンチェーンのサイゼリアなどの外食、さらに化粧品のファンケル、インターネット上で料理レシピサイトを運営するクックパッド、スマホゲームのバンダイやガンホー、学習塾業界では明光ネットワークジャパンとリソー教育などで、このベアの先陣を切ったコンビニ3社の貢献度は抜群、その意味では2013年は「コンビニ春闘」であったが、これら流通や外食・サービス系の労働組合の多くを束ねて賃上げをリードしたUAゼンセンは殊勲功である。

また敢闘賞は、一時金の獲り切り要求で 満額回答を引き出したトヨタ、日産、ホンダなどの自動車8労組と16年ぶりに満額を復活させた三菱重工の健闘を表彰したい。さらに技能賞は、企業内最低賃金を産別統一要求として掲げて500円のアップを獲得した電機連合に、1991年以来なんと22年ぶりに5.35か月の一時金の水準を回復した日立製作所労組の忍耐を加えて合せ技一本としたい。

 では、優勝の天皇賜杯は誰の手に。言うまでもなくアベノミクスの安倍総理か。だが、「アベノ春闘」の本当の主役は麻生財務大臣であった。同大臣は、春闘の早い段階から、「いまこれだけ企業の内部留保が厚くなったのだから、労働分配率を上げろというのは連合の仕事なんじゃないの」と共産党顔負けの発言で連合に奮起を促してきたが、連合が『賃上げ』ラッパを吹かないのにイラついて、「連合なんか、きっと賃上げを一生懸命やつておられるでしょうね、あまり期待してないですが」と皮肉った。

 なぜ、政府は春闘賃上げにこんなに入れ込むのか。安倍政権のアベノミクスの「三本の矢」うち、「機動的な財政支出」も「成長機略」も直ぐには役に立たず、金融緩和を実需拡大に手っ取り早く結びつけるには、賃上げしかないからである。賃上げならば、マスコミも文句のつけようがなく、世論の支持も取り付けやすく、こうして市場は政府の思惑通りに反応した。

労働組合も政府から財界への賃上げ要請を「ありがたい」と応じ、やや元気を取り戻したとはいえ、もともと4年連続の「ベアなし要求」の中では獲るものとれず、定昇と一時金が精々で、内容的には代り映えのしない春闘だった。

それでも、デフレ脱却を掲げる政府の賃上げ要請を支持する世論の高まりの中で、春闘の賃金交渉パターンに潮目が変わる兆しが見えたことは今春闘の最大の収穫であった。

たしかに、2010年春闘から4年連続のベアなし要求の“元凶”と叩かれ続けた金属労協とりわけ自動車・電機は、世界市場に於ける比較優位の喪失と新興国に比べた高賃金コストからして、春闘における賃上げパワーを失って久しい。時あたかも、製造業の就業者数が1000万人を割り込んだ。その主力の自動車・電機産業は海外で製造して利益を稼ぎ、国内生産比率の低下が傾向的に続く。他方、流通・サービス、医療・福祉産業の雇用の増加は今後も期待される。こうした産業・雇用構造の変化は、春闘のバターンセッターの変遷に直結する。

13春闘がパターンセッターの移行期の始まりだとすれば、例えばUIゼンセンの流通部門は69万人と既に電機連合の組織人員を上回り、しかもその7割はパートなどの非正規労働者で、近い将来にはそれが9割になることからして、非正規春闘のリード役として春闘の構造転換にも繋がる期待も膨らむ。この春闘でパート社員や派遣社員の賃上げをリードしたのはUAゼンセンだが、集中回答日に回答を引き出した122組合の賃上げ額は5788円、日経新聞はこれを「先導役は流通大手」と報じた。

だか、そのうちベア相当分は497円で「例年よりも検討している」とのコメントを読んで、筆者は「えっ?」と思った。早速UAゼンセンのHPをみてみたが、回答結果一覧すら掲載されてない。連合のHPで確認したら、流通大手2組合の平均であることがわかった。また、これを伝えたNHKのニュースはUAゼンセン本部のホワイトボードに書き込まれた回答一覧を放映していたが、組合・企業名を隠して見えなくする撮り方で、金属労協がトヨタやパナソニツクといった企業・労組名を堂々と撮らせているのとは大違いである。UAゼンセンが本当の春闘パターンセッターになるには、回答結果の透明性と公開性、さらに社会的な説明責任を果たすことが肝要である。

 連合春闘に人々が期待するものは、200万円を超す一時金の上積み交渉ではなく、働いた成果である付加価値を中小零細企業や非正規の労働者への公正な配分を求める社会運動としての春闘であって、2013春闘をその第一歩にしてほしい。



【2013.1.25

      2013春闘展望「新しいスタートとなる春闘に
 
              生産性新聞 2013.1.25.     


ここ数年の春闘は、実質的にゼロ賃上げの「冷凍春闘」の様相で、2013春闘もこの冷凍状態が続くことが予想される。このため、労働組合はそれに応じた闘い方≠用意しないと、存在意義が問われかねない。より交渉成果が得られるよう、体制を立て直していく必要がある。

折りしも12月の総選挙で安倍政権が誕生し、新たな「交渉要素」が萌芽してきている。
それは、安倍政権が打ち出している「物価上昇2%」を目標に掲げるリフレ政策である。思惑通りに2%の物価上昇となるかどうかは予断を許さないが、もし仮にそうなった場合、賃上げ要求の中に物価上昇分の「2%」を加えるのが春闘の慣行である。労働者は物価上昇に敏感で、それに応じた賃上げ要求をしないと実質的に「賃下げ」になり、不満が高まる。

その一方で、リフレ政策は景気浮揚に効果があるとしても、そもそも劇薬であり、急激なインフレに陥る危険性もある。物価上昇→賃上げ→価格転嫁→賃上げ、という悪循環を生む可能性も出てくる。そうならないためにも、今春闘において、リフレ政策によるリスクとその対応策について、労使が事前にじっくりと話し合っておくことが重要である。
賃上げ以外では、「均等待遇」への取り組みに注目したい。もはや、「非正規労働者を正社員化する」という路線では非正規労働者を巡る諸問題は解決しない。
均等待遇の実現に向けては様々な課題があるが、労働組合にとっては特に「産業別地域最低賃金」への取り組み強化が重要である。

筆者はこの数年、東北・北関東地域の最先端工場の製造派遣・請負の実情を調査しているが、これらの最先端工場が時給を設定する時には、地域最低賃金よりも電機連合や自動車総連が深くかかわっている産業別地域最低賃金を重視している。労働組合がこれを引き上げればその分、派遣・請負労働者の時給がアップする。また、これを工場内で働くすべての労働者に適用する旨の条項を労働協約の中に明記すれば、全労働者の処遇改善へとつながっていく。
 一方、正規労働者と非正規労働者の賃金格差は厳然として存在している。この背景には基本的には教育訓練・キャリア形成の違いがある。したがって、非正規労働者に対して公的職業訓練をはじめとするキャリア形成の仕組みを整備し、政労使やNPO、人材会社が一体となって実行していくことが肝要である。
 今年は干支でいうと癸巳(みずのとみ)の年になる。癸巳とは「新しいことが始まり、協力して順序を踏んでことを進める」という意味があるが、春闘が新しいスタートになることを期待したい。    (談)




【2013.1.20】

       アベノミクス“絶好調” 痛みを被るのは誰だ
             
株高・円安でアベノミクスの滑り出しは絶好調だ。唯一の障害であった海外からの「円安誘導」非難も、日本政府がG20でデフレ脱却を公約したことで免除され、「物価目標2%」が本格稼働する。

そんな中で迎えた13春闘、安倍首相は経済団体首脳との会合で、直々に業績が改善している企業に給与増を要請した。もちろん経済界はベアには慎重だが、賞与などの形の引き上げならば企業も受け入れやすく、ローソンの新浪社長が先陣を切って正社員の年収を平均3%引き上げたいと表明をした。

一方、連合の古賀会長も、「デフレからの早期脱却は、春闘の結果が非常に大きなカギを握る。所得を上げて消費を拡大することが重要だ」と、アベノミクスにエールを送る。
このように「賃金上昇がアベノミクスの成否を決めるカギだ」とする点で、政労使の波長が合っている。これだと、世界初の壮大なる「社会実験」が成功しそうな雰囲気である。これで、名目価格が上り、名目成長率も上昇、名目賃上げを実現できれば、皆んなハッピーになるようにみえる。

だが、「好事、魔多し」。ひとたびインフレの“麻薬”に手を染めると、物価上昇と賃上げのいたちごっこで、止めても止められない真性インフレに陥るのが市場の怖さである。

筆者は、もともと市場主義者だが、市場原理主義ではない。だから、リフレの効果も全面否定するわけではなく、2〜3割は成功する方にも賭けており、6〜7割方は失敗とみている。それでも安倍内閣がやるというのなら、インフレのリスクを制御しながら行うべきだという立場にたつ。

それでも、筆者が安倍流リフレ政策に慎重なのは、理由がある。それは、インフレーションが福祉社会を破壊する天敵であるからである。野田「消費税」増税が国民からそれなりの支持を得たのは、福祉社会への「期待」があったからで、国民はそれを日本のめざすべき社会であると思っている。リフレで景気が回復しデフレ脱却しても、インフレになってしまっては福祉は実質的に後退し、将来EU並の高負担になっても現行の中福祉すら実質的に削られてしまうと、元も子もない話になる。

例えば、公的年金である。平成17年の年金法改正で「マクロ経済スライド」が導入され、「年金額の伸びを賃金や物価の伸びよりも抑える」ことにした。ハイパーインフレになって最初に苦しむのは年金生活者や低所得層、福祉社会の破綻でインフレリスクの痛みを被るのは労働者だ。以って銘ずべしだ。



2012.12.2

安倍“リフレ”一刀流vs野田派“増税”無手勝流

1983年以来、29年ぶりの師走選挙だった。11党が並び立った選挙戦の争点は、社会保障、外交安全、経済政策、公共投資、原発エネルギー、TPPなど多岐にわたったが、その内容はどこもかしこもリアリティーのない空中戦であった。なかでも第三極といわれるシングル・イシュー政党が政策の差別化を狙って仕掛けたはずの原発政策も、「10年で卒原発」や「フェードアウト」と政府の「30年代に原発ゼロ」とで政策のどこに決定的な違いがあるのか分らずじまいに終わった。

そうした中で、筆者が重大な関心を持ってフォローした点がひとつだけあった。それは政治や選挙のことではなく、相場の話である。

師走選挙で「安倍相場」

野田首相が解散を表明した党首討論の翌日、116日の株価は前日比165円の大幅高を記録した。その後も株価は続騰、為替も1ドル=80円台の円安に振れた。この株高・円安を作ったのは安倍自民党総裁、市場はこれを「安倍相場」と呼んだ。

 きっかけは、党首討論直後に安倍氏が行った講演、「日銀が2〜3%のインフレ目標を設定し、金融を無制限に緩和する」と発言した。いわゆる「リフレ政策」である。有り体に言うと「もっとお金をばらまき、それで人為的にインフレを起こせば、デフレから抜けだし景気はよくなる」という話で、さらに安倍氏はこの政策を実行するために必要があるならば日銀法を改正し、来年4月の白川総裁の任期が切れを待って「大胆な金融緩和をおこなっていただける方に交替してもらう」と発言した。

民主党政権下の3年有半、円高と株価低迷に苦しんできた日本経済にとって久方ぶりに訪れた朗報で市場は俄かに活気づいた。しかし、それで安倍「リフレ政策」への支持と自民党の政権奪還への期待が高まったかというと、さにあらず懸念を呈する声が各方面から噴き上がった。

まず、安倍「リフレ政策」に対して論理的に且つ最も強く反撃したのは日本銀行の白川方明総裁だった。同総裁は記者会見で、リフレ策はIMF(国際通貨基金)が「中央銀行が行ってはいけない金融政策」とし、先進国ではインフレターゲット政策をとる国はないと切り捨てた。

 また、野田首相も「要は建設国債を大量に発行して公共事業をいっぱいばらまこうという詰だ。そんな政治に戻していいのか」と反論したが、これは選挙目当ての政治的な発言なので、リフレ批判になっていない。

だが、経団連の米倉弘昌会長が、建設国債の日銀買い入れ策を「世界各国が“禁じ手”としている政策で無謀に過ぎる」と述べ、「大胆な金融緩和というより、むしろ無鉄砲」だと批判したのは、強烈なカンターパンチであった。

こうした各界らの批判に加えて、自民党内からも「無責任なことを言ってもらっては困る。もっと慎重に発言してほしい」との声があがり、安倍総裁も当初の「無制限な金融緩和」という発言から日銀が市場から国債を買い入れる「買いオペレーション」に表現の修正を図った。それに対しても米倉氏は、「財政ファイナンス(国の借金の肩代わり)と受け取られかねず、日本国債に対する国際的な信用問題に発展しかねない」と、重ねて強い懸念を表明した。

リフレ政策は劇薬

いわゆる「リフレ政策」について批判が多いのは、メリットよりもリスクの方が大きく、「デフレ状況下でのインフレターゲットは効果がない」というのが経済学の常識だからだ

「リフレ」とは、リフレーション(reflation)政策の略。主に中央銀行による積極的な金融緩和を通じて景気の回復を図り、緩やかなインフレ(物価上昇)を生み出すことをめざす。中央銀行が国債などの債券を買い入れの拡大などを通じて、市中への通貨量を膨張させる政策のほか、明確な物価目標の設定を指す場合が多いが、リフレ派とされる論者は物価の上昇期待や円高是正につながると主張し、名目成長率の上昇による税収増で、財政再建にも貢献すると論じる。

単純に言うと、リフレ政策は中央銀行に中央銀行券を過剰に発行させるという考え方である。いま少し、大学の経済学のテキストくらいの論理的な説明をすると、グローバル経済危橋の下で、ケインズ主義の主流派経済学の教科書どおりの金融政策が行き詰まり、伝統的な金利操作が効かなくなった日米欧の中央銀行は共通して非伝統的な超金融緩和に踏み切った。20089月のリーマンショックの後、イギリスは 中央銀行の資金供給を3倍に、アメリカも2.5倍、欧州は1.8倍に増やしたが、日本だけは例外で日銀は14%の増加に止め、それで日本経済はデフレから抜けだせずにいるというのである。

リフレ派と呼ばれている学者には、岩田規久男、若田部昌澄、浜田宏一、エコノミストでは安達誠司、嶋中雄二、吉川雅幸、村上尚己の各氏に、テレビでお馴染みの高橋洋一、森永卓郎の両氏がお茶の間向けのオピニオンリーダーを務める。

 その高橋洋一氏によると、小泉政権の2004年初めごろから、財務省が為券(ためけん)と呼ばれる政府短期証券を発行して為替介入を行い、それを日銀が市中から買い取って、ベースマネー(中央銀行が供給する通貨)を増やす量的緩和を行ったが、この大規模な金融緩和が行った時の自民党幹事長が安倍氏だったという。その結果、為替は円安に振れ、景気は上向いたが、06年3月、まだデフレ下にもかかわらず与謝野馨氏が量的緩和を停止してしまい、結果は景気が失速した。こうした経験を持つ安倍氏にとって、デフレがまだ継続している下での金融緩和は当然の政策である、と高橋氏は評価する。安倍氏の今度の発言は、こうした経緯を踏まえた上でのものだという。

 しかし、日銀はすでに、あふれんばかりのお金を市場に流す量的緩和政策を採用している。だが、デフレ脱却の効果は見えない。そのことからも、これ以上の量的緩和をしても、リフレの効果はかなりあやしいと推察できる。それでもリフレ派は、「お金のバラマキ方が足りないからだ」と主張してきた。

百歩譲って、リフレ政策が景気浮揚に一時的な効果があることを認めても、それは劇薬である。過度の金融緩和策で、人々のインフレ期待に火をつけて、国内市場でそれだけで投資が増えればいいが、そうならないと増発した国債の価格が暴落→長期金利の上昇を招き、そこから銀行危機→貸し渋り→景気悪化への発火点となりかねず、さらに国家債務危機の顕在化という最悪のシナリオに陥る怖れすらある。万が一こんなことになると、日本債務危機となり、世界恐慌になる。白川日銀総裁が量的緩和の拡大に慎重な姿勢を見せるのは、その危うさを知るからなのだ。野田首相が、「国債増発と日銀の直接引き受けは、我が国への信認を危うくする“禁じ手”だ」と反論したのも同様の考えた方であろう。

だが、「最悪のシナリオ」への恐れはいまのところない。債券市場では、長期金利が9年半ぶりに0.6%の水準に低下(=国債価格は高値)したまま微動だにしなかった。これは安倍発言に対する政府・日銀・財界の姿勢に安堵したためで、野田“消費増税”路線は海外の投資家から盤石の支持を受けている。

このように為替市場が政局に敏感に反応したのは、2年前にもあった。2010年夏の民主党代表選挙で菅・小澤決戦になった時、小澤氏が勝てば歳出拡大・国債増発になるとの観測が拡大、長期金利が一時急上昇し「小沢ショック」と呼ばれたが、菅勝利で収まった。

劇薬の安倍流「リフレ策」か、野田首相の「盤石の増税路線」か

今回は、安倍“リフレ”一刀流と野田派“増税”無手勝流の一本勝負. 一時は「政権交代にで“債券売り”のポジションが優勢になる」とささやかれたが、野田の戦わずして勝つ無手勝流で市場は沈静し、決着は総選挙の結果に委ねられた。世界の市場関係者は選挙後の政権の形いかんに日本国債の売り・買いの判断を先送り、年明けにその本番がくる。

しかし、市場は早い仕掛けが肝要、総選挙中の市場の水面下で、いくつかの気になる動きがあった。

選挙中の株価高騰で、市場では日経平均1万円台への期待が高まる中、この株高をけん引したのはやはり外国人投資家だ。これまでは短期売買をするのは投機筋であったが、今回の日本株を買う機関投資家の動きが目立った。なかでも中国の政府系ファンドとみられる「OD05オムニバス」が、日本の主要企業の少なくとも145社に約2兆3000億円を投資していることが分った。同ファンドは今春時点で東証1部の時価総額の1%強にあたる日本株を保有していたため、尖閣諸島問題を受けてその動向が注目されていたが、なお高水準の投資を維持しており、純粋な投資活動として冷静に日本企業を見極めているという。

中国ファンドか投資している日本企業は145社、そのなかにはトヨタ自動車や武田薬品工業、NTTなど日本を代表する企業が含まれ、全日本空輸やソフトバンク、パナソニックなどが買い増しされている。当面は、「日本株を割安とみて広範な銘柄を買っている」と言われているが、日本の金融市場の波乱要因になる可能性を秘めている。

また、「BRICs」という言葉の命名者で、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントのジム・オニール会長が「円の大幅下落する」との予測を発表、市場での円売り・株買いに拍車をかけた。このオニール氏の予測に、国債価格・長期金利は無反応であった。それはデフレ脱却のために金融緩和を強力に進めるといっても、円相場が一時的に円安方向に動くだけで、これでデフレ脱却できないことは分かっており、当面は野田政権が敷いた増税路線で日本売りはないと見越して、今回のオニール予測は「円売り」だけに止めたのである。その意味は、ひとつは2007年以来続いた円高トレンドは終焉したこと、いまひとつは円安局面がさらに進んだとしても、諸外国とりわけアメリカら見ると、日本の産業・企業にはかっての国際競争力なく、世界市場を脅かすようなことにはならないと安心しているということだ。

仮にそうであるとすると、どんな政権ができようともデフレの悪循環から脱却はそう簡単ではなく、野田内閣が敷いた“消費増税”路線が2014年春の実施が困難になったり、そこはなんとかクリアしても増税効果の賞味期限が切れると、次の再増税(例えば15)を市場から催促され、投機筋はそれが容易でないとみて日本国債売りを仕掛けてこよう。

その意味では、安倍流「リフレ策」にしろ、野田流「増税路線」にしろ、失われた20年といわれる日本経済の負の循環を断ち切ることが最大の課題であることには変わりない。

総選挙では、多くの党が、デフレ脱却のための金融緩和、民間需要の不足を補うための公共事業、新分野育成のための産業政策といったものを打ち出していたが、自民党の国土強靭化のような公共事業政策は、民間への波及効果が乏しく、企業の国際競争力をの強化にどれだけ効果があるのだろうか。また、民主党や第3極などの目玉であるクリーン・環境、介護・医療、子育て分野を成長産業戦略の結びつけるにはこれらの分野に共通する規制の改革が不可欠である。原発エネルギー政策については、各党が総選挙で声高に叫んだのは「クリーンエネルギー」という空理空論ばかりである。もともと「原発からクリーン」への転換は技術と市場原理に則ってなるようにしかならない話で、そこに政治が入り込む余地はほとんどない。政治家がやるべきことは、「廉価で安定した」をエネルギーを供給できる基盤であるインフラを整備することで、そのためには原発事故による電力料金の上昇の国民経済への打撃を極力回避しつつ、電力料金の上昇を抑制するために発送電分離・9電力体制の打破し、再生可能エネルギー開発の障害なっている各種規制を緩和する抜本改革を断行してゆくことである。あとは民間の市場原理に委ね、新技術の実用化の進展に沿って原発電源を価格メカニズムを通じて淘汰していくしか、「脱原発」のリアリティーはない。

産業育成策でも有望分野に当たり前のように補助金がつぎ込まれ、優遇税制による隠れた補助金が横行してきた。しかし、金をバラまく前に、例えばクリーン、介護、保育などの分野への民間参入が障壁なくし、政府が外部経済を整備するよう注力するなど、グローバルスタンダード―に沿った産業政策をとることが重要である。

 このような政府による市場の整備は、正規と非正規の「壁」が厳然として存在する労働市場においても例外でない。全雇用者に占める非正規社員の割合は2011年に35.2%となった。また、正社員になりたかったが非正規で働いたりしている「不本意労働者」は400万人に達していると推計されている。

 前回の総選挙で民主党が勝利したのは、これら非正規労働者を中心とした無党派層が、自分たちの処遇の改善を民主党政権に委ねてみようと投票場に行ったからである。しかし、それで政権の座に就いた民主党は、結果として非正規の雇用の場を狭める「労働者派遣法改正法案」を国会提出するなど「せんでもいいことばかりして」、中途解除や雇用止めへの金銭解決や時給の均等待遇など肝心要ことに対して何一つ有効な手を打てず、これによる民主党離れで今回の大敗北につながったのである。

 11月6日、組合員141万人を擁する連合傘下で最大の産別組織「UAゼンセン」が誕生した。挨拶にたった逢見直人新会長は、「私たちの組織の組合員は、雇用形態別には正社員が49.9%に対し、パート・契約社員・派遣などが50.1%で、半数は非正規社員で構成する特徴を持つ」と述べたが、なかでも組織内で最大の組合員を占める流通部門は7割、近い将来には8〜9割が非正規社員になるという。ここまでくると、非正規を正社員化するという路線では、非正規を巡る問題は解決しない。

自民党も今度の衆院選の公約で「同一価値労働・同一賃金を前提に均衡待遇をめざす」を盛り込んだ。欧州でもパート労働者の割合は高いが、正社員と同様の待遇を義務づける法制度を持つ国が多い。

いかなる政権であろうとも、正規と非正規の均等待遇の実現は待ったなしの政治課題で、グローバルスタンダード―に沿った労働市場改革が至上命題である。「非正規の支持なくして政権維持なし」、以って銘ずべしである。

【2012年9月12日】

雇用のアウトソーシングで揺れるインドネシア

インドネシアは、いま雇用のアウトソーシングの問題で揺れている。アウトソーシングとは派遣・請負のことである。

雇用のアウトソーシング

日本労働ペンクラブのインドネシア調査団の一員として9月3日、17年ぶりに首都ジャカルタを訪れた。ところが、その日の夕方、ジャカルタ郊外の工場団地「MM2100」内にある日本圧着端子製造の現地法人「JSTインドネシア社」の工場で、アウトソーシングを巡る労使協議に絡んでインドネシア金属労連(FSPMI)の組合員らが工場を取り囲み、日本人幹部を含む約450人の従業員らを工場内に閉じ込め、工場を操業停止に追い込むという事件が起った。

地元メデイアによると、労働組合は非正規雇用の従業員を正社員にするよう要求、封鎖中の工場から会社幹部を近くのレストランに呼び出して労使交渉を開始、5日未明に会社が要求を受け入れて従業員らは解放され、工場は操業を再開した。

 「MM2100」は日本の大手商社が建設した工業団地で、我々は争議が解決した直後に訪問、団地運営会社から話を聞いた。この工場はもともと正社員1割に対してアウトソーシング(派遣・研修生)9割での運営をされてきたが、いろいろあってここにきて正社員の比率を高めてきて、現在は正社員700人、派遣社員100人、研修生700人で運営、たが派遣社員の組合員の解雇したのを契機に工場の外部から1000人の支援者に取り囲まれ、今回の騒ぎになったという。

 騒ぎはここだけに止まらず、同じ日にも凸版印刷の現地法人トッパン・プリンティング・インドネシア社の労働組合員ら約50人が、非正規労働者の契約・派遣社員の正社員昇格と解雇した組合員5人の再雇用、工場内での抑圧的な監視体制の改善を求めて、ジャカルタの目抜き通りに日本大使館前にデモをかけ、また西ジャワ州ブカシにある同社工場でもデモで取り囲み操業を止めている。

 アウトソーシング問題をめぐっては、この1月から労働組合による工場への無断侵入や会社幹部の軟禁などが断続的に発生してきていたが、とくに69日に日系工場が集積する「MM2100でも6千人規模のデモを機に各地で頻発しており、それでもなかなか埒が明かないとみた金属労協と他の3つのナショナルセンターは9月25日にアウトソーシング規制強化と正社員化要求の大攻勢をかけるとしており、そこが大きな山場になる可能性が高い。

3つの非正規雇用

いま、なぜインドネシアでアウトソーシングから正規雇用への転換を求める運動が、かくも広がりをみせているのか。この点に関しては、筆者は正規・非正規を巡るインドネシア特有の雇用問題があると見た。

インドネシアの労働組合が問題する雇用のアウトソーシングとは、契約社員、派遣労働者、それに研修生の三つの雇用形態のことである。

@契約社員は、直接雇用の社員であるが、雇用期間は日本と同じように法律で原則3年(2年十1年)に期間限定され、更新2回、行える業務は技術者など専門職業務と定められている。

A派遣社員は、派遣会社と雇用契約を結び、雇用(使用) 期間は無期限で、行える業務は主要業務(コアビジネス)以外の臨時的・一時的なものに限定されているが、これが基幹業務につかせているケースが多いというのが労働組合側の主張で、これが労使紛争の原因となっている。

B研修生とは、直接契約になっているが、雇用関係ない。ちょっと分かりにくいが、日本の外国人研修生・実習生のようなもので、いわゆる「労働者性」がない。雇用期間はMAX 1年、延長可で、行える業務は特に限定ないので、使い勝手がはなはだ良い。日本の研修生・習学生は中国人が多いが、インドネシアでは現地の労働者で冒頭の「JSTインドネシア社」の争議で問題にされた700人の研修生はほとんどが若い女性で、賃金も地域の最低賃金ぎりぎりというケースが多い。

 このうち、広義には@からBまでのすべてをアウトソーシングに含めるが、インドネシアの労働組合はAとBを問題にしているようだ。

 日本では全雇用者に占める非正規雇用者の割合は38.7%と公表されているが、インドネシアの統計では67%となっている。但し、これには個人事業主や家族従事者なんかも含まれていて、実際どの位なのかよくわからない。

 インドネシアには「キラキラ」という言葉がある。「だいたい」とか「おおよそ」という意味である。インドネシアの政府やビジネス関係の人と話をしていても、数字の質問をすると、この「キラキラ」という言葉が返ってくる。インドネシアでは、数字の前に「キラキラ」がつくと、「だいたい」というよりは「よく分からない」ということだと理解した方がいい。

 インドネシアに進出する日系企業でつくる商工会と在住の日本人会を一緒した組織であるジャカルタ・ジャパン・クラブを訪ね、日系進出企業の社長さん達との質疑の場でアウトソーシングの比率について質問したところ、例の「MM2100」の社長さんは「うちの工場団地では、正社員は1割、アウトソーシングが9割というところか多い」と答えたが、花王やヤマハ発動機の社長さんたちは「そんなに高くない、せいぜい5対5程度だ」と言う。どうも、1990年代の早い時期から進出て来ている企業は正社員でスタートした経緯があるのに対して、2000年代以降の比較的最近に出てきた会社は当初からアウトソーシングを積極的に活用しているという違いがあるようだ。

強すぎる解雇規制

アウトソーシングが増大した理由は何かと言うと、筆者の一週間足らずの観察からすると、インドネシア特有の「労働法制と雇用慣行」と「歪んだテイク・オフ」という構造問題があるようにみえた。

まずは、インドネシア特有の「労働法制と雇用慣行」について。インドネシアの労働法では、解雇すなわちPHK(「雇用関係の終了」)は許可制で,普通の解雇は地方労働紛争調停委員会の許可、1ヵ月に10人以上の「大量解雇」の場合は中央労働紛争調停委員会の許可が必要とされる。政府の許可なく従業員を解雇することはできないのである。

 解雇事由は、詐取,窃盗,隠匿や職場で飲酒,麻薬、売春、賭博などの違法・不道徳行為や企業の秘密を漏洩した場合など、即時解雇に該当するケースでも許可が必要となり、また、窃盗,暴行,器物損壊などインドネシアの刑法に触れる犯罪でも、さらに日本では懲戒免職に相当するような解雇事由でも,法令上,慰労金,補償金を支払う必要がある。退職金は慰労金,補償金を含めると、勤続24年で32カ月分に及ぶケースもあるという。

 このようなインドネシアの雇用法制上の強い解雇規制が、企業に正社員雇用よりもアウトソーシング雇用の活用を積極化させる背景になっているのである。

 次に「歪んだテイク・オフ」という構造問題がある。
 筆者は、今から15年前の1997年にインドネシアを訪問している。この時のインドネシアの1人あたりのGDPは1000ドルを超えた程度であった。この時はタイにも行ったが、タイの1人あたりのGDPは2000ドル台、バンコクは3000ドルを超えていた。インドネシアがタイ並みになるのは5年後くらいかと見ていたが、実際にインドネシアの1人あたりのGDPが3000ドルを突破したのは2010年、現在は3797ドルに達しているが、それでも世界乗110位、独立した東チモールにも抜かれている。

 この原因は、ポストスハルトからユドヨノ登場までの6年半(19982004年)にわたる“政治空白”、これで経済のティクオフという最も大事な時期を逸した。そのため、電機、自動車などの産業が立地するものの、その大半は日本、シンガポール(華僑系)、韓国といった外国資本で、肝心の民族系産業資本は農村型の繊維・縫製業という「歪んだ産業構造」に止まっている。

 この「歪んだ構造」は賃金にも反映されている。「MM2100」内の電子部品工場を見学して、ここの賃金は、正社員で350万ルピア(35,000)、契約社員でも194万ルピア(19,000)とほぼバンコク並みである。ところが、歌の「ブンガワンソロ」で有名なソロ市、その近郊の村の縫製工場に行くと、ここで6カ月の雇用契約で働いている2030歳代の女性契約社員の賃金は月84万ルピア(8,400)で、バングディッシュのダッカと同水準である。人口規模世界第四位、東西5000キロ、大小1万8000の島があるインドネシアでは、バンコクとダッカが並存しても不思議ではないが、この「歪んだ構造」が労使紛争の種になる。

日系工場団地の工場の従業員を監禁した金属労協のイクバル会長に会って話を聞いたが、氏は「インネシアの最低賃金は月120ドル(9600)、タイの最低賃金の三分の一だ」と主張する。近年、賃上げ率が物価上昇率、特に食料品費の上昇率を下回っており、アウトソーシングの低所得者層の家計を直撃している。また、35.2%の雇用者が適用されるべき最低賃金を下回っている状況下では、その処遇改善と正社員への転換を求める運動に火がつくのは当然である。

 このインドネシア金属労連(FSPMI)のイクバル会長が、反アウトソーシング闘争をリードする。イクバル氏は1968年生まれ、インドネシア大学ポリテクニック(工業短大)卒業後、91年に松下寿電子工業インドネシア社(当時)入社。92年から労組専従、2006年にインドネシア金属労連(FSPMI)の会長に就任、現在に至る。FSPMIは自動車や電機の工場などを中心に日系企業が80%以上を占め、国際金属労連(IMF、現インダストリオール・グローバル・ユニオン)に加盟、日本の金属労協(IMFJC)とは兄弟関係にあるが運動は急進的である。


反アウトソーシング闘争のリーダー・イクバル金属労協会長

 だが、イクバル氏によるとインドネシアの労働運動は、@政府が上から組織した「イエロー・ユニオン」、A学生運動からでてきた急進派、B会社で働く労働者自身の労働組合、の三つの流れがあるという。もちろんFSPMIはBの流れに属し、労働者の利害にそった労働組合だという。それでも、工場団地に通ずる高速道路を封鎖して工場の操業を止めたり、監禁したりするのは、「利益を出している企業がそれを私たちに還元してくれないからだ」というが、しかしやっていることは、かって日本の太田薫さん式の完全な「マッチ・ポンプ」である。しかし、イクバル氏は私たちに「ストをしないで解決する方法を探りたい」と宮田義二さんのようなことを言い、これからの労使関係について「@ネゴシエーションすなわち労使の会話、Aパートナーシップ、B互いの信頼」を提案している。

イクバル会長は、はたして太田薫さんになるのか、宮田義二さんのようになるのか、インドネシアの未来がかかっている。


インドネシアの労働法と解雇規制に関するこの部分の記述は、野村俊郎「インドネシアの解雇規制」(「商経論叢」第52号)による





【2012年8月12日】

40歳定年制」への疑問

政府の国家戦略会議が「繁栄のフロンティア部会」の報告書で、『四十歳定年制』を打ち出した。これに対して、大竹文雄(大阪大学教授)が、中央公論9月号の「時評2012」で『四十歳定年制』を支持する主張を展開している。この文章はわずか1800字程度のコラムであるが、重要な論点を含んでいる。

大竹は冒頭で、まず今政府が高齢者雇用安定法で65五歳への定年延長や再雇用を推進しているなかで、「四十歳定年制なんてとんでもないという意見が多そうだ」という断りを入れながら、それでも『四十歳定年制』に賛同する理由として、60歳定年から65歳までの雇用延長で五年間働く場合と、例えば55歳から関連会社に転籍するなり転職して新しい職場で65歳まで10年間働く場合とでは、「新たな技能を身につける意欲も頑張りも全く異なってくる」と主張する。確かに、再雇用や再就職の期間が10年あれば「もう一仕事できる」という気になるのが、5年間だと周囲に迷惑かけずに年金がもらえるまで働ければいいと思うのがサラリーマンの心情で、これは半ば筆者の実体験でもある。

 だが、大竹が『四十歳定年制』を支持するのはもっと積極的というか労働改革の視点からの理由で、中高年を労働市場から退出させることなく、「全ての国民が七五歳まで働ける社会を形成する」からだと主張する。すなわち、学び直しによって多くの労働者が新しい環境に見合った能力を身につけ、労働者も結果的により長く働けるようにすれば、人材の新陳代謝を促し、企業の競争力をつけることが可能だという。さらに「繁栄のフロンティア部会」は、単に『四十歳定年制』だけを提案するのではなく、そうした企業には 定年後12年程度の所得補償を義務付け社員の再教育機会を保障することで、労働者の労働移転を円滑化すると評価する。

 今国会で成立した労働契約法は、5年を超える有期雇用契約を無期雇用契約に切り替えるという制度に改正された。これについて、大竹は無期契約になれば、確かに雇われる側にとっては、今までより安心感が高まる制度であるが、一方、雇う側にとっては、有期雇用契約で五年を超えて雇うことは、定年までと六十歳以降の雇用も保障する覚悟をしなければならず、人を雇うことにますます慎重になると、大竹は政府の政策を批判する。

 以上、市場主義経済学の労働経済学者らしい大竹の論理は一応筋が通っているが、だからと言って、『四十歳定年制』が現実の労使関係の中で受け入れられるものであるかとなると、はなはだ疑問である。

筆者は、かねてから『四十歳定年』かどうかは別として「早期定年」論者で、パナソニックやソニーがサムソンになぜ負けたかと質問されると、「サムソンの大卒ホワイトは45歳でボード入りの外れると退職し、それが最近では38歳に早まり、これを“38度線”というが、日本の大企業だって48歳で大卒の8割が辞めてくれれば楽勝である」と答えてきた。日本は「終身雇用」の国と言うが、「終身雇用」の制度はない。あるのは新規学卒一括採用、60歳定年制、それに定期昇給、遅い昇進制度、年功累積的退職金など、「終身雇用」を構成する部品があるだけだ。これらの部品のコンポーネンツである「終身雇用」が、今やグローバル競争の中で不適合を起しているわけで、したがって労働市場改革は不可欠であるが、だからといって定年年齢だけ取り出して『四十歳定年制』にするのは現実的でない。もしそうしたいのであれば、まずは労働市場の入口と出口、すなわち新卒採用の柔軟化と定年の「ゾーン化」(5565歳の選択定年制)し、リタイアと退職金支給の年齢を切り離した上で、労使合意を踏んで時間をかけて取り掛かるべきで、いきなり『四十歳定年制』というのは手順が逆で、そう唐突にやられたのではサラリーマンにとって準備の仕様がないからである。


【2012年6月18日】

親族扶養優先」から「公的扶養の優先」へ

生活保護「不正受給」から考える福祉国家ニッポンの姿

人気お笑い芸人「次長課長」河本準一の母親が生活保護を受給していたということが明るみにでて大騒ぎになった。この問題は我が国の生活保護にかかわる重要な課題を内包しているにもかかわらず、今月発売の総合誌でこれを論じたところは寡聞にして知らない。そこで、週刊誌の中で最も力を入れた特集を組んだ週刊現代(2012/06/02日号)「『生活保護大国』ニッポンの真実」を取り上げる。

 その内容は、「年収5000万円のお笑い芸人『次長課長河本準一の母親が受給」から始まり、「家賃も医療費も住民税もNHK受信料もみんなタダ、生活レベルは『年収400万円』の実態」、さらに全国に209万人、生活保護費2兆7000億円に潜む不正受給と「貧困ビジネス」・「病院・薬」の闇に迫り、『識者の見方』で結んでいる。詳しい内容は、その後のテレビの報道で諸兄諸姉がご覧になったものと同じなので、ここでは最後の識者の見方だけ紹介したい。

まず、ことの一方の当事者である片山さつき自民党参議院議員は、「不正が明らかになれば、河本さんには過去の受給分の全額返還を求める」と政治的な発言をしている。しかし、本人が返還するとかどうかは本質から外れた問題で、そうしたからっとこういって何の解決にならない。

次に数学者で『国家の品格』の著者、藤原正彦氏。氏は、「昔は『さもしい』という言葉がありました。『権利を主張する』ことを欧米では当たり前のように言いますが、日本ではそういう行為のなかに『さもしさ』を見る感覚があった。だから、まずは『さもしい』という言葉を復活するところから始めなくてはなりません」と宣ふ。この藤原氏の「日本はかつて高貴な国でしたが、いまは普通の法治国家になってしまった」という主張は、福祉国家の在り方を巡る問いには、何の役にもならない戯言である。

 さらに、政治評論家の屋山太郎氏は、「もらえるものはもらう」という風潮については、「こんな時こそ『あの政治家』の出番だ」として、「大阪市の橋下市長のような『鬼のような』強い首長がほしい」と言うが、これは問題のすり替えだ。

そもそも扶養には「私的扶養」と「公的(国家的)扶養」の二種類がある。また、教会、労働組合などの中間的形態もある 。言うまでもなく、生活保護は貧民の救済を目的とした「公的扶養」である。だが、我が国の生活保護法は「私的扶養が困難な場合のみ公的扶養が開始される」という「親族扶養優先の原則」をとっている。しかも、日本の民法は730において「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」と規定し、しかも直系とは親等」単身世帯が大勢の現在の家族形態とはギャップが大きい。

諸外国では、どうなっているのだろうか。国家公務員一般労度組合のブログ「すくらむ」は、「親族に生活保護受給者がいる著名人のスキャンダルなど欧州にはありません。そもそも欧州には家族扶養の責任など存在しないのが『欧州の常識』です」と主張している。また、「赤旗」(6月9日)もニュース問答で、「イギリス、フランスは、そもそも子どもに親の扶養義務や、兄弟の扶養義務がありません」と解説している。しかし、欧州に家族扶養の義務はないというのは、必ずしも正確ではない。

確かに、フランスでは2009から積極的連帯所得(RSA)制度が発足、就職しても収入額に応じて段階的な保障が受けられる制度に変更したが、扶養義務は夫婦間と未成年( 25 歳未満)の子どもに対する親の義務だけ、イギリスもパートナー相互間及び親の子に対する扶養義務のみである。だが、ドイツは民法で直系血族間においてのみ親族間の扶養義務を課し、イタリア民法も1親等の直系姻族までに限って親族間の扶養義務を認めている。

アメリカも日本の生活保護に相当するものとしてTANF( Temporary Assistance for Needy Families・貧しい家庭のための一時給付)があるが、あくまでもTemporary (一時的)な給付で、貧困家庭への生活保護はいわゆる『フードスタンプ(最低限の食生活の維持の交付)など、民間の寄付などによる中間的扶養のウェイトが高いが、TANFの扶養義務は夫婦間および未成年の子ども(概ね18 歳未満)に限定されている。

このように、生活保護にかかわる扶養義務の法的な規定は国によって分かれるが、扶養義務を課すにしても「私的扶養」の範囲を夫婦・子どもに限定し、また運用においては別世帯ならば実質同じ扱いをうける「公的扶養の原則」をとっている。この点で、日本だけが「親族扶養」優先という社会的な福祉とはかけ離れたきわめて特異な存在である。

スポーツニッポン( 2012.6.)によると、自民党の生活保護に関するプロジェクトチームは、受給者の親族のうち特に親子間の扶養義務を強める生活保護法改正案を議員立法で今国会に提出する意向だという。この動きの背後には家庭・家族の扶養の強化を求める勢力が蠢くが、これは明らかに時代の逆行である。

今度の「河本問題」を契機に生活保護の在り方を考えるとするならば、欧州型の公的扶養に転換することが福祉国家ニッポンの姿であろう。


【2012年4月15日】

    「社会保障と税の一体改革」は究極の年金改革で突破せよ        

社会保障と税の一体改革に「不退転の決意」をかためる野田首相は、法案づくり過程で迷走に次ぐ迷走を繰り返している。他方、橋下大阪市長は「積立方式」と「掛け捨て年金」を唱えるが、高校の教科書に劣るレベルだ。私の「究極の年金改革」案を季刊「現代の理論」30号に提案した。その要旨は以下の通り。

■究極の年金改革案

政府は「社会保障と税の一体改革」を進める消費税関連法案を閣議決定した。筆者は、野田新内閣の発足時から、その“増税” 路線に賛意を表明し、ずっと支持し続けている。

だが、当初は好意的であった世論も微妙に変化しつつある。各社の世論調査は、社会保障のために費増税を引き上げることについて「必要だ」とする答えが多数を占めるが、野田内閣の社会保障改革案については「評価しない」とする厳しい評価が多い。

政府は、消費税5%を社会保障四経費に充てるとしているが、これで年金・医療から介護、子育てまでやろうというのは無理な話だ。消費税の増税幅は当面3%、2015年でもたかだが5%、現行税率の根っこから足してもせいぜい10%にすぎない。せいぜい10%の財源ならば、年金改革の「一点」に絞り込むべきだが、そうせずに、その上将来さらなる増税を検討していたことがバレて、完全化に国民の信頼を失った。

最近、丸の内あたりで開催される「金投資」講座が30歳代のキャリアウーマンやOL達に人気だとう。いま彼女たちを「金」なのか。ずばり年金不安だ。30〜40年後に、国の公的年金が確実に貰えるかどうかは信用できないが、金ならば必ずリターンが保障されるからである。

一方、橋下徹大阪市長は、 “船中八策”で「現在の賦課方式から積立方式に変えて、掛け捨て年金にする」と言う。しかし、こうした橋下市長の提案には、誰しも年金生活を委ねようという気になれないだろう。若い女性たちが橋下市長の“迷論”を信用せず、「金投資」に走るのも頷けよう。

野田年金改革は最低保障年金で基礎年金を強化したことは評価できるが、報酬比例年金をそのまま残したことが最大の失敗である。なけなしの消費税10%ならば、なけなしの消費税10%しかないのであれば、基礎年金を夫婦二人世帯で一七万円、単身者十二万円に拡充し、他方報酬比例年金をスリム化しつつ国が行なうことから漸次縮小し、最終的にはなくしていくという究極の年金改革をするしかない。

社会保障と税の一体改革に「不退転の決意」をかためる野田首相は、法案づくり過程で迷走に次ぐ迷走を繰り返している。他方、橋下大阪市長は「積立方式」と「掛け捨て年金」を唱えるが、高校の教科書に劣るレベルだ。私の「究極の年金改革」案を季刊「現代の理論」30号に提案した。その要旨は以下の通り。

「究極の年金改革」案

政府は「社会保障と税の一体改革」を進める消費税関連法案を閣議決定した。筆者は、野田新内閣の発足時から、その“増税” 路線に賛意を表明し、ずっと支持し続けている。

だが、当初は好意的であった世論も微妙に変化しつつある。各社の世論調査は、社会保障のために費増税を引き上げることについて「必要だ」とする答えが多数を占めるが、野田内閣の社会保障改革案については「評価しない」とする厳しい評価が多い。

政府は、消費税5%を社会保障四経費に充てるとしているが、これで年金・医療から介護、子育てまでやろうというのは無理な話だ。消費税の増税幅は当面3%、2015年でもたかだが5%、現行税率の根っこから足してもせいぜい10%にすぎない。せいぜい10%の財源ならば、年金改革の「一点」に絞り込むべきだが、そうせずに、その上将来さらなる増税を検討していたことがバレて、完全化に国民の信頼を失った。

最近、丸の内あたりで開催される「金投資」講座が30歳代のキャリアウーマンやOL達に人気だとう。いま彼女たちを「金」なのか。ずばり年金不安だ。30〜40年後に、国の公的年金が確実に貰えるかどうかは信用できないが、金ならば必ずリターンが保障されるからである。

一方、橋下徹大阪市長は、 “船中八策”で「現在の賦課方式から積立方式に変えて、掛け捨て年金にする」と言う。しかし、こうした橋下市長の提案には、誰しも年金生活を委ねようという気になれないだろう。若い女性たちが橋下市長の“迷論”を信用せず、「金投資」に走るのも頷けよう。

野田年金改革は最低保障年金で基礎年金を強化したことは評価できるが、報酬比例年金をそのまま残したことが最大の失敗である。なけなしの消費税10%ならば、なけなしの消費税10%しかないのであれば、基礎年金を夫婦二人世帯で一七万円、単身者十二万円に拡充し、他方報酬比例年金をスリム化しつつ国が行なうことから漸次縮小し、最終的にはなくしていくという究極の年金改革をするしかない。

【年金シミレーション】

しかし、紙幅の関係で詳しいシミレーションを掲載できなかったので、ここに掲載する。
このシミュレーションは、2012年7月に再計算したものである。

          新基礎年金の給付と負担のシミュレーション
              (2012年7月新推計)
             前 提 条 件     シミュレーション
年度 @総人 A65歳 B内1  C国内 D民間 E基礎年金 F消費税
 人口  以上 人暮し  総生産 消費支出 総支給額 税収額
万人 万人 10億円 10億円 10億円 10億円
2010 128,057 29,484 29.7 510,428 313,011 20,143 12,126
2015 126,597 33,952 31.2 523,317 313,990 35,076 29,829
2016 126,193 34,640 31.6 525,934 318,190 35,793 30,630
2017 125,739 35,182 32.0 528,563 322,424 36,359 30,881
2018 125,236 35,596 32.4 531,206 325,066 36,792 31,288
2019 124,689 35,877 32.8 533,862 329,348 37,089 31,698
2020 124,100 36,124 33.2 537,332 333,664 37,350 32,368
2021 123,474 36,290 33.6 540,825 340,720 37,527 32,625
2022 122,813 36,356 34.0 544,340 343,424 37,603 33,096
2023 122,122 36,436 34.4 547,878 348,378 37,692 33,571
2024 121,403 36,529 34.8 551,440 353,382 37,794 34,051
2025 120,659 36,573 35.4 555,024 358,436 37,849 35,026
2026 119,891 36,584 35.9 558,632 368,697 37,867 35,026
2027 119,102 36,597 36.4 562,263 376,716 37,889 35,788
2028 118,293 36,640 36.9 565,917 384,824 37,941 36,558
2029 117,465 36,701 37.4 569,596 393,021 38,011 37,337
2030 116,618 36,849 37.7 573,298 401,309 38,170 38,124
2031 115,752 36,673 37.8 577,598 404,319 37,988 38,410
2032 114,870 36,848 37.9 581,930 407,351 38,171 38,698
2033 113,970 37,013 38.0 586,294 410,406 38,344 38,989
2034 113,054 37,203 38.1 590,692 413,484 38,543 39,281
2035 112,124 37,407 38.2 595,122 416,585 38,755 39,576
2036 111,179 37,651 38.3 599,585 419,710 39,009 39,872
2037 110,220 37,931 38.4 604,082 422,858 39,302 40,171
2038 109,250 38,239 38.5 608,613 426,029 39,622 40,473
2039 108,268 38,508 38.6 613,177 429,224 39,902 40,776
2040 107,276 38,678 38.7 617,776 432,443 40,080 41,082
2041 106,275 38,769 38.8 622,410 435,687 40,176 41,390
2042 105,267 38,782 38.9 627,078 438,954 40,192 41,701
2043 104,253 38,759 39.0 631,781 442,246 40,169 42,013
2044 103,233 38,676 39.1 636,519 445,563 40,085 42,329
2045 102,210 38,564 39.2 641,293 448,905 39,970 42,646
2046 101,185 38,398 39.3 646,103 452,272 39,799 42,966
2047 100,158 38,225 39.4 650,948 455,664 39,622 43,288
2048 99,131 38,057 39.5 655,830 459,081 39,449 43,613
2049 98,103 37,881 39.6 660,749 462,524 39,269 43,940
2050 97,076 37,676 40.0 665,705 465,993 39,062 44,269
注:@総人口、65歳以上人口、ひとり暮らし世帯は国立社会保障・人口問題研究所の推計(2010)
A国内総生産は、2010〜19年が実質0.5%成長、2020〜29年が0.6%、年2030〜2050年が0.75%成長
B民間消費支出は、20090年が実績見込み、2015〜30年まで国内総生産×0.60〜0.70、30年以降は×0.70
C基礎年金支給総額は2010〜14年は08〜09年の65歳以上人口との相関式で推計
2015年以降は(65歳以上人口*8.5万円*12)+(1人暮らし人口*3.5*12)
D消費税は2015年度から導入、税収額は民間消費支出×095×0.1



20111126日】

被災地は失業よりも人手不足

 先週、東日本大震災の現地を訪問した。3.11の直前まで調査で訪れていたところと同じ宮城県の名取、閖上など沿岸部と岩沼市のタイヤ工場を見て回ってきた。

名取、閖上など沿岸部は津波による被害が甚大で、全てが流されて瓦礫しか残っていないありさまだが、国道や高速の内陸側は地震で操業停止に追い込まれた工場のも震災後2〜3か月後から復旧し、雇用も遠隔地に避難して通えない従業員以外の大半は元に復帰しているという。

被災地の県や市の商工労働部などの担当者に話を聞いて、被災失業の実情とりわけ9月に雇用保険の給付を延長した後の状況について話が及んだ時に、給付延長がよかったかどうか口ごもる人が多かった。よく話を聞いてみると、雇用保険の求職者給付を受給していた方が安い時給で働くよりはいいという人が多くて、ハローワークで就職支援の窓口や説明会を開いても人か集まらないという。

この話を、現地の人材派遣会社の経営者に聞いてみると、働こうという人が出てこず、職種によってはむしろ人手不足気味のところが出てきており、それで仙台のパチンコ屋が大繁盛だという。また、仙台では復興作業で全国から人が集まり、国分町のキャバクラなども盛況で、キャバクラ嬢が足りず時給が3500円から4000円にアップしているという。

そんな中で、人を集めているプロジェクトがある。福島とか石巻市では、派遣会社と連携してCWA(Cash For Work)の手法で絆プロジェクトを展開している。絆プロジェクトは公的資金や寄付金を使って、被災者に仮設住宅の高齢者の見廻り、瓦礫片付け、子供の一時預かり、買い物代行など仕事を提供し時給を払うといもので、運用は派遣会社に委託しており、こっちは人が集まっている。

ただ、見廻り、瓦礫、買い物で毎日時給が異なるのは、行政サイドから事務処理作業が煩雑のなるとう理由で時給は一律1000円にしろということで、瓦礫作業をする人は不満らしい。瓦礫作業も地面に転がっているものの片付けだけで、廃墟や立っている柱は解体作業に当たるので手が付けられず、それをすると派遣法違反になるというのだ。

 このように政府の雇用復興施策は迷走が目立つが、県外からはインターネット通販大手のアマゾンがコールセンターを開設し、1000人規模の新規雇用をもたらすという。

これらの雇用の特徴は、その運営や人材募集を派遣会社が担い、契約社員や派遣社員が主力であることだ。この点はこれからの日本の新規の雇用創出を考えるポイントで、雇用の柔軟化と派遣の弾力的な運用がも雇用再生の鍵となろう



2011920日】

      野田“増税”内閣・「国家の信用」を懸けた瀬戸際の勝負

 野田新内閣が発足した。短命政権が5連敗した後に登場した“カド番”内閣だが、その特徴はなんといっても財政再建路線、より端的にいえば“増税”内閣ということだ。

野田新内閣が発足した9月2日、債券市場で長期金利の指標となる新発10年物国債利回りが低下、その後G7が開催時には1%を割る水準まで下がった。長期金利の低下は国債価格が上昇しているということで、野田新首相は世界の市場から好感を以て迎えられた。

また、官邸で初の記者会見に臨んだ野田新首相は、震災からの復旧・復興に加えて、「もう1つ大事なこと」として、財政危機への対応策を取り上げ、しかもこの短い発言の中で「危機」という言葉が3回も使っていることから、日本経済に対して強い危機認識を持っていることがよく分った。

さらに、所信表明演説でも、新内閣の「最優先課題」の一つとして「世界的な経済危機への対応」を取り上げ、「財政の悪化によって『国家の信用』が大きく損なわれる瀬戸際にある」と訴えた。この首相の発言には、一千兆円に迫る国債累積残高を抱え、いつデフォルト(債務不履行)になってもおかしくないという強い危機感がある。

それでも、なんとかなっているは、我が国が経常収支黒字で世界最大の純資産国であること、また消費税が低く、先進国に比べ1015%の増税の糊しろを有し、消費税の増税さえすれば財政健全化は可能だと世界からみられているからである。 

ただ、この日本国債の相対的安定がいつまでも続くというわけではなく、日本の政府債務残高が近々1000兆円を超えるレベルに達して政治問題化すると、日本国債が格下げされ、それを契機に海外投機筋の日本売りが加速する。 

野田首相にとって財政健全化に残された時間は少ない。市場が日本政府に見切りをつけて日本売りに転ずるか、速やかな増税路線の実行でそれから逃げ切るか、野田“カド番”内閣は「国家の信用」を懸けた瀬戸際の勝負にでる。




【2011年5月13日】

               東日本大震災から「奇跡の復興」を

東日本大震災から2ヵ月になる。災害対策も被災者支援から生活再建、産業再生・経済復興に重点を移す時期だ。

筆者は被災地域に若干の土地勘がある。この1月から2月にかけて茨城県の沿岸から福島県の浜通り、南仙台にかけての工場を調査して回った。いずれも常磐線沿線で北茨城市の大津港から福島原発の北の相馬市の工場団地、仙台近郊の岩沼、名取市など、車窓に広がる田圃や畑のはるか先の海岸線をぼんやり眺めていた。ここの沿岸が地震と大津波の被害をうけた。筆者がここを訪ねたのは製造請負の実情を見極めるためであったが、この北関東から東北南部の工場では、航空機部品とか最先端電子部品の製造工程を派遣・請負が担っていることに驚かされた。

今度の大震災の報道で、筆者が最初に注目したのは3月16日付の英フィナンシャル・タイムズ紙の「世界に影響する日本のサプライチェーン」という記事であった。その内容は、スマートフォンに使われる電子部品で高いシェアを持つ日本の工場が操業停止になれば、世界的な生産システム全体がダウンするリスクを指摘したものであった。

インターネットの“バラシ”サイトでスマートフォンの「IPhone」を分解した結果を覗くと、フラッシュメモリは東芝製だとか、この他にもタッチスクリーン用のカバーガラスは日本製だという情報が躍っている。このガラス基板を製造する旭硝子の子会社・AGCディスプレイグラス米沢が被災し、その一部工程を受託する倉元製作所(宮城、岩手県)が深刻な被害でスマートフォンの生産がダウンした。このほかメイコー宮城工場(ビルドアップ基盤)、京セラキンセキ山形(水晶デバイス)OKIセミコンダクター宮城(SLSI)、金沢村田製作所仙台工場(高週波デバイス)、アルプス電気小名浜工場(タッチバット)など、スマートフォンやタブレット端末「IPad(アイパッド)2」に部品を供給する工場は、東北地方には山ほどある。

工業統計表で東北地方の「都道府県別の産業特化係数」(1.0が全国平均)をみると、山形県の情報通信機器製造(6.03)、秋田県の電子部品・デバイス製造(5.58)、福島県の情報機器製造(3.70)が上位に並び、宮城・岩手の両県でも電子部品・デバイス製造が県の産業特化係数のトップである。しかも、シリコンウエハー世界最大手の信越化学工業や米MEMC社の白河工場(福島県西郷村)は月産370万枚前後と世界の2〜3割のシェアを擁する。これに加えて最近は自動車関連の車載用電子部品の躍進が著しく、ハイブリッド車や電気自動車の高機能部品の世界シェアは、自動車制御用マイコンで世界シェア約4割を握るルネサスエレクトロニクスをはじめ、日本企業が5割超を占める場合も少なくない。このように東北・北関東地域が我が国の基幹産業はおろか世界の自動車・エレクトロニクス産業を支える最先端部品の大集積地である。

また、この地域のいまひとつの特徴は賃金が安く、製造業への「派遣・請負銀座」であることである。北関東といっても、群馬、栃木、茨城の首都圏では圏央道開通などもあって製造派遣・請負労働者の時給が1,000円位まで上昇しているが、福島原発以北の相馬辺りでは最先端の航空機製造でも890円である。時給1,000円を月給換算すると16万6千円、ちょうど自動車・電機の大企業の高卒初任給と同水準で、それよりも100円安いというのがこの地域の最大の強みある。それでもこの地域では良好な雇用機会で、需給変動の激しい部品産業には派遣・請負が最適雇用モデルである。

そこで、産業再生・経済復興をどうするかである。筆者は、電機・自動車の部品産業をミッドフィルダー産業と呼んできたが、この地域の復興にはその強みを生かすべきだ。そのために、まず東北・北関東の地域を大震災特区に指定し、立ち上がろうとする企業・工場に対して、事業税・法人所得税や消費税を時限付きで免除、また港湾・空港の使用量をタダにし、さらに社会保険料の免除など、世界に打って出ようする企業・工場には輸出保険や信用状などの手続き費用、関税に対しても実質ゼロなるなどの支援を行い、3年後には世界のミッドフィルダー産業の王座奪還を目指すことである。

また、雇用面でも「派遣・請負銀座」というこの地域の特性と強みを生かすことが重要である。それには、派遣と請負を区分する告示47号を適用除外にし、また有期雇用の期間規制を全面緩和することである。併せて派遣・請負などの間接雇用の非正規労働者に、受け入れ側の企業にも雇用の共同責任を負わせ、中途解除や雇い止めには派遣元とともに使用者側の企業にもペナルティーを負わせることを義務化するなど特区規制を強化することである。こうしてこの地域が3年後に「奇跡の復興」を遂げ、この復興モデルを新成長戦略のスタンダードになることを期待したい。    


【2010年4月15日】


連合「代表銘柄賃金」は「均等待遇」への画期的な第一歩

2010春闘は、賃上げゼロ・定昇維持にとどまり、新聞各紙の評価は「本格賃上げ遠く」とか「非正規改善、遠い春」、「闘う姿勢に欠けた連合」等々とさんざんであった。しかしながら、連合が’10春闘で掲げた「すべての働く者の処遇改善」の取り組みで、着実な成果を上げたことはどこのマスコミも取り上げなかった。
 大手主要組合の集中回答日の1週間前の3月11日、連合が共闘連絡会議の第2回代表者会議で、60職種の「代表銘柄賃金」を集約し、発表した。この「代表銘柄賃金」とは「連合の主要組合の正社員の35歳の職種ごとの実額賃金」で、連合の古賀会長は「これを表示するで、正規と非正規との均等待遇や中小組合の格差是正に資する」と説明していた。
 今、正社員は月給制だが、派遣社員やパート労働者は時給である。この「月給」と「時給」という元々市場の違う賃金を比較するには、誰にでも分かるように、時給換算して揃える必要がある。この点は、連合も月例賃金の表示と合わせて所定労働時間を明示することが必要である。このうち派遣やパートの時給は、新聞折り込み求人広告や駅で配っているフリーぺーパーの求人誌、さらにはインターネットの求人サイトを見れば、例えば「日雇い軽作業・1000円」、「一般事務・1250円、「受付・1250円」、「設計・2000円」とか職種毎に誰でも知ることが出来る。ところが、正規労働者の賃金は、初任給は「高卒153000円」・「大卒は201000円」は公表されているものの、30歳・35歳でどの位の月給をもらっているのか皆目わからない。だから、正規の非正規の「均等待遇」といっても、いったいどの位の格差があるのか分らない「情報の非対称」になっているのである。
 ‘10春闘で連合が掲げた「代表銘柄賃金」の開示は、この闇の中にあった正社員の賃金を白日の下にさらし、非正規労働者の時給との比較を可能にしようという、はじめての運動である。それには、職種別の代表銘柄の月例賃金を表示すると同時に、正社員の月給を時給換算できるように月間所定労働時間を公表することが必要であった。
 ところが、今回60職種の「代表銘柄賃金」が公表されたが、月間所定労働時間は明示されなかった。連合としては、まずは60職種実額賃金の開示に力を入れたためにこうなってしまったが、1年目のとりくみとして止むを得なかったかもしれない。そのため、残念ながら時給レベルでの正規の非正規の賃金比較はできなかった。
 ならば、勝手に時給換算してやろう。ここでは連合の「労働条件等の点検調査」の所定労働時間の産別集計を使って換算して、時給が高い順に並べたのが第1表である。これによると、トップのNHK労連・放送職種(35)2,343円から60位の交通労連のバス運転士の1,167円まで分布している。

そこで、非正規労働者の時給との比較である。そのために、まず今回の「代表銘柄賃金」は年齢がばらばらなので年齢別に区分し、次いで求人情報サイト「リクナビ派遣」の「派遣のお仕事・職種別平均時給」や厚生労働省「労働者派遣事業報告書」、アイデム「パートタイマー白書」を使って対応する職種の派遣・パートの時給を表示したのが表2である(ただし、比較可能なのは40職種である)
その結果を35歳ポイントに絞ってみると、NHKの1位は変わりらないが、これは大卒が多いこともあろう。次いで情報労連の2職種、4位に自動車総連の製造組立(高卒35)1,911円が現業職のトップにくるのはさすがである。続いて自治労・一般行政職、また全水道・事務技術職、フード・技術研究職などが1,800円台で、電機連合・製品組立1,888円は8位、さらにJAMや基幹労連の生産・製造職種が1,700円台で連なっている。
 今回の代表銘柄の自動車・製造組立(35)の時給は1,911円だが、「リクナビ派遣」の製造派遣の時給は963円である。ここには948円のギャップがある。また、電機;連合・開発設計職(30)1,985円だか、派遣の設計(電子・機械)1,525円で、460円のギャップがある。
 さらに、正規と非正規の時給を比較することができた40職種についてまとめたのが表2である。これによると40職種の平均で662円、率にすると38%のギャップがあることが確認できた。 これらの賃金のギャップは、自動車の代表銘柄が高卒35歳、勤続17年の中堅技能職で(大手10社平均でトヨタに比べ200円ばかり低く表示されているが)、また電機も開発設計職30歳であることから、すべてが「格差」というわけではないが、合理的に説明できない分は是正するよう、今回初めて議論の俎上に乗った。
 連合は産別最低賃金の協定締結に取り組み、電機連合が今春闘で500円アップを獲得した。この産別最賃153000円を構内の非正規労働者に適用する取り組みを強めるとともに、3035歳ポイントでの時給レベルの格差を縮小することで、正規と非正規の「均等待遇」の現実的なアプローチが成就する。連合は、代表銘柄賃金の発表に当たって、「産業・職種・規模別給のマトリックスでポイント賃金・標準時給を明示することで、春闘改革につなげたい」と説明したが、不十分さが残ったものの、今年その第一歩をしるした画期的な春闘であった。

「日本生産新聞」4.25付では平均31%のギャップと記しが、その後パートの時給を追加したのが表2である


表1 連合「代表銘柄」賃金の時給換算ランキング  
(円)
  産別名    職  種 年齢  賃金(月額) 年間所定
労働時間
  時給
NHK 放送 35 356,600 1,826 2,343
電機連合 開発設計職 30 312,400 1,889 1,985
フード連合 食品企画人事職 39 317,000 1,957 1,944
JEC 医薬品技術職 30 301,000 1,866 1,936
情報労連 通信事務職 35 296,500 1,853 1,920
情報労連 情報サービス事務職 35 296,100 1,853 1,918
自動車 自動車製造組立 35 310,700 1,951 1,911 高卒
自治労 一般行政職 35 305,700 1,937 1,894
全水道 事務技術職 35 305,700 1,937 1,894
フード連合 食品技術研究職 35 308,100 1,957 1,889
サービス連合 旅行業 35 299,800 1,914 1,880 含大卒
フード連合 食品営業職 36 303,600 1,957 1,862
電機連合 製品組立 35 289,900 1,888 1,843
JEC 石油技術職 30 285,300 1,866 1,835
ゴム労連 生産技能職 35 296,000 1,936 1,835 高卒
紙パ連合 製紙製造 35 285,700 1,872 1,831 高卒
電力総連 電気事業 30 285,800 1,882 1,822 高卒
全電線 技能職 35 291,000 1,937 1,803 高卒
JEC 塗料技術職 30 280,100 1,866 1,801
全国ガス ガス関連 35 278,900 1,862 1,797
セラミツク連合 窯業技能職 35 292,600 1,954 1,797
ヘルスケア 看護師 35 288,400 1,937 1,787
JAM 電機精密機械製造 35 291,000 1,956 1,785 高卒
自動車 車体・部品組立 35 290,100 1,952 1,783 高卒
印刷労連 生産職 35 285,700 1,923 1,783 高卒
基幹労連 鉄鋼生産職 35 287,200 1,935 1,781 高卒
基幹労連 重工製造 35 287,200 1,935 1,781 高卒
サービス連合 ホテル業 35 283,200 1,914 1,776 含大卒
自動車 販売営業 35 288,300 1,953 1,771 短大・高専卒
基幹労連 非鉄生産職 35 285,000 1,935 1,767 高卒
JAM 産業機械製造 35 286,500 1,956 1,758 高卒
JEC 化学技術職 30 273,000 1,866 1,756
UIゼンセン・JSD 総合スーパー 30 284,200 1,958 1,742 大卒
UIゼンセン・JSD 百貨店販売職 30 282,500 1,958 1,731 大卒
JAM 金属製品製造 35 280,500 1,956 1,721 高卒
ヘルスケア 医療技師 35 276,600 1,937 1,714 短大卒
UIゼンセン 外食店長 30 278,100 1,949 1,712
JAM 輸送機械製造 35 277,000 1,956 1,699 高卒
JP労組 郵便一般職 35 273,700 1,937 1,696
建設連合 事務・技術職 30 273,400 1,937 1,694
航空連合 航空一般 30 271,200 1,937 1,680
フード連合 食品一般事務職 37 273,800 1,957 1,679
JR連合・総連 運転職 35 267,000 1,917 1,671
フード連合 食品生産技能職 36 271,000 1,957 1,662
自治労全国一般 病院・サービス 41 267,900 1,939 1,658
UIゼンセン・JSD 食品スーパー 30 269,700 1,958 1,653 大卒
JR連合・総連 駅務職 35 264,000 1,917 1,653
電力総連 電気保安業 30 253,200 1,882 1,614 高卒
電力総連 電気工事業 30 252,800 1,882 1,612 高卒
フード連合 食品運輸職 40 257,500 1,957 1,579
ヘルスケア 医療事務職 35 254200 1,937 1,575 高卒
私鉄総連 軌道運転士 35 257,300 1,982 1,558
海員組合 内航船舶部員 35 247,300 1,937 1,532
ヘルスケア 病院調理師 35 247,200 1,937 1,531
UIゼンセン化繊部会 生産技能職 35 256,300 2,026 1,518
JEC セメント技術職 30 235,000 1,866 1,511
運輸・交通労連 貨物運転職 43 237,900 1,937 1,474
全造船機械 造船組立職 35 211,200 1,979 1,281 高卒
私鉄総連 バス運転士 35 195,500 1,982 1,184
交通労連 バス運転士 35 195,700 2,013 1,167
連合「代表銘柄」(2101.3.11.発表)、時給は代表銘柄賃金÷所定労働時間
所定労働時間は連合「2009連合労働条件の点検に関する調査」
所定労働時間は連合「2009連合労働条件の点検に関する調査」、未調査産別は平均(1937)時間





   表2 連合「代表銘柄」と派遣・パートの時給ギャップ  
   産別名    職  種
代表銘柄
賃金
(月額)
年間所
定労働
時間
時給 学歴 派遣・
パート
時給
時給
ギャップ
(円)
ギャップ

(%)
運輸・交通労連 貨物運転職 43 237,900 1,937 1,474 - 1028 446 30.2
自治労全国一般 病院・サービス 41 267,900 1,939 1,658 - 869 789 47.6
フード連合 食品運輸職 40 257,500 1,957 1,579 - 984 595 37.7
フード連合 食品企画人事職 39 317,000 1,957 1,944 - 1,191 753 38.7
フード連合 食品一般事務職 37 273,800 1,957 1,679 - 1,098 581 34.6
フード連合 食品営業職 36 303,600 1,957 1,862 - 1,312 550 29.5
フード連合 食品生産技能職 36 271,000 1,957 1,662 - 864 798 48.0
NHK 放送 35 356,600 1,826 2,343 - 1,647 696 29.7
情報労連 通信事務職 35 296,500 1,853 1,920 - 1,098 822 42.8
情報労連 情報サービス事務職 35 296,100 1,853 1,918 - 1,098 820 42.7
自動車 自動車製造組立 35 310,700 1,951 1,911 高卒 963 948 49.6
自治労 一般行政職 35 305,700 1,937 1,894 - 1,098 796 42.0
全水道 事務技術職 35 305,700 1,937 1,894 - 1,098 796 42.0
サービス連合 旅行業 35 299,800 1,914 1,880 含大卒 1,096 784 41.7
電機 製品組立 35 289,900 1,888 1,843 - 963 880 47.7
ゴム労連 生産技能職 35 296,000 1,936 1,835 高卒 963 872 47.5
紙パ連合 製紙製造 35 285,700 1,872 1,831 高卒 963 868 47.4
全電線 技能職 35 291,000 1,937 1,803 高卒 963 840 46.6
セラミツク連合 窯業技能職 35 292,600 1,954 1,797 - 963 834 46.4
ヘルスケア 看護師 35 288,400 1,937 1,787 - 1405 382 21.4
JAM 電機精密機械製造 35 291,000 1,956 1,785 高卒 963 822 46.1
自動車 車体・部品組立 35 290,100 1,952 1,783 高卒 963 820 46.0
印刷労連 生産職 35 285,700 1,923 1,783 高卒 963 820 46.0
基幹労連 鉄鋼生産職 35 287,200 1,935 1,781 高卒 963 818 45.9
基幹労連 重工製造 35 287,200 1,935 1,781 高卒 963 818 45.9
自動車 販売営業 35 288,300 1,953 1,771 短・高専 1,321 450 25.4
基幹労連 非鉄生産職 35 285,000 1,935 1,767 高卒 963 804 45.5
JAM 産業機械製造 35 286,500 1,956 1,758 高卒 963 795 45.2
JAM 金属製品製造 35 280,500 1,956 1,721 高卒 963 758 44.0
ヘルスケア 医療技師 35 276,600 1,937 1,714 短大卒 1148 566 33.0
JAM 輸送機械製造 35 277,000 1,956 1,699 高卒 1,098 601 35.4
UIゼンセン化繊部会 生産技能職 35 256,300 2,026 1,518 - 1,098 420 27.7
全造船機械 造船組立職 35 211,200 1,979 1,281 高卒 1,098 183 14.3
私鉄 バス運転士 35 195,500 1,982 1,184 - 1028 156 13.2
交通労連 バス運転士 35 195,700 2,013 1,167 - 1028 139 11.9
電機 開発設計職 30 312,400 1,889 1,985 - 1,525 460 23.2
UIゼンセン・JSD 総合スーパー 30 284,200 1,958 1,742 大卒 1,189 553 31.7
UIゼンセン・JSD 百貨店販売職 30 282,500 1,958 1,731 大卒 1,189 542 31.3
UIゼンセン・JSD 食品スーパー 30 269,700 1,958 1,653 大卒 1,189 464 28.1
平      均 35 281,692 1,939 1,747 1,084 662 37.9
連合「代表銘柄」(2101.3.11.発表)、時給は代表銘柄賃金÷所定労働時間
所定労働時間は連合「2009連合労働条件の点検に関する調査」
所定労働時間は連合「2009連合労働条件の点検に関する調査」、未調査産別は平均時間
派遣時給はリクナビ「職種別平均時給」(2009.11、全国平均)、厚労省「労働者派遣事業報告」
パートはアイデム人と仕事研究所「パートタイマー白書」