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2003年3月13日の出来事です。
その頃、私はスペインとモロッコに旅行中でしたが、ウィーンに向かうためにマドリッド・バラハス空港の出発ゲートで搭乗を待っていました。するとACミランの選手と関係者がぞろぞろとやってきました。彼らは前日、リアル・マドリッドとチャンピォンズリーグの準決勝リーグの試合を終えたばかりで、隣のゲートからミラノ行きの飛行機に乗ろうとしてました。見まわしてみると、近くでリバウドやシードルフがジャージを着て、くつろいでいます。
私はその瞬間、レオナルド(元ブラジル代表・元鹿島アントラーズ・MF)をさがしました。昨日の試合は、チケットが取れなくて、ホテルでゲームを観戦してましたが、彼がベンチ入りしているかどうかは分かりませんでした。
「いた!」20mぐらい離れているところで、レオはジーダと一緒に歓談していました。私はサインを貰おうと、レオに近づいて行きました。
“Bon dia, Leo! Autografo,per forvor?”
“OK! OK!” といって快くサインに応じてくれました。
そして私は、英語に切り替えて、思い切って話しかけました。
“I am living in the city near Kashima.”
“Really?”といって、レオは顔を上げました。
“Yes! I always support Antlers. I hope you to return to Kashima
again. Every supportor thinks ,too.”
“Someday.
Someday”
と言って笑ってました。レオはとても元気そうでした。握手をして別れた後、レオは私より一足早くミラノへ発ちました。
3月末に帰国した時、レオが引退するという報道を聞きマドリッドで会った時、引退の決断をしようとしていた時だったのでしょうか。レオが鹿島アントラーズ在籍中、鹿島から遠方に勤務していたため、生のプレーは見たことはないのです。
しかし、同じ年の6月29日にカシマスタジアムでW杯メモリアルゲームが行われました。それが、アントラーズ・ブラジルVSアントラーズ・ジャパン
私はミラノから駆けつけたレオが、楽しそうにジーコやジョルジーニョとプレーする姿に、ひとり感動していました。