以下の文は、『未来をひらく教育』第125号(2001.盛夏)に発表したものである、紙面の都合で乗せられなかった部分(7の全文など)も、ここでは載せている。

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フリーター問題についての雑感
        ----高校進路指導部の立場から


はじめに

 私は、昨年度(2000年度)は、前任校(現いずみ高校、前与野農工高校)で、進路指導主事として、そしてその前年度(1999年度)は、3学年の担任兼学年主任として自分のクラスと学年の進路について、いろいろ頭を悩ませてきた。そこで感じたいろいろなことを、体系的に整理したわけではなく、思いつくままに書いてみようと考えた。これは、ほとんど私の狭い体験からの実感にもとづくものであるので、どこまで、現代日本全体のフリーター事情を言い当てているのかと言われると、それを証明する余裕は無い。そのような限定された、このつたない雑文が、我が国の社会問題、教育問題等を考える何らかのお役に立てることが出来たら、幸いである。

1 フリーター問題の誤解

 急激に増えているフリーターついての言説を見るとずいぶん誤解があるように思って、そのことが気になっている。
 その第一は、フリーターになるのは、自分から希望してなっているものが多いという誤解である。
 例1、「会社に縛られたくないから、自由なフリーターがいい(略)こんな若者気質が定着しつつある」(「自由なフリーターがいい」読売新聞1999.8.13)この記事を書いた新聞記者のあきれるほどの勉強不足が気になる。実は、後述するが、新聞だけでなく、むしろ若者に大きな影響を与えているテレビ等のマスコミのこのような勉強不足、ひどい意識の低下も問題なのである。
 例2、吉本隆明氏がテレビのフリーターを取り上げた番組を見て、「将来どうなる自由も得ているフリーターたち、(略)ありきたりの論理で、この彼らの自由に歯止めをかけて欲しくない」(「吉本隆明TVを読む」朝日新聞2000.10.22)と感想を述べているが、それは、かれらの表面の言説を聞いただけのように思う。
 10年前だったら、確かにフリーターになるもの多くが、そのような理由で、フリーターになっていったかもしれない。私も、8年前に担任したときに、1人だけそういう理由でフリーターとして卒業していった生徒を経験している。しかし、現在急増しているフリーターたちの大多数は、そういう積極的な理由でフリーターになっているのではない。
 現在、フリーターになっていくものたちの事情は、とても、一言では言い得ない。様々であり、複雑である。
 彼らの、今、自分がフリーターでいる自己肯定の発言がどうであれ、いろいろ考えて、積極的に、自分から希望して、フリーターになっていくものの割合は、実数は増えていたとしても、急増しているフリーターの割合からすると減少しているのではないだろうか。むしろ、就職できなかった、学校を退学し、などなど様々な事情により、仕方なく、あるいはなんとなく、気がついたらフリーターとなってしまい、しかし発言は、自分から希望してなったような風に言っているものも多いような気がしている。
 それから、フリーターは、自由に仕事を選んで様々な経験をしているという誤解もある。  フリーターは、自由に仕事を選んでいるわけでもないし、「将来どうなる自由も得ている」わけでもない。またフリーターはコンビニの店員などフリーター用に用意された仕事しかさせられていない。さまざまな仕事を経験することによって、彼らのさまざまな能力が上がっているわけではない。社会の中のいろいろな職業を経験出来ているわけではない。

2 行政の責任回避

 今年の3月16日付で、埼玉県教育局は「進路指導に関するアンケート調査」を依頼してきた。しかし、その内容を見て、怒りが走った。曰く「貴校では、フリーターを希望している生徒に対する指導を、どのように行っていますか。」「フリーターを希望する生徒数の減少を図るためには、何をどのように改善すればよいと考えますか。ご意見をお書き下さい」。
 これでは、フリーターは、あくまで、自分から希望していない生徒しかいないという前提に立っている。今時、そのような認識しかないのか。あるいは、そのようにして、自らの責任をのがれようとしているのか。
 行政は、不本意にフリーターにならざるを得ない生徒たちを、就職活動の中で、諦めてフリーターになっていく生徒たちを、どう対処しようと考えているのだろうか。
 ハローワーク(公共職業安定所)の方も、前年度(2000年度)から、高校からハローワークへの毎月の報告の様式を変えた。フリーターの項目が入ったのである。しかし、こちらも、「家業・縁故・フリーター等自己就職者」と家業・縁故就職とフリーターを1つにくくっている。要するに、フリーターと家業・縁故就職は、ハローワークの責任外と考えて、ひとくくりにして良いと考えているのだろう。しかし、フリーターになっていくのと、家業・縁故就職で就職先が決まって行く生徒たちとは、全然別である。
 さらに、もっとも重大なのは、長びく不況に対して何らの対策も立てず、企業のリストラ、減量経営、内部留保の増大、労働基準法無視のサービス残業、労働強化、賃金抑制、などを放置してきた政府の労働政策、経済政策であろう。言い換えれば、技術革新を労働者の労働を軽減させ、雇用を増大させ、国民の生活の安定を生み出し、個人消費をむかわせるような労働政策、経済政策がとられていないことにある。
 また、官僚たちの物取り主義的教育政策、貧困な文化政策を放置している文化的に貧困な議員たちの存在であろう。

3 フリーター志願者は、むしろ減っているかもしれない

 フリーターを希望者がいるのは確かであるが、しかし、昨年度の私の学校で見ると、私が把握している限りで、1学期に、明確に、フリーターを希望していた生徒は、1人であった。その生徒は、しかし、周りの生徒に、フリーターなんかやめた方がいいと言われて、結局、フリーター希望をやめて、就職した。これが、どれだけ日本全体の状況を反映しているのかと言われればはなはだ不安であるが、昨今の経済事情、アルバイト事情などを考えたり、そのフリーターを希望していた生徒への周りの生徒の対応などを見ると、フリーターへの積極的な希望者は、むしろ少なくなっているようにさえ思えた。
 しかしながら、昨年度も、結果的には、未就職・フリーターとなって卒業していった生徒たちが、非常に多く、進路を担当しているものとしては、非常に心が痛んだ。フリーターはやめた方が良いとそのフリーター希望の生徒にアドバイスしていた生徒たちが、結局フリーターとなって、卒業していったことを考えると、慚愧の念を抱かざるを得ない。

4 学校(教育)の問題

 フリーターが増えている原因の1つとして、学校の、教育の責任を回避するつもりはない。教育が、生徒の幸せな生活を保障するための重要な役割を果たしていることを思うとき、われわれ教師の努力でできることはできるだけしてやりたいと思う。それは、これだけやれば十分ということではない際限のないことであるのだが。
 常に、生徒に、労働についての教育、経済生活の教育や、就職指導など、さまざまな教育について、もっともっと出来ることがあったのではないのか、と反省する。
 多くの生徒が、就職意識を持てないでいる。就職活動をしていない。そして、結果的にフリーターと分類されて、卒業していく。
 私が教員になった頃、30年近く前、三無主義とか、七無主義等々、無気力な生徒達が問題になったが、問題はもっと深刻になってきているように思える。中学の進路指導で、なんとなく高校までは入ってきたが、その先の自分の進路を全然考えないか、考えられない。
 進路指導をしていて、ずっと矛盾を感じている1つに、教師が勝手に君の進路はここだと生徒の進路を決めてやらないと、決められないという生徒が沢山いる事実である。 そうしないと、就職できないで卒業してしまう。ここで、本人の進路を教師が勝手に決めるべきなのかどうなのか。
 知り合いの他校の進路指導主事はそうして何とか生徒を就職させたと話した。しかし、このように、本人の意識を喚起しないで、就職させても、そのあとすぐに離職してしまうのであれば、単に、卒業時の統計がフリーターとならなかったというだけである。それでは学校側の自己満足だけになってしまう。
 もちろん、本来の進路指導は、本人の進路を考える材料を出きる限り提供し、自分で自分の進路を考えることを促す活動であるはずである。しかし、そのようなことをしていては、とても手遅れになってしまい、フリーター、無業者が増えるのも事実である。また親も本人任せというのが多い。
 近代社会は職業選択の自由が保障されたと教える。しかし、現代日本の社会は、日本だけではないが、その者がどこの家に生まれたかによって将来が、職業が決まっていくような階層社会になってしまう危険があるように思う。
 また、卒業していく者だけではなく、多くの中退者がいる。その多くの者がフリーターや無業者になっていく。
 また、親のすねをかじれるだけかじろうというフリーター志向が生まれている。愛知の吉田豊さんは「パサライト(親に寄生する)する青年たち」と指摘している(本誌121号)。これも、フリーターの、あるいは無業者の増加を促進させている。

5 2つの要求

 昨年、進路担当者として、ハローワークに要求したことがある。それは、企業から求人票が、ハローワークから求人情報が学校に送られてくるが、それだけでは足りない、充足情報を送って欲しいと言うことである。
 以前の高校生の動きは、9月中旬の就職試験解禁によって、正規の就職試験を受けて、9月中には半数以上の内定が決まっていくというものであった。
 しかし、今は、9月中に就職が決まるのはむしろ少数といえる。3学期に内定するものも多いのである。
 そうなると、学校にある求人票や、求人情報が、役に立つかどうかが問題になる。その時点で役立つためには、どの求人が、現在でも有効であるのか、どの求人がもう締め切られて使えないものであるかの情報が欲しい。
 学校に並べられている求人票がいくらあっても、どれが、役立つ情報で、どれが役立たない情報なのかがわからなければ、そうでなくても希薄な生徒の就職活動への意欲は、ますますそれを失わせるものとなってしまっている。そうなると、進路担当者側も、とりあえず最近来た確実な求人のみを斡旋するようになってしまう。
 もう一つ、学校に来た就職状況調査にやってきた県会議員にも、先の求人票の問題と同時に、もう一つ要求したことがある。就職支援補助活動の継続である。
 実は、昨年度は、埼玉県では、希望した学校に、国の緊急雇用対策費を使った就職者支援事業として、支援員を学校に時間制限等様々な問題はあるものの配置した。
 授業、生活指導等、多忙化する教師の仕事の合間に、生徒たち一人一人への就職活動の支援、履歴書の書き方の指導、面接の練習、送られてくる求人票や企業のパンフレットの整理など様々な事務的作業の補助などを手伝ってもらった。
 これらは、本来は、もっと大幅な教員数の増員をしてもらい、担任、進路担当者等には、大幅な授業減をしてもらって、生徒一人一人にきめ細かい適切な進路指導をしなければうまくいかないのであるが、まだまだ、我が国の政府は、文部科学省はそのような発想にいたらないでいる。そのため、とりあえず当面出来るのは、1年限りと聞かされた、この支援活動の継続である。
 昨年、来ていただいだいた方々が口をそろえて述べられたのは、学校現場を見て、「先生たちの仕事は忙しすぎます」と感想を述べておられた事である。授業、会議の合間に、様々な事務作業をして、その合間に進路指導をしている私たちの仕事を見て驚いていた。
 私たちの方は、その方々が来ていただいたおかげで、どれだけ、助けられたことか。そこで、この事業の1年限りというのを取り消し、是非なる継続をお願いしたのである。
 こうした、教員増、短期的にはこうした就職者支援事業、進路指導支援事業を是非1年度限りではなく、続けて欲しいと要望した。これは、先の3月22日付の進路指導に関するアンケート調査において、同時に、就職指導員の配置を計画していること、その希望の調査も含まれていたので、要望が通ったと喜んでいる。
 フリーター対策、就職意識を喚起する対策として、官側が唱えているのが、インターンシップである。しかし、その報告を真剣に調べると、ほんの一部の生徒しか参加してないなど、眉唾物のが多いと感じている。地域社会が崩壊し、生徒たちが直接に社会と関わる体験が少なくなっている現状で、何らかの社会体験は是非必要であると思っている。アルバイトは、勉強時間の減少や非行につながるとして、多くの学校が禁止している。確かに、お金を稼ぐことに熱中し、学校生活が2次的なものとなっていき、しいては学校生活が続かなくなったり、就職は自分のしているアルバイトの継続として、フリーターになっていく者も多い。しかし、アルバイトを通じて、社会の一員としての自分を自覚したり、ある程度の親からの自立を体験していく者も多い。その意味では、アルバイト禁止を名目に、生徒たちのアルバイトの現状を無視し、指導をしないのではなく、適切な指導をすることも必要ではないだろうか。

6 求人数の激減

 マスコミ等でも騒がれているように、求人数が激減している。前任校の例で見ると、7月17日という定点で、求人数を比較すると、1997年689件→1998年481件→1999年460件→2000年334件と3年前の約半分にまで落ち込んでいる。さらに、その内容を見ると、特定の職種の、生徒たちが行きたがらない求人が増えていて、それまで、生徒が希望して行っていた職種が少なくなっている。つまり、数字に表れない、実質的な求人数は、もっと減っていっていると言える。近年、急激に増えたのが、美容師や、ラーメン屋、そして、昨年度は、パチンコ屋の求人が何件かあった。
 先にも少し述べたが、長びく不況とその放置は、企業のリストラ、減量経営、内部留保の増大、労働基準法無視のサービス残業、労働強化、賃金抑制などを野放しにしてきた。それは、若者の就職を困難にするだけではなく、疲れ果てた労働者の現状を見ることによって、労働意欲を失わせしめている。
 小杉氏も「一番の問題は、90年代に入って、高校や専門学校、大学などの新卒者の就職が難しくなっていることにあります。正社員を減らしてパートやアルバイトを増やすなど、雇用形態の変化が背景にあるのです」(朝日新聞2001.4.28)と指摘している。  男女雇用期間均等法が施行され、一昨年から求人票の男女の記載がなくなった、しかし、企業へ電話をすれば、均等法を意識しながら「女性でもダメではありませんが、重労働なので実際には女性は無理だと思います」という返事が帰ってくる。均等法を作っただけでは片手落ちも甚だしい、実際に女性が働けるような労働条件・経営条件が整わなければ、企業は採用を手控えてしまう。
 女性への、家事労働、出産、育児、高齢者等の介護などをあてにした、男性への労働強化が、ますます女性の雇用を困難にさせている。
 元来、技術革新は、労働の軽減を可能にするのではなかったのか。ところが、実際は、労働強化が進み、女性では無理とされてきている。「少なくとも直近5年の「フリーター激増」の「過半」は「女フリーター」増加、による。」(http://member.nifty.ne.jp/ysakurai/onnahurita.htm)には、こうした背景がある。  前任校は、農業・工業の高校であった、「フリーター予定者比率は、商業高校や工業高校より普通高校で多く、男子よりも女子に多い」
(http://www.jil.go.jp/happyou/20000808_02_jil/20000808_02_jil_gaiyou.html)となると、普通科はどうなっているのだろうか。

7 文化の問題

 先に述べたが、若者たちに大きな影響を与えているテレビ、雑誌等のマスコミの問題を抜きに、現代日本の若者の意識を語ることは出来ない。
 反乱する低級なテレビ・雑誌のメディアが生徒たちの社会意識、進路意識にも影響を与えている。
 先ほど述べた労働条件の悪化、労働強化の中で、真面目に地道に勉強し、仕事することはばからしいことだという意識が確実に育てられている。
 うまく時流に乗った者が楽にお金を稼ぎ、地道に働く者たちは、労働強化の中で、人間性喪失、貧困に追いやられるという、単純な図式がマスコミによって、流され、若い教師にでさえそれが信じられ、教えられている。
 確かに、身近にどこにでもいるような少なくとも見かけは素人的なタレントが人気者になり、玄人的な地道な長年の努力の積み重ねが必要な芸は重く、格好悪いとされる。
 芸能人といっても、そこで繰り広げられるのはドタバタ芸であり、タレントといっても、その元の意味の才能とはかけ離れたフワフワしたプロダクションの操り人形だったりする。そこには、子どもたちの意識を高めるような、文化が存在しない。
 ものごとを深く考えさせるような番組は嫌われ、軽い、身近と感じられる薄っぺらなものがより視聴率を稼いでいる。(身近なものが軽い物だと捉えられてしまう状況もまた問題であろう。現実の身近な状況は、そんなに軽くはないはずである。それが、人のあるいは自分の命さえ軽く見てしまう傾向を生みだしている。)
 さらに、テレビゲームなど現代の遊びの状況、人間関係を作れないなど、社会性を育てない文化状況も見過ごせない。
 親の生活状況、意識、マスコミの生み出す社会意識、それが、引きこもりや、登校拒否、校内暴力、家庭内暴力、17歳の犯罪、等々、様々な現象となってあらわれている。 そして、これらも、フリーターの増加と、無関係ではない。 マスコミの生徒への影響も、非常に大きい。
 低級な、ワンパターン的な意識を持ったマスコミ担当者が流すそういった茶の間のテレビ、友達との話題・雑誌などを通じて、強烈に若者の中に入り込んでくる。しかし、若者そのものがそういった文化に染まりきっているわけではない。もともと持っている、若者独特の、文化に対する吸収力が弱っているわけでもない、むしろ現代の若者は、その吸収力が高まっていると感じることさえある。要は、若者にしっかりした文化が与えられているかどうかである。しかりとした文化を与えることである。それをしなければ、先ほど述べているような文化にどんどん犯されてしまう。
 その意味では、教師の責任を感じる。もちろん、さまざまな大人がさまざまなところで責任を感じる必要がある。親として、社会を作っている主権者として、その他さまざまな場面で。
 きちんとしたテレビ番組を見せること、新聞を読ませること、雑誌を読ませること、そうした努力をしなければならない。問われるのは、自分達教師の文化である。  近年、そのような文化が全然ないわけではない、そのような番組、情報、が人気を得ている傾向も見られる。そしてその影響を受けて、その方面に進みたがる生徒たちも増えている。
 生徒たちを見ていると、苦労を嫌がっているわけではない。どの様な努力をすればいいのかがわからないのである。
 どうしたら生きている実感が感じられる文化を獲得できるかの方法を知らないでいるのである。与えられていないのである。
 もちろん、合理的思考からなのだろうが、無駄な努力というのは、嫌う傾向もある。なかなか、待てないのも若者独特の傾向であろう。

8 就職へのあるコース

 昨年、進路を担当していて、非常に矛盾に思ったもう一つは、いくつかの専門学校のことである。昨今、公務員初級の受験のための予備校的な専門学校が出来ていて、それまでだったら、高卒で、初級公務員試験を受けて、高校→公務員、というのが道であったが、そう言った、高卒で、そういった専門学校に行って、それから、公務員試験を受けるといった、高校→公務員になるための予備校的専門学校→公務員といった、コースが出来てきて、それが主流になりつつあるが、これが、公務員だけでなく、一般企業の就職にも及んできている。
 つまり、高校→就職のための予備校的専門学校→一般企業への就職といったコースが出来ているのである。そのような専門学校で、どんなことをしているのかといえば、曰く「インターンシップを採用している」というのである。つまり、就職希望の企業に勉強のために派遣されて、その専門学校に授業料を払って、その企業で、無給で働かせてもらっているのだそうである。
 こうなると、我が校のような、専門学校に行くだけの経済的余裕と、時間がない生徒たちは、今まで就職できていた企業への就職も出来ないことになるのか。
 階層分化が、ここまで来ているのかと、やはり、非常に矛盾を感じた。