お芝居とか舞台への思い

最初に。

とある会に参加しました。その会では、良質のお芝居を安価で子どもたちに見せ、小さいときから生の芸術に触れさせ、子どもの心を育てるという趣旨のもの。その会に入会して初めて見ることができるその会の演目。心惹かれる演目だったので、誘われたとき、思わず入会してみました。最初に説明された会の趣旨も良いものだと思ったし。でもね、自分が思い描いていたお芝居に対する方向性とあまりにも違ったので、申し訳ないけれど、退会させてもらいました。この会では、お芝居を通して文化の違いを理解し、深め、子どもたちの心の教育を社会の問題として捉えていくって言うことで話し合いがもたれ、何べんも意見を出し合うんです。そういう会だと思ってなかった私には、面食らうことばかりだったし、舞台を見るために社会の問題を持ち出すのも、私のお芝居を見る上での基本姿勢とまったく違うので退会しました。

この会のことを批判する気はありません。ここに参加したことにより、自分の舞台へ対する気持ちや思いを深く考えるきっかけができたことは、よかったとおもってます。


オーケストラや舞台は、好きです。生の舞台がすきなんです。
前にも書いたと思うけど、才能があっても本人が努力しなければ才能は実らないと思います。でね、才能があって、なおかつ、努力をしたヒトが素晴らしい舞台を作ることができるんだと思ってます。

舞台に立ちたいヒトはたくさんいて、でも、舞台に立てるヒトは、ほんの一握りのヒトだけで、チャンスと才能と本人の努力により、あまたのヒトの中から、舞台にたつことができているわけですよ。観客は、自分がなし得ないようなすごいものを見せてくれることに『高いお金』を払うんだと思います。そして、払ってでも見たいと思うし、聞きたいと思うの。

でも、どんなに努力しても、どんなに才能に恵まれていても、舞台に立つ人の力だけでは舞台の完成度は、99%。100%には、ならないと思います。あとの1%は、観客によるんじゃないかな。素晴らしい舞台は、つねに観客とともにある。そう思うんですよ。素晴らしい舞台へは、手がはれ上がってもぐらいの勢いで拍手を惜しまないし。どんなに素晴らしい舞台でも、観客がそっぽを向いてしまい、拍手も起きないようじゃ100%とはいえない。そう思ってます。だからこそ、舞台にたつ人は観客は大事にしないといけないし、常に観客に対して誠実でなければならないのだと思う。

また、観客としていく場合、いつもと違う空間を楽しみに、日常のあれこれから離れて、非日常を楽しみたいと思ってるんで、多少ドレスアップもするし、場合によってはかなりドレスアップするし、そういう自分を楽しんでる。ロビーのゆったりとした、優雅な雰囲気、クローク、カフェも、そのチケットの中の目に見えない代金の一部として楽しんでるんです。っていうか私はそう思ってる。