【教えを請う姿勢】
こころざし 深き人には いくたびも
哀れみ深く 奥ぞ教える
- 利休百首のうちの一首。千利休が残した茶道の教え。
【意味:習おうとする気のある人には、たとえ一回で覚えられなくても、何度でも、根気よく、誠意を持って、真髄(奥)を教えましょう。なぜなら、そういう人には、教える価値があるからです】
- 最近思うだけどね。覚える気がないのに、人にものを尋ねる人多くないですか?よろしくね〜って言ったきり、後のことは知らん振り。確かに、その分野は、私の得意な部分だったりするわけで、頼むほうもそれを知ってて、私のほうに振るんですが。
でも。違うんじゃないか・・・・と。
それはちがうだろ。
・・・・と。思うわけですよ。
そりゃあ、仕事で指示されてやることですからやらなきゃいけないとは思います。
でも、私にも感情があります。
頼み方ってあるでしょう?
『これ、やっといて』
そういう人ばかり。
『教えてくれる?』
そう言ってくる人なら、忙しくても教えるよ。
だって覚えたいんでしょう?
覚える気があるんでしょう?
教えるのって大変だよ。
だって、知ってなきゃ教えられないから。
聞かれても、答えられないんだから。
しかも、私が一人で仕上げてしまうより、ずっと多くの時間がかかるよ。
教えるのは、私が教えずに自分でやってしまう時間の倍以上かかるんだよ。
『教えてくれる?』
そういわれたら、忙しさの度合いもあるだろうけれど、ほとんどの場合、自分の仕事を中断してでも教えてあげようと思う。
多少無理をしてでも、自分のほうの仕事を何とかして、教える時間を作ります。
覚えてくれるといいなって思うから。
全てを私のやり方で覚えてくれとは言わない。
でも、自分なりの方法で習得してほしい。
確かに、時間がかかるだろうし、最初はうまくいかないだろうね。
でも、そういうのは、やってるうちにうまくなるもんです。
そして、教えられるようになるでしょう。
人に頼むだけで済ませている人は、きっと、後で損をします。
何もしない、何もできない、覚えようとしない。
今まで頼んできた人がいなくなったらどうするの?
教えてくれる人がいる環境は、そんなにないと思いますよ。
自分で覚える努力、あなたしてますか?
仕事まる投げされることが多いです。
(2003.4.11)