<maybe tomorrow>











 「…と、強がってはみたものの…。やはり臆病だな、私は」

 E.S.Asher(アシェル)のコクピットで、男が呟くように言った言葉を、斜め後方上部に設えられている後部ナビシートについていた女は、聞こえなかった”フリ”をした。この15年間の男の苦しみは、第三者が軽々しく触れてはならない物だと思っていた。最大の敵、恋人、そして最愛の妹(シオン)の事──男には背負うべきものが余りにも有り過ぎた。女は何事も無かったように、白く長い指を素早くコンソールに走らせると、印象が冷たいとも感じさせる冷静な声で報告する。

 「…出力120パーセント。あと256秒でケイオス君、KOS-MOSと合流できます」

 そう言って、その黒曜石を思わせる瞳をモニターに向ける。機内モニターは全ての方位を網羅しており、女の視界は、今まさにアシェルと同じ方向──惑星ミクタムの中枢へと向かっている、無数と言って良い程のグノーシスで埋め尽くされていた。思わず左手で己の右二の腕を掴むと、掌に汗が滲んでくるのが解る。

 「領域シフトまではまだ時間がかかると思いますが…、それだけにケイオス君達が危険です。急ぎましょう。火器制御は任せます」
 「了解しました、ジンさん」

 内心の不安をひとかけらも感じさせない、相も変らぬ落ち着いた応答に、ジンと呼ばれた青年は、ふっと眼を細めるとナビシートに視線を走らせる。

 「貴女には本当に申し訳無い事をしましたね、さん。本当ならシオン達と共にエルザで脱出して貰うつもりだったのですが…」

 は呆れたように眉を下げる。ケイオスやKOS-MOSとの別れの時、ジンからは何度も、シオンやJr.達と共にアシェルの”腕”に乗る様にと説得された。それで確信した。ジンは再び戻る事を決意していると。その為結局はどさくさに紛れてコ・パイ席に乗ったのだ。これは誰でもない、自身が選んだ道だ。ジン同様に。ジンも困った微笑を浮かべながら、それでも渋々黙認した筈だった。

 「何を今更…。ジンさんが謝る必要はありません。私が勝手についてきたんですから。それに、確かにこのアシェルは貴方一人でも動かせるでしょうけれど、あのグノーシスの大群を相手にするんですよ? アシェルに性能以上の能力を出させるには、私のメカニックとしての技術とナビが必要だと思いますけどねえ?」

 死の恐怖を胸の底に押し込めて、おどけた様に肩を竦める。

 「…と思うのは私の過信ですか? …確かにナビの腕はケイオス君やカナンに負けちゃうケド…」
 「そんな事はありません。正直、助かります。ですが…恐ろしくはないですか?」

 全く…この男(ひと)は…。
 心の奥を見透かされたは苦笑を禁じ得なかった。この期に及んでも他人の心配ばかり。15年前のあの時もそうだった。ミルチア紛争。まだジュニアスクールの学生だった私を助けた為に、一番大切な家族を──シオンを、両親を助けに行くのが遅くなってしまった。それが兄妹確執の始まりとなった事を、後にデュランダルに配属になり、シオン達と行動を共にするようになった時にケイオスから聞いたは、ずっと罪の意識に苛まれていた。

 「…そうですね。恐ろしくは無いと言ったら嘘になりますが…」

 は考え込むように、右の人差し指を自分の顎に当てる。少しでも命の恩人の力になれるのならば──にとってこれは千載一遇の、そして恐らく最期の機会だった。己に<アニマの器>に対しての適応性があったのも、全てはこの時の為だったのだと、改めて理解する。だがジンの為に残ったと悟られれば、彼はまた自分を責めるだろう。

 「でもケイオス君もKOS-MOSも…、ジンさんも一緒ですし。それにジンさんも言っていた通り、ロスト・エルサレムに行けるなんて楽しみですもの」
 「そうですか…」

 きっと、明日になれば──。
 はふと思う。明日と言う概念が何時間後なのか、何十時間後なのか、そんな事はどうでも良い。明日になれば、たとえ意識だけでもロスト・エルサレムへ辿り着く事ができるだろう。”そこ”がどんな場所かは、技術畑一筋で生きてきたには想像もつかなかったが、この男と共に行けるのなら幸せだった。
 はレーダーサイトでも注意深くグノーシスの動きを確認しながら、口を開く。

 「…ジンさん、お願いがあります」
 「何ですか? 改まって…?」
 「たとえこの先、私に何が遭っても、…振り向かずに戦って下さい」
 「…おや。私の台詞を先に言われてしまいましたね。不覚を取りました」

 ジンは微笑んでそう答えると、操縦桿を握り直す。も嬉しそうに笑った。
 からは15年前の、あの暴走したレアリエン達に囲まれて脅えていた少女の姿は消えていた。再会するまでの14年間に何があったのか、は多くを語ろうとしなかったが、どんなに辛い想いを経験してきたのかは、ある程度想像がつく。強い女性に成長したと嬉しく思う反面、シオンと同じ脆さも感じる。
 だがシオンはもう心配ない。あの娘にはアレン君がついている。頼もしい仲間もいる。だからと言って勿論妹の代わりと言う訳ではないが、ジンはを守ってやりたいと思う。彼女の意思に反しようとも。しかしあのグノーシスの大群を前に、自分の力はケイオス達を守るのに精一杯だろう。先程の言葉。はジンの性格を読んで先手をとったのだ。その健気さが愛おしかった。

 「…さあ、最後の一仕事。頼みますよ、アシェル。…そしてさん」
 「はい?」
 「私も貴女にお願いがあるのですが…」
 「今度はジンさんが私に…ですか? 何でしょう?」

 は少し驚いたように首を傾げると、斜め前方下の男を見る。背後からなので男の表情は窺い知れない。尤も、この男は普段でも非常事態においても滅多に感情を現す事は無いのだから、その面から思考を読み取ろうとする行為は無駄だった。

 「…いや、やっぱり止しましょう」
 「嫌ですね、言いかけて止めるなんて」
 「いやしかし…」

 珍しく煮え切らない態度のジンに、はくすくすと笑い出す。が、すぐ顔を引き締めた。

 「もう、ジンさんらしくない…。言って下さい。気になって戦いに集中できなくなります」

 ジンは諦めた様に深々と溜息を吐いた。この女性が、普段は穏やかで、状況に合わせて順応するしなやかさを持ちながら、言い出したらきかない頑固さも持ち合わせていることを、この1年の付き合いで解ってはいたのだが。

 「…仕方が無いですねえ…。それでは言わせて頂きますよ?」
 「はい、どうぞ?」
 「…ロスト・エルサレムに到着したら、私の…」
 「ジンさんっ!!! 正面!!!」

 歴戦の武人が、勇気を振り絞って言いかけたその言葉は、遠視を自認するの、空間を斬り裂くような叫びに遮られた。ジンはモニターの奥で、KOS-MOSが大量のグノーシスを相手に孤軍奮闘しているのを視認した。だがKOS-MOSの攻撃をかい潜り、2体の巨大なグノーシスがケイオスとネピリム、アベルへと向かっている。
 はコンソールを乱暴に叩いた。アシェルの、まだ無傷で残っている右手にビームライフルを転送させ発砲する。左腕はとうに失っていた。出力を最大に上げたレーザー光は、太古の海洋動物”クジラ”に似た形のグノーシスを貫いた。エネルギー消費量は大きいが致し方ない。射程距離の長い武器はこれしかなかった。
 が稼いだ、ほんの僅かな時間。その間を逃さずジンは、ビームライフルを脱着し剣に変え、もう1体のグノーシスとの距離を一気につめると果敢に斬りかかった。




 ──最期の戦いが始まる──。






〜Fin〜





<後書き>
ゼノサガ3ラストより。「死地に赴くアシェルの中でジンと」です。
初めて書いたゼノ夢なのに、もうラストでネタバレで申し訳御座いません(汗)
数少ないゼノ夢サイト様の中でも、とりわけジン兄ちゃん夢が皆無に近いので自分で書いてしまいました。
拙くて短い話にも関わらず読んで下さった方に、心からの感謝を捧げます。