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*はじめに*
今、日本は世界の先進国から外され、経済状況のおもわしくありません。それどころか向上のきざしさえ見えない状況です。そこで私は日本の次の時代にはどのようなことが必要か、またどうするべきなのかということを自分なりにまとめてみました。
*「国民に痛み」の構造改革は×(?)*
>はたして国民への痛みを伴う改革こそが今一番重要なことなのか?中央大学総合政策学部教授:細田助博氏はこう語る。「小泉内閣が国民に示した『自立化』のメッセージと一体になるべき『構造改革』とは、実はなんなのか?産業の空洞化を嘆く前に、その主な原因である官民政が作り上げた既得権益システムの破壊こそが構造改革の要諦ではないか。特殊法人などの官業が作り出した『高コスト社会日本』を根本的に改革することが先決であり、それなしには小泉流構造改革は砂漠の蜃気楼となるだろう。小泉人気で緒戦は勝利したが、『国民に痛み』ではなく、『既得権益者に痛み』というメッセージで国民を味方につけた戦い方をしなければ、国民はついて行かない。」
>確かに影で甘い汁をすすっていた連中の方に「今までいい思いしてきたんだから、少しは苦労しなさい」と、いうようにするほうがむしろいいのかもしれない。ただ、そうすれば小泉さんも周り中敵だらけになってしまうのでたいへんかな?そうなると政治全役人ごと『改革』してしまうしかないのだろうか…。
*認めたくない自国の非*
>日本政府は戦争中に日本国軍が中国国民に対し行った虐殺・犯罪について認めていない点が未だにいくつかある。その点が第二次大戦後よりめざましい成長をとげたドイツ(西が主に)と異なるところである。ドイツはナチス時代に行った犯罪を全面的に認めその悲劇を国民全員の記憶にとどめておこうというはたらきがけを『政府』が行ったのに対し、日本は最近では少しづつ認めてきてはいるが、否定的な政治家が多い。まぁ、その時代に生きていた(戦争中)人が議員の中に多かったからかもしれないが、今の時代そんな考えでは世界から非難をあびるばかり(特に韓国や中国から)だ。「非難されるから謝る」というわけではなく、自国の非を認めていくこともこれからの時代には大切なのではないだろうか?そうして過去の過ちをもとに改善策を練っていくことが大切になるだろう。歴史におけることもそうだが、経済のことはなおのこと日本は調べていくべきだろう。
*「メディア規正法」は本当に必要か?*
>「メディア規正法」とは、マス・コミの放送によるプライバシーの侵害を防ぐための規定。…と、これはあくまで表向きの顔と言われていて、実のところこれは「行政のための個人情報管理法」となっているという。この民主社会において国民のプライバシー保護をうたい、実は自分たちの行っている情報(例えばわいろ疑惑など)をもらさないようにするために作った規定とは…。たしかにマス・コミによるいきすぎた報道はたくさん問題になっているからわからないでもない。しかし、国民の「知る権利」を奪って良いものなのか?またそれにより、あの戦時中のように政府が報道機関を操って国民を動かすようなことがないとも限らないのではないのか?この規制はもう少し考慮する時間が必要である。
*日本の中心市街地は活性化されているだろうか?*
>日本の中心市街地が活性化されにくい理由のうち、多いものはリーダー格の人物の不在が主な原因らしい。「町にリーダーがいないから、自分たちの町は動かない」と考える人が多いが、リーダーとは活動の中から形成され、また成長していくものである。決して突然ポーンと出てくるものでもない。しかしながら問題なのは、今までのような『利害調整型』の人物では、これからの社会には対応できないのである。すなわち、リーダー格の人材の教育が必要であるということだ。しかしその手本になれる人が今、はたしているのだろうか…。問題は尽きないが、そこは海外のリーダーさんたちをお手本に(良し悪し考えて)していけば上手くいくだろう…おそらく。
*日本経済を縛る鎖*
>日本の政府や金融機関などの経済機関に対する国内・国外からの信用は著しく低下している。その理由とは何か?答えは簡単なようで難しい。平たく言えば、今の日本人は『個人の責任』というものにこだわりすぎていると言う点だ。例えば、この前の鈴木議員や田中真紀子議員の件だろう。たしかに表面的に見れば済んだかもしれないが、その人個人を罰して(?)も、その組織・団体・組合などそれとなんらかの関わりをもつもの全てをどうにかしなければその問題は本当に解決したとはいえないはずだ。構造改革も同じで、表面的なことを改造したところで意味がない。つまりは、それを運営する機関(人々)を改良しないことには改革の意味がないのである。今の日本はなまはんかな気持ちで『改革・改善』を掲げている。その理念こそ『改革』すべきなのである。
しかし、そういった思想が『国民性』と言われるかというと、そうはいえないのである。なぜなら『国民性』というもの自体、実態がないのである。むしろ16世紀の安土・桃山時代のほうが現代の日本人より国際的だったのだ。さらにいうと、300年続いた江戸時代もそうだったし、『封建的』といわれる幕末の時代のほうが今より壮大な構造改革を成しとげたのである。それに比べると『現代』の日本の政府・行政機関のほうが『封建的』といえるのではないだろうか?多分、今の日本は『自国』にとらわれすぎて、『世界に目を向ける』という初歩的なことを忘れてしまったのではないだろうか?初心にかえってみる方法がいま一番てっとりばやい解決策なのではないだろうか、と私は思う。
*まとめ〜日本の未来やいかに〜*
>日本経済は第二次大戦後の高度経済成長時に大いなる成長を成しとげた。が、今の日本は、その過去の栄光にしがみつき、にっちもさっちもいかなくなっている。「今でも日本は経済的にも世界のトップだ」などと考えているようでは、その人は20世紀の人、つまりは『過去の人』となってしまうのだ。自分で自分の首をしめていることにまず気が付くのがなにより先行すべきことだろうと思う。『過去から知識を学ぶ』じゃないけど、過去の事柄を見直し、改善策などを考えていくべきなのである。もちろんそれには世界の声に耳を傾けるべきだ。
とにかく、「今までどおりに…」などと考えてはいられない状態に日本はなっているのだ。このままではアルゼンチンのにのまえを踏むことになってしまうだろう。先進国から途上国へ格下げされてしまう前に(されているか…)早めの対処が必要なのだ。とにかく甘い気持ちで『構造改革』などといっている場合ではないのだ。小泉首相、もっとしっかりしてください!!このままでは日本は破滅してしまう…。(危機感UP)
*感想*
たくさん資料を集めたり(インターネットで)自分なりにまとめたりしたのでとても大変だったけれど、けっこう面白かった。現代の日本の穴ぼこだらけの状況には流石にげんめつしたけれど、昔の日本の人たちはすごかったんだな、とただただ関心してしまいました。たぶんこれからもっと日本は大変な状況に置かれるかも知れないけれど、みんなが良き指導者・思想を持てば日本は変えられると思う。そのために私たちがこうして社会の勉強をしているわけだし、いつかはその成果が役に立てればいいなと思う。何年後になるかは分からないけれど、日本経済の構造改革もきっと成功してくれるだろう。そのためには国民一人一人が勉強して、日本国民としての自覚をもって政治の基盤を作っていく必要があると思う。
★おわり★
<参考したもの&人物>
・ ホームページ「BN次の時代」より
・ 中央大学総合政策学部教授:細野助博
・ 衆議院議員:枝野幸男
・ 元上智大学教授・ザンクレトガレン大学客員教授:八幡康貞