居場所

 


【動物園】の敷地内にある湖に一隻の小さなボートが浮かび、一組の若い男女が静かな一時を共にしていた。

だが、青年の向かい側に座った少女は浮かない表情だった。青年も特に理由を訪ねることもなく、ボートは湖面をゆっくりと滑っていく


沈黙を破ったのは、さっきから浮かない顔の少女、小夜だった。


…ハジ…ここを出ていってもいいんだよ?」


前ぶれもなく、小夜は微かに震える声でうつ向きながら切り出した。ボートを漕いでいたハジはその手を停め、いぶかしむ表情を浮かべた。


…何ですか?いきなり。」


小夜はずっと目を反らしたままハジの顔を見ようとしなかった。


「だ、だって…ハジは…私のせいで…れ…恋愛とか…できないんでしょ?」


顔が見えないくらいうつ向き、もじもじしていた。

…使用人たちのおかしな話を耳したようだ…

ハジは吹き出しそうになるのを堪えた。


ハジには『出ていってもいい』というセリフが、小夜の本心ではないことは分かりきっていたが、使用人たちの言葉に動揺を見せている小夜が可愛いくてたまら なかった。


…小夜は、それでいいんですか?」


湖面から目を離さず、冷たい水に指先を浸し、水面を揺らしている小夜に優しげな眼差しを向ける。


…私がここを出て…誰かと恋愛をするのがお望みなんですか?」


ハジは答えを促すように言葉を続けた。小夜は唇を噛み、やはり目を合わせなかった。


…私が…決める事じゃないよ…」


すねた子供のように、ほんの少し 唇を尖らせた。


ハジは抱き締めたい衝動に駆られたが、如何せん今は不安定なボートの上。
くすぐったいような気持ちで苦笑いを噛み潰し、オールを握り直すと岸に向かって漕 ぎ始めた。


小夜は相変わらずそっぽを向いている。その横顔にハジは微笑を浮かべた。



やがてボートが岸に着き、小夜を安全に下ろすと取った手をきゅっと握った。


…では、小夜の言う通りにさせて頂きますが、構いませんね?」


ハジの言葉に、小夜がハッと顔を上げた。

小夜の目には動揺が色濃く浮かんでいた。


…す、好きにしたら!」

小夜が目を反らしハジの手を振りほどくと、足早に歩き出した。

横を通りすぎていく小夜の腕を、ハジがいきなり掴んだ。


「きゃっ!」


小夜はバランスを崩しよろけるとハジの胸にスッポリと抱き締められた。


「私は…ほかの誰かと恋に落ちるより、こうして小夜の側にいられることが、一番…なんですが…
小夜は…私がいない方がいいのですか?」


ハジは、少し意地悪に言うと抱き締めた腕に力を籠めた。

ハジに抱き締められた小夜は、ハジがもう小さな少年ではないのだと改めて感じて胸が高鳴った。


「だっ…だって…だって…」


小夜は広い胸に抱きすくめられ言葉に詰まってしまった。


…小夜?答えはいただけないんですか?」


冷静な言葉とは裏腹に、ハジの胸の鼓動も早かった。


「は、ハジが決める事でしょ。」


小夜はハジに抱き締められたまま、いつもの口調で言い放った。

突き飛ばしてしまえばいいのに、小夜はそうしなかったのは、ハジの鼓動が体温が心地よかったから


……では、私の自由にさせて頂きます。」


ハジはそう言うと小夜の体を引き離した。


「ハ…ハジ…?」


胸の温もりから急に引き離され、慌ててハジを見上げると額に暖かい唇が触れた。

ポカンとした小夜はのろのろと 額に手を当てた。


ハジは頬をほんのり染めて小夜の頬に触れた。


ハジの澄んだ青い瞳に覗き込まれ、小夜の顔は赤くなった。


「私の居場所はここにしかありません…側に居させてくれますか?」



小夜は額に手を当てたまま、ふわりとドレスを閃かせ、ハジに背中を向けた。


「ハジの…好きにすればいい…」


強がったセリフを言いながら、胸の前で両手を重ね、高鳴る胸を抑えた。


…では、もう少し…このままでいてもいいですか?」


後ろから抱き締められ、ハジに身を任せた小夜の顔は、幸せそうにほころんでいた。


「ハジが…そうしたいなら…ね。」


青く澄んだ空に、雲雀のサエズリが聞こえていた

二人は時間を忘れて抱き合っていた



*fin*

UP* 09.10.5

またまた動物園時代を書いてしまいました

限界が来てるんでしょうか

と、言うより、ピュアなかわいい小説を書こうとしたら、
動物園しか思い浮かばなかった・・・

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