アラン・ホールズワースさんのbeerpump

 2010年の8月、旧掲示板(OTD)に8分の7拍子天国さんという方から、質問の書き込みがあった。アラン・ホールズワースさんというミュージシャンの発明した「beerpump」に関してのものだった。

 その時のやりとりによって、興味深い色々な発見などもあったのだけれど、OTDの掲示板サービス終了によってそれを閲覧することは不可能になってしまった。

 だが、ビールの世界の奥深さを知ることができる面白い内容だったので、ここに採録することにした。

 

 まず、最初の8分の7拍子天国さんの書き込み。この方は最初メールをくださったのだけれども、フィルターではじかれてしまったらしく、当方まで届かなかったので、そのメールを転載する、という形で書きこんでくださった。

 

突然のメールで失礼致します。

Yahooブログにて「8分の7拍子天国」というブログを開設している者です。

内容は100%音楽ネタのブログなんですが、たまたまビールサーバーのシステムに話題がそれて、いろいろ調べている最中に『麦酒新報』のホームページにたどり

着きました。

『★番外編★ アランホールズワースの副業』というタイトルの記事と書き込まれているコメント群を読んでいただければ早いのですが、

『僕はビールポンプも開発したんだけど、こいつぁビール中の二酸化炭素を取り除くから、一切泡が含まれないんで、とてもパワフルな味になるんだ』

というせりふの解釈で疑問が生じています。

 

ブログのコメント欄にはないのですが、自分の友人は

『もちろんグラスに注ぐときに外気に触れて立つアワは必要でしょうからそのアワはまったく別の話でしょうね。

一般的なビールサーバーは炭酸ガス(二酸化炭素)の圧力を利用してビールを注ぎ口から出させるらしいから、どうしてもその時に炭酸ガスがビール中に溶け込んでしまうんでないかい?

つまり彼が主張したいのは

「オレのビアポンプはビールが注ぎ口に達する時点まで(つまり外気に触れる直前まで)炭酸ガスによるアワを一切含まないんだぞ!」

ってことだと思いますよー。』

と推理しています。

 

そんな訳で、もしなにか参考にご意見いただけたらとてもありがたいなぁと思ってメールをした次第であります。

唐突でぶしつけなお願いで、恐縮ではありますが、もしお返事いただけましたら幸いです。

では....

 

 

 さて、これを受けて、早速8分の7拍子天国さんのブログにおじゃましてその記事を確認してみる。

 

(前略)アランホールズワースが特許を持っていてそれで食っていけているような書き込みがあり、興味があって調べてみました。

特許を取ってるかどうかは分からなかったのですが、独自のbeer pump(ビールポンプ)というものを開発して儲けてるみたいです。

パブなんかでは地下にビールが貯蔵してあって、そこから吸い上げてカウンターでジョッキに注ぐんですが、そういったシステムらしいです。ビールサーバーの本格的なやつですね。

 

アランホールズワースのインタビューがあって、

http://www.richardhallebeek.com/interviews/index.php

の下から3つ目の質問にこんな感じで答えてます。(微妙に間違ってるかもしれませんが・・・)

「僕はビールポンプも開発したんだけど、こいつぁビール中の二酸化炭素を取り除くから、一切泡が含まれないんで、とてもパワフルな味になるんだ。このポンプは近所では大成功して、どこのパブでもひとつは持ってるよ」

だそうです。

wikiに書いてありましたが、売れてない頃にビール醸造所でバイトしてたこともあるらしいのでその経験から産まれたものなのでしょうね。

 

 

 これを最初に読んだ時に「???」となった。

「二酸化炭素を取り除く?」「泡が含まれないのでパワフル?」

 今までに全く聞いたことのない話だった。

 とにかく、問題のアランさんのインタビュー記事にアクセスして、原文を確認してみた。

I'm brewing my own beer. I'm trying to get it on the market for a while now, but as always, money is the problem.

I've also developed my own beerpump. It gets rid of the CO2 in the beer so it doesn't have any head anymore and it tastes much more powerful.

That pump is a huge success here in the neighbourhood. Every pub has one.

 

 確かに「rid of the CO2 in the beer」とある。「head」はビールの泡のことだ。

 アランさんは自家醸造もしているらしい。そして、彼は英国出身のミュージシャンだ。英国と言えばエール文化の地。

 これらのいくつかの要素を組み合わせ、推論として書いたのが以下の返事である。

 

 

8分の7拍子天国さん。

 なかなか興味深い内容の質問ですね。私のわかる範囲で、推測も交えながらお答えしたいと思います。

 

 英国式のパブにおける伝統的なエールの場合、醸造所で一次発酵を終えたビールは、樽に詰められ酒場であるパブの地下室に運ばれます。

 パブの地下室は1213度に保たれ、ここで二次発酵と熟成が行われる訳です。

 完成したビールはこの地下室から直接ハンドポンプでくみ上げられて客に供されます。井戸水をくみ上げるポンプと同じ原理ですね。

 そうです。これがつまり「beerpump」という訳です。

 ただ、元来はこのように手作業でのポンプのことを指していたbeerpumpという単語ですが、最近では、CO2の圧力を使用する、日本で言うところの「beer-server」「beer-dispenser」も含めた広義の意味で使用されているようです。

 

 従って、アランさんのbeerpumpがどのような形式のものかは全くわかりません。ですが、「CO2を取り除く」のが売りのbeerpumpにわざわざCO2の圧力をかけるとは思えませんので、CO2は使用しないタイプのポンプではないかと推測されます。

 

 さて、アランさんのインタビューの文章にある headですが、これはビールの液体の上の泡の層を指すものですから、文字通りアランさんの beerpumpは「炭酸ガスを取り除いて泡を立たなくさせるもの」と考えるのが自然でしょう。

 

 ここで誤解しやすいのですが、日本ではピルスナービールが主流のため、「よく冷やして泡を立たせて爽快さを味わうのがビール」という風にとらえがちです。そして、これの炭酸が抜けて泡も立たないものなど、ちょっと飲めたものではない、と思われるのではないでしょうか。

 ところが、英国の伝統的なエールの場合、もともとが地下室の温度である1213度の常温のままで飲むものであり、コクや香りを楽しみながらじっくり飲むタイプのビールなのです。こういうビールの場合、必ずしも炭酸や泡は重視されません。

 

 というのも、ビールの泡はホップの苦味成分と麦のタンパク質が結びついて形成されるものなので、泡を立てると液体の部分の苦味が抜けるからです(従って、すっきりした味のビールを飲みたければ、泡を盛大に立てた方がいいことになります)。

 また、泡は液体の蓋の役割を果たしますが、これは同時に香りが液体から立ち上るのを阻害していることにもなります。

 更に言うなら、炭酸というものは爽快さを楽しむにはいいのですが、じっくり液体の味を楽しむには必ずしも良い役割を果たすとは言えません。技術的には可能であるにも関わらず、発泡性の赤ワインや日本酒というのがあまり商品化されていないことからもそれはご理解いただけるのではないかと思います。

 

 だから、アランさんのbeerpumpというのは、言葉通り、炭酸を上手に取り除いて泡が立たないようにビールをサーブするものではないかと思われます。

 そして、それによってホップの苦みも抜けず、泡がないので液体の香りがダイレクトに立ち上り、しかも炭酸がないので味をストレートにじっくり味わうことができるビールを飲めるということなのでしょう。そしてそれを彼は「powerful」と表現したのではないでしょうか。

 もちろんそれは彼の生まれ故郷の伝統的なビールである「エール」だからこそそういう味わい方で飲める、ということだと思います。

 

 以上が私なりに考えた推論です。

 

 

 8分の7拍子天国さんはこれを読んで、すぐに返事の書き込みをしてくださった。

 

わざわざ丁寧にご説明いただきありがとうございます。

 

とても分かりやすい内容で感動です。よーく理解できました。

たしかに以前どこかで聞いたことあります。

泡がなくてぬるいビール・・・

うーむ、あまり飲みたいとは思わないのは飲まず嫌い?

 

とにかく、詳しく解説いただき感謝です。

ブログからホームページへリンク張らせて頂きます。

これからもホームページ更新がんばってください。

 

では〜

 

 大きな発見が二つあった。

 世界は広い。まさかビールからわざわざ二酸化炭素を除去して飲む人達がいるとは、である。

 驚きと同時にうらやましくもある。コクと香りがしっかりしたビールでなければ、そういう飲み方は出来ないからである。色々な選択肢のあるビール文化の国の素晴らしさを思う。

 日本の大手メーカーもたまにエールもどきのビールを作るが、どれも冷やして炭酸ガスの爽快さにたよらなければ飲めたシロモノではない。

 日本は高温多湿だからさっぱりビールが主流になってしまうのは仕方がないのだが、選択肢がそれ一つ、というのは悲しい話である。

 

 発見の二つ目。

 ネット上でのやりとりというのは、けっこう不愉快な思いをすることも少なくないのだが、8分の7拍子天国さんのような感じの良い方もいらっしゃるのだな、ということ。質問をくださったおかげで、こちらも色々と学ぶこともあったし、関わって気持ちの良い人というのもいるのだなぁと感心。

 この記事を扱った8分の7拍子天国さんのアドレスは以下の通りである。記事に寄せられているコメントも、色々あって面白い。

8分の7拍子天国 / まるです

「アランホールズワースの副業」http://blogs.yahoo.co.jp/lackofsleeeep/17542404.html

「アランホールズワースの副業 の追加情報」http://blogs.yahoo.co.jp/lackofsleeeep/18063850.html

 

 

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