欧州音楽探訪2003(マドリッド・バルセロナ・ウィーンを中心に)・1

2003年春、モロッコの都市や遺跡を訪ねる28日間の外遊をしてきた。その前後で立ち寄ったスペインやオーストリアでは、音楽やサッカーを存分に楽しんできた。きままなひとり旅なので、あまりきっちりとしたスケジュールはたてないが、旅先のインターネット・カフェでコンサート等の情報はこまめにチェックしていた。こんな行き当たりばったりの旅でも、自分の希望したものはほとんど聴けたので、とても運が良かった。

2月20日20:00マドリッド・サルスエラ劇場
 アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル

【バッハチクルス第2夜
 平均律クラヴィーア第1集全曲

 前夜、スペインに着いた。マドリッドは今、ヨーロッパの中で一番危険な街といわれている。当夜の劇場は、路地の奥の広場に面し、多少警戒したが特に怖いことはなかった。シフを24€で聞けるなんて信じられない。彼は、マドリッドで6夜にわたるバッハチクルスをやっていて、私が聞いたのは第2夜目だった。この劇場は「サルスエラ」というスペイン民族オペラを上演する馬蹄形のオペラハウスだ。比較的残響が短めでクリアに響き、ピアノ独奏にはちょうどよかった。しかも演目はバッハなのでなおさら最適といえる。ピット上部に床を張り、その中央にピアノを置いて演奏された。シフの音楽は実直であるが、詩情に溢れ音楽性豊かな演奏で、大変に満足した。シフはペダルをほとんど踏まないで演奏していた。聴衆はハイソな年配の方が多く、彼らの演奏中の集中力が高いと感じられた。私も気持ちよく演奏に浸れた。明日からアンダルシア地方を南下し、4日後にはモロッコへ海路で渡ろうとしていた。シフのバッハを聞きながら、上々の旅のスタートが切れたと思った。


3月1〜2日 サハラ砂漠西岸シュビ大砂丘にて
【星の空想音楽会】

 この日はモロッコの砂漠の真ん中で、天体の音楽を空想の中で聴いたことを記したい。建築は「凍れる音楽」に例えられるが、これこそ『砂上の楼閣』と呼べるかもしれない。モロッコの先住民族はベルベル人といい、歌劇「魔笛」ではムーア人の名で出てくる。私は彼らのラクダに乗せてもらい、サハラ砂漠を半日縦走してきた。アルジェリア国境付近まで行った。砂丘からみる星空は、異星から宇宙を見ているような錯覚を抱かせる。日の出を待つ間、静かに動いてゆく天体の軌跡は、なにかしら音楽を感じさせる優美な残像としてとらえた。その時、私の脳裏に聞こえたのは、モーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスK.618だった。その静かで透明感のあるハーモニー、美しいメロディラインはその夜の空間のイメージと重なったのか。やはりモーツアルトは私にとって天上の音楽なのだろう。



3月7日21:00 バルセロナ・ラウディトリ
 カタルーニャ国立バルセロナ交響楽団定期演奏会


【メンデルスゾーン 交響曲第3番イ短調「スコットランド」作品56】

【ペンデレツキ 3つのチェロの為のコンチェルトグロッソ】

指揮:クシシュトフ・ペンデレツキ チェロ独奏:ルイス・クラレット他2名

その日の午後、カサブランカから空路でバルセロナに着いた。街中の安宿に荷を下ろし、ガウディのサグラダ・ファミリア教会を遠めに眺めながら、チケットを買いにホールへ出かけた。13€でゲット。21時開演なので、夕食をゆっくり取れるのはうれしい。当夜の会場は最近できたコンサートホールで、シューボックススタイルで、ステージ後方に客席があり、コンセルトヘボウにやや似た構成である。内装は木質系であったが、壁に音を屈折させる工夫はあまり見られず、あまり響かないホールだった。演奏直前に、演奏順番の変更が発表され、メンデルスゾーンが先に演奏された。ペンデレツキ自作自演のこの曲は、反戦を訴えているように感じられた。メンデルスゾーンの牧歌的な音楽と非常に対比的で、3人のチェリストが祈るように奏でる静寂と沈黙のアンサンブルと暴力的な雄弁さで奏でるブラスの咆哮が印象に残る音楽であったが、聴いた後に不思議な充足感があった。時節は米英のイラク攻撃をスペインが支援していた時であり、なんらかの抗議演奏とも受け取れた。スペイン各地では、反戦運動をしている人を沢山みかけた。


3月10日21:00バルセロナ・リセウ劇場
 【ロッシーニ作曲・歌劇「ランスへの旅」】

生オペラは久しぶりだ。当夜は初日公演だったので、まさにロビーは社交場である。ドレスアップした紳士淑女がうろうろしていた。今日は7天井桟敷席である。ステージは半分しか見えないが仕方がないとしよう。しかし、ピットから音がストレートに響いてくるので、音響的には最上席といえる。舞台装置や演出もなかなか凝っていて、ステージ上にプールをつくったり、ヨーロッパ各国の国家を歌うシーンをコメディ風にしたり、とても楽しめた。スペインのオペラもなかなかやると感心した。終演は0時を回っていたが、スペインの夜は長かった。そこからバールへ直行したのは言うまでもない。






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