Promise
Promise
夕闇が迫る沖縄。
宮城家の墓所 亀甲墓の扉がゴトリと鳴った。
隙間から白く細い腕が延びる。
その手をそっと握り、扉を開けると、羊水の様な液体に全身を濡らした小夜が ぼんやりと顔をあげた。
細く華奢な小夜の体を、自分の裾長の上着でくるみ、そっと抱き上げるとすっかり日が沈み、夜の戸張が降りている外へ連れ出した。
背の高いその青年は、小夜をそっと自分の膝に座らせると、右手にナイフを滑らせ溢れる血を口に含んだ。
まだぼんやりとしている小夜の顎を持ち上げ口付ける。
…こくり。
喉を鳴らし小夜がその血を飲み込むと、柔らかい唇の主をじっと見つめた。
青年は優しく微笑むと、小夜の口元に溢れた血を 親指で拭いとり、頬に触れそっと囁いた…
「小夜…笑って…」
…トクン…
耳に心地いい声音と共に、鼓動が記憶を呼び戻していく…
…トクン…トクン…
鼓動が早くなるに従って 頭が、記憶がハッキリとしてくる。
ベトナムの惨劇…
リクとジョージの死…
ディーバの最期…
産まれたディーバの双子たち…
『愛してる』との言葉を残し、瓦礫の向こうに消えたハジ…
フラッシュバックのように次々と記憶が蘇る。
アンシェルに胸を貫かれ、瓦礫の向こうに消えたハジの姿がまざまざと甦り、いまそこで起きているような錯覚に捕われた。
小夜の目から、みるみる大粒の涙が溢れた
「ぃ…ぃゃ…いやあーー!!ハジー!」
溢れ出る記憶に小夜はパニックになった。
そんな小夜をきつく抱き締め、涙に濡れた頬に唇を寄せ、もう一度口付けをした。
「小夜…落ち着いて…私はここにいますよ。あなたの側に…」
小夜の瞳を除きこんだ。
「…ハ…ジ…?」
状況が飲み込めていない小夜は、瓦礫に消えたハジが目の前にいることに キョトンとした。
涙に濡れた瞳でハジをじっと見た。
「小夜…愛しています…あなただけを…永遠に…」
再びぎゅっと抱き締めるハジの胸から力強い鼓動が一定のリズムを刻んで響く。
小夜は懐かしい匂いに、温もりに甘えるように、ハジの胸に頬擦りし顔を埋める。
ほぅ…と息をつくと、小夜はようやく落ち着きを取り戻した。
ようやく状況が理解できるようになると、改めてハジの変わらぬ姿に涙があとからあとからこみあげてくる
「…っ……ハジ!」
ハジの首にしがみ付くと、小夜は大声で泣いた。
それは哀しみの涙ではなく、再会の、無事だった事への安堵の涙だった。
『愛してる』との言葉を残し、ハジの姿が瓦礫の中に消えた時、心が、体が引き裂かれたようだった。
その時になって初めて、自分がどれ程ハジを愛していたのかを思い知ったのだ。
舞い上がる粉塵の向こうに消えたハジが、今ここにいる!
自分を力強く抱き締めてくれている…それが何より嬉しかった。
ゆっくりとその顔を見上げると、懐かしい笑顔がそこにあった…見上げた小夜の頬に幾筋もの涙が流れた
「ああ…ハジっ…ぶじっ…でっ…よかっ…た…あいっ…たかっ…た…」
おえつに言葉が詰まる。
ハジは愛おしそうに小夜を抱き締めると、30年の時を埋めるように熱く、激しく口付けをする…
「小夜…あの『約束』を覚えていますか?」
小夜の額に自分の額をくっつけ、覗きこむ。
小夜は涙に濡れながら、満面の笑顔で ハジに頷く。
「…うん。…世界を見て回ろう!一緒に!」
二人の旅が再び始まる…
だがそれは、もはや辛いものではなく、小夜とハジ 二人が長い間ずっと夢見ていた旅の始まりを意味していた。
『自由に世界を見て回るの!その時は、ハジも一緒だよ!』
かつて交した【約束】が、長い年月を経てようやく果たされる時が来た…
二人の【約束】を邪魔するものは誰もいない。
小夜はもう 自由なのだから…
ハジは、出会った頃のままの笑顔を見せる小夜に 愛しさがこみあげてくる。
かつての笑顔をようやく取り戻せた…。ハジは胸が熱くなるのを実感した。
小夜を抱き締めると、耳元で囁く。
「いつまでも、あなたの側にいて構いませんか?」
暖かい腕に抱かれながら、小夜は静かに頷いた。
「…離さないで…何処にも行ったりしないで…」
小夜の言葉に、ハジがふわりと破顔した
「…それがあなたの望みなら」
そう告げて、満天の空の下 二人は誓いの口付けを交した。
…もう二度と、この手を放したりしない…
二人だけの永遠に続くpromise…
*fin*
+ Short novel + Top +
30年の月日が経ち、ついに目覚めの時が…