少女の名は野乃原姫子。先ほどの一件を見てもわかるように運動神経は、花丸が五つつく位の大抜群。その代わりほかの勉強はとほほな高校二年生。つまり現役バリバリの女子高生である。
 先ほどの行動を見てもわかるように、困っている人を放っておけず時には自分のこと以上にがんばる。根がないのかと思うほどの明るく、その裏表のない性格も手伝い、姫ちゃんの愛称で、男女問わず、人気がある。
 少年のほうは名前を小林大地。文武両道、ハンサムな外見と、ちょっとだけ不良っぽい(あくまで『ぽい』である。)言動で、女生徒全般に隠れた人気。なぜ隠れた人気なのかというと、この二人、校内でも有名なお似合いカップルなのである。そして、普通ならねたまれがちな立場にある姫ちゃんが、負けず劣らずの憎めない人気者なので、ほのかな思いは胸の中に隠されるというわけである。(しかし、約一名思いを隠す気すらない人物もいるにはいるのであるが。)
そんな二人が、人目を忍んで会う場所がある、それが『隠れ家』である。
そこは、住宅街の中にある一戸建てで、蔦や、茂みに囲まれていて、人の生活の気配はないが、造りは古くない。
二人は家を囲む柵がやぶれている所から藪を抜けて庭に入ると、玄関にまわった。
 「あ、大地。カギ。」
 姫ちゃんはかばんから地球儀のキーホルダーがついたカギを大地に向かって振った。
 「俺も持ってきたからいいよ。」
 おそろいのキーホルダーのついたカギを振り返した。
 「うん。」
 かばんにカギをしまいなおして、微笑む。それは、カギを使うための行為というよりも、おそろいのキーホルダーを確認するための日課になっていた。
 部屋の中はさすがに古ぼけてはいたが、修繕や、掃除が行き届いているためか、快適な雰囲気であった。
 「コーヒー飲むか?」
 フリーマーケットで手に入れたサイフォンに買い置きのミネラルウォーターを注ぎ、リーズナブルなブレンドの粗引き豆をスプーンですくいながら大地が聞いた。
 「ウルトラスペシャル濃いやつお願い。」
 姫ちゃんは、つぎはぎの当てられたソファーにぼすんと腰掛ける。手伝わないのは、大地が、サイフォンでコーヒーを入れることが好きなからで、普段はあまり飲まないコーヒーを大地に入れてもらって飲むこの時間が好きだからなのだ。
 部屋中が、コーヒーの香りに包まれる。
「ほら。」
 大地からコーヒーの満たされたマグカップを受け取ると砂糖壷から二さじ溶かして、一口すする。『ウルトラスペシャル……』といった割に、コーヒーは、濃すぎもせず、薄すぎもせず、二人の好きな苦味とコクを出している。
 ほんの些細なことでも自分のことをわかってくれている。そんな幸せを少しだけ口に出してみる。
 「美味しい。」
 「どういたしまして。」
 大地は自分のカップに注がれたコーヒーを飲みながらこたえた。
 「ねえ。なんかお菓子無かったかなぁ。」
 コーヒーを流し込むと、胃が動き出して、忘れていた空腹感が頭を持ち上げてくる。
 「おまえなあ。今週の頭に買い置きをあらかた食べてしまったから、土曜にでも買出しに行こうって、話したばかりだろう?今日ぐらい我慢しろよ。」
 言われてしまった。無いとわかれば、ますますお腹のほうは不平不満を並べ立ててくるものなのに。
 「う〜。」
 頬を膨らませながら得テーブルの上を眺めると、
 「なめるなよ。」
 大地の突っ込みが飛ぶ。
 「そんなことしないよ。いくらなんでも。」
 そんなにものほしそうな目で、砂糖壷を眺めていただろうか。
 「ほら。」
 大地が何か投げてよこした。
 姫ちゃんは軽くキャッチすると、その手を開いてみた。そこには、大地には不似合いのかわいらしい包みに包まれたキャンディーがあった。
 「この前の蓄え。感謝して食べろよ。」
 余計なことは言わないでくれればいいのに。とも思うが、それも大地のささやかな照れ隠しであることを知っている姫ちゃんは、ありがたくキャンディーを口にほうりこんだ。
 「甘い。」
 キャンディーは、イチゴミルクの味がした。
コーヒーはいつもより苦くなった。
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