ようこそ!お茶の部屋へ
《素朴な疑問》
お茶道って何なの?お茶をのむだけなんじゃないの?
それが、最初の疑問。
お稽古事=お金がかかる
↓
お茶をやる人はお金もち
↓
お嬢様
そう思ってました。でも、自分がお茶をはじめてみるとその考え方の一部は『正しくないこと』だと思うようになりました。
確かに、お茶はお金がかかります。良いお道具には、いい値段がついています。お茶を点てるために必要な道具たちを揃えるだけでも、かなりかかるのは事実です。でも、私はここ何年の間、お茶のお稽古に通っています。
日常生活にはほぼ必要のないものたちに、ものすごくたくさんのお金をかけられる人たちがいて、お茶をたしなむ人の中にそんな人たちが、多いのは確かです。
でも、私でも続けてこれました。
私は、お嬢様でもなく、収入の多い職業についているわけでもありません。自分の収入の中から、お月謝を払い、お稽古に通い続けています。お茶には本来、貴賎の区別はありません。
『千利休』もこう言っています。
茶の湯とは ただ湯をわかし 茶をたてて のむばかりなる事と知るべし
結局は、そういうことなんです。でもね、その中には、すごーくたくさんのことがあるんですよ。私が、まだお茶のことをぜーんぜん知らなかったころ、教えてもらった言葉を書いときますね。
茶の心、それは『和敬静寂』にあり
《意味》
和・・・調和、
敬・・・敬愛、
静・・・清らかさ、
寂・・・体験して自ら語る。
利休の茶道精神は、「和敬清寂」という言葉に凝縮されているのです
人と人との関わり合いの中で生きている私たちそれぞれが、互いに尊敬し合い、何事にも動揺することなく、常に心を静めて、物事にあたり、その体験から真実を見つけていこう、そういうことなんじゃないかなって思ってます。
利休は、あるとき弟子の一人に、こう尋ねられました。「茶の湯とはどのようなものなのですか?」尋ねられたことに対し、
茶は服のよきように点て、
炭は湯の沸くように置き、
冬は暖かに夏は涼く、
花は野の花のように生け、
刻限は早めに、
降らずとも雨の用意、
相客に心せよ
(利休七則)
千利休は、このように言ったそうです。弟子は、「それくらいのことならよく存じております」と言いました。千利休は、答えて「もしそれが十分にできたなら、私はあなたのお弟子になりましょう」と言ったと伝えられています。
やさしそうに見えて、きわめることはなかなか難しいという茶の湯の心がここに示されています。日常生活において、いまでも十分に役に立つ言葉だとおもいませんか。
茶は服のよきように点て
服というのは服加減、お茶の味わいのことで「お茶は飲んでおいしいように点てましょう」という意味の言葉です。お茶の分量と湯加減、おいしく飲んでいただこうという亭主の心、その三つが合わさった時に、お客様は心から「おいしくいただいました」と言えるのです。
お客様の好みの温度や濃さを事前に把握して、その方にあわせて点てて差し上げるためには、事前にいろんなことをリサーチとかもしておかなければいけないし、美味しいと思っていただけるかどうかは、結構難しいことなんですよね。
炭は湯の沸くように置き
釜の湯が煮えたぎり、少し静かになったころの釜の温度は摂氏97度ぐらいになります。この湯を茶碗に入れると摂氏70度ぐらいになり、お茶を点てるのに最適の温度となるのです。釜の湯は摂氏85〜90度くらいになるとシュンシュンと音を立てます。この音を松の木をわたる風の音に似ていることから、「松風」と呼びます。お客様にお茶を点てるおわるまで、この調度いい温度を保つために炭の位置は、非常に重要なのです。
一度お客様が席に入れば(釜をかけてしまえば)、火の起こり具合が悪くても手直しは出来ません。お客様が退席なさるまでのあいだ、良い湯加減であるようにするためには、最初から炭の位置もかなり考えて配置しなくてはなりません。ちょうどよいときに、よい湯加減にするために、火をおこし、よく考え炭を配置し上手に炭をついでゆく・・・炭手前の心得は大切なんですね。
冬は暖かに夏は涼く
日本には、春夏秋冬とそれぞれの過ごし方があります。それぞれの季節を愛で、季節を取り入れた生活をすることは、理にかなった美しいものです。夏は涼しさを感ずる物をそろえ、冬は暖かくする・・・これは相手を思いやり、もてなす心を表わしています。
花は野の花のように生け
お茶をおいしく飲んでいただくという亭主の心は、お茶そのもののことだけではありません。お客様をもてなすための、露地・床の間の掛物・花・花入など、すべてのことに及んでいます。花をいけるときも、ごてごてと飾り立てず、自然の中で培われた花の美しさと強さ、懸命に生きるその姿、そういったものを際立たせることがよい。そうすることにより、花の持つ本来の美しさが増す。ごてごて飾り立てることなくシンプルにしたほうがいいということじゃないかなと思っています。
刻限は早めに
約束の時間より早めに、という意味もありますが、時間を大切にし、常に余裕を持って事にあたる、そうすることによって、相手の時間も尊重できるという意味です。
降らずとも雨の用意
雨が降ることは、予測が出来る場合と出来ない場合がある。いついかなるときでも、備えを怠らなければ、対処が出来る。何事にも常に用意を怠らぬこと、という意味です。用意さえ整っていれば、思いがけないことが起こったとしても、余裕を持って適切に対応できますよね。
相客に心せよ
亭主と客、または客どうしがお互いに相手を尊重し、理解することを意味します。お茶では、正客が、いかに気持ちよく過ごしていただけるかを常に考えます。一服のお茶をのむために狭い空間に集うわけですからね。また、この言葉は、茶室の中では貴賎に関係なく人はすべて平等である、ということも含んでいます。