タイ映画『ナンナーク』นางนาก
Nang Nak
はじめての?タイ映画上映会。
タイ映画気持ちいー。
タイ映画『ナンナーク』
นางนาก
(1999)
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ข้อมูลแม่นากพระโขนง Mae
Naak Phra Khanong[name of a famous and
infamous Thai ghost and her enduring
legend]タイ映画、ものごごろついてから初めて見たかも。これは「純愛もの」とみせかけてホラー。「純愛もののホラー」ともいうらしいけど、けっこうなまなましかった。いろいろ他のブログが「感動STORY」なこと書いてくれてると思うので、別の観点から書いてみる。仏教色が色濃く出てて、これが欧米人が見たらかなり宗教的であったり、いわゆる「エキゾチック」にみえると思う。オリエンタル・エキゾチック。で、アジアの一員である(はずの)日本人が見ると、やっぱり仏教色強いんだけど、かなり共感が持てる気がする。たとえば、これは仏教ではなくて儒教なんだけど、儒教では孔子の弟子の孟子あたりから「敬老」みたいな考え方(価値観)が出てくる。仏教ではそのことを特に言ってはいないけど、老人には迫力があった。というか、この映画に出てくる老人の演技がきめ細やかな気がした。こんなに深い味わいのある表情って、ちょっと最近見ていない気がする。生き方そのものが演技になっているような。「老人を敬え」と言われなくても敬ってしまう迫力があった。老人がかっこいいのだ。深みのある高僧。高僧は、誰も鎮めることのできなかった「怒り」を鎮めてしまうことができる。しかも、ほんのひとことふたこと(ふたことはなかったな。ひとことだったな)。そういう対話力って、そう簡単に最近出会ってない(出会いが少ないのか)。「立ち回りがうまいひと」はけっこういる。立ち回りがうまいとかではなくて、問題の中心のぽんと入り込んで対話しちゃう高僧。これはとてもかっこいい。だって誰にもできなかったことなんだもの。老人にしかない迫力で若者の怒りを鎮める。老人力っていうやつが、やっぱり血気盛んな若者には必要なのかな。血気盛んな老人もいるけど。仏教のすごいところのひとつは、波立つ心を鎮めるところかな。タイは日本から観ると上座部仏教で、(1950年の決議にも関わらず、未だに高校公民の教科書では小乗仏教って書く)修行僧が出てくる。上座部仏教の小乗っていうのは「ヒーナヤーナ(hiinayaana)」、「一人乗りの小さな船」という意味があるから、本来修行僧は自分のために修行しているのだけど、タイの仏教はけっこう大乗的。高僧がいろいろアドバイスしてくれたり、怒りを鎮めてくれるんですもの。悟りが深いというか、慈悲深い高僧。男性の円熟した表情はいいなと思うけど、では女性は?ふと思い浮かべるのは、瀬戸内寂聴。「私たちの誰もが死にます」とほほえんで語りかける彼女は、綾小路きみまろと並んで、逆説的に生きることを肯定してる。『ナンナーク』のみどころは、わたしは年を重ねた大人の表情だと思う。これはどうがんばっても若者にはできないです。高僧たちの表情、それから高僧と若者との敬意あるやりとり。高僧の口からでるひとことふたこと(みことめはない)。それでこころが執着から解き放たれる。これはすごいことだ。映画を見終わった後、タイ屋台料理屋さんでタイ料理を食べる。タイな一日。『ナンナーク』は知ってるか?とタイ人の店員さんに聞くと、タイでも何度もリメイクされてる知らない人はいないくらいの映画だという。そして「ワタシも見たかったー」というので、「見せてあげたかったなー」と思う。だって、職場から近いし、無料だったし。せっかくのタイ映画シンポジウムなんだもの、タイ屋台料理屋さんにチラシを置く、くらいの配慮はほしかったな。一番の宣伝力にもなるしね。企画者さん。
Posted: 2005年09月27日 (火) at 19:37