静かに開いた扉に、シオンはのろのろと首を回した。
胸の内にわだかまる想いを持て余し、愚鈍になった顔の筋肉はロボットのように何の感情も表すことはなかったが、入ってきたJr.はそんなシオンに驚く様子も見せず彼女を見つめる。
そして、自動的に閉まった扉を振り返ることなく彼女が腰を下ろすベッドまで歩み寄った。

「何を気にしてんだかは、知らねえけどよ」

全て気付いているかのような目を向けながら、ぬけぬけとそううそぶくJr.は、片膝でベッドのスプリングをきしませて、優しさを湛えたまなざしを彼女の鼻先へ寄せる。

「…………………………」

間近で見つめてくるJr.にシオンは無言で顔を顰めた。
細めた彼女の視線の先で、鮮やかなJr.の赤髪がくすみを帯びた色へと変わる。
目の前でJr.と重なった影は、その頭を覆うフードと同じ赤色のマントで全身を包み、顔を隠すカラスを連想させる仮面がシオンをのぞき込んでくる。
かと思うと、仮面の奥に紺色の瞳が光った。
深い双眸に唇を噛んだシオンだったが、それは一瞬のことで、すぐに夕闇をくり抜いた瞳は、真昼の青空へと変わる。
ペンダントのトップを固く握りしめるシオンの手に自分の手を重ね、Jr.はやわらかく微笑んだ。

「泣けよ」

その瞳に痛みを覗かせながらも、決して漂わせる緊張の糸を緩めることのないシオンにJr.は優しく囁く。

「―――でも…」

言い淀むシオンに、Jr.はゆっくりと首を振った。

「オレに気を遣うんだったら、むしろ泣いてくれよ」
「…………………………」
「そうやって、泣いちまって、今シオンの心を占めてるモノ全部、『過去』の事にしてくれねぇか?」

嫉妬深くて、ゴメンな?
そう笑うJr.の声は、ひどくあたたかくシオンの心に響いて、せき止めていた心のたがをそっと壊していく。
目の裏が熱を帯び、ぼやけた視界が、一瞬、3つ並んだ赤い数字を捉えたかと思うと、次の瞬間、シオンの視野は暗転した。
途端、彼女の両目を覆うJr.の手のひらが涙で濡れる。
彼女の目蓋からあふれ落ちる涙は、あてられた小さな手では受け止めきれずに、頬へとこぼれ落ちていく。
視界は認識番号が刻まれた手で奪ったまま、Jr.はもう片方の手を頬に伝わせ、指の間をすり抜けて落ちていった涙の筋を拭い去った。
その手をあごまで滑らせると、指で挟んで固定する。
そして、自分へと向けさせた唇に、Jr.は己のそれをそっと重ねた。




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