T
旅のまなざし
N.Y.の古びたビルの屋上で俯き加減に軽やかなステップを踏んで踊る。
ホームレスの人々が見上げて祈っている。
色んな風景を眺めながら、飽くこともなく長い旅をしてきたものだ。
傷つけた人々も、傷つけられた人々も共に不安に駆られて何かをせずにはいられない。
そんなときは、ただひたすらに耳を澄まして聞く。
声にならぬ対話と、歌にならなかった叫びを。
何者かがいつも傍らで歌ってきた。
聞きたくもないのにプロパガンダな歌しか聞こえなかった。
いつも拍手が鳴り響いているが、聴衆は何処にいるのかわからなかった。
代わりにどす黒い塊が次々と生まれてきて
その中の幾つかの胎児のような形をしたものが口を大きく開けて手招いた。
触れる度にその塊は小さな増殖を繰り返してきたのだ。
漆黒の闇を吸い取って出来たような冬の海辺で、
ひとり、海をうたう。
波のしつらいが町の喧噪を打ち消して、もう一枚のベールをかけてくれる。
仄暗い無音の海の底のような孤独が身体の芯までしみわたってくる。
でも、ちっとも寂しくなんかない。
体の奥に張っている幾本目かの弦が小さく共振しつづけている。
今日、何かが失われても、新しいものが生まれる。
今日でもなく明日でもなく、いつか必ず。
生まれていた事を気づかなかったか
それとも見つけられなかっただけなのか
余所見している間に、何気なく振り返れば
ほら。ここに。あそこに
あれほど探してきてもなかったものが…
それは未だ形を為していない種子のようなもの
産業廃棄物を埋め立てたような赤茶けた大地の上で
子供達がボール大のそれを大事そうに蹴り合いっこしている。
ひとしきり遊んだあとで、浅く土に埋め戻す。
その種子がひとこと呪文を呻いたと思うと
凄まじい勢いで芽吹き、葉が茂り、青々とした樹木のひとかたまりとなる。
その樹木はこの世のものとは思われぬような音楽を
聞いたことのないような優しい言語で、歌い出す。
それは雲となって湧き上がり、世界の上を包んでいく。
今日、何かが失われても、新しいものが生まれる。
今日でもなく明日でもなく、いつか必ず。
『色とりどりの記憶』
捨ててしまった制服の中に置いてきて、忘れ去ってしまっていたはずの…記憶。
想いおこそうとすれば…ほんの少し心のスイッチを切り替えれば、
鮮やかに色とりどりの想いがよみがえる。
あの時、数え切れない出会いがあって、それよりすこし少ない別れがあって
体いっぱいに満ち満ちた大きな喜びも、どうしようもなく抱え込んだ哀しみも
凡庸で、多くの中の一人である、僕自身のものなのだ。
随分長いこと、ひとには届かぬぼくの想いを、何度もなんども反芻してきた気がする。
その中途半端であやふやな記憶の固まりが、
この校舎とグラウンドの間から、向こうに広がる空の青の青さに透かしてみると、
この時、すこしづつ光を取り戻すのが分かる。
どうして、友達と高校時代のなつかしい話をするとこんなにも楽しいのだろう。
君のいうとおり。あの時楽しいことばっかりじゃなかった。
でも、嫌な思い出も時が経って胸を開いて話すとなぜか軽くなるんだ。
僕の体の中に脈打っているまっかな血の成分が何から出来ているなんて考えたこともない。
でも、僕の心が何の成分で出来ていたか、分かったような気がする。
友と昔のことを語っているうちに今の自分の心の本当の姿にはっと気付くのだ。
それが意外とアタタカかったりしてまんざらでもない気がしてくる。
だから、このことを思い出すのです。
人は人との関わりのなかでしか生きられない、と。
ひとはひとを想う力によって生きているんだ、と。
そうして、あの時と同じ光と風のなかで、
僕たちのひとつひとつの想いは、いつまでもこの場所とともにあり続けるのです。
V
君住む街角
ずっと前からこの街を歩いていた
この街並みはずっと変わらない
この舗道の感触も
僕は高く歌い上げる
君が住むこの街角だから
町の真ん中にライラックの木があるかい
街角のどこでも
ヒバリが鳴いているだろうか
ドアを開ければ君がいて僕は魅せられる
ここは君が住む街角だから
想いは募るばかり
君が近くにいると思えば思うほど
この街角から急に現れるような気がして
胸が張り裂けるほど
町行く人皆立ち止まって見つめる
誰にも僕の邪魔はできない
地球のどこにもこんな素敵な場所はない
ただこの場所で
時間が過ぎていけばいい
ずっとここにいることにしよう
君が住むこの街に
W
ロズウェル
あなたが去っていくなんて聞いてなかった。
どうして僕はここにいるの
部屋の中の何も動かしたくない。
記憶が変わってしまうかもしれないから
僕は僕。したいことだけをしていくの。
でも僕を隠せない。
どこへも行かないし、眠らない。
もう呼吸もできないくらい。
あなたが僕の傍らで安らぐまでは。
僕はどこへも出かけられない。僕を隠せない。
あなたが僕の傍らで安らぐまでは
生きてもいられない。
友達に電話をしたくもない。
この夢から覚めてしまいそうだから
そして僕はベッドから出られない。
今までの出来事を忘れてしまいそうだから。
僕は僕。したいことだけをするの。
でも僕を隠せない。
どこへも行かないし、眠らない。
もう呼吸もできないくらい。
あなたが僕の傍らで安らぐまでは。
僕はどこへも出かけない。僕を隠せない。
あなたが僕の傍らで安らぐまでは
生きてもいられない。
X
THE LETTERS
読みたくなかっただろう。
僕の大事な手紙
でも僕が言いたかったこと
核心のことわかっているはず
この手紙、読み直してから
燃えかすみたいな僕の言葉の
こころの中心のページに口づけしたね
ずっと水浸し
残ったものは何もない
希望は君だけだった
僕の居場所はここさ
「あなたの自伝は長くって
酷くて激しかった
時間がかかりすぎてしまったのね
防御線から踏み出すための
傷ついた本質(モノ)を見たわ
喪失感、もう限界
そこに、本当の優しさ
張りつめた孤独」
ずっと水浸し
残ったものは何もない
希望は君だけだ
僕の居場所はここさ
僕の部屋に来て
机の前に立って言う
「書き始めなさいよ。新しい言葉を。」
「書き始めなさいよ、私に。次の言葉を。」
Y
もし私がうたうたいであったなら
何を私がしようとも、何を思考しようとも
いつだって、何もかも中途半端で終わる
願うときは永遠を願うが
行動におこしても何も実現しない。
私のやってきたことを眺めると
なんとも大きな自己嫌悪を感じる
でも私の魂は清明にして豊か
そして、私は海草が浮かぶ海になる。
遠く彼方に、海の切れ端が、ゆるやかに漂っている。
いくつもいくつも
それは私の生きる意欲かそれとも思念か。
分らない。分らないことはもう知っている。
海の中で眠る私のレプリカントであるわたしは
死んだ父と対話している
父は私よりもっといきいきと物語る
かつては私たちのものであった言語で
わたしは深く海のなかへ沈んでいく
海面のやわらかい矩形の光のきらめきが
小さく遠ざかっていくのに、わたしの周りを離れないみどり色の
クジラのような生き物の呼吸に触れつづけて
わたしは次第に息をする必要がないことに気が付く
幼い日の私の死の記憶は
父の画帳に描かれたわたしの姿を
探しているわけではないが
でも、私はいつか見つけられるだろう
地上でうたうわたしは私のものではなく
虚無のなかにあって静謐に
私たちの絶望の一枚一枚を重ね合わせ
解けなくなった紐のように
それを友に手渡している
そして迷いに迷いながら振り子のようにうたう
あたらしく産まれるであろう言葉でそれをうたう