でっちあげしうろん放浪記


12/31 カウントダウン

  論文執筆中です。周囲の喧噪からはかけ離れて、とはなかなかいかず、エスプレッソやらエスカップやらを体内に流し込み、2000年にむけてボルテージも高まって参りました。
  いきおい、文章を書いていても、

空間的競争における市場原理の有効性については、さらなる検討が必要なのである!

とか、こういうハイテンションな文章になってしまいます。

  さて、掲示板の方では、なんだかよくわからないオムレツをつくっているようだなどと書きましたが、このオムレツ、まだ完成予定のイメージさえもまだ掴めておりません。ただ、地理学やさんにも、商学やさんにもお世話になった商業関係の人にも、また、はげましを与えつづけてくれた人々にも、どこかおいしさを感じていただけるようなオムレツにしたいものです。

  獺祭先生のカウントダウンは2000年に突入して、それからはじまります。あと12日。


12/2 ひさびさ

二週間ぶり?その間って、なんか進んだんかなぁ。

調査は、先週末にぶりぶりと進めた。退役のじいちゃんが語ってくれた五個荘、突然のアポにも関わらず産品談義に花を咲かせた愛東、過去のいざこざを精算した能登川、机を挟んで一対三の問答でまるで面接状態の稲枝。みんなよくしてくれはるので、いつも言うことながら、ほんとに勇気づけられる。

そうそう、来年以降の生活費+研究費をもらうために、東京にもいった。限られた時間で要点を話すというのは、難しいもんやね。そういう訓練してへんから。この日記だってそうでしょ。支離滅裂。

とにかくまずは形にしなきゃね、そう言い聞かせて、突貫工事モードに入りつつある。調査のなかで、これまで念入りに尋ねてきたことはとりあえず、横に置いてある。

そうやなぁ。去年の今頃は、非人間的な生活を送っていたなぁ。月に論文15本の課題。飲みに行ってから研究室に帰って論文読んでたり。あの頃あっての今やけれども、今年はずいぶんといろいろと楽しんでるな。

そう。それとは別に、いかに楽しく研究するか、論文を書くか、という課題があったんやった。昨年末あたりに書いてた。楽しさの正体はわからんけど、けっこう楽しかったりする。

レールを敷き、石橋を叩き、裾野を広げて....こんな性分を嫌いながらも、けっこうその通りにきていると、やっぱり心地よかったりもするんやなぁ。フフフとほくそ笑んでみたり。

と、なんかこんなふうに、あれこれと考えながらも、書くしかない。で、とにかく「書いたもんがち」っぽいので、卒論の時からあまり成長してないんやなぁ、結局。


11/19 三文得して...

...長い一日だった。こーののケツを追っかけてみよう。

今日の最初の目的地は、秦氏ゆかりの地、秦荘。朝、あんまり早く到着したので、湖東三山のひとつ、金剛輪寺へ。受付で400円を払い、どれくらいの時間がかかりますかと聞いたらば、4〜50分と予想外の答え。これ、取材に間に合うのか...

本堂は山の上の方にあり、ひたすら山を登って行く。人とのすれ違いざまにかける、「おはようございます」の声にも、息が上がりはじめる。紅葉は頂上の本堂のところで最高潮に赤く燃えていた。山を登った人だけが見ることが出来る、この至高の美しさよ!

下り際に、いろんな人に聞かれる。
「おにいちゃん、うえまであとどれくらい?」
「うーん、あと半分くらいですかねぇ。」
と答えたときには、すでに入り口付近まで戻っていたことに気づく。まあ、あの紅葉の美しさで、そんなウソも許してくれるであろう。

なんとか、急いで商工会に戻り、最初の取材。いつもと同じようにスロースタートで、中盤から一気に盛り上げていく。ところが、ぴんふどー出店の経過などを聞いている途中で、喪黒服造のようなおじさんが乱入してくる。
「おにいちゃん、どっからきたん?」
どうやら、えらいさんらしい。
「はあ、京都です。大学院生をしております。」
そうして立ち話がはじまり、取材が中断する。
「この秦荘はねぇ.....」
(....む、世間話がはじまるぞ)そう感じ取りながらも、こーのも応戦する。
「なるほど、ここは山芋がおいしいところらしいですねぇ。」
「そうや。ねばりが強くってなぁ。とくに....」
かくしておじさんとの会話に花が咲き始める。小さな町のなかでも、集落ごとに土壌が違って、特産品がちがったり、それも後継者が不足したり、一方で特産品として山芋や生姜の羊羹を開発したりと、いろいろなお話を聞かせていただいた。

なんでも、山芋をつかったお酒、「山芋のせいしゅ」というのを開発中らしい。「せいしゅ」の「せい」は、さんずいの「清い」ではなくて、精力の「せい」で、これが池波正太郎のはなしのなかに登場するらしい。おじさん曰く、「これを飲めば、一晩で五人でも相手にできるっちゅう....」
「へぇー」
そう聞いていると、となりに座った男が本当に喪黒服造にみえてきた。

喪黒おじさんとの話も切り上げ、肝心の本業の方でも親切に話をしてもらい、貴重な資料をゲットして、別れを告げる。予定よりも1時間ほど時間が超過していた。大収穫。

さあて、そんなわけで次なる調査地、安土に急がねばならない。お昼ご飯は、ぴんふどーで買ったお茶とおにぎり。わびしいなぁ....でも、お金もなければ、ほかにお店もないんよね。

午後から安土。受付で要件を伝えると、一番奥にいた局長さんが、
「おお、そうやった、そうやったなぁ。わすれとった。」
(.....だいじょうぶだろうか)
しかしこの局長さん、ひとことで言えば、これがまたいい人で、たいへんに親切な対応をいただく。資料を繰るときには、もったいないからとテープを止めてくれ、そしてこの資料はどうか、こちらはどうかと見せてくれ、局長自らいろんな資料をつぎつぎとコピーして持たせてくれた。こうして午前に引き続き、これまで知らなかった事実をあらたに認識する。

安土のポイントカードは、ベタながら、信長と安土城がそのまんまに描かれている。わかりやすい。

この安土でまたしても話が盛り上がってしまった。そうして、調査終了後にと待ち合わせていた友人Rは、気の毒なことにも安土町内をうろうろしていたようだった。永源寺の紅葉を見に行く約束をしていたのだ。しかし、時刻は4時。永源寺はライトアップしているのだろうか。寺に直接電話を入れる、「........」
「.........」だめらしい。
門の外でも紅葉はきれいだという話であったが、いま安土にいるというと、やめときなはれと忠告された。暗くなって何も見えないよということだった。ご親切なぼんさんだった。

仕方がないので、永源寺の手前の愛東にある、これまた湖東三山のひとつ、百済寺を攻めることになった。山寺には違いないが、金剛輪寺とはまた趣が異なる。ライトアップすれば、紅葉が暗い池に映し出され、すばらしい眺めになるとも思われたが、そこは田舎の寺である。日が沈めばそれまでである。高台からは、庭と湖東平野を見下ろすことができたが、もう夜の景色へと移りつつあった。それもまたよかった。山の上の本堂への階段は闇に続いており、仁和寺の法師のような気分になりつつも、おとなしく引き返す。

日は沈んでしまったが、永源寺にいくと言って勇んで出てきただけに、どうしても行っておきたい。明かりに照らされた紅葉をあてにして、愛知川をさかのぼる。しかし待ち受けていたのは、漆黒の渓谷。まあ、今年の紅葉はまだまだ長いと慰めながら、すごすごと車に乗り込む。いやがおうにも、関心は花より団子へと移って行く。しかし、強い引力を持った店はない。むしろ、『喫茶と食事 エンペラー』とか、あやしさ満開の店ばかりじゃないか。

二人、「腹へったー」を連発しながら、車はいつの間にか友人Rの地元まで帰ってくる。とことんの腹の空きようは、焼き肉への欲求を高めていた。そして、Rが気になると言っていた、これまたやっぱりあやしい焼肉屋に入ることにした。店の中で食する客をのぞき見て、入ることを決心するが、入るやいなやその二人はそろって「いらっしゃいませー」との声を発し、これがお約束であったと気づかされる。

ところが、この肉のうまいこと。焼き肉の味はたれで決まると思っていたこーのの認識は全く誤りであった。こんなに牛肉が美味しかったやなんて。生レバーもユッケもこの世のものとは思えないおいしさであった。こーのは至高の褒め言葉を連発する。
「うーん、しあわせ」

友人Rを車の置き場所である栗東駅まで送る。栗東駅前は田んぼを開発したところだ。新しいビル群が建ち並んでいる。しかし、開発地の外側との接点は未整備であるところが多い。帰り道、道路を一本誤ると、そこでは細い路地が迷路状になっている。どんどんと深みにはまっていくこーのは、袋小路の行き詰まりでさすがにUターンを余儀なくされる。もっと楽ちんなところで来た道をもどっておけばよかったのに....これも人生の教訓の一つなのか。

名香 Eau de Seoulを身につけたまま、友人K宅へ。秦荘で購入した山芋入り羊羹を試食する。羊羹としてはまあまあだけれども、どこが山芋?と、ありがちな産品開発の一端を垣間見る。生姜の方がインパクトがあったか。それはともかく、こーのの持ち帰った焼肉臭はK氏の愛犬の食欲をおおいに誘ったらしく(食べ物を与えられていないという説もある)、手のひらから指からをしゃぶりつくされる。そんなに喜んでいただけるとこちらもうれしいすよ。

自宅に籠もっての作業が続くこのごろであるが、思えば、この夏はこんな楽しい日の連続だった。やっぱり調査はいいなぁ。それにひきかえ....

「だれかかいてよ掲示板」


11/17 えてこさん

半月後に、こーのより一足早くぶあつい論文を提出する先輩Kさんから、昼も夜もなく眠気が来る時間もまちまちになってたいへんだー、みたいな話を聞いて、「おおこりゃたいへんや」なんてまるで他人事状態。

家に帰って、夕飯で満腹になり、「そうそう、Kさんのいうたはった通り、眠気が来たときに寝て、そのあと書きまくるのだー」と、意気込みつつ寝た。結果として、エッセンスでない部分だけをとりこんだ格好らしい。

そんな、のーんびりしたこーのでも、ちゃんと焦るのだ。1月の13日が提出の〆切だと思っていたら、なんとそれは卒論のものであって、12日であることが判明し、
「おお、これはいかん。ペースをはやめねば。」
とやたらおろおろとしていたのだ。そんなことを思い出していると、どうもこーのは朝三暮四の故事に出てくるえてこさんと遠い親戚であるような気がしてきた。

ともかく、絶望と開き直りの境をうまく渡っていければええなあと、まだまだほけほけ状態の25歳の初冬であります。


11/15 面会

この前、長引いてしまった電話取材の最後に一喝されてしまったA町商工会(かわうその生態報告3 修行参照)に今度聞き取りに行くことになった。

あのときすぐさま詫び状を書いて送ったけれども、それ以降もけっこう自分のなかでめげていたみたいで。どうしても論文中でもA町のこととなると、ゲって思ったり、後回しになったりしてねぇ。そんで、いかんことに、聞き取った内容もそのままほったらかしになってた。

それでも、なんか追いつめられたような気分になっていて、コチコチに緊張しながら電話してみた。最後の番号を押す瞬間というのは、まるで好きな女の子に電話するときのようななんともいえない気分なんだわ。おりゃ、おしてまえー、おしてもたー、みたいな(笑)

電話でのやりとりは、思ったよりも柔らかい雰囲気で進んだ。ほんまに、この人に怒られたんやろうかとさえ思う。アタマの中に描いていた顔がまた少し変わったような気がする。とにかく、会う日時を決めて電話を終えた。ふー。会うのさえ断られるかもしれんと思ってたからなぁ。

質問内容は電話で足りても、やっぱり顔を合わせたい気分は大きい。とくに、商工会の方っていうのは、なんかその地域を代表してるような気がするのね。とりあえず、その人に自分の主張が認めてもらえたら、ウソは書いてへんことになるやろーみたいな。それに、万がいち間違えてたとしても、顔見知ってたほうが、向こうの人も間違いを指摘しやすいやろし。というわけで、残りの地域もまわるぞ、と誓ってみたりした。がんばろっと。


11/13 あと60日

今日は後退の日。
でも3歩進んでいれば、きっと大丈夫。


11/12 春うらら

ふぉふぉふぉ。いいことがあったので、嬉しくなって、はやばやと日記を書く。おいおい、寝るまでまだだいぶあるで。

いいことって何って、いいアイデアが浮かんだということ。まぁ、言ってしまえばそれだけのこと。でも、ちょっと今までのとはパターンが違って。

喩えるならば、砂場の砂山やろか。小さいときによく公園で作ったやつね。砂山にトンネルを掘るんやけど、両側から掘ってたのが開通したような感じ。これまでは、話を聞いたり、資料を集めたり、頭で考えたり。それでトンネルを掘りに掘って、掘り進むことに満足はしていたけれども、今日は頭で考えてるうちに、両方の穴がつながったのだ。


春うらら 砂トンネルの 子と握手


こーのはこの句がとても気に入っている。執筆の道のりにおいても、暦においてもほんとの春はまだ遠いけれども、こんな情景を思い浮かべると、なにか近くに小さな春がやってきたような気がして、少し前向きになってみる。

それにしても、うーん。やっぱり午前のうちから腰を落ち着けて書かないとダメだねぇ。さて、もうひとしごと。


11/11 還暦祝い

今晩は主任教授の還暦祝い。内容は、言ってしまえば飲み会。うーん、60まであといくつかいなぁ。60になっても、うしろを振り返ることなくその時を楽しんでいたいなぁと思いつつ。

その前に、目の前のしうろんをどうしてやろうか。ちょっと、こうしてやろうかなんて、スケベな心も生まれてきたりなんかして。まぁ、せいぜい、自分の首を絞めるだけかな。

そろそろ、どんな体裁で論文を提出するかも考えないとねぇ。図に仕掛けを施すのが論文を書く楽しみの一つだから。


11/10 でぃ・えー・えむ・いー

♪ダメだって、いじゃなぁ〜い♪

なんか、これまで箇条書きにしたことを再構成してみたり、図表の形のこまごましたところを整えてみたり。たいしてすすまないし、とくに書くこともないや。まぁ、こんな日があったっていいじゃない。あしたから頑張るのだ。


11/9 獺祭初心

大津へ資料を集めに行った。向こうの人に、無理を言って貸してもらう。これで少しデータがパワーアップだ。

そして同じ県庁内にある県民情報室へ向かう。これは、以前に籠もっていた(9/28参照)ところ。レアな滋賀県ものから、どこにでもあるようなものまでがそろっているのがええんだわ。その後者の、どこにでもあるような資料を広げてみると、ありゃありゃありゃ。ぴんふどーにかんするデータがわんさ。しらんことがようけかいてあるやんか。

このあいだ、多賀へ行ってどんどんと知識が固まっていくと言うように、変な自信を持っていたのだけれども、まだまだ知らないことがたくさん。そして、向こうが話してくれなかった部分も明らかになったことに、こーのは少なからずショックを受けた。

もともと、3月ぐらいからぴんふどーを対象に論文を書くつもりだった。そのためには、卒論でそうしたように、企業に話を聞きに行けばよかった。ただ、前回のにっせんの場合は、内容に深さのこともあるけれども、とにかくいろいろとうまく行きすぎていた。

そもそも企業というのは、秘密にすることが多くて、あまり話をしてくれない。聞けたと思っていても、すごく内容が浅かったり、余計な部分を省いて話してくれたり。話してくれる人も、どこまで話しても大丈夫かと考えながら話すみたいだ。だから、こちらにあまり知識がないと、ええかげんな答えで済まされてしまって、複雑な話や核心に近いところへたどり着けない可能性が高い....

こーのはずーっとそんな心配をしていた。とくに、大型店対中小小売業、大型店対大型店という、対立を含んだ構図を対象とするだけに、その不安は大きい。そこで、ぴんふどーへいく前に、それぞれの店舗がある商工会議所へいって、出店当時の事情を中心に、話を聞いてまわることにした。そうして、仕事か遊びかわからないような聞き取り調査を、滋賀県を中心に南は山城城陽から北は能登鹿島まで進め、あちこちから資料を集めていたのだ。

このように、外堀を埋め、内堀を埋めた末に、先週(11/4)やっと、本丸であるぴんふどーへ乗り込んだのだった。こーのとしては、満を持しての突撃であった。そして、その収穫と今後の収穫の可能性に、けっこうな満足を得ていた。

しかし、今日の新情報の発覚である。こーのはぴんふどー番とはいえ、まだまだである。ある程度で見切りをつけて発車はしなければならないけれども、満足してはならないのだなぁということを、理屈でなくきっちりと実感した出来事だった。

バッカスの下僕こーのは、帰りに京都の酒屋に立ち寄る。そして新しいお酒を見つけ、それを買って帰った。いまの自分にちょうどぴったりのお酒だと思った。その酒の名こそ、『獺祭 初心』。


11/8 街頭アンケート@草津

今日は某りっつ大学の腕章をつけて、草津市で来街者調査。早い話が、お出かけ、お買い物に関する街角アンケート。

できるだけフランクに入り、敬遠されないように心がける。呼びかけの声は「すみません」ではなくて、双方向型対応の「こんにちは」。できるだけ、目をのぞき込むべし。アンケートの時はお店の前を避ける。いろんな事に気を遣いつつ、「今日のあなたのお買物」なんかを訊ねていくのだ。

アンケートに応じてくれるのは、全般的に女性が多く、女性の場合は年齢を問わない。男性は、高齢の方のほうが反応がよかったかな。同年代の人と話をするときは、だんだん言葉遣いも崩れていって、楽しい会話になってくる。みんな別れ際に、「がんばってねー」と掛けてくれる声がうれしいやん。

ともあれ、立っていた場所は、かなりさびれたアーケード。人通りが少なく、それでいて車の往来が激しい。はじめのうちは、興味を持ってやっていたけれども、だんだんとおっくうになり、そして立ちっぱなしの身体も疲れてくる。ペースが落ちてくる。なかには、声を掛けると殴りかかってくる不可解なおっさんもいた。ふー。5時が待ち遠しかった。

そいで、自身でアンケートをとりながら、その調査の活用法については、正直あまり有効性を見いだせなかった。どうつかうんやろ。まあ実態調査やからなぁ。ほんまに実態かどうかはわからんけど。(ぼそぼそ)

待ちわびた5時になった。そしてその日当は、すぐさま京都の街で音楽や酒といった娯楽に消えていく。立ち疲れ、飲み疲れ、疲れに疲れ、終バスに揺られたこーのが目を覚ましたのは、バスターミナルの給油所だった。

ん、今日はなんにも論文をいじってないぞ。


11/6 本棚購入@堅田

今日もちょこちょこと書いてみる。ちょっと休んではまたかき、ちょっと休んでは股掻き....まあとにかく、集中力がとぎれるのとむち打つのを繰り返す。だけど、だんだんと集中力がなくなっていく。

そうか。やっぱりこのきたない部屋がいけないのだ。だいたい、床に積んだ本が収まる場所もない。そう思うやいなや、ホームセンターに本棚を買いに行くことを決心する。

何事にもまわりくどくアプローチするこーの。まずは、仕事の出来る環境づくりから始めなきゃ。教室ホームページの更新作業のバイトで得た万券を握りしめて車に乗る。

上高野のコーナンに行くが、なんか高いなぁ。おとといビバシティで見たのは、もっと安かった。そう思って、ちょっとそこまでの買物のつもりが、車は途中越を抜けて近江の国へと向かう。ふつうの買物流動とは逆の流動である。

ディオハウスのある草津あたりまで行ったろかと思ったけど、しんどかったので、けっきょく琵琶湖大橋をわたらずに、堅田(ミスタージョン)で買い物を済ませた。コーナンよりは2000円ほど安かったので、いちおう行った甲斐があった。さすが激戦地区。

家に帰って早速組み立て、本を並べてみる。でも部屋はあまりきれいにならなかった。対策をうち間違えたか。結局、押入の中にまでメスを入れ、年末大掃除なみにドタバタして、やっと収束へと向かいつつある。

ちらかった百貨のブツブツをあっちこっちに移しながら、なかなか収拾がつかずに疲れている様子を省みて、「まさに論文を書く作業と同じだなぁ」などと嘆いてみる。ゴールは遠い。


11/5 執筆開始

かくぞかくぞかくぞかくぞ。そう念じ続けて、やっとかきはじめた。あと70日。なんだ、一年の五分の一もあるじゃないか。

無から有を産む、まさにでっちあげの日々に比べれば、とりあえず字数が増えていくこの時期はなにやら楽しいらしい。

これまで頻繁に、いろんな人に考えや悩みをぶつけて聞いてもらってきている。それだけでも、自分一人で書いているのではないということに気づかされる。そしてまさに、論文を書くためという大義名分のもと、いろんな人に時間を費やしてもらい、話を聞かせてもらい、労力をかけてもらった。そんなにたいしたことは書けないけれども、書けることをきちんと書くのがつとめに思われる。書くことをいかばかりか期待してくれて、応援してくれる人がいる。これが落ち込んだときに私を動かす力になっているようだ。


11/4 いざ ぴんふどーへ

ぴんふどーの多賀流通センターへ.会うのは,ぴんふどーのリーマン,いや,ピーマン.しつこい.キーマンだ.

7時45分発琵琶湖線米原行き新快速.電車に乗ってる人間がみんなぴんふどーの人間に見えておそろしかった.

質問が要領を得ない.明らかに準備不足だったなー.長い目で見たらいい話は聞けたけれども,今回の論文で必要な情報が聞けなかった.

帰りのバスは1時間来ない.多賀の流通センターは,名神の真横くらいにある.まちなかに向かってとぼとぼと歩き出す.とほでとほほ.

1時間くらい歩いて,ダイエーに着いた.おむかいの地元食品スーパーの方がえらいにぎわっていた.ホークスが優勝して,もうかってるのは,対抗して「創業祭」とやらで大売り出しするスーパーの方だ.

ビバシティに着いた.なにか満たされないものがあったので,焼き肉バイキングの店に入った.1000円だった.十分に元は取ったつもりだったけれども,かわりにおやくそくの腹痛がやってきた.

本屋でぶらぶら.だんだんと手に本が増えていく.ぶらぶらぶらぶら.またやってしまった.不採算な投資がつづく.それはそうと,最近,「精神」とか「こころ」にかんする本を読むことが多くなった.いろんな人に,オウムとか,カルトとかはやめときやと忠告される.

かえりの電車でぐーぐーぐー.電車のなかの幸せな眠りは高校生時代を思い出す.

地下鉄の駅を上がってきたら,ままちゃり3号がおらんではないですか.見れば,11月4日撤去とのこと.ブルー度が一挙に増す.とほで帰宅.とほほのほ.

しかし,いいことはやってくるもんだ.帰ってまもなく電話が鳴る.誰か.なんと,ぴんふどーのキーマンである.わざわざ,回答の補足をしてくださった.その内容はまさに的を射ていた.眠っていた仮説に命が吹き込まれた.すばらしい.

今日はもう一つ印象深い出来事があった.聞き取りの時に用意していった書類の中に,作成中の論文の図が含まれていた.キーマンがその図に異様なほどの関心を示した.ソースはどんなものか.どこで手にはいるのか.どうやって加工したのかなど.むー,とうなりながら,真剣にその図に見入っていた.そうして,この図をコピーさせてほしいと頼まれた.ちょっと戸惑ったけれども,なされるがまま,承諾した.夕方にかかってきた電話は,この図を見て,こちらの意図をくみ取ってくれたのだろう.

きょうの晩ご飯は,「ぬき」である.きっと,このまま食べなくても,一週間くらいは死なないだろうと思う.


10/29 ひのなのひのへ

久々の湖東攻め。行くたびに研究対象地のメンタルマップが変わるので、不安半分、楽しさ半分。

日野はやっぱり遠いのだ。ブルーメの丘に行ったとしても、帰りがつかれることまちがいなし。 おとーさま方ご苦労様という感じ。 蒲生野を走るのはけっこう気持ちいいのだけどなー。

日野でJAの日野菜漬けを買うのを忘れて、永源寺の八百亀にはいった。 掘って洗っただけの、漬ける前の日野菜を初めてみた。 二十日大根みたいなのを連想していただけに、あーんな長かったんやなぁ、って感じ。四本で100円とある。 自分ではよう漬けへんので、皮をむいて食えるのかときいたら、そらあかんと言われて断念。かたいんでしょうな。

永源寺産の『田口のこんにゃく』と、八日市産の日野菜漬けを購入し、八幡でお酒を買って、 寒い財布をスッカラカンにして帰洛。


9/28 大津を翔る

今朝はドクターパウエルに歓迎会の時間が早まったことを電話し、少し胃を痛めながらも午後から久々に大津へ。

大津ってのは、思うにサックスのような形をしていて、湖岸沿いに走っていてもほんとにながいのだ。 細長いもんだから中心性を高めるにいたらないのだ、なんていうダークな話題はおいといて....

滋賀県の消費購買動向調査という資料を使うため、県庁の中にある県民情報室というところへ向かう。 普段のこーのは、ばりばりとコピーして貯めておくのだけれども、こちらではどうも借り出せないようであり、 コピーするにも一枚30円取られるから、全部をコピーしたとするとこれは破産である。 ともかく、1時から5時までそこに籠もって、ひたすら数字を書き写す。 数字というやつを見ていると、それだけをいじって論文を書きたくなる衝動に駆られてしまう。

県民情報室というのはなかなか居心地がよく、疲れたら県民サロンのソファでぐったりできるのだ。 部屋は静かで気候も良く、ちょっとした緊張感もあるので、いいアイデアもよくわいてきたようだった。 そういえば、滋賀県でゆっくりと腰を落ち着けて作業したり、もの考えたりしたことはなかったなぁ。

閉庁時刻になり、におの浜へむかう。 マックスバリューってのは、景観的には最悪だなぁ、なんて思いながらも食料を調達。 夕暮れの湖畔でひとりピクニックモード。論文のことは忘れて、ちょいと感傷にひたってみたりする。 ここがまためちゃめちゃ気持ちいいのだ。こんないい場所があるなんて、大津の人は幸せだ。 ジョギングするおっさんや、高校生カップルを見ながらそう思った。

スーパーカブを北に走らせ、未だ見ぬ平和堂を見に、まずは唐崎へ。ここらは住宅地になっていて、街灯の感じが最近っぽい。 坂本はパスして北へ向かうと、目の眩みそうな雄琴のネオン街。国道から見る限りではあるが、すごいすごい。 日本にもこういう景観はあるのだなぁ。お、寿司・活魚とかという普通な看板もあるぞ。 ここの刺身は女体盛りなのだろうか...などと考えているうちに、仰木の里へ。

ここの平和堂フレンドマートは閉店まで秒読み段階である。11年のご愛顧ありがとうございましたとある。 ここは、公団の住宅街なのだと思うが、そのタウンセンター的な位置づけだったようだ。 だから、簡単には閉店できないはず。どういう経緯で移転できるようになったのかはわからないが、 ともかくサンプラザ@京都が撤退したあとの、雄琴の駅前へのリロケーションである。 9月30日が最後の営業日。

仰木の里を抜けると、堅田である。スーパーの出店に際しては壮絶なやりとりのあったところ。 しかし、当然ながら、外から見てる分にはあまりわからない。双塔の一角ダイエーでは、Vセールである。 店内のあちこちに鷹キャラが。テレビでは、若田部が投げている。BGMに耳をやれば、♪進め〜無敵の〜若鷹軍団〜♪ と、ここぞとばかりに大セールを打って出ている。財政を圧迫する頭の痛い息子の親孝行という感じである。 たしかに2割引とか半額とかになっている。買物好きこーのも、乗り遅れるまじとばかりに買い物かごを手に取った。

堅田のダイエーは共同店舗、つまり地元の商業者も出店しているのだが、ここでもVセールとして半額セールをやっている。 しかし、これはどうなんだろう。地元の商業者は進んでやっているのか。それともダイエー側からの要請なのか。

こーのは川魚屋の主人に訊ねる。

獺「優勝セールでもうかったはりますか?」
主「まあ、人通りはようけふえたわな」

たしかにそうである。見てみれば、、人はダイエー側の方へ固まっている感じもある。

主「ダイエーさんの方はよう売れてるかもしれへんけどな。
それに儲かってるかっていうと、結局お客さんは半額の商品を買うていかはるさかいな。」
獺「はぁ......。」

半額セールのゴリ一パックばかしが入った袋を片手にさげ、こーのの胸が少し痛んだような気がした。

途中越をカブで走って帰ってくるのは、大変な疲労を伴うということがわかった。 いつもは自分がそうなのだけれども、京都へと向かう車は、早く家路につきたいらしく、 ものすごいスピードでとばしていく。黄色いプレートのカブは負けじとがんばるのだが、だめである。 所詮カブはカブ。このマシンのメータには、80の文字までしか刻まれていないんだから。

なにはともあれ、はらひれほろはれ、つかれたつかれた。


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