ぶんすうの寺子屋
[第2回]
等分除・包含除
今回は松井さんのこの一言、
「12個÷4人=3個/人」と「12個÷4個=3人に(3つのカタマリに)」は別々の式なのに、どうして同じ「÷」って記号を使って良くて、しかもどうして答えが同じになるの?
この質問に、一生懸命みんなで回答を出しあった。
寺子屋第1回の復習もかねて、問題を詳しく書くとこうなる。
12個のあめ玉があります。
これを4人の子ども達みんなでわけます。
ひとり何個ずつのあめ玉をもらえますか?
前回、あれこれいろいろ悩んで行き着いたところが、
「割り算ってものには2種類あるよね」というお話。つまり飴の「分け方」は、2種類あるということ。ひとつはトランプを配るみたいに、あめ玉を一個ずつ、それぞれの子どもに配っていくというもの。これを「ニコニコ割り算」と定義。なぜニコニコかというと、みんなに配られる数が公平になるから。もうひとつは、じゃあ「あめ玉を3個ずつ配りましょう」と、配るあめ玉を「ひとまとまり」として配るもの。これは「ドキドキ割り算」と定義。なぜドキドキなのかというと、後の方に配られる子どもは、「自分の分は残ってるかなあ。自分の番が来るまでにあめ玉がなくなっちゃうんじゃないかなあ」と心配になっちゃう。だから「ドキドキ」分割。以上を専門用語(大人っぽい言い方)でいうと、ニコニコ割り算は「等分除」、ドキドキ割り算は「包含除」。本当は「分数を考える寺子屋」として始まったのだけれども、「分数」にいく前に「割り算」をじっくり吟味していたのが前回。今回は松井さんの質問の意味がわからなかた。「なにが2種類あるの?」って感じだった。でも、参加者の1人によって説明されて、問題が解決されて初めて、問題の意味がわかってきた。まず机のL字状の角のところに参加者にひとりずつ座ってもらう。それからオニギリ消しゴムを12個を4x3で机の端っこの方に並べる。並べ方は図の黄緑の矢印のような方向で一列ずつ並べていく。
このときAさんは、3つのカタマリが4列並んだようにみえる。と言った。このときBさんは、おにぎりを3個ずつ分けたけたようにみえる。と言った。目の錯覚というか、魔法というか、この説明の仕方はとても見事だった。(1ヶ月半悩んだと言っていました笑)つまり同じ動作が、座った場所によってちょっと違った見え方をする。動作は同じかもしれないが、注目するところによって違った見方ができる。むむむ・・・わかったようなわからないような。でもわかったような。一瞬、すべてがしっくり来たような気もするけど、頭を使いすぎたせいかまだ漠然とした思いも残る。が、もう夕方になってしまい今回の寺子屋は終了。次回は9月頃の予定。今日の授業者側の視点としてのまとめ。小学校で割り算を習い始めるとき、最初の松井さんの質問と同じ質問が、子どもたちから出されることに教員は答えられなければならない。あるいは、そういう質問がでることを予測できなくちゃいけない。と、松井さんは言った。なるほど、こどもたちからは出そうな質問である。そしてまた、それは等分除、包含除という割り算の本質的な問題に触れている質問である。この問いが出てくるような授業、問いに答えていくような授業づくりがとても大切になってくる。ここをクリアしていかないと、次の分数でかなりの困難が予想できる。「分数つくったやつ殺したい」って子どもが出てくるのも無理ない(笑。分数の前に、きちんと割り算をおさえていくこと。とても大切。それからまずは、子どもが「どんな」質問をしているのかつかむのも大切。私も自分で自分がどんなところがわからないのかがわからないことがある。でも、それをなんとか言語化していく練習を子どもたちと一緒にすること。私の小学校の担任は社会科が専門であった。社会は楽しく勉強できたけど、算数はすっ飛ばしちゃった感じ。割り算はおろか、分数もまるで「規則の暗記」みたいにすっとばした。初等数学をおざなりにしたことが、その後どれほど自分の人生に悪影響を及ぼしたことかは、もう痛すぎるくらい実感しっぱなし(;´Д`)。小学生が「テストのため」じゃなく、算数について考えたとき、それはもう算数ではなくて、数学、あるいは哲学といった方に近いと思った。できることなら小学校でこういう学びをしてきたかったよ(;´Д`)。寺子屋、次回も参加できるといいな。サテライトかなんかで。
Posted: 2006年06月10日 (土) at 23:36