解題








    レディ・デイにはなれない  

  
鍵をかけたことのなかった
貧しい暮らしのアパート
ベットに腰掛けて 君は 待っていた
新幹線を乗り継いでの突然の来訪

この驚きと歓喜は もうとりかえしようもなく
自分の生涯を貫いてしまうだろうと
あの時どこかでぼんやりと 僕は感じていたと思う

親友との結婚を間近に控えた時期に
僕の切ない憧れに触れるために
すべてをなげうって とびこんで来たんだね

友情の思い出も友の痛みも忘れ
繰り返し繰り返し浸った
幸福の絶頂の時間

手をつないで訪れた君の家
資産家の父上の口調は
優しく穏やかだったけど
返せる言葉に説得力はなかっただろう
僕は 何の生活の見通しもなく
友を裏切り愛娘を落としいれた
軽はずみな卑劣漢

それなのに
なんという楽観主義者 僕は
その後の5日間 故郷で ただ幸せに
君からの連絡を待っていた

電話口での別れの言葉は
「やっぱり、レディ・デイにはなれない・・・」
ああ お嬢さん どんなに無責任で考えなしの無能な男かを証明され
君は ビリー・ホリデーになる覚悟まで してくれたんだね
どんなことをしても死にもの狂いで働く気でいた僕は
君をレディ・デイにする気なんてまるでなかったのに

でも それでよかったと どこかで思う
私は友に恵まれたが それでも あんな優しい人間に出逢ったことはなかった
比較にならないほど深い痛手を負った君を
やはり立ち直りがたいほどの傷を負ったに違いない彼は
担いきる覚悟をしたのだ
その巨きさに 僕は完全に敗北した


当然の報いとはいえ そのあと10年近く
孤独と哀しみだけを友として
私は 冬姿の旅人だった

その後僕は幸福になったけど
冬の旅があまりに辛く永かったものだから
私の分身の旅人は 本来の自分はこちらのほうだと
いまだにほのめかしているような始末なのです


小さな白い鳥くん 聞いていてくれましたか  









   記憶と今が  
 

心はすでにメビウスの輪
記憶と今が 幸せと哀しみが 背中合わせ

ジャングルジムのような 貝殻のような
クラインの壷の中での 複雑すぎる多くの出逢い

ハッピーエンドの後では
生きのびることだけが義務
懼れるのは自分の崩壊ではない

 ながらえることなど 考えもしなかったあのころ
 命など惜しいとも思えなかったあのころ

 海に沈む夕日 が見える
 さびれた国道沿いの ラーメン屋
 駆け落ちした後は そんな店で生活したい
 暇さえあれば その店の二階で いつも愛し合っているような
 それ以上の幸せなど 望んだことはなかった…




 


    友 


味噌っかすの子でありました

家での安らぎの場所は押入れの暗闇
たいていそこで うつらうつらと

青空と雲
黄昏の風と 夕焼けの空
これらを眺めているのがいちばん好き

 さびしい さびしい 少年時代
 その寂しさこそが
 自分自身でもあったような

家庭内の異邦人
親兄弟と心が通じない

ほしかったのは真の親友のみ
身を切る孤独を
彷徨い 彷徨い
その蒼さの窮みの思春期
ついに得られた友

彼は肉親以上に大切な存在になりました


 故郷の 林や里山 川や湖の畔
 日々 時を忘れて散策し
 語り来たり 語り行き
 語りきり 語り尽くし
 ついに 言葉とは
 語る必要がなくなるために
 あるのを 知った

 何も話さないでいられる
 この無限の安心・・・

 私たちは
 透明な空気そのものとなって
 澄みきった季節のなかを
 歩き
 さまよい
 ただよった


その数年間の交友のもたらした
寂静の安らぎこそ
その後の私のすべてを支える
根源となったのでした





 
    公孫樹


古寺の屋根等を 眺めながら
青空に屹立する 金色の樹に凭れ
確実にやって来る君を
待つ 時 を愉しむ

樹に群がりふるえる 黄金の鳥たち

ふいに君は姿を現す
一陣の強風に
鳥たちは舞いたち 舞い上がる
樹から 地から 渦となり
金のすじとなって 蒼空の彼方へ

思わず空の果てを見つめる
互いの姿に 


 僕たちは 
 微笑む











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