夢想花<前編>
夢想花<前編>
香港…きらびやかな街、着飾った人々…その裏側では、様々な欲望が渦巻いてい る。
ベトナムで別れてから所在が掴めない小夜を捜してハジは香港にたどり着いた。
日が落ちても一向に静まる気配のない街から抜け出すように、路地に入り込む。
貧困層がひしめくその界隈は、治安が悪いのは 目に見えて明らかだったが、彼には無用の心配だ。
暗い路地裏を歩きながら、ハジが思うのは、小夜の事だけ…
人間に手を掛ける小夜を止めることが出来なかった…そればかりか、暴走した主に恐怖を覚え、走り去る彼女の後を追えなかった…そんな自分が小夜を捜し出し て…一体どうしようというのか…主を恐れた自分に、小夜の側にいる資格があるだろうか…
路地裏に微かな靴音を立て、見付からない答えを探すようにハジはひたすら歩いた。
ドン!「きゃっ!」
不意に後ろからぶつかられ、振り向くと長い黒髪が目に飛込んできた。
「はぁはぁ…ご、ごめんなさい!」
「!!——小夜!」
「——え?」
顔を挙げた少女は、小夜にとてもよく似ていた。
「いたぞっ!」
少女が走ってきた方向から、数人の足音が近付いてきた、少女は怯えたように身をすくませると再び走り出した。
少女の後ろ姿を見送ると、すぐ後を数人の男たちが追って行った。
「早く捕まえろっ!」
「きゃああ!は、放して!いやぁ!」
数人の男たちは、少女を捕まえると両側から腕を掴み、頭を地面に押さえ付け後ろ手に縛り上げた。
「いやぁぁ!!」
「ったく、このアマ!手間かけさせやがって!老師のお気に入りでなかったら今すぐに殺してやるところだ!」
男の一人が少女の長い黒髪を鷲掴みにして持ち上げ、苦しみに顔を歪める少女に罵声を浴びせた。
「ぐはぁっ!」
周りを取り囲んでいた男たちが次々に倒れていく。
「な、なんだ?!お、おい、どうし…ぅぐっ」
少女の髪を掴んでいた男は、長身痩躯の男に片手で首を掴まれ、その大柄な体が軽々と高く持ち上げられる
男が最後に見たのは、暗闇でも解るほどの妖艶な面立ちと、全てを凍りつかすような怒気を含んだ碧い瞳——
もがいていた腕がだらりと落ちると絶命した。
呆然と見ていた少女の前に屈み込むと、細い腕の戒めをとき、そっとその身を起こした。
高級なシルクのチャイナドレスに身を包んだ少女は、やはり面刺しが小夜を思わせた——
「…あ、あの…助けてくれて…ありがと…」
「……いえ」
ハジの手を借りて立ち上がった少女の顔や腕、深いスリットから覗く脚のいたるところに赤黒い痣があった。
「…あの…もう、大丈夫です…早く貴方もここから離れた方がいい。彼等を殺してしまったのだから、
貴方の命も危ないわ」
それだけ言うと、少女は名も告げず、また名も聞かず、足早に路地の暗がりに消えていった。
少女は宛てもなくただ走った。追ってくる闇に怯え、逃れようと必死にもがくように、ひたすら走った。
路地を抜け、繁華街の交差点に差し掛かったとき、黒塗りの車がタイヤを軋ませて停まると、中からダークスーツに身を包んだ男が降りてきた。
「…散歩は終りだ。戻るぞシュエ…。」
「——その名を口にしないで!その名を呼んでいいのは…マオだけ!貴方が殺したマオだけ!」
毅然と睨み付ける少女。
「……お前に人としての自由など…ない。さぁ、車に乗りなさい…」
ダークスーツに身を包んだその男が、少女の腕を掴んだ——いや、掴んだ筈だったが、目の前にいたはずの少女は突風と共に忽然と姿を消していた。
「——なっ!どこへ消えた!捜せ!!」
黒服の男たちが慌てふためきながら方々へ散っていった。
「ん……こ、此所は…?」
頬に当たる冷たい風に目を覚ました少女は、傍らに腰掛けじっと見つめている青年に訪ねた。
「ビルの屋上です」
連れ戻される恐怖から目をつむったそのせつな、気を失い状況が掴めなかった。
「…彼等は何者ですか?」
「…それを聞いてどうするの?知らない方がいいこともあるのよ。」
静かに口を開いたハジに、少女は冷たくいい放つと、ぷいっとそっぽを向いた。
長い黒髪が風になびき、香港の夜景を黒い瞳が寂しげに見つめる。
「…貴方…名前は?」
漸く口を開いた少女は、虚ろな瞳をハジに向けた。
「…ハジ。」
短く答えると、少女はふっと虚ろな笑みを溢した。
「私はシュエ。ハジ、私のこと…サヤって言ったわね…そんなに似てるの?サヤは…貴方の恋人?」
虚ろな瞳にハジの妖艶な顔が映る
「……小夜は……私の主です……」
「…主?」
少女は【主】という言葉に嫌悪感を剥き出しにした。
「…貴方も誰かに縛られているのね。逃げてきたの?」
少女の言葉が胸に刺さる。
「…いえ…捜しているのです…」
「…わからないわ…なぜ捜すの?…せっかく自由になったのに!このまま何処かへ行ってしまえばいいじゃない!」
少女は興奮し、ハジに掴みかかった。
「…小夜は、私の全てだから…そばに居たい…から…捜しているのです…そして、彼女の願いを…叶える…ために…」
自分にいい聞かせるように言葉を紡ぐ…
涙を溢さんばかりの碧眼が、切な気に閉じられた。
ハジの服を掴んでいた手が離れた。
「……それほどまでに愛しているのね…サヤを」
「—————」
ハジは少女の言葉を噛み締めるように目を閉じた。
後 編へ続く
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*UP* 09.12.3
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