愛しさと切なさの果ての朝。
愛しさと切なさの果ての朝。
奇跡のような一夜が明け、小夜はゆっくりとベッドに体を起こした。
ピンク色のカーテンの隙間から、強い日差しが差し込んでくる。
今日も暑くなりそうだ。
僅かに怠さが残る体をひきずって洗面所へ向かう。
のろのろと歯ブラシを動かしながら、夕べの出来事を反芻する。。。
色んな事があったなぁ・・・
『・・・・・・・・・・』
鏡の中の小夜が突然赤面した。
『う、うわ〜〜〜!!お、思い出しちゃった!!!』
小夜は己の思考を振り払うようにうがいをし、顔を洗った。
冷たい水をタオルで拭き取りながら、ふと思い出したように鏡を見詰めた。
「・・・・消えちゃった」
小夜はおもむろに絆創膏を取り出した。
『・・・・・・この辺・・・だったかな?』
小夜は首を傾けると、白い項に絆創膏を貼った。
そして、何故か満足そうに微笑む小夜。
「小夜ー!飯だぞーー!!」
「はーい!いま行くーー!!」
弾むように部屋へ戻ると、真新しい制服に身を包む。
リボン・タイを整えると、短いスカートを翻して階下へ向かった。
「おう!おはよう小夜!遅刻するぞ!!」
「あ、うん、おはよう」
茶の間へいくと、食卓にはいつのように朝食がたっぷりと用意されている。
茶碗にご飯を山盛りにしている父の顔は・・・・なんだかいつもと違って見える。
くすぐったいような・・・恥ずかしいような・・・
どこかもじもじとした様子で座った。
「・・・?どうした?」
「う、ううん、何でもない。いただきます」
ぎこちなく微笑んで茶碗を受け取ると、元気よく食べ始めた。
小夜の弁当を包んでいたカイは、白い開襟シャツの襟から不自然なものが覗いているに気がついた。
「・・・?小夜、その首の絆創膏はどうした?」
「え!あ、あの、あの、ちょっと引っ掻いちゃって・・・」
翼手である小夜には、絆創膏など必要ない。
それ以上に、小夜の動揺の仕方が不自然だ・・・
カイは胸の中が、例えようもなくざわつくのを感じた・・・
いぶかしむカイの目の前で、小夜は真っ赤になって黙り込んでしまった。
「・・・おはようございます、小夜」
背後から低く心地いい声がかけられ、小夜の肩がピクリと震えた。
「お、おはよ・・・ハジ・・・」
挨拶を返す小夜は、俯いて顔すら上げない。
ハジは冷えた麦茶のグラスを小夜の傍らに置いて、自らもその隣に腰を下ろした。
傍らで忙しなく食事をする少女を、それは愛おしそうに見詰める男・・・
それを身近に感じ、恥じ入る少女の顔は・・・赤い。
いかにも【何かがありました】的な雰囲気を纏う二人に、父の眉間に深い皺が寄った。
「・・・・小夜、その項の絆創膏は何なんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
ほぼ確信に近い事柄に気がついたカイが、もう一度、今度は少し咎めるような言い方で聞いた。
しかし、小夜は真っ赤になりながら黙々と食事を続ける。
カイは隣に座った男を睨んだ。
「・・・ハジ・・・・説明してもらおうか?」
「その必要はないかと。」
静かに火花が散る食卓に、食欲をなくしそうな色合いの服に身を包んだ男がいきなり現れた。
「まぁ!なぁんて野暮なのかしら!?こぉんなに素敵な朝なのにぃ!!」
ミュージカルばりにわざとらしい台詞で入ってきたのは、やはりネイサンで。
くねくねと体を揺らし、当然のようにカイの隣にすわると、「おはよう小夜vいい朝ねv」と陽気に片目を閉じた。
まるで恋人気取りでカイに寄り添って箸を奪うと、にっこり微笑んでカイの焼いた卵焼きをつまみ上げた。
「カイvあーんv」
「・・・新手の嫌がらせか?」
嫌悪感丸出しで顔を背けるカイに、ネイサンは特に気にするでもなく、無精髭が伸びる顎を優しく撫でた。
と思ったら有無を言わさない力で無理矢理自らの方に捻り、驚いて開かれた口へ卵焼きを押し込んだ。
「ーーーんぐっ!!」
「うふv美味しい?」
ーー俺が作ったんだ!と、涙目で租借するカイを、ネイサンが嬉しそうに眺めると、頬に着いた卵のかけらを取って自分の口に入れた。
「恋人達に野暮は言いっこなしよv」
「俺は、どうして絆創膏を貼っているのか聞いてるだけだ!!それに、恋人ってなんだ!!」
カイは、太ももを撫でてくる手を思いっきり抓りながら、駄々っ子のような口調で言い放った。
「ん、もう!・・・聞かなくたって分かってるくせにv ねぇ小夜、いっそ話したら?夕べ何があったのかv」
「ーーーーーーーー!!!!」
みそ汁を吹き出しそうになったのを、辛うじて堪えた小夜は、信じられないといった表情でネイサンを凝視する。
その隣で、黒ずくめの男が深い溜め息をついた。
「・・・・・はぁ、ネイサン・・・覗かないで下さいとあれ程・・・」
「あら!ワタシは通りかかっただけよぉ!」
「・・・通りかかる場所ではないでしょう・・・」
「な・・・なんの話だぁ!?」
ハジとネイサンの会話に、首まで真っ赤になってぷるぷる震えている小夜を見て、カイの怒りは爆発寸前だ。
「ん、もう!ハジが カーテンも窓も閉めないからでしょ!!いくら我慢できなかったからってさぁ!」
「な、なにぃい!?」
「ーーーーーー!!!!!」
夕べの出来事を思い出すだけでも恥ずかしいのに、それを見られていたなんてー!!
小夜は思わずテーブルを叩いた。
「ふ、二人とも!!もう止めてよーー!!」
真っ赤になって、半ば涙目の小夜がようやく口を挟んだ。
しかし、時既に遅く、カイは鬼のような形相でハジを睨みつけている。
「・・・ハ〜ジ〜・・・どういう事だぁぁあああ!!!!」
とんでもない内容に、カイがついにキレた。
テーブルをひっくり返しそうな勢いでハジに掴み掛かろうとした体を、ネイサンが軽々と畳の上に押さえ込む。
「くそう!!放せーー!!!殴らせろーーー!!!」
「はいはい。落ち着いてねぇ。」
ネイサンは片手でカイを押さえつけながら、満足そうな笑みを浮かべて見る先には、少女を見詰めるハジの幸せそうな笑顔があった。
『ふふv・・・ずっとこの顔が見たかったのよねv』
ネイサンはカイの肩を、慰めるように軽く叩くと解放してやった。
「ったく!この馬鹿力め!」
カイは肩を回しながらネイサンを睨んだが、その視線はすぐに小夜の方に向かった。
「おい、小夜!あのな・・・」
「ご、ごちそうさま!!!」
小夜は顔を真っ赤に染めながら、かき込むように食事を済ませると、これ以上追求されるのは御免だとばかりに、カバンを引っ掴んで茶の間を飛び出した。
「お、おい小夜!その前に絆創膏・・・いくらなんでもとっていけ!」
「・・・・うっ!」
絆創膏の意味を悟られたくない。。。小夜は恥ずかしそうに頬を染めた。
白い項に手を当て、躊躇うように俯く小夜の頬に、黒いスーツの男がそっと唇を落とし、少女をさらに赤面させた。
「〜〜〜〜ハジぃ!!」
「はいはい。妬かないの。」
再び苛立つカイを金髪男が慰める。
ハジは涼し気な表情で小夜の髪を整えつつ、首筋の絆創膏をそっと剥がした。
「ーーーーーあ・・・」
消えてしまった花びらを、絆創膏という形で首筋に残したかった小夜は、剥がされてしまったそれを悲し気に見詰めた。その顔を愛おし気に見詰め、ハジはクスッと笑った。
「・・・絆創膏など・・・する必要などないのです・・・」
「・・・でも・・・」
残しておきたかったのに・・・言葉にならず噛んだ唇を、ハジの唇がそっと塞ぎ微笑んだ。
「消えてしまったのが悲しいのですか?でしたらすぐに付け直しましょう。どこがいいですか?やはり、首筋ですか?」
「ーーーーーー!!」
ハジの不埒な言葉に、小夜は恥ずかしさで、カイは怒りでそれぞれ顔を真っ赤にした。
「〜〜〜〜っのぉ!!!小夜!さっさと学校行け!!!」
「あ!遅刻だ!!!い、いってきまーす!!」
「・・・・おまえはいいんだよ。」
一緒に着いて行こうとするハジを捕まえ、腕で首を締め上る。
「・・・おまえには聞きたい事が山ほどあるんでなぁ・・・」
ギリギリと怒りを滲ませるカイに、ハジは残念そうに小夜を見送った。
賑やかに見送ってくれる【家族】
そんな光景に、小夜は胸が苦しくなるほどの幸福を感じていた・・・
失ったものの大きさ・・・
流された沢山の血・・・
そして、自分の犯した罪の重さ・・・
それをなかった事にはできない。
ハジが何を思って、あんな【作り話】をしたのか・・・
今の小夜には分かっていた。
それが、ハジの自分への愛だということも・・・
だからこそ、自分は笑顔でいよう!
大切なあの人の為に!
小夜の決意は、満面の笑顔とともに動き始めた。
fin
*UP* 10.7.7
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