愛しさと切なさの狭間で惑う*9
愛しさと切なさの狭間で惑う*9
鋭利な刃が振り下ろされる。
苦しげに喘ぐ喉を切り裂くために。
薄青い瞳は、力なくそれを見ている。
逃れようという気にならないのは・・・
逃れるすべが・・・・残されていないからなのか・・・・?
スローモーションのようなその光景は
まるで現実からかけ離れた・・・・・
夢のようで・・・・・・
「きゃあああああ!!」
鋭い少女の悲鳴が夜空を切り裂き、思わず死神の鎌が首を切り落とす寸前で動きを止めた。
ネイサンが振り返ると、怯えたように立ち尽くす小夜の姿があった。
「・・・あら、結構早かったわね」
その後ろには、カイとドクターが小夜を追ってくる。
「・・・陳腐だけど・・・好きよ?こういうのもv」
命を狩り損なった死神は、この展開を楽しむように独り言ちた。
ドクターと共に駆けつけたカイは、すぐさま腰に隠した銃を構えた。
「動くなっ!ハジから離れろ!!」
「はぁいv久しぶりねv」
「・・・久しぶり?」
銃口を向けたまま、男の言葉を反芻する。確かに見覚えがある気がするが・・・
「んもう!忘れちゃったのぉ?酷い男ね」
カイは記憶を遡り、ディーヴァのシュヴァリエだったことを思い出した。
嘗てリクの姿をしたディーヴァとともに会った事がある。
「・・・おまえ・・・ディーヴァ・・・の・・・?」
あの・・・悪夢のような情景がまざまざと蘇る・・・
ーーーーリク・・・・
切り刻まれるより残酷な・・・弟の死に様・・・
そして、その姿を奪った・・・・ディーヴァ・・・
そのシュヴァリエに銃など通用しない。カイは力なく銃を下ろした。
苦し気にきつく目を閉じると、唇を噛む。
ーーーーリク・・・心優しい・・・俺の弟・・・・
細い月を背負った死神は、ただ静かに笑みを浮かべた。
小夜は血溜まりに倒れ込むハジに駆け寄ると、大きな鎌から庇うように覆い被さった。
腕は未だ狩るべき獲物から離れず、冷笑が二人を見下ろしていた。
「ハジ!ハジ!!しっかりして!死んじゃ嫌!!!ハジ!!」
青白くなった頬を何度も叩き呼びかけると、僅かにハジが目を開けた。
唇が開くが、言葉が出てこない・・・代わりにふわりと微笑んだ。
『・・・・さ・・や・・・わら・・・て?』唇だけが微かに動く。
「ハジ!何?なんて言ったの?ねえ!」
必死に声をかけても、切ない笑みは小夜に向けられたまま・・・・
強く揺すろうにも、目を覆いたくなるほどの酷い怪我で、小夜はただ泣くしかなかった
「はぁい小夜、ひさしぶりv 悪いんだけど、ワタシ達いま取り込み中なのよぉ♪・・・そこをどいてくれなぁい?」
「いや!お願いやめて!どうしてこんな酷い事をするの?」
小夜は震えながらハジの頭を抱いて、必死になってネイサンを睨んだ。
「・・・酷い?ワタシがぁ!?心外だわぁ!!」
死神はクルクルした金髪を振り乱し、わざとらしく打ちひしがれたような表情を作った。
「ねぇ小夜?ワタシはただ、彼の望みを叶えてあげようとしているだけよ?」
「・・・のぞ・・み?」
小夜はガタガタと震えながら、ハジの頭を抱く腕に力を込めた。
ハジはその温もりを頬に感じ、こんな風に死ねるなら幸せだな・・・と、瞼を閉じた。
「ハジ!ダメ!目を開けて!!」
強く揺さぶってもハジは目を開けない。
「ハジは死にたいんですって。これは言わば人助けよ。わかった?さぁ、そこを退いてちょうだい。小夜。」
「いや!!」
大きく見開かれた瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れハジの頬を濡らす。
「・・・退かないなら、アナタごと殺すわよ?」
白い革靴が踏み出す。小夜は動かない。
冷たい微笑みを浮かべた男は、大きな鎌の背で震える小夜の顎を持ち上げた。
「いい表情(かお)・・・ハジを助けたい?」
「ーーーーーんっ」
震えながら頷く小夜をみて、ネイサンは不適に笑った。
「・・・素敵よ小夜。けど、ワタシが手を下す必要なさそうね」
「え?・・・はっ!」
強く抱きしめていた事に気がついた小夜は、慌てて腕の中の青年の顔を覗き込んだ。
腕の中のハジの顔は、とても穏やかな表情だった。
「いや・・・いや!死んじゃダメ!!ハジ!!目を開けて!!ハジ!!」
死神は鎌を納め、しゃがみ込んでその様子を観察していた。
「ハジはアナタに幸せになってほしいんですって。笑っててほしいんですってよ?なら、そうすればいいじゃない。そんな薄情な男なんて、さっさと忘れちゃってさぁ?」
己の膝に頬杖をつき、男は面倒臭そうに言った。
「・・・無理よ・・・」
小夜は、腕の中のハジを見詰めながら、そう言った。涙がハジの青白い頬を濡らしていく
ネイサンの瞳が僅かに煌めいた。
「・・・・なぜ?」
「・・・ハジがいてくれなきゃ・・・笑えない・・・」
彼と出会う前なら、笑っていられたかもしれない・・・
でも、もう出会ってしまった・・・触れてしまった・・・
もう後戻りはしたくないーー小夜の涙は止めどなくハジの頬を濡らす・・・
ふ〜ん。とネイサンは面白そうに鼻を鳴らすと、立ち上がって踵を返し歩き出した
「待って!!もしかして、貴方ならハジを助ける方法を知ってるんじゃ・・・?」
僅かに血で汚れた白い靴が立ち止まった。
「ええ、もちろん・・・」
襟や袖、裾にたっぷりとフリルがあしらわれたシャツを着た男は、背を向けたままで表情は小夜には分からない。
「お願い!教えて!!」
「どうして?」
「ど、どうしてって・・・」
小夜は必死に男の背に訴えた。
こんな事をしている間にハジが死んでしまうかもしれない! 焦りが、小夜の口調を強くした。
「・・・彼を助けることで、苦しむ事になるわよ?・・・それでも構わないの?」
ネイサンは小夜に背を向けたまま、一応ハジの気持ちを代弁する。
だが、答えは分かっていた。
「構いません!ハジが・・・ハジがいなくなってしまうよりは・・・ずっといい」
あまりにも予想通りの答えに、ネイサンは遂に吹き出した。
「ぷっ!!あははははは!!!」
「ーーー!な、何がおかしいの?」
小夜の戸惑いをよそに、体を曲げてケラケラ笑う男
「くっくっくっ・・・あーもー馬鹿馬鹿しい。勝手にやって!」
ネイサンは金髪をかきあげると、肩をすくめた。
「お、お願い!彼を助けて!!」
縋るような小夜の声に、歩み去ろうとしていた足を止め、肩越しに振り返ると、血まみれになっている少女を見下ろし片眉を上げた。
「・・・アンタの血を、口移しで飲ませなさい。」
「く、くち・・・うつし・・・?」
予想外の言葉に、思わず小夜の頬が赤くなった。
「・・・・こんな時に照れてどーすんのよ」
「・・・か、からかって・・・」
「ないわよ。」
「・・ほ・・・ホントに?」
「早くしないと死んじゃうわよ?」
カイと共に呆然と見ていたドクターは、ハッと我に返ると急いで駆け寄った。
ハジの手を取り手首に指を添える。
ドクターの整った眉がすぐにひそめられ、ハジの頸動脈に触れた。
ーー脈はまだ打っている・・・だが・・・弱すぎる・・・このままでは・・・
「・・・サヤ、急ぎなさい!」
「・・・あ・・・・」
ドクターの言葉に小夜の体がビクッと跳ねた。
ためらいながら、ハジを路上に寝かせると、思い出したように服を探りながら辺りを見回した。
「サヤ?」
「先生!メス貸して!?」
「・・・め、メス?」
血を出そうにも刃物を持っていない事に気づいた小夜は、ドクターに向かって手を出した。
冗談とは思えないその表情に、ドクターの端正な顔に困惑の色が浮かんだ。
「え・・・いや、持っていませんよ・・・」
「そ、そんな・・・お医者さんなのに・・・」
小夜は泣きそうな顔でドクターを見た。
医師だからといって、普段からがメスを持ち歩いたりはしない・・・そう言いたかったが、懸命にも何も言わなかった。
ドクターは慌てて取りに戻ろうと立ち上がった。
「はぁ・・・まったく、何やってんだか・・・小夜、ちょっと手を出して?」
ネイサンが呆れたように溜め息をついた。
「持ってるんでーーーーい、痛っ!!」
言われるままに差し出した小夜の右手を、ネイサンの鎌が深く切り裂いた。
激しい痛みと共に、溢れ出てくる血液・・・
『こんなに深く切らなくなって・・・』小夜は怯えたように掌を眺めた。
「さぁ、それをハジに・・・」
「・・・う、うん・・・」
掌から溢れる血液に怯えつつ、意を決して口に含もうとした小夜は、ふと視線を感じて顔を上げた。
「ーーーーなっ!!」
小夜の目の前には、心配顔のカイとドクターが。そして、わくわくと目を輝かせている金髪男が、
それぞれ【よく見える場所】に陣取ってキスシーンが始まるを待っていた。
「どうしたんだ?小夜?」
「サヤ?急がないと!」
「んもう!焦らすわねぇvV」
小夜の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「ーーーーむっ!向こう行っててよっっ!!」
乙女の叫びに渋るネイサンを引きずって、カイとドクターが離れていった。
3人が後ろを向いたのを確認してから、小夜はようやく掌の血液を口に含んだ。
ひやりとする頬に手を添え、薄く開かれた唇に口づけた・・・
ゆっくりと流し込む・・・
・・・・コク・・・・コクリ・・・
血液を嚥下する気配に、小夜は唇を離した。
ーーー本当に、これでいいんだろうか?小夜が不安を感じ始めたとき、ハジが苦し気な声を上げた。
「・・・う・・・ううっ・・・」
「ハジ?ハジ?気がついた?苦しいの?」
酷く苦し気な姿にオロオロと狼狽える小夜は、血が足りないのかもしれないと、もう一度血液を口に含んでハジに与えた。
再び嚥下する気配に、小夜が顔を上げようとすると、その後頭を大きな手が掴んだ。
小夜の口腔に残った血液をすべて舐めとろうとするかのように、舌が絡み付いてくるーーーー
「ーーーーーんんっ!?」
突然のことに、慌てて離れようとする華奢な体に、力強い腕が巻き付いてきた。
腰を捕らわれ、後頭を掴まれ、恥ずかしいのに身動きが取れない・・・
ーーーん?腰?
ーーーハジは左腕が・・・なかったよね?なっなんで?!
小夜の細い腰は“左腕”で掴まれている。
訳が分からずパニックになっている小夜とは対照的に、舌を絡めてくるハジは余裕すら感じられ・・・
「おい!コラッ!!いつまでやってんだ!離れろっっ!!!」
しびれを切らしたカイが怒鳴り込んできたのをきに、ようやく腕の拘束が緩んだ。
小夜はさっと体を離しハジに背を向けると、高鳴る胸を抑え深呼吸している
「ったくぅ・・・おいハジ!おまえ瀕死だったんじゃねーのかよ!!」
「・・・・・・・・・」
怒り心頭なカイを清々しいまでに無視したハジは、ゆっくり起き上がると、存在を確かめるように左腕に触れた。
黒いスーツの袖には、しっかりとした腕の感触がある・・・・
「・・・・・これは・・・」
左手が何事もなかったようにそこにあった。
ハジは何度も指を動かして左手の感触を確かめていた。
ーーーこれは・・・奇跡と呼ぶべきなんだろうか・・・?
「どうやら再生できたみたいね。まったく世話が焼ける子ねv」
したり顔の金髪男は、携帯電話で話をしているドクターの尻を撫でながら独り言ちた。
「ハジ?・・・腕が・・・!」
小夜がおそるおそる手を伸ばすと、腕に触れる前にハジの左手に包み込まれた。
キュッと握られた手・・・とても力強く・・・確かな存在感・・・
小夜は、目の前で起きたその不可思議な現象よりも、彼を失わずに済んだという現実が嬉しかった。
あれだけの大怪我だったのに、傷跡すら残っていない。
気がつくと、小夜はその胸に飛び込んでいた・・・
彼を・・・この人を・・・失わずに済んだ!!!
小夜は青年の首に腕を回し、縋り付いて泣いた
「・・・ハジ・・・ハジ・・・・ジ・・・よか・・・・」
「・・・・・小夜・・・・・」
震える小さな体を、ハジの両腕がしっかりと抱きしめる。
小夜の体から伝わるぬくもりに、抑えていた想いが沸き上がってくるのを感じた。
その想いを噛み締めるように、腕に力をこめる。
小夜は、僅かに顔を上げると、涙に濡れた瞳をハジに向けた。
「ハジ・・・お願い・・・私の幸せを望むなら・・・」
「・・・・私の傍に・・・・いて・・・どこへも・・・行かないで・・・」
躊躇いがちに発せられた小夜の言葉に、ハジは僅かに目を見開いた。
「・・・・小夜・・・・」
私の・・・聞き違いだろうか・・・?
・・・傍に・・・居てくれと・・・?
小夜の幸せの為に死を受け入れた筈だった。
小夜には、もう自分は必要ないーーーーと
決めつけていた。
だが・・・・違ったのか・・・?
貴女の【幸せ】もまた、私と共にある事だと・・・?
「・・・小夜・・・」
愛しさと切なさの狭間で惑う事ですら、
何にも代え難い・・・・貴女への愛・・・
「・・・・・ハジ?」
唇が触れそうなほどの距離で、小夜が不安そうに見詰める。
震える唇が、自分の名を呼ぶ。
愛しい想いをぶつけるように口付けた。
もう離さない!
もう迷わない!
小夜と共にある事が、私の全て!!
小夜もそれを望むのであれば、叶えよう!
熱い舌を絡ませ、深く深く小夜を味わう
鼻にかかった甘い吐息が、ハジを魅了する。
「・・・ん・・・ふ・・・」
やがて名残りを惜しむように、ゆっくり唇が離れた。
見詰め合う視線が、どんな口付けよりも甘く感じる・・・
「・・・小夜・・・ずっと貴女の傍に・・・居ても良いのですか?」
「・・・うん・・・ハジに・・・居てほしいの・・・」
ハジの左手が、涙に濡れる頬を撫でた。
小夜は、その感触を味わうように、うっとりと目を閉じる・・・
「・・・貴女が望む限り、ずっとお傍におります・・・小夜」
「ふふふvじゃあ、ずーっと一緒に居られるね!」
腕の中の少女が、笑顔を零した。それにつられるように青年も笑みを零す。
頬を染め、その瞳は目の前の男だけを映している。
小夜が笑顔でいられるなら・・・ずっと・・・ずっと傍にいよう・・・
華奢な体を抱きしめ・・・そして・・・
「あのさ、盛り上がってるとこわりぃんだけど。」
いつまでも抱き合って離れない二人に、カイが口を挟んだ。
「・・・お父さん?」
小夜は未だハジの腕に抱かれている。
っというより、ハジが離そうとしないように見えた。
娘二人を育てた父としては、かなり複雑な光景である。
ごまかすように頭を掻くと、呆れたように二人を見下ろした。
「【清掃班】が来るから、お前らとりあえず病院の中に入れ!事件現場みてーだぞ!?」
「え?・・・わっ!ほ、ホントだ・・・」
言われて辺りを見渡すとそこら中血の海で、まるで殺人事件でもあったかのような有様だった。
しかも、男女共に血まみれだ。警察が来たら・・・
慌てる小夜をよそにハジはまだ彼女を抱いている。もがいてもビクともしない。
すり寄ってくる金髪男に蹴りを入れたドクターが、携帯電話を白衣のポケットにしまいながら溜め息を着いた。
「・・・とりあえず、すぐに二人ともシャワーを浴びてもらいますよ!カイは着替えを持ってきて下さい!!」
金髪男に体を触られ機嫌が最悪なドクターが、父親そっくりの渋面をこさえて言った。
「は、はい・・・」
「ハッ!・・・店そのまんまだ・・・カキモトが泣いてるかも・・・」
「ハジ!風呂は別々で入れよ!」そう言い残し、父がバイクに飛び乗り走り去った。
それを見送り、傍に寄り添うハジを見上げた小夜は、その優しい瞳に微笑んだ。
「行こう?ハジ!」
「はい」
差し出した小さな手を、大きな手が包み込む。
いつしか繊月は姿を消し、夜空を無数の星々が瞬いていた。
ーーーねえ、【あの頃のように】ずっと一緒にいてね・・・
...fin
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*UP* 10.6.27
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