「おい、!」
「はい?」


カフェでめずらしくひとりでお茶を飲んでいたを、野太い声が呼びかけた。


「ひとりか?」
「見たまんまですが」

「悪い、悪い。別に深い意味はないんだが」
「深い意味があったら、シオン先輩に泣きつきますよ」


笑って、椅子ごと振り返る。マシューズに向かって。


「それよりも、マシューズさんもめずらしいですね、こんなところに」
「あ、いや、捜してたんだよ、お前を」


よほどの事だと思った。
なにせ、こんな可愛らしい喫茶店に呼びに来るくらいだ。

妙にそぐわない組み合わせに、周りの客が苦笑している。
それを見ないように必死のマシューズが、なにやら哀れだが可愛い。


「はて。なんでしょう?」
「お前こそが適任だ!」


ガシッと肩を叩かれ、手に持ったカップから紅茶が波立ちこぼれそうになった。





■ 鋼の海







『悪い、ケイオス! をひとりで行かしちまった。
俺たちの船なのに、誰も手を貸さないわけには行かないだろ?
だから、そこで頼みがある』


眼前で、拝むように手を合わせ、


『俺はこれから野暮用で旦那から呼ばれてんだよ。
トニーたちはこういう時に限ってつかまらねぇし、お前しか頼めるモンがいねぇんだ』


そう言い残すと、マシューズは腕時計を見て、慌てて走っていった。


「いいけどね、別に」


特にする事もなかったし、たしかにマシューズの言うとおり、をひとりで作業させるわけには行かなかった。

「でも……」

用件を聞いて、目を輝かせて走っていったというの様子を想像してしまい、思わず笑ってしまう。
可愛い喫茶店より、美味しいお茶より、大切なひとりの時間より――『鋼』なのかと。


「ふふっ」

また思って、今度は笑い声をこぼす。
そして、向かう足は、より速めに速度を上げていた。










「ありゃ。これは、困ったぞ〜」


全然困っている雰囲気を見せずに、作業着に着替えたが腕まくりを始める。

マシューズに頼まれた用件とは、船体のいたるところに艤装された隠し武器の調子がおかしいらしいということ。
艤装なので、おおっぴらに頼む人間がいないこと。
それにおいて信用に足る人物が、しかいないことを語ろうとする以前に。



『艤装……ですか』
『あ……ああ』

『やります!』



思わずこぶしを握って要請に応える。
隠し武器、というところで、すでに心が揺れ動いていた。



「何か困ったのかい?」
「うわわっ!?」


不意にかけられた声に、船体によじ登っていたの身体がずるりと滑り落ちそうになる。


!?」
「だ、大丈夫です……」


肩で大きく息をし、船体にしがみついたは、苦笑しつつ手を振って応えた。
ケイオスが、慌てて船体近くに駆け寄る。


「ゴメン。不用意だったね」
「なんのなんの。生きてたモン勝ちで」

「なんだい、それは?」
「特に意味はないです」


その会話のうちに、体勢を立て直して、は眼下のケイオスを見下ろした。


「どうしたんですか、それよりも?」

ひとりでやらせるわけにはいかないだろう?」
「別に平気ですよ。時間、もてあましてますから」


腰のあたりに括りつけた袋からレンチを取り出し、分解に入る。


「前回の、置いていかれた事を怒ってるのかい?」

「それもありますけど……苦手なんですよ、『暇』という時間が。
何かをしてないと、落ち着かなくて……」

「案外、不器用なんだ」


ぽそりとつぶやいたケイオスの声がの耳に完全に届くはずもなく、わずかに聞こえた言葉に、きょとんと、首をかしげた。


「いや、なんでもないよ」

にこりと微笑んで、誤魔化して。


「それよりも、何がおかしかったの?」

「おかしかったというか、機嫌損ねちゃってるんですよ。
無理させませんでした?」


逆に問われ、船体に近づく足を止め、思案する。


そういえば、シオンたちを拾う前。
……たしかに、ちょっと無理させすぎたような気がする。


その苦笑を肯定と受け取り、はリモートで他の武器も表へと出現させ、

「きちんと労わってあげないと」
「そうそうメンテナンスできるところなんてなかったから」

「それは仕方ないことかもしれませんね。
まあ、少し時間がかかりますが――」

言って、視線を出現した武器に向けたとき。

ウィン……と小さな音を立て、砲身がに向かって動いた。


「!?」


とっさに腕を眼前にクロスさせて、砲身自体の直撃を避けたが――


!」

今度こそ、ずるりと船体から滑り落ちる。


「くっ!」


船体の近場まで歩いて着ていたケイオスは、すぐさまの落下地点まで駆け寄り、

「うわっ!?」

受け止めた。
頭を護った体勢のまま、しばし硬直したままだったが、そろり、と片目を開けた。


「驚かせないでほしいな」


苦笑したまま、ケイオスが息をついた。


「私自身も驚きましたけど……」

同じく苦笑して、


「まさか、暴走するなんて……」

砲身を見上げた。


「助かりました。ありがとうございます」


今度はケイオスを見上げ、支えられたままペコリと頭を下げた。
そして、気恥ずかしげに、頭をかく。
その腕が――


、その腕」

「はい?……ありゃ?」


示された腕を見、素っ頓狂な声を上げた。

クロスした腕に当たった砲身が傷つけたのだろう。
わずかな流血が、ひじを伝っていた。


「腕、出して」
「え?」

「治すから」


うながされつつ、の腕にケイオスが触れ。
ふわり、と温かい流れが起こって、さほどない痛みだったが、和らいでいくのが分かった。


「すごい力ですよね。優しい力。
私にも、こんな力があったならいいのに……」

「手当ては、読んで字のごとく、手を当てることで症状を緩和できると言われているんだ。
誰自身も持っている気の力が、作用するらしいよ」

「私にも……?」

「そうだよ。誰にも持っている力。
まあ、万能である必要もなし。
今キミが持っているキミの力はキミだけのものだよ。……他の力を羨望するのは、きっと違う」

「……アハハ……バレちゃいましたか」



ない力を望んで、手に入れて。
いつかは、みんなと共に歩きたいと。

その想いこそが、の力。
強い、力。


癒しの光に見とれて瞳を細めるの横顔に、ふと視線が行って。

護られる事を良しとしない、その想いが。
より一層、護ってやりたいという気持ちを起こさせる。
きっと、自分では気づいていないのだろう。


「わかるよ」


くすくすと笑って、ケイオスはふさがった、腕の傷から手を離した。
視線を上げて。

「あ、顔も……」
「本当ですか?」

慌てて、頬に手をやってぬぐおうとするの手を制して、

「傷が残ったらどうするの?」

さばさばとした性格に、これまた苦笑がもれた。
そうして。


「ケ、ケイオスさん!?」


ケイオスは顔を近づけて、その傷にくちびるを寄せた。


「なななな……なななにしてるんですか!?」


顔を真っ赤にして、暴れて離れたに、にっこりと。

「治療と同時進行の消毒だよ」
「治療だけでいいです!」

船体にべったりと張り付き、警戒しきったに、


「手当てと一緒。触れることで、癒しの力を増幅させたんだよ」
「……………………」


なにもくちびるでしなくても――と思いつつ、結局はふさがった、傷があった場所に手を持っていく。
頬が、熱かった。


「さて。メンテ、済ませてしまおうか」
「はい〜……」


爽やかな顔でそう言われ、他意はなかったと納得させて、は作業に戻ったのだった。





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後書きという名の言い訳

ブラックバンザイ。
同盟参加をしてくれた方が、ケイオスドリを探してらっしゃったので、挑戦。
結果、撃沈。