普段は仲良し小好しの師弟、ジン・ウヅキと
二人が常に微笑ましい状態であるかと言うと、実はそうでもない。
互いに違う考え方を持つ個々の人間。
稀ではあるものの、ちゃんと衝突はあるのだ。







【黒光りしてるあのヒトの話。】







「だーかーらっ、刀で斬って何が悪いんですか!?」
は幼い日からずっと寝食共にした真剣を手に握り、同じく寝食共にした師匠と火花を散らしていた。
対するジンは片手を腰に当て、大きくジェスチャーをしながら、に激しく反論していた。
睨み合う両者の所為で、ここ、エルザの男性キャビン内の空気はピリピリしていて、端的に言えば最悪だった。
「悪いに決まっているでしょう!?愛刀を何だと思っているんですか、貴方は!!」
「それを言うなら先生だってそーでしょうが!態々家から持ってきた貴重な新聞紙で潰すなんて、正気の沙汰じゃありませんよ!!」
「私ものなんですから良いでしょうが!!」
「じゃあ、僕だって!あれは僕の刀ですっ!!」
「〜〜ああ言えば、こう言う!何て素直じゃない子供なんですかねっ!!」
「そっちこそ!そんなだから結婚出来ないんですよ!!」
はべーと舌を突き出して、ジンの年齢層にとって一番グサリと来る言葉を躊躇なく放つ。
流石のジンも、このセリフには憤りを隠せなかったようだ。
バターン!と大音を立てて自動ドアをあえて自らの手で乱暴に開き、大股で男性用キャビンから出て行った。
去り際に、「貴方だって一生独り身ですよ!」と言い残して。
論争していた二人が別れた途端、男性キャビン・・・エルザ全体が、しんとした静寂に包まれた。
はプンと頬を膨らませてベッドの脇に腰を下ろす。
すると、この時を待っていたかのように、ソファの後から、にゅっと紅が現れた。
それは、小さなJr.の赤毛だった。
Jr.はふうと溜息を吐きながら、ソファの影から出でて、の傍まで歩んだ。
ポリポリと頬を掻きつつ、恐る恐る口を開く。
「・・・なぁ、。」
「何さ!?」
「俺に当たるなよっ!・・・・ってか、何であんなコトで喧嘩すんだよ?」
「あんなコトって、凄く大切な事じゃないか!Jr.だって聴いてたなら分かるでしょーが!!」
「い、いや。だって、ゴキブリ如きで大喧嘩するなんてよ・・・。」

―――そう。
ジンとが怒鳴りあっていた原因。
それは男性用キャビンに出現した主婦の大敵、ゴキブリだった。
その時、キャビンにいたメンツはジン、、Jr.とケイオス、そしてカナンである。
他の女性メンバーやジギーは、丁度ファウンデーションに買い物に出かけていた。
さてさて、問題は、その処理の仕方だった。
ウヅキ家の台所を預かっていただが、ゴキブリに免疫がないらしく、気が狂ったかのように腰の愛刀を抜刀し、ゴキブリを切り捨てようとしたのだ。
それを見て、声を張り上げたのが師匠のジンだ。
何故剣を使うのか、ゴキブリは新聞紙で叩くのが基本だから新聞紙でやろう、と。
そして、態々棚から新聞紙を持ってきて潰そうとした。
この時代において、紙類は超が付くほど貴重な資源である。
その紙を用いているレアな新聞をゴキブリで汚すなんて、と今度はが声を上げた。
剣!新聞!剣!新聞!・・・・・そんな無限に続くかと思われる言い合いの最中、当のゴキブリはキャビンから出て行ってしまった。
呆気に取られる面々。
ケイオスとカナンが捕獲しに行くと、再度達は言い合いを始めた。
一人孤立したJr.は仕方なくソファの影に身を潜めて聞いていたのだった―――。

Jr.はの隣に腰を降ろし、赤毛を掻き毟りながら呟いた。
「・・・大体よぉ、ゴキブリの殺し方なんて如何でも良いじゃねぇか?」
「良くない!!」
「っぅわ!?」
鼻先が触れ合いそうなほどずずいっと顔を近づけ、はJr.を睨んで声を張り上げた。
「ゴキブリを新聞紙で潰すって事は、中身ぐちゃって出てくるって事だよ!?凄く気持ち悪いじゃないか!!」
「かっ刀だって同じじゃあ・・・。」
「僕は中身が出ないように斬りますっ!!」
んな事出来んのかよ、とJr.は内心突っ込む。
はどんどんとJr.に迫り、堰を切ったように喋り続けた。
「大体、先生はそう言う所でアバウトなんだよ!この間だって足袋を裏返したまま洗濯に出すし!!
そのクセ、僕がご飯粒をつけたままの食器を片付けようとすると“目が潰れますよ!”って煩いしっ!!」
「分かった分かった!だから、ちょっ離れろッ!!」
「それにそれにぃー!」
「あわわっ。」
の勢いに圧されて、ぐらりとJr.の小さな身体が傾き、上半身がベッドに倒れ込んだ。
当然の事、怒り浸透のも覆い被さるように上に倒れ込む。
とすん、と軽い音がした。
男性の中では小柄な分類であるでも、子供の体型のJr.に乗っかってしまっては、それ相当な重量になる。
Jr.は顔を顰めて、重ぇ、と一言漏らし、を退かそうと試みた。
―――が。
「じゅーにあ・・・・何してるのかな?」
魔王、降臨。
Jr.は己の死期を悟った。
にこにことこれ以上ない満面の笑みを湛え、背後には花さえしょって(花のバックは闇だ)、ケイオスはキャビンの入口に立っていた。
ちなみに、彼はが好きである。
その事は、Jr.は知っている。
更に言うなら、今の彼らの態勢は、誰がどう見ようと一目瞭然、がJr.を押し倒してる状態なのだが、それはケイオスの琥珀色の瞳には、Jr.が攻めているように映る・・・。
Jr.はこめかみに冷や汗をダラダラとかき、ひきつった笑みを浮かべた。
未だに自分の上に被さるの場違いな怒り面が、むしろ憎かった。
コツ、コツ、と一歩一歩歩み寄ってくるケイオスは、これまでになく恐ろしい。
―――殺される・・・っ!!
ひぃぃ!と心の中で叫びを上げるJr.を尻目に、は相変わらずの顰め面で、ケイオスに言った。
「ケイオス。カナンさんは?それと、ゴキブリは!?」
「落ち着いて、。ゴキブリはカナンが処理したよ。今頃、宇宙空間を漂ってる筈さ。」
「・・・・あ、そ。」
宇宙空間って、オイ―――そう言いた気な間が空く。
ケイオスは笑んだまま、の下にいるJr.の襟首を掴み、ぽいっと軽く投げ捨てた。
「いてぇっ!」
「フフフ。」
自分の所為で床に顔面をぶつけたJr.を嘲笑い、ケイオスは先刻まで彼が座っていたの隣に腰掛ける。
Jr.は諦めたのか、その場で胡座をかいた。
その様子を満足げに一瞥した後、ケイオスはさり気無くの肩を抱いて尋ねた。
「さて、それで?は、ジンさんと仲直りする気はないの?」
「ない!!」
「あらあら・・・。」
予想通りの反応だね、とケイオスは笑う。
が頑固だという事は知っていた。
何故なら、あのジン、シオンと深い関係のある人物だからだ(二人には悪いけどね)。
だが、そんな彼を説得する自信は充分にある。
その根源は、端的に言えば“愛”だ。
ちなみに、それをケイオスの表情から悟ったJr.は言いようもない悪寒を感じたらしい。
ケイオスは目を細めて優しい声音で言った。
「尊敬するジンさんとギクシャクするなんて、嫌じゃないのかい?」
「向こうが折れない方が、もっとイヤ。」
「刀とか新聞紙じゃなくて、他の方法とかは?」
「今、論議してるのは刀と新聞紙!」
「ゴキブリポイポイとかは買わないのかい?あれ、結構良いんだよ。」
「そんなの買う余裕はウヅキ家にはないのっ!」
「・・・ゴキブリ程度の事で喧嘩するなんて、子供っぽいよ?」
「僕はまだ未成年っ!!」
二人の言い合いを傍から眺めていて、Jr.は、こりゃキリがねぇなと思った。
口を開けば開くほど、は頬を膨らますし、ケイオスは自信喪失しているのが目に見える。
諦めろ、ケイオス。
お前の愛情じゃ、は折れねーよ。
止まぬ小競り合いに眠気すら覚えたJr.は欠伸をかみ殺す。
不意に、キャビン入口の自動ドアが開いた。
「何を言っても無駄ですよ、ケイオス君。その子の頑固さは折紙付きですから。」
ニヒルな笑いを湛えて厭味を吐くのは、紛れもなくジン・ウヅキその人で。
その台詞にがカチンと来たのは言うまでもなかった。
互いに気味が悪くなるくらいの明るい笑みを湛えて歩み寄る、とジン。
その様子を、ケイオスとJr.は固唾を飲んで見詰めていた。
二人の距離がゼロbになった時、が小首を傾いだ愛らしい仕草をして口を開いた。
「知ってます?先生。人の性格って、育った環境に左右されるんですよ?」
「おや。それは、裏を返せば、貴方を育てた私が頑固だと言いたいんですか?」
「さっすが先生!物分りが良いですね!」
「お褒めに預かり恐縮です。私も、貴方がそのように厭味が言えるようになったとは、喜ばしい限りです。嬉しくて涙が出ますよ。」
「どうせ泣くなら、先生にゴキブリ退治に使われかけた、とても貴重な新聞紙に泣いてあげて下さいませんか?」
「いえいえ。貴方にゴキブリを斬る為に使われかけた、哀れな刀の為に涙したいですよ。」
「へぇ〜、そうですか〜。じゃあ、どうぞご勝手に泣けば良いでしょーがッ!!」
「ええ勝手にしますよ!!」
二人は刹那睨み合いったかと思うと、すぐプイと顔を逸らし、歩調をも合わせてドアまで歩んだ。
そして、その先は左右真っ二つに別れ、急ぎ早に立ち去っていった。
ケイオスとJr.は呆気にとられて、その様子を視線で追う事しか出来なかった。





「うぇーん・・・・・僕のばかぁ・・・っ!」
ジンが向かったブリッジ方向とは真逆にあるバーに荒々しく入室したは、何人もいないカウンターに影に隠れ、両膝を抱えて座り込んだ。
そして、ポコポコと両手で交互に頭を叩き、自らを嗜める。
目尻には無意識の涙が堪っていた。
―――は、ジンさんと仲直りする気はないの?
したいに決まっている。
大好きな先生と不仲でいるのなんて、耐えられる筈がない。
しかし、いざ顔を合わせると不安になって、ついつい反抗する言葉を発してしまうのだ。
ジンは本気で怒っているのではないだろうか。
もしかしたら許してくれないんじゃないだろうか。
・・・彼の思いが面では読みきれない為に、どんどん泥沼に陥って行く。
「こんな所で何をしているんだ。」
「っ誰―――って・・・・カナンさん!」
不意の問いかけの主は、同クルーのレアリエン、カナンだった。 彼はカウンターの椅子に座して、頬杖をついてを見下ろしている。
カナンの突然の登場に唖然とする隙もなく、は慌てて涙を拭い、カウンターを挟んでカナンと向き合うと、何事もなかったかのように振る舞った。
「カ、カナンさん。ゴキブリを宇宙空間に捨てたそうですね。ありがとうございました。」
「どうと言う事もない。それより、ジン・ウヅキとの論争は解決したのか?」
「・・・・・。」
「してないのだな。」
ふぅ、とカナンは溜め息を吐く。
少し遅れても盛大なそれを吐き出した。
―――一時の沈黙。
カナンの視線が洗い立てのグラスを、次いで、立ち尽くしたままのを捉える。
は俯いていた。
迷惑をかけているのかもしれないと、思った。
それはそうだろう。
二人の喧嘩はエルザ全体の空気を悪くしている筈だ。
ただでさえ乗客が少人数で、一部の波紋が他に伝わり易いというのに。
食事時にも顔をあわせるのだろうが、その時、絶対に空気は悪い。
ああ結局は自分が悪いのだ、とは拳を握った。
再び瞳に溜まる涙が、つうと頬を伝った。
すると、不意に頬に涙とは別の冷たい感触がした。
「・・・お前と言う奴は、全く理解出来ない。」
「えっ・・・・?」
ハッとして頭を上げると、手袋をしたカナンの細い指が、優しくの頬の雫を拭っていた事に気付いた。
彼のその動作動機は気遣いと言うよりも、興味と言った方が適当だ。
しかし、それでもがほっとしたのには違いはなかった。
カナンは言った。
「単純明快で明るい餓鬼かと思えば、今のように無駄に頑固な餓鬼にもなる。その豹変具合に感動さえ覚えるな。」
「豹変って・・・・僕、僕だって・・・。」
―――好きでそうなってるわけじゃない・・・・。
先生にごめんなさいって謝って、ちゃんとゴキブリの倒し方も話し合って、いつもみたいに優しく笑って欲しい。
けれど、はたして(正直言って)根っから頑固なジンが許してくれるだろうかと、言いようもない不安に苛まれる。
何故あの時、感情に任せてしまったのだろう。
もうちょっと落ち着いていれば良かった・・・・今となっては遅すぎる後悔だが。
「先生・・・きっときっと怒ってて、きっと許してくれないんだ。」
「その言い様から察するに、お前は反省しているのか?」
「・・・・・っ。」
は言葉に詰まると、堪えていた涙を再び零した。
ひっくひっくと小さな鳴咽を繰り返すに、溜息混じりにカナンは続ける。
「泣くくらいならば、初めから喧嘩などしなければ良かったものを。・・・・自ら謝罪は出来ないのか?」
「・・・怖い、から。先生はほんとに怒ってて、許してくれなくて・・・。先生が大好きなのに、嫌われちゃってたら・・・!」
―――屡の間、カナンは啜り泣くを沈黙に徹して見詰めていた。
が、また溜息をついたかと思うと口を開いた。
「この通りだ。そろそろ折れても良いんじゃないか?ジン・ウヅキ。」
「・・・・・・・・・・へ?」
は弾かれたように頭を上げると、慌てて周囲を見回した。
そして、バーの自動ドアに背を預け半眼でこちらを見詰める偉丈夫、ジンを瞳に映して愕然とした。
「なっ・・・・何で・・・・っ。」
はあからさまに厭そうに顔を背けた。
ジンの笑顔とも冷笑ともとれない表情を見詰める事が出来なかった。
この状況から察するに、今まで泣きながら言っていた台詞を、全て聴かれていたに違いない。
そう思うと頬が赤らむのが分かった。
しかし、当のジンを目前に控えた今、は口を開く事はしなかった。
卑怯かもしれないが、本人の前では素直に言葉を発する事が出来ない。
なんて情けないのだろう、と、は自身を咎める。
数秒間の、息苦しい静寂が流れる。
すると、カナンが橙の髪を片手で掻き揚げながら言った。
「お互い、不仲でいるのは嫌だと思っているのだろう?ならば、さっさと仲直りしてくれ。俺や他のクルーが被害を被る前にな。」
「お互い・・・・って、え?まさか、先生・・・?」
―――怒ってないの?
は元から大きな瞳を更に見開いて、ジンを凝視した。
ジンははにかんだ笑みを湛え、カナンのいるカウンターまで歩んだ。
「流石に大人気ないかと思いまして、ね。いや、私の代わりにカナンさんにの様子を見に行ってもらう事自体、ずるくて大人気ないでしょうが・・・・。」
「全くだ。自分の不始末は自分で片付けて欲しいものだな。」
「済みませんでした。」
軽く頭を垂れるジンに対し、カナンはもう良いとばかりに視線を逸らした。
ジンは、次いでを見遣った。
は相変わらずジンを凝視していた。
嫌われてなかった。
ジンも後悔していた。
仲直りしたいと思っていた。
それを知っただけで胸が詰まって、声が一言も出なかった。
―――初めから言葉なんて要らなかったのかもしれない。
ジンはワザとらしくコホンと咳払いをし、ゆっくりと右手を差し出すと、いつものように穏やかに、優しく微笑んだ。
「仲直り、しましょう?」
涙するの返答は、無論の事、ただ一つだった。





夕刻。
未だにシオン等ファウンデーション買出し組が帰らぬ、男だらけのエルザのバーでは、一同が一つのテーブルに集結して、シオンらの帰艦までの一時を過ごしていた。
ジンとは隣同士になるように座し、昼の喧騒が嘘のように会話に花を咲かせていた。
その様を真正面から見詰めながら、ふと、Jr.が口を開いた。
「・・・ちゃんと元のサヤに戻ったんだな?」
「うん!」
元気良く頷くに、Jr.ふっと微笑を返す。
は昼間までのピリピリした気色はなく、普段の温かい幸せに満ちていた。
ジンとて同じ、クルー一の穏やかさを保っている。
やはり、コイツらはこうでないと、とJr.は思った。
ジンの隣に腰を降ろしているケイオスも同じ思いの様で、嫉妬に狂う事もなく、憂えた琥珀色の瞳でクローディアを見ている。
ケイオスの左にいるカナンが次いで言った。
「それで、ゴキブリ駆除の方法は定まったのか?」
「ええ、決めましたよ。」
ジンが二つ返事で応える。
そして、刹那と視線を交わし、満面の笑みで言った。
「刀と新聞紙、交互にする事に決めたんです。」



―――殺虫剤を使えば良いだろうが。

カナンの常識的な意見は、盛大な溜息に紛れて、消えた。
















ゴキブリの話でした(笑)。しかも、珍しくALLキャラ夢ですね(たった4人でALL扱い・・・)。
私もあの虫子が大、大、大、大嫌いです。
アイツの止まってるのにウニョウニョしてる触覚が大嫌いです。気味が悪い。
しっかし、本当にカナンの地位が良いなぁ。
この夢に出たキャラ(ゴキ以外)が、皆大好きです。