子作りのすすめ
「実は………子供が出来ちゃったんです」 「!!!」 少しだけ開けた窓から心地よい風が入ってくる、穏やかな夜の食卓。 ハウルとソフィー、マイケルの3人は、いつもと同じように何気ない会話をしながら食事をしていた。 しかし、そんな和やかな食卓を一瞬にして打ち破いたのはマイケルの一言。 たまらず咳き込んだのはソフィーである。 食べていたものを喉に詰まらせたのか、ゲホゲホと苦しそうに咳をする。 「な…っこ、子供?!」 苦しいながらもソフィーはようやくその一言を言葉にすると、マイケルは悪びれもなく「はい」と答えてみせた。 そんなマイケルの様子に、ソフィーは軽いめまいを覚えたくらいだ。 だって、子供ってマーサとの? マーサとマイケルの子供?! ―――――ウソでしょ?! ソフィーは一人下を向きながら悶々と考えた。 どうしても頭が納得してくれないのだ。 あたりまえである。 だってマーサは妹で、自分より年下で。 マイケルだって、まだ「大人」と言い切れるほど一人前ではない。 そんな二人に子供が出来たなんて、到底すぐには気持ちの整理なぞつかないのが普通だ。 しかし、対するハウルはというと。 以外にも「ふーん」と軽く返答をしただけで、その後はまるで何事もなかったかのようにパンをちぎっていた。 ソフィーの見た限り、驚いたという様子は一切みられない。 そんな二人の態度に、ソフィーはただただ口を開けたまま呆然とするしかなかった。 「ちょ…っ、二人とも!」 「なんだい?」 「はい?」 思わず理不尽を覚え、机をバンッと叩きつつ席を立ったソフィーに、二人は冷静に声をそろえて向き直る。 「な…、何じゃなくて……」 思わずソフィーは口ごもった。 こうも二人して平然な態度を取られると、自分がこんなに驚いているのが逆に間違っているようにも思えてくる。 でも、そんなはずは無い。 私の反応の方が正しい。 この二人の方が絶対におかしい! ……と、次第に自分の中の論点がずれてきている様な気して、ソフィーは首を横に降った。 「そうじゃなくて!」 「………?」 そんなソフィーに、マイケルは不思議そうに首を傾げながら無言で答えた。 ソフィーが見る限り、あどけない表情をしたマイケルの顔には「父親」という威厳は全くといっていいほど無い。 ……っていうか、まだ子供の表情そのものである。 ――――――無理! この二人には、まだ絶対に無理〜〜〜〜っっ!! ソフィーは半分泣きたい気持ちでうな垂れた。 一気に悩みすぎたせいか、頭が微かに痛み出す。 とりあえず一旦落ち着こうととりあえず椅子に座ってはみるが、溜息しか出ない。 しかし、たとえいくら悩んだところで、子供が出来たことは変わりは無いのだ。 ソフィーにだって、それくらい分かっていた。 ふぅ…と長い溜息をつく。 そして、少しずつ混乱した頭の中を整理しはじめた。 そのままチラリとマイケルの方を見てから、難しい顔をしてソフィーは黙り込む。 「……………」 マイケルとマーサは、以外と二人ともしっかりしている。 ハウルと私の二人も協力すれば、なんとかなるかしら? でも生活費は?養育費は? そうそう。子供と一緒に住める家も探さなきゃ。 考え出せば、キリがない。 やっぱり、どうしたらいいの〜〜〜〜っっっ?! と、一人悶々と考え込んでいるソフィーの様子を、マイケルは相変わらず不思議そうに見つめていた。 そんなマイケルを横目に、ソフィーは助けを求めるかのようにハウルへと視線を移す。 するとハウルは、ソフィーの視線に気がついたのかこちらを向いた。 思わず「助けて」と言わんばかりに涙目で訴える。 しかし。目があった途端、なぜかハウルは顔を伏せてクスクスと声を殺して笑い出した。 「………っ!!」 そんなハウルの態度に、ソフィーはたまらず両手で机を叩いて立ち上がる。 そして、ハウルを睨みながら一気に捲くし立てた。 「ハウルももっと真剣に考えて!マイケルとマーサの一生の問題なのよ!」 「……へ?」 しかし、そんなソフィーの一喝に気の抜けた様な返事を返したのは、何故かハウルではなくてマイケルで。 一瞬、部屋中に沈黙が走る。 するとマイケルが、何故か驚いたようなそんな表情を見せたかと思うと、みるみるうちに赤面しだした。 そして少し強めの声量で、一気に言葉を捲くし立てる。 「ぼ…っ僕とマーサの子供な訳ないじゃないですかっ!ハウルさんとソフィーさんじゃあるまいし!!猫ですよ!お店の軒先に住み着いていた猫!!」 「………え?」 そんなマイケルの言葉に、ソフィーは頭が一瞬真っ白になる。 え? 今、なんて言った? 何の子供って言った? マイケルとマーサのじゃなくて? …………猫?? 「……………!!!」 今度はソフィーが色々な意味で一気に顔を赤くする。 何か言おうと口をパクパクさせてはみるが、言葉が続かない。 対するマイケルも、ソフィーに負けないくらい顔中を赤くさせながら俯いたまま。 「ご……ごめんね、マイケル。私、てっきり………」 「い…いえ、僕も言葉が足りなかったし……」 そして、二人して顔を真っ赤にしながら気まずそうに空笑いをしあってみせた。 しかし、お互い顔は笑ってはいるものの、心中は決して穏やかなものではなく。 一方ハウルはというと。そんな二人を見つつ、俯きながら肩を震わせ笑っていた。 夜。 夕飯の片付けも終わり、ソフィーは自室で窓を開けて外を見ていた。 窓枠に両肘をつきながら、目を閉じる。 ひんやりとした空気が妙に気持ちよくて、ふぅ…と息をついてみせた。 「疲れたぁ……」 ポツリ、と呟く。 と、そこで、ソフィーはふと部屋に誰かが入ってくる気配を感じた。 その人物は、どうやらソフィーの隣へ来て窓枠に寄りかかっているみたいで。 ソフィーは目を開けずに、その人物に話しかける。 「知ってたわね……ハウル」 「なにをだい?ソフィー」 そんな悪びれのない返答にソフィーは理不尽を感じ、目を開けてその人物へと軽く睨むような視線を向けた。 すると目の前には、ハウルのイタズラめいた、それでいて穏やかな笑顔があり。 そんなハウルの笑顔に、ソフィーは何も言えなくなる。 ――――――――……この笑顔は絶対にずるいわよ しかし、そればっかりはハウルに文句を言ったところで仕方がない。 ソフィーは溜息をつきつつ、諦めたように微笑んでみせた。 「それにしても、さっきのマイケルの言葉には驚いたなぁ。僕達じゃあるまいし、だってさ」 「…………っ!」 そんなハウルの言葉に、一瞬ソフィーの笑顔が固まる。 かと思うと、ようやく落ち着いた顔の赤みが、みるみるうちに再び現れはじめる。 「ね、ソフィー?」 そう言ってハウルはソフィーへと手を伸ばし肩を抱いた。 「いや…っあの、その……ハ……ハウル?」 激しい動揺のせいか、ソフィーは上手く言葉を続けられない。 夜風は冷たいはずなのに、何故か顔面が熱くてしょうがない。 心臓の鼓動はやけにうるさくて。 緊張のせいか、喉はカラカラ。 もう今日は一体なんだってのよ〜〜〜〜っっ!! と、一人焦りまくっているソフィーは、ふと隣でハウルが微かに震えているのに気がついた。 見ると、先ほどの一件と同様、クスクスとこっちを見ながら笑っているハウルの姿があって。 「ハウル〜〜〜〜っっ!!!」 そんなハウルの様子に、くたびれきったソフィーの怒鳴る声が部屋中に響き渡ったことは言うまでも無い。 後日談ではあるが、軒先に住み着いていた猫は、がやがや町の人たちにそれぞれ引き取られた。 その様子を見ていたソフィーとマイケルは、どこか疲れたような表情をしていたという。 |