黒ビール≧スタウト?
キリンから「黒生ビール 一番搾りスタウト」が発売になった。
メーカーのホームページにも「黒ビールの新時代を告げる、『一番搾りスタウト』誕生」とある。
ビールに詳しい方なら、「本当の意味で『黒ビール』と呼んでいいのはシュバルツだけ」という意見をお持ちだと思う。「シュバルツ」というのはドイツ語で「黒」の意味で、ドイツの下面醗酵の濃色ビールのことである。
我が国では長い間下面醗酵の濃色ビールを「黒ビール」として販売してきた。これはシュバルツのスタイルを踏襲しているので名称に大きな間違えはないと言えるであろう。
ところで我が国ではこの黒ビールよりも更にコクがあってアルコール度の高いビール、「スタウト」をキリンとアサヒが以前から作っているが、これらは「黒ビール」とは区別されてきた。実際どちらのビールのラベルにも「黒ビール」とは書かれていない。
何故なら「スタウト」は上面醗酵のビールで、下面醗酵の「黒ビール」とは根本的に違うからである。これまで日本のメーカーはこの違いを厳密に守ってきたわけだ。
ところが、ここにきて「黒生ビール 一番搾りスタウト」の登場である。これはなんと下面醗酵のスタウトだというのだ!
ビール酒造組合のHPにある「ビールの種類」にもスタウトは明確に「上面醗酵」と位置づけられているし、手元のどの本を調べてもスタウトはイギリスが発祥の上面醗酵のエールの一種と紹介されている。
では何故キリンは下面醗酵のビールに「スタウト」の名称を用いることができたのか? それは我が国のビールの種類の名称に関しては、「ビールの表示に関する公正競争規約」にその規定があるからである。
ビールの表示に関する公正競争規約(抄)
(特定用語の表示基準) 第4条 事業者がビールについて次の用語を表示する場合は、それぞれの項目に記載してある基準に従うものとする。邦文によらない場合の表示も同様とする。 (1) ラガービール 貯蔵工程で熟成させたビールでなければラガービールと表示してはならない。 (2) 生ビール及びドラフトビール 熱による処理(パストリゼーション)をしないビールでなければ、生ビール又はドラフトビールと表示してはならない。 (3) 黒ビール及びブラックビール 濃色の麦芽を原料の一部に用いた色の濃いビールでなければ、黒ビール又はブラックビールと表示してはならない。 (4) スタウト 濃色の麦芽を原料の一部に用い、色が濃く、香味の特に強いビールでなければ、スタウトと表示してはならない。
2 前項第1号から第3号までの文言は、ビールである旨が明りようである場合には、当該文言中のビールの文字を省略し、単に「ラガー」、「生」などと表示することができる。 3 第1項第2号の文言を容器又は包装に表示する場合は、「熱処理していない」旨を併記して表示しなければならない。
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上記のようにスタウトに関しては「濃色の麦芽を原料の一部に用い、色が濃く、香味の特に強いビールでなければ、スタウトと表示してはならない。」とだけあり、醗酵方法についての規定は何もないのだ。
実は今回、腑に落ちないことが多かったので、キリンに直接問い合わせてみた(それによって、「一番搾りスタウト」が下面醗酵であることがわかったのである)。そうしたところ、「スタウトについては発酵方法に規定はない」「世界的には下面発酵のスタウトが存在している」という回答をいただいた。前者については既に確認した通りだし、後者についても十分にありえる話である。というのも「ビール」の名称は国ごとにバラバラで世界統一規格がある訳ではないからだ(現に日本の規定が醗酵方法を問題にしていないのだから)。
だが、「ビールの表示に関する公正競争規約」は明らかに「黒ビール」と「スタウト」を分けているし、我が国のビールは今までその基準に則って名称使用をしてきている。だから、ここにきていたずらに混乱を起こすような「スタウト」の名称使用は考えものである。
それでなくても、我が国では濃色ビールは醗酵方法にかかわらず「黒ビール」と一括されることが多い。スタウトが「黒ビール」と称されることも少なくない。
だが、ビールの世界は広く、その種類は豊富である。せっかく地ビールの登場等によってその世界が知られ始めたというのに、メーカー自らがその世界を否定するような行為は正直言って感心しない。
いつまでたっても日本人にとってビールの種類は二種類のみ、すなわち、「普通のビール」と「黒ビール」、というのではなんとも寂しい話ではないか。