「ちょっと待ってよー大地。」
一人の少女がかけてくる。制服のスカートを膝のあたりで翻し、胸のリボンを勢いよく弾ませて。
「遅いぞ野乃原。」
大地と呼ばれた少年が振り返る。その二人の間を横道から飛び出たゴムボールが転げだしていく。
「!」
少女は、足を運ぶ速さをあげる。ボールのあとから飛び出してきたのは小学生低学年くらいの男の子。自分のボールを追いかけるのに夢中でその先にあるもの、反対車線から迫る赤いスポーツカーに気がつかない。
「とうっ。」
少女は、横から男の子を包み込むように抱きかかえるとそのまま前方に突っ込む。そして、少年が正面から二人を抱きとめた。
「たはは。大地ナイスキャッチ。」
少女は白い歯を見せニカッと笑い、少年とパチンと手を合わせた。その横を、ボールを弾き飛ばしながらスポーツカーが通り過ぎていった。
「このー。少しは前見て運転しろ。」
こぶしを振り上げて叫ぶ少女の姿に、自分の状況を少しずつ理解した男の子が、火がついたように泣き出した。
少年は男の子の頭をなでながら。
「大丈夫だったか?もう飛び出したりしちゃ駄目だぞ。」
男の子は、しゃくりあげながらうなずくと少年の拾ったボールを受け取り、とぼとぼと帰っていった。
「無事でよかったな。」
「大地…。」
少女は少しはにかむ。
「何てたって野乃原のあのタックルを喰らったんだからな無事でよかったよ。」
やれやれとかぶりを振る。
「何よそれー。」
駄々っこのようにぽかぽかと少年の頭をたたく。その拳に力はこもっていない。
「わぁ!やめろって冗談だよ野乃原。………良くやったな。」
その言葉に先ほどのようなからかう色はない。
「そんなこともないよ。前にお母さんが言ってたんだ。『道にボールが飛び出してきたら、子供も飛び出してくるって思わなくっちゃ。』って。」
落ち着いた今になれば、そんな理屈も思い浮かぶが、そのとき頭の中には何もない真っ白状態。仮に何かあるとすれば、それは『いやな予感』それだけに突き動かされて助けたに過ぎない。それがちょっとした『人助け』につながったというわけだ。改めて言われると照れてしまう。
「でさ、早く行こう『隠れ家』。」
少女は小走りに走り出す。
「おまえが飛び出すなよ野乃原。」
少年がゆっくりと後を追う。