江戸の戯作を楽しむ
戯作とは,『広辞苑』 (第6版) によれば,「(1) たわむれに詩文を作ること。また,その著作。(2) 江戸中期以降,主に江戸に発達した俗文学,特に小説類。読本・談義本・洒落本・滑稽本・黄表紙・合巻・人情本などの総称。」です。
また,パロディーとは,同じく『広辞苑』 (第6版) によれば,「文学作品の一形式。よく知られた文学作品の文体や韻律を模し,内容を変えて滑稽化・風刺化した文学。日本の替え歌・狂歌などもこの類。また,広く絵画・写真などを題材としたものにもいう。」のだそうです。
いずれにしても,江戸 (時代) の人々の暮らしぶりや風習,あるいは過去の文学作品などを理解していないと本当の意味での奥深い面白さは分からないのでしょうが,それ程ではなくても結構楽しめると思います。というか,そこから逆に江戸
(時代) の人たちの生活様式などに思いを馳せるのもよいのではないでしょうか。
まあ,さしあたり,感じたままを楽しめばよいと思います。 (と,自分に言い聞かせています。)
例えば,延宝9 (1681) 年に刊行された咄本『当世手打笑』の「第四」には次のような話が載っています。
「十一 侘人狂歌の事
とつと軽口なる侘人ありしが,秋も更け行くままに,障子のやぶれより洩りくる風も,はだ寒けれど,これを張るべき紙なければ,一首の狂歌をよみて,ある人の方へ,紙をもらいにやられた。
かみなくて障子はやぶれ秋さむや仏の説きしのりはあれども」
オチは,「紙」と「神」,「糊」と「法」をかけた洒落。
それより前,17世紀のはじめ,江戸開府から20年ほど経ったときに,安楽庵策伝がまとめた笑話集『醒睡笑』に次のような話が出ています。(「巻之二」の「躻(うつけ)」)
「餅つくと目にはさやかに。
座頭の,出居にやどをかりて寐(い)ねたるを,うち忘れ,呼びも出さず,つきたる餅のあたたかなるを,家内(かない)の人ばかりくふ座敷へ,
餅つくと目にはさやかに見えねども杵の音にぞ驚かれぬる」
本歌は 「秋来ぬと目にはさやかに見えねど風の音にぞ驚かれぬる」 (『古今集』秋上,藤原敏行) です。
また,「巻之八」の「茶の湯」には次のような狂歌があります。
「西行宇治の狂歌。
西行法師,伊勢の宇治に住みける時の歌,
ここもまた都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名はうぢの里」
本歌は 「わが庵は都のたつみしかぞすむ世を宇治山と人はいふなり」 (『古今集』雑下,喜撰)。
ところで,戯作,パロディーと言えば黄表紙や狂歌などが思い浮かびますが,その主な作品には次のようなものがあります。
刊行年 | (西暦) | 作品名 | 著者・編者・撰者 |
天正17 | (1589) | 雄長老狂歌集 | 建仁寺雄長老 |
寛永13 | (1636) | 貞徳狂歌百首 | 松永貞徳 |
慶安2 | (1649) | 吾吟我集 | 石田未得 |
寛文6 | (1666) | 古今夷曲集 | 生白堂行風 |
寛文9 | (1669) | 卜養狂歌集 | 半井卜養 |
寛文12 | (1672) | 後撰夷曲集 | 行風 |
明和8 | (1771) | 狂歌酒百首 | 暁月坊 |
安永4 | (1775) | 金々先生栄花夢 (きんきんせんせいえいがのゆめ) | 恋川春町 |
安永5 | (1776) | 化物大江山 (ばけものおおえやま) | 恋川春町 |
安永6 | (1777) | 桃太郎後日噺 (ももたろうごにちばなし) | 朋誠堂喜三二 |
安永7 | (1778) | 辞闘戦新根 (ことばたたかいあたらしいのね) | 恋川春町 |
安永8 | (1779) | 無益委記 (むだいき) | 恋川春町 |
安永9 | (1780) | 時花兮鶸茶曾我 (はやりやすひわちゃそが) | 芝全交 |
天明元 | (1781) | 一流万金談 (いちりゅうまんきんだん) | 朋誠堂喜三二 |
天明2 | (1782) | 御存商売物 (ごぞんじのしょうばいもの) | 北尾政演 |
天明3 | (1783) | 狂歌若葉集 | 唐衣橘洲 |
天明3 | (1783) | 万載狂歌集 | 四方赤良・朱楽管江 |
天明3 | (1783) | 啌多雁取帳 (うそしっかりがんとりちょう) | 奈蒔野馬乎人 |
天明4 | (1784) | 万載集著微来歴 (まんざいしゅうちょびらいれき) | 恋川春町 |
天明4 | (1784) | 天慶和句文 (てんけいわくもん) | 山東京伝 |
天明4 | (1784) | 頭てん天口有 (あたまてんてんにくちあり) | 四方山人 |
天明4 | (1784) | 狂言好野暮大名 (きょうげんずきやぼだいみょう) | 岸田杜芳 |
天明5 | (1785) | 徳和歌後万載集 | 四方赤良 |
天明5 | (1785) | 大非千禄本 (だいひのせんろくほん) | 芝全交 |
天明5 | (1785) | 江戸生艶気樺焼 (えどうまれうわきのかばやき) | 山東京伝 |
天明7 | (1787) | 狂歌才藏集 | 四方赤良 |
天明7 | (1787) | 亀山人家妖 (きさんじんいえのばけもの) | 朋誠堂喜三二 |
天明7 | (1787) | 面向不背御年玉 (めんこうふはいのおとしだま) | 森羅万象 |
天明8 | (1788) | 悦贔屓蝦夷押領 (よろこんぶひいきのえぞおし) | 恋川春町 |
天明8 | (1788) | 文武二道万石通 (ぶんぶにどうまんごくとうし) | 朋誠堂喜三二 |
寛政元 | (1789) | 拝寿仁王参 (おがみんすにおうさん) | 芝全交 |
寛政元 | (1789) | 鸚鵡返文武二道 (おうむがえしぶんぶのふたみち) | 恋川春町 |
寛政元 | (1789) | 奇事中洲話 (きじもなかずわ) | 山東京伝 |
寛政元 | (1789) | 天下一面鏡梅鉢 (てんかいちめんかがみのうめばち) | 唐来参和 |
寛政2 | (1790) | 照子浄頗梨 (かがみのじょうはり) | 山東京伝 |
寛政2 | (1790) | 心学早染草 (しんがくはやそめくさ) | 山東京伝 |
寛政2 | (1790) | 即席耳学問 (そくせきみみがくもん) | 市場通笑 |
寛政5 | (1793) | 十四傾城腹之内 (じゅうしけいせいはらのうち) | 芝全交 |
寛政7 | (1795) | 敵討義女英 (かたきうちぎじょのはなぶさ) | 南杣笑楚満人 |
寛政8 | (1796) | 狂歌晴天闘歌集 | 頭光 |
寛政8 | (1796) | 初登山手習方帖 (しょとうざんてならいじょう) | 十返舎一九 |
寛政9 | (1797) | 无筆節用似字尽 (むひつせつようにたじづくし) | 曲亭馬琴 |
寛政10 | (1798) | 世の中百首 | 荒木田守武 |
寛政11 | (1799) | 侠太平記向鉢巻 (きゃんたいへいきむこうはちまき) | 式亭三馬 |
享和2 | (1802) | 稗史億説年代記 (くさぞうしこじつけねんだいき) | 式亭三馬 |
享和2 | (1802) | 的中地本問屋 (あたりやしたぢほんどんや) | 十返舎一九 |
享和2 | (1802) | 狂歌酔竹集 | 唐衣橘洲 |
文化元 | (1804) | 化物太平記 (ばけものたいへいき) | 十返舎一九 |
文化6 | (1809) | 貞柳翁狂歌全集類題 | 永田貞柳 |
文化9 | (1812) | 萬代狂歌集 | 宿屋飯盛 |
天保14 | (1843) | 蜀山先生 狂歌百人一首 | 蘆間蟹彦 |
<参考・引用文献>
『狂文狂歌集』 (日本名著全集・江戸文藝之部第19巻,日本名著全集刊行會,昭和4年)
『万載狂歌集』 (野崎左文・校訂,岩波文庫,1930年)
『万載狂歌集』 (宇田敏彦・校註,社会思想社・現代教養文庫,上下2冊,1990年)
『徳和歌後万載集』 (野崎左文・校訂,岩波文庫,1930年)
『萬代狂歌集』 (粕谷宏紀・校,古典文庫,上下2冊,昭和47年)
『江戸の戯作絵本』 (小池正胤・宇田敏彦・中山右尚・棚橋正博・編,社会思想社・現代教養文庫,正編4冊,続編2冊,1980~1985年)
『近世笑話集』 (武藤禎夫・校注,岩波文庫,上中下3冊,1987~1988年)
『醒睡笑』 (鈴木棠三・校注,岩波文庫,上下2冊,1986年)
『「むだ」と「うがち」の江戸絵本』 (小池正胤・他・校注・解説,笠間書院,2011年)