思い出
思い出
<初めに>
ベトナムから沖縄に戻り、小夜とカイ・リクは一日だけ自由な時間をもらった
その日、姿を見せなかったハジが、きっとこんな事をしていたのではないかとの想いで
書いたものです。
* * * * * * * * *
ハジは一人、小夜から離れコザの街を歩いていた。
小夜が一年間 暮らしていた この場所を、ハジは全て見ておきたかった。
小夜と奇跡的に再会した商店街…
探し求めていた人を 漸く見付けたときの 気持ちの高まりを思いだし 目を細めた。
小夜がいた【学校】
初めて 小夜に口付けをしたのもこの場所だった…。
そして、小夜が【好きだという海岸】
なにもかもが…小夜の【思い出】なのだ…
ハジは、海を見晴らせる階段に腰を下ろすと 静かにチェロに弓を置く…
何故か小夜が暮らしたこの場所に、自分の【何か】を加えたいと…
【なぜか…】そう思ったのだ…
バッハの寂しげな調べが 沖縄の青い海へと吸い込まれるように流れていく…
打ち寄せる波音も、またどこか哀しげだ。
チェロに弓を滑らせながら、ハジは瞳を閉じた…
ハジの脳裏には、いつも小夜の笑顔があった…
…いつも、自分にだけに向けられていた…
…自分だけの笑顔…
……だが今は、小夜の笑顔は【家族】だけのものとなっていた…
小夜が自分を見る目には『哀しみ』が浮かんでいる…
そして、『なぜ?』と問掛けてくる眼差しに 胸がはりさけそうになる…
「…私には、小夜との【約束】がある…」
ふと、そう呟いてみても、答えるものもなく…
ただ、波の音だけが耳に返ってくる。
弓が弦の上を 軽やかに滑り、小夜との【思い出】の調べを紡いでいく…
表情は湖の水面のように 静かだが、彼が奏でるバッハの調べは
どこまでも切なく 【ハジの想い】を乗せて響いていく…
夕陽が空を彩るころ、海岸で友と楽しそうにはしゃいでいる小夜がいた。
ハジは、小夜の無邪気な笑顔を目を細め静かに見守る…
「…あなたが今……それを望むのであれば…」
誰に言うでなく、ぽつりと呟いた。
ハジは小夜の楽しげな笑顔を目に焼き付ける様に見つめると、そっと目を閉じた…
明日からまた、過酷な日々が 小夜を待ち受けているのだから…
…だから…せめて、今は笑顔でいてほしい…
(…ハジ?)
ハジの切なげな表情を、傍らに駆け寄ったリクだけが、静かに見つめていた…
*fin*
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