「硝酸塩と人間 有毒、無害、それとも有用か?」の紹介
「硝酸塩と人間―有毒、無害、それとも有用か?」1)という本が2002年にイギリスで出版された。著者はフランスのカン大学小児科教授ジャン・リロンデルとその息子の同大学リュウマチ病科のジャン・ルイ・リロンデルであるが、ほとんどは父ジャンが専門であった幼児メトヘモグロビン血症の治療で得られた知見と硝酸塩についての研究成果に基づいており、その死(1995年)後、息子がとりまとめフランス語で出版した本(1996)をさらに英訳したものである。
水、食品(主として野菜)中の硝酸塩は60年代からヨーロッパで大きな問題になりいろいろな規制がかけられた。しかしこの硝酸塩は本当に有害なのであろうか。
リロンデル(1971)は急性毒性で問題の中心となっているメトヘモグロビン血症の原因は微生物汚染をした哺乳瓶からの亜硝酸にあり、硝酸塩はまったく無害であることを明白に証明して報告した。このような毒性、あるいは発ガン性についてこれまで多くの議論があるが、本書では結論的には硝酸塩を非難する根拠はあいまいで、これに反する(有害でないとする)研究も多いことを指摘している。今では誤っていると考えられる古い結論が繰り返し引用され、新しい知見は入れられずにそれが真実のようになっているのが実際である。この誤った結論で多くの無用な規制が作られ、その規制に合わせるために人間の健康にはなんの役にもたっていない無駄な費用がかけられていると彼らは主張している。
この本に序文を書いたフランスの栄養学会会長であったルトラデット教授は、その始めに「そして王様が裸だとしたら、そして硝酸塩の毒性や発ガン性がおとぎ話だとしたら」と書き始めた。この本はその生涯を通して真実の追究者であった著者によるものであり、論争を引き起こそうとするものではなく、医学者、農学者、政策立案者、保健関係者が真剣に現在の必要以上に厳しく消費者に無用な不安をかきたてている規制を見直すことを推進しようとするものであると述べている。ただいったん広まった考えを変えることは困難であり、アインシュタインは「ある意見を変えるよりは原子を変えるほうが容易である」とよく話をしていたと引用している。
急性毒性、発ガン性との関係で硝酸塩は無罪であるばかりか、むしろ硝酸塩の有用性に今後は注目すべきであることを著者は強調している。動物実験で硝酸塩は炎症、発ガン、心臓血管の病気をむしろ減らしている事実がある。ピロリ菌が胃ガンの発生に大きな関係をしていることが最近、日本の研究者によって明らかになっているが、この菌の活性は硝酸塩、あるいは酸性条件で生成する酸化窒素によって抑制される事実がある。現在では硝酸塩は胃ガンの発生をむしろ減らしているとみる研究者が多くなっている。アメリカ、西ヨーロッパでは野菜の摂取の増加でガンの発生は減少している調査からみても、硝酸塩は有害どころか有用性が高いといえると著者は主張している。
本書の翻訳をいま計画し準備中である。これはその予告編である。
第1章 医薬における硝酸塩の歴史
硝酸塩は12世紀以降、西ヨーロッパでは生薬として用いられた。その評判は数世紀にわたり高いものがあり、例えばNicolas
Lemery(1733;初版は1687)は「硝石は食欲を増進し、刺激剤および消散剤である。渇きを消し、利尿剤となり、腐敗に抵抗し、血液の熱を静め、腎臓および膀胱から結石を追い出す。」勧められる薬量は一日当たり0.5スクループル(0.637
g)から1ドラクマ(3.827
g)であった。
このような処方は長い間伝えられていたが、19世紀になって批判的な見解が現れるようになり、しだいしだいに硝石の過大な誇示は消えていった。それでも硝石を使った治療法としては脳水腫、痛み止めあるいは消炎剤として有用であるとされていた。
1843年Martin
Solonはリュウマチ熱33症例に対して硝酸カリウムで治療に成功したといい、この時の投与量はきわめて多量で1日60
gにも達していた。彼は「飲み薬の硝酸カリウム濃度は硝酸カリウムとして10 g/Lを越えてはいけない」(訳注:NO3‐Nとして1.39
g/L、水道水基準の1390倍)と警告している。この投与量で一部の患者に対して軽微な副作用、たとえば吐き気や下痢を観察していたが、これらの発生は特に治療を中止する必要もなく迅速に解決した。
硝石は治療目的ばかりでなく、ハム・ソーセージなどの保存剤、調味料としても使われていた。硝石は細かな粉末状であり食塩にかなり似ている。舌にさわやかな味がして、わずかに刺激性で後味として苦味があり、ある種の良質のビールに類似しているという。19世紀において高尚な婦人たちは彼女らの飲み物を「硝酸塩添加の砂糖」で味付けしていた。彼女たちは砂糖50
gに硝酸カリウム5gと数的のレモン油を加えていた。
現在でも薬品によっては硝酸塩が含まれているものがある。
●歯磨きでは熱い液体あるいは冷たい液体に対する歯質過敏症を低下させるとか触覚刺激を低下させる目的で5%の硝酸カリウムが添加されている。この治療作用はカリウムによるものであり硝酸塩によるものではない。(訳注:この歯磨きの効果についてはインターネットでもみることができる。)
●抗カビ感染症および火傷の治療薬として有名なある種の薬には硝酸塩が含まれている。
硝酸塩の効果についてはともかく、少なくとも長い間多量に摂取されてきたのにもかかわらず害はなかったのである。
第2章
硝酸塩、窒素の循環および
自然肥よく性
硝酸塩はどこにでも見出され、水、土壌、植物、食品中にあり、さらに人間は自らの体内において硝酸塩を作っており、また体液中にも存在する。著者は詳細に窒素循環、自然界における肥よく性を解説しているが、ここでは省略する。
第3章
硝酸塩の代謝
硝酸塩は普遍的にあり、食品や水中に存在し、人間の通常の代謝産物である。硝酸塩が人間体内で合成され代謝されることは20世紀の始めに発見されていたが、その後50年以上研究もされなかった。1980年代以後になってようやく研究が進み硝酸塩が人間の代謝産物であることに学会の意見は一致している。
硝酸塩の二つの起源:食事からの摂取および体内合成
体内における硝酸塩の起源を大別すると、体外起源および体内起源の二つに分けられる。
外部起源は食品および水である。硝酸塩は植物中に自然にあり葉や根に見出され、植物の生長や発達を支えている。人間が摂取する硝酸塩の大部分は野菜からであり、アメリカでは人間摂取量の80
%、イギリスでは60 %を占めていると報告されている。飲料水は外部起源硝酸塩のごく一部であり、全摂取量の2−25
%に過ぎない。硝酸塩が低濃度な飲料水を飲み野菜を食べない人は1日当たり20−25 mg NO3を摂取している。一方、菜食主義者は1日当たり280 mg
NO3も摂取する可能性があり、一般的に使われている「許容される日摂取量」(ADI)を越えているようにみえる。
体内起源の硝酸塩は最初、哺乳動物では硝酸塩はアンモニアが酸化されてできると考えられた。しかしながら1980年代中期に発見された知見により、カギになる過程は体内のいろいろな細胞中における酸化窒素(NO)の生成によることが判明した。
ここで起こる細胞内の生化学反応はアミノ酸のL‐アルギニンの酸化である。この酸化過程でL‐アルギニンはL‐シトルリンに変化し、その際に1分子の酸化窒素(NO)を放出する。この酸化窒素は亜硝酸塩と硝酸塩を生成する。L‐アルギニンからL‐シトルリン+NOへの変換はNO合成酵素(NOS)の触媒作用によっており、その酵素もいくつかの形態のものが同定されている。
ニトロソアミン類は体内でも生成するが、これらは動物に対して発ガン性があり、おそらく人間に対しても発ガン性がある。酸化窒素はまた過酸化物(O2-)のような活性な形態の酸素とも反応し、きわめて反応性が高く毒性のあるオキシダント過酸化ニトリル(ONOO-)を生成する。哺乳類は数100万年の進化の間にこのような毒性のある中間体に対応できるように適応してきたのである。酸化窒素の生成に始まる生理学的反応の複雑な連鎖の最終産物は亜硝酸塩と硝酸塩である。
酸化窒素の生理学的役割はきわめて重要である。酸化窒素は血管、脳・免疫系、肝臓、すい臓、子宮、末梢神経、骨および肺で働いている。その働きは多様であり、消化、血圧の調節、骨細胞の代謝、免疫、炎症および抗感染防御で働いている。酸化窒素は神経系において情報を伝達し、脳では学習および記憶を助けている。酸化窒素は内皮細胞で生成し細胞壁を迅速に通過して隣の筋肉細胞に拡散し、そこで血管平滑筋肉の緊張を解く。血管拡張の作用があるので動脈が拡張する。
シルデナフィル(商品名バイアグラ®)はインポテンツに効果があることから最近ニュースの見出しになった。この薬品の作用の強化にも酸化窒素は働いている。
酸化窒素はこれまでスモッグやタバコの煙の成分であるために評判の悪いガスであった。しかし最近の研究によりその体内での役割に注目が集っており、1992年にはアメリカで「その年もっとも注目された分子」として表彰され、さらに1998年に、R.F.Furchgott,L.J.
Ignarro, およびF.
Muradは、酸化窒素が心臓血管系において信号物質として働いていることを発見したことでノーベル生理学・医学賞を受けるなど、脚光を浴びている。
体内における硝酸塩の代謝変換と行方
口から摂取された硝酸塩は食道を通り胃に到着する。硝酸塩は次いで迅速にほとんど瞬時に吸収され、小腸上部(十二指腸および空腸)から血流に移行し、そこで体内で生成した硝酸塩と混合される。吸収速度は媒体によって異なり、野菜中の硝酸塩は水中の硝酸塩よりもずっと遅く吸収される。しかしいずれの場合も吸収は完全に行われる。
人間に対して標識した硝酸塩217
mgを経口的に与えた場合、摂取した15NO3の平均60
%は48時間以内にその形態のままで尿中に排出した。尿またはふん中にアンモニアまたは尿素として排出されたのはそれぞれ3%および0.2 %に過ぎなかった。残りの35
%は損失した。ネズミ(あるいはマウス)の場合は、摂取された硝酸塩の一部が代謝的に消失する過程の詳細は明らかでない。
ネズミにおいて多量の硝酸塩が血漿から大腸に「排出」されるという発見があり注目される。食事由来の硝酸塩はほとんど完全に小腸上部で吸収されるから、硝酸塩のごく一部しか直接大腸に移行しない。ネズミは大腸へ硝酸塩を積極的に分泌しているのであり、大腸への分泌が知られているカリウムや重炭酸イオンのリストに硝酸塩も加えられるべきである。
大腸への経路と違って、腎臓への経路は受動的な排出である。硝酸イオンはその血漿中濃度に比例して尿中に排出され除外される。
唾液による硝酸塩の分泌および口内における硝酸塩から亜硝酸塩への変換
唾液腺で血液中から硝酸塩が抽出され唾液中に移行する。口中に存在する微生物が生成した酵素の作用によって、硝酸塩の一部は迅速に亜硝酸塩に変換され、さらに口内微生物によってさらに還元され、例えばアンモニアなどに変換される。
人間の成人では摂取した硝酸塩の25
%はそれが小腸上部で吸収され血漿に移行した後に唾液から分泌され、その20
%は亜硝酸塩に口内で還元されると通常推定されている。したがって最終的には食事とともに摂取した硝酸塩の約5%が唾液中亜硝酸塩として見出される。この唾液中亜硝酸塩は胃に移動し食事あるいは分泌したアミン類と反応しニトロソアミン類を生成しうる。
生後1週から6か月の乳児では状況は異なっており、唾液中の硝酸塩濃度は高かった(最高250
mg
NO3/L)にもかかわらず、唾液中の亜硝酸塩濃度はきわめて低くゼロになることもあった。硝酸塩還元性口中微生物がいないからと考えられる。この後、年齢とともに局部的な感染によって微生物が口中の隙間に侵入してくるのである。
胃における硝酸塩および亜硝酸
唾液を飲み込むと胃に入りここで胃液と混合する。胃液中の硝酸塩濃度は、おおよそは唾液中の硝酸塩濃度と対応し25−30
%低かった。これに対して胃液中の亜硝酸塩濃度は著しく低く唾液中亜硝酸塩濃度の15ないし数
%であった。このように胃液中で亜硝酸塩濃度が低いのはその酸性によるように考えられる。
小さい乳児の場合には胃が酸性でなく滅菌状態でもないことから硝酸塩から亜硝酸塩に還元されやすい特別な事例であるとよく主張されているが、それは本当ではない。正常な分娩で生まれた赤ん坊は生まれたときに胃液
pH は4.0−7.3の範囲(おそらく子宮中のアルカリ性羊膜液の影響)であるが、数時間後には胃液 pH
は平均して2.5から3に低下する。新生児の胃液中の塩酸濃度は成人とほとんど同じ水準である。
第4章 体液中の硝酸塩
健康な人間
硝酸塩はすべての体液中でみられる。著者は体液中の硝酸塩および亜硝酸塩の平均濃度を表に示している(ここでは省略)が、予期されるように亜硝酸塩濃度は低いもののいずれの体液でも検出されているが、これはまた体内で容易に酸化されて硝酸塩になっている。
病理学的条件
種々の病気により体液中の硝酸塩濃度が上昇することがあることが解説されているが、ここでは省略する。
結論
血漿中硝酸塩濃度の上昇は多くの病理学的状態に関連している。この状況は病気が続く限り現われ続け、例えば感染性胃腸炎の場合には数日間、また慢性感染性関節炎が原因の場合には数年間も続くことがある。
このような病状のある臨床的兆候(例えば敗血症の場合の急激な血圧低下)は酸化窒素の生成量が増加することに由来するようにみえる。酸化窒素の生成量の増加は、酸化窒素の最終代謝生産物である硝酸塩の血漿中濃度を増加させることがありうる。
第5章 硝酸塩に反対する事例―批判的吟味
食事に由来する硝酸塩に対する苦情は、乳児におけるメトヘモグロビン血症、成人におけるガン発生増加の可能性の二つが主なものであるが、さらにほかの苦情もある。
1.乳児におけるメトヘモグロビン血症のリスク
現在、飲料水あるいは食事調製品の形で硝酸塩を摂取することは、乳児に対してメトヘモグロビン血症(ブルーベビー症候群)のリスクと受け取られている。
メトヘモグロビン血症の定義
メトヘモグロビンの平均的水準(全赤血球中ヘモグロビン中の%)は乳児で1.1%、若い成人男性で0.8%である。0.5−2%の範囲の水準は正常とみなされている。メトヘモグロビン濃度が異常に高い状態がメトヘモグロビン血症として知られている。メトヘモグロビン水準が10%以下の場合には潜在的であり、10%から20%になるとチアノーゼ(皮膚および粘膜が青色に変色)が現れ、30%以上になると激症状態となり、60−80%では致死値になる。チアノーゼが起こることからこの状態は「ブルーベビー症候群」として知られている。
乳児の場合、メトヘモグロビン還元酵素はまだ十分に活性が高くなっていない。生誕後の最初の数か月はこの活性は約50%も低く、その後月齢とともに増加して約6か月齢では成人の水準に達する。このようにメトヘモグロビン還元酵素の活性が6月齢以下、特に4月齢以下で低水準なことで、幼い乳児がメトヘモグロビン血症にかかりやすいことが説明できる。
乳児のメトヘモグロビン血症の原因と問題点
幼い乳児での亜硝酸塩により引き起こされたメトヘモグロビン血症には二つのタイプがあり、それを区別しておかなければならない。
1)外部からの亜硝酸塩に由来するメトヘモグロビン血症、あるいは食事に由来するメトヘモグロビン血症
2)腸炎により引き起こされる、おそらくは内部起源の亜硝酸塩生成が増加したことによるメトヘモグロビン血症
ニンジンスープで引き起こされたメトヘモグロビン血症
1960年代、カン大学(フランス)の小児科医であった著者の一人(ジャン)は、多数の乳児メトヘモグロビン血症の事例を観察する機会があり、その事例はすべてニンジンスープに起因していたことを発見した。
1960年代から1980年代にかけて、ニンジンスープは乳児が下痢をしている場合の基本的食事療法であった。伝統的な形態(水1リットルに対してニンジン500
g)では、月齢1か月の乳児に対して平均 50 mg NO3/日(7−300
mgの範囲)が与えられていた。
ニンジンスープによるメトヘモグロビン血症の最初の事例は1968年に発見され(特にカン地方で多かった)、さらにいくつかのパリの小児科病院でもみられた。
患者の乳児はつねに幼く、月齢は1から2か月、ときには3から6か月であった。これらの乳児はその前までなんの問題もなくニンジンスープを哺乳瓶で与えられていたが、飲ませたあと15−30分にとつぜん中毒症状であるチアノーゼが現れた。チアノーゼは時には深刻であり広範囲にみられ、特に顔面、唇、頬粘膜で著しく、入院が必要であった。
症状は激しく、指を針で刺すと血液が「チョコレートの茶色」になっていた。メチレンブルー(1−2
mg/kg)を静脈注射すると、15−20分以内に患者は健康なピンクの顔色を回復し後遺症はまったくなく回復した。
ここで二つの事実が注目された。
第一に、ニンジンスープは長い間、著者の病院および保育部においても広範囲に乳児に与えてきていたが、メトヘモグロビン血症の事例のすべては家庭で調製されたニンジンスープに起因していた。疑惑は哺乳食の調製法に向けられた。
第二に、ニンジンスープの哺乳食は、チアノーゼがとつぜん発生するまでは何の問題もなかった。新規で高度にチアノーゼとなる要因が毒性のある哺乳食にとつぜん予期せずに出現した。このチアノーゼ要因は迅速で激しく作用するが、長続きはしない。
ニンジンスープには硝酸塩が多く存在することがあることから、微生物が繁殖した場合に硝酸塩から器具内で生成する可能性がある亜硝酸塩に、疑いがかけられた。調査により有毒な哺乳食は微生物で汚染しており、亜硝酸塩が存在していたことが確認された。同じ時期(1970)にパリの聖バンサンドパウル病院でも、別な医師により同様な発見がされた。
ニンジンスープを乳児のメトヘモグロビン血症の原因とならないようにするためには単純に衛生上の基本的ルールに従うことが必要である。
ホウレンソウが引き起こしたメトヘモグロビン血症
ホウレンソウはニンジンより硝酸塩濃度が1桁高い。悪い衛生状態におけば同様なパターンをたどることになる。
ホウレンソウを乳児用食品として調製するにはニンジンスープの場合と同じ衛生上のルールに従うべきである。もしもホウレンソウの新鮮さに疑いがある場合は使わないことを勧める。
腸炎が原因となったメトヘモグロビン血症
過去20−30年の間にメトヘモグロビン血症は幼い乳児の腸炎の合併症でないかということが次第に明らかになった。原因はおそらく酸化窒素(NO)の過剰な体内生成によるものである。
急性下痢にかかった58人の乳児を調査した事例で、急性下痢、高濃度血漿硝酸塩濃度および高いメトヘモグロビン水準の関連が注目され、急性下痢患者は摂取した硝酸塩の量の10倍も多い硝酸塩を毎日排泄したことが明らかになった。下痢が激しいほど血漿中硝酸塩濃度は高く、またメトヘモグロビン水準も高かった。
これら乳児のメトヘモグロビン水準の上昇は血漿中の高い硝酸塩濃度によるものではなく、感染性腸炎がLーアルギニンの酸化段階を活性化し、その結果として亜硝酸塩および硝酸塩の両方の体内生成を増加させているのであろう。
これまでの研究を要約すると、食品に起因するメトヘモグロビン血症も腸炎によるメトヘモグロビン血症も、ともに亜硝酸塩によるものであり、硝酸塩によるものではない。前者の場合、亜硝酸塩は直接哺乳瓶から入る。後者の場合には亜硝酸塩は体内それ自体で生成され、小腸の感染およびその結果としての下痢が酸化窒素の生成が増加し、亜硝酸塩の合成を増加させるためである。
井戸水の使用に関連したメトヘモグロビン血症
この問題についての最初の報告は、Comly(1945)
による。彼は月齢約1か月の二人の乳児が多量の硝酸塩を含む井戸水を摂取した後で発症したチアノーゼについて記述しているが、この兆候はすべてニンジンスープの場合と類似していた。井戸水を使って調製した粉ミルクの哺乳瓶は、通常ある期間(平均して1週間から3週間)まったく安全に使われていたが、乳児は哺乳後に突然チアノーゼになった。
問題の井戸は高濃度の硝酸塩を含むばかりでなく、その構造や位置が衛生上の原則に反しており飲料水として適切な水質の水を生産することは期待できなかった。
Comly
はその要約で、このような井戸水は「多量の硝酸塩化合物を含んでおり、摂取すると微生物作用により亜硝酸塩に変化する。亜硝酸イオンは吸収されヘモグロビンをメトヘモグロビンに酸化する」ことに留意している。この提案はすぐに広範囲に受け入れられた。しかしこれが観察に本当に対応しているのであろうか。
消化器官における食事由来硝酸塩の亜硝酸塩への変換:本当におこるのか?
Comly
の提起に従って、井戸水に起因するメトヘモグロビン血症の原因は「乳児の胃における酸度が低いため胃腸上部において硝酸還元微生物が繁殖し摂取した硝酸塩が亜硝酸塩に還元されてしまう」ことにあると現在一般に想定されている。
しかしながらこの想定はこれまでに出版されている観察に実際は合致しない。口中で唾液中硝酸塩が亜硝酸塩に還元されるのは幼い乳児では無視できる量であり、成人での過程と著しく違っている。
文献には、乳児で摂取した全硝酸塩の最高80%が小腸で亜硝酸塩に還元されるという記述があるが、これは器具内の結果であり硝酸塩の体内への吸収が迅速な人間あるいは動物の生体内での変換の測定には適用されるべきではない。
乳児は胃の酸度が低いという記述にも疑問がある。多くの成人の胃液は空腹時には
pH 1−3である。そのため胃にはほとんど微生物が生息していない。新生児の胃は中性かあるいはアルカリ性(pH
7またはそれ以上)にさえなっていることは事実である。しかしこの状況は数時間しか続かない。幼い乳児であっても胃の条件は必ずしも微生物が成長しやすいものではない。
人によっては胃腸の障害によって胃液のpHが上昇するかも知れないと考えている。この意見は大部分、古い報告に基礎をおいている。この報告は抗生物質の時代の前であり、死亡率も高く病状の進行はしばしば厳しいものであった。この古い報告は現在の基準からみると診断は不正確であり、下痢が乳児の胃液の酸度に及ぼす影響を解明するには実際役にたつものではない。
結論として、井戸水に起因するメトヘモグロビン血症が哺乳瓶中の硝酸塩が消化器官において亜硝酸塩に還元されることによるというのは合理的ではない。腸炎に起因していないメトヘモグロビン血症は、ニンジンスープの場合と同様に、哺乳瓶中で硝酸塩が亜硝酸塩に還元されたことに起因するというほうが、よりもっともらしい。井戸の不潔な状態に関連した微生物汚染が必要な接種源となり、ミルクが微生物繁殖の基質となっていたのであろう。
井戸水に起因するメトヘモグロビン血症の発生および地理学的分布
Comly(1945)に続いて、合衆国各州、カナダ、オーストラリア、および多くのヨーロッパ諸国からの報告があり、1962年にはこれらの国において1060事例が報告されている。WHO(1985)
はその時点で1945年以降に2000事例が世界の医学文献に報告されていると述べている。しかしこの数字は、メトヘモグロビン血症の定義、調査法が曖昧で、きわめて概算的なものに過ぎない。
大戦後のこの時期から数10年が経過し、今では状況に画期的な違いがあり、井戸水中の硝酸塩によるとされる乳児メトヘモグロビン血症は合衆国および西ヨーロッパ諸国ではまったくみられなくなっている。事例はルーマニアのほか、アルバニア、ハンガリアおよびスロバキアで発生している。発生した事例で乳児が飲んでいた飲料水源を調査した井戸の多くは微生物的に汚染されていた。
飲料水供給の性質
メトヘモグロビン血症発生事例のほとんどでは井戸水が利用され水道ではなかった。すなわちイギリス、ハンガリアなどでは「ブルーベビー症候群」は主要供給源からの水道水に関連したものは1例もなかった。
これまでの事例をみると、微生物制御がされている公共飲料水は幼児メトヘモグロビン血症に関して安全であると結論される。
EC委員会指令は、飲料水は20℃において菌数が100個/mL以下と規制している。微生物は、哺乳瓶中で硝酸塩を亜硝酸塩に還元し亜硝酸塩が検出されるようになるには少なくとも105から107個/mLにまで増殖しなければならない。37
℃において、もとは滅菌状態であった全クリームミルクがこの状態にまでなるのには12時間が必要であった。室温、例えば16℃では牛乳中の微生物数は3−4時間で2倍になり、亜硝酸塩が検出されるまでには24−48時間は遅れる。
このような微生物学的データから、メトヘモグロビン血症の発生は硝酸塩含量に関係なく、公共飲料水を使用している限り発生事例がないことが説明される。
私設井戸の水であっても、その井戸の場所とか構造が衛生的基準を満足するものであれば安全である。しかしその井戸水の性質および安全性に疑いがあるのであれば、微生物状況および井戸の構造をチェックし正常だと分かるまでは、瓶詰めの水を使用するべきである。
幼児メトヘモグロビン血症:水中の硝酸塩含量との相関の低さ
Comly
(1945) は、「症状のひどさは硝酸塩の存在量とあらっぽい並行関係がある」と述べているが、この点はその後の研究者の経験と違っている。Donahoe
(1949)
は井戸水の硝酸塩水準とそれを飲んだ幼児のメトヘモグロビン水準には明白な関係はなかったと述べ、「なぜ少数の幼児でしかチアノーゼが発症しないのか、なぜ(事例に関連した)水の硝酸塩含量がこれほど大幅に変動するのか、そしてなぜ幼児にチアノーゼを引き起こした原因となった硝酸塩濃度が必ずしも最高濃度の水ではなかったかを説明するのは困難である。」と記述している。
Cornblath
and Hartman (1948) は非倫理的な実験を行った。彼らは小児科に入院中の乳児に対して、1000 mg
NO3/Lに強化しその他は許容される水質の「人工的井戸水」で作った食事を与えたが、メトヘモグロビン水準は臨床的には現れない程度にわずかな増加が認められたが、メトヘモグロビン血症は観察されなかった。
食事の調製に使う水の中の硝酸塩濃度について悪影響が観察されない水準(NOAFL)を140
mg NO3‐N/L(620 mg
NO3/L)としたのはこの実験結果に基づいたものである。
アメリカ公衆保健協会水供給部会は、供給水中の硝酸塩含量とメトヘモグロビン血症事例の発生の間における相関が低いことを認め、次のように記述している。「高濃度の硝酸塩を含有する水は報告されたメトヘモグロビン血症の事例よりもずっと一般的に広範囲に分布している。」さらに「多数の田園地帯、特に合衆国北中部地域の井戸の水には硝酸態窒素として50
ppm (225 mg NO3/L)以上を含有しているのにメトヘモグロビン血症の発症の報告はない。水中には硝酸態窒素を最高500 ppm(2250 mg
NO3/L)も含有する場合があるのにもかかわらずである。」
現在、EUの農耕地地下水の約22%が硝酸塩濃度50 mg
NO3/L以上になっており、心配される状況とみられている。しかしながらこれが乳児の健康問題の原因となっていると実証するのに役立つようなメトヘモグロビン血症の事例の報告は実際にはないのでる。
乳児のメトヘモグロビン血症:水供給における衛生的観点
飲料水中の硝酸塩含量とメトヘモグロビン血症の事例の間における相関が低いのと対象的に、この事例と全般的に非衛生的な井戸の状態との間には密接な関係が認められる。この密接な関係については統計的にも支持されている。
結論
1)腸の条件は乳児でも成人の場合でも、微生物活動によって硝酸塩が亜硝酸塩に変換するのには恵まれたものではない。
2)乳児メトヘモグロビン血症は1960年代以降、多くの硝酸塩の含量が高い井戸が今でも使われているのにもかかわらず、アメリカ合衆国およびEUではみることができなくなった。
3)この事例と飲料水中硝酸塩含量の間における相関は低い。
4)公共水道の配管で供給される水は安全であり、この水でメトヘモグロビン血症が発症することはない。
5)合衆国およびEUにおける昔の事例は、場所あるいは構築法において衛生上の原則に反していた井戸に関連したものであった。
6)この事例は東ヨーロッパで依然として発生しているが、これもまた不潔な井戸に関連している。
乳児メトヘモグロビン血症のリスク、さらに急性の感染性下痢のリスクを避けるためには、次のような良い衛生上の原則を適用するのがよい。
1)食事およびその調製に使う水は飲用の水でなければならない。私設井戸を飲用に使う場合には、その存在する場所および構築法とともに、その衛生的質を監視しなければならない。疑わしいあるいは監視されていない井戸の水は避けるべきである。
2)水質に疑いがある場合には瓶詰めの水を使うべきである。
3)哺乳瓶およびその乳首は十分にきれいなものでなければならず、数分間殺菌することが望ましい。
4)スープなどの乳児用の野菜調製品を家庭で作る場合には新鮮な材料のみを使うべきである。ミキサーは使う前に、以前のバッチを作った時の残さや微生物がないようにきれいにし、熱湯処理をするべきである。
5)最後に特に重要なことは、乳児には新しく調製した哺乳食、あるいは容器詰め乳児食では新しく開けたもの、あるいは哺乳瓶食あるいは容器詰め食品を保存する場合は冷蔵庫で保存し24時間以内のものを与えるべきであるということである。哺乳瓶の中身および開けた容器詰め食品を室温で6時間以上放置したものは廃棄するべきである。
2.ガンのリスク
ニトロソ化反応、すなわち亜硝酸塩とアミン類などと反応してニトロソアミン類を生成する反応については1850年代から研究がある。ジメチルニトロソアミン〔(CH3)2N-NO〕がネズミに発ガン性をもつというMagee
and Barnes (1956)
の報告があり、その後、硝酸塩、亜硝酸塩、ニトロソアミンおよびガンの間における関連について現在まで論争が続いている。
最初は保蔵処理をした肉に硝酸塩および亜硝酸塩を保存剤として使うことに焦点が集められ、ビールおよびベーコンの製造中にN‐ニトロソ化合物が生成するのを減らすのに成功した。しかしながら口の中で唾液中亜硝酸塩が生成することが再発見されて、問題は食品および水中の硝酸塩に拡張された。
N−ニトロソ化合物(NOCs)の体内での生成
硝酸塩の起源がなんであれ硝酸塩は血液中に移行し唾液とともに分泌され、硝酸塩の一部は口中の微生物によって亜硝酸塩に還元される。唾液は飲み込まれ、それとともに亜硝酸塩は通常は酸性の胃に入る。亜硝酸塩は酸性条件では反応性が高く、分解して酸化窒素を生成できる。亜硝酸塩はビタミンC(アスコルビン酸)と反応してやはり酸化窒素を生成でき、さらに食品および胃分泌物中のさまざまな有機化合物と反応してニトロソ化合物を生成できる。
ほとんどの反応生成物は無害か、あるいは有益(後で述べる酸化窒素のように)ですらあるが、潜在的に発ガン性のあるN‐ニトロソ化合物(NOCsと略称)もまた生成される。この化合物はpH
3−4以下の酸性条件で化学反応により生成できる。したがって酸性である正常な胃は適切な「反応容器」に違いない。反応はチオシアン酸塩(キャベツ類の植物の構成成分で体内代謝物の一つ)により触媒作用を受け、一方ビタミンCおよびEならびにある種の植物構成物質はニトロソ化反応を競合することにより阻害となる。ニトロソ化合物類の生成はもっと中性の胃中で感染した微生物の作用によっても生成することがある。
食事からのビタミンCの摂取はNOCsに対する露出をやや減らすかも知れないがすべてを除外するほどではない。実際、これらの化合物は胃で生成されるばかりでなく、正常な代謝の結果として、硝酸塩の摂取の有無にかかわらず、体内でも生成されているのである。
発ガン性に関する膨大な研究努力をみても、硝酸塩に露出することを制御することによってガンの発生を減少できるような永続可能な戦略を指向するような結果は得られていない。
動物実験および疫学的調査で得られた証拠
発ガン性ニトロソアミン類は硝酸塩とアミン類を同時に与えると体内で生成される。しかしながら実際の食品摂取条件で人間の健康にリスクとなるほどの大量の体内ニトロソ化反応が起こるかどうかはまだ論議が続いている問題である。ネズミおよびハツカネズミに硝酸塩または亜硝酸塩を飲料水あるいは飼料として与えた長期的試験でも露出した実験動物にガンの発生が増加したという証拠は得られなかった(WHO,
1996)。
食事中の硝酸塩とガン発生について関連があるかについて、人間での疫学的調査がきわめて多数行われたが、一般的にこのような関連を実証することができなかった。
食事中の硝酸塩が胃ガンと関連があるかをチェックすることを目的にして人間についての疫学的調査が行われた。
地理学的相関調査では、地理学的地域内の胃ガンの発生あるいはそれによる死亡がそこの飲料水、食事、唾液、あるいは尿中の硝酸塩水準と統計的な関連があるかを明らかにしようとしている。このような地理学的相関調査はすべて同じ価値をもつものではない。唾液中の硝酸塩濃度の測定は複雑な操作を要し、その結果はサンプルを収集する方法に依存するものである。さらにある地理学的相関調査では飲料水中の平均硝酸塩水準はきわめて低い地域で行われている。3つの調査では10
mg
NO3/L以下であった。食事由来の硝酸塩の大部分は野菜からであるから、このような状態で飲料水中の硝酸塩水準だけの相関調査に注目することは不適当である。
グループ調査では、肥料工場での労働者(数100名から数1000名)における胃ガンの発生を一般国民における発生と比較している。7つのグループ調査があるが、労働場所で相当量の硝酸塩に露出した男性において胃ガンのリスクが増加した証拠は一つも見出すことができなかった。
事例―制御調査は、胃ガンにかかった多数の人についての飲料水あるいは食事からの硝酸塩に対する露出を、年齢、性、時には居住地までをそろえた対照の人における露出と比較している。これらの調査の大部分は1990年以降に行われた。2つの調査では飲料水中の硝酸塩のみを硝酸塩起源として報告している。そのうち一つの調査では、濃度範囲として2−44
mg
NO3/Lの範囲をカバーしているが、どの水準であっても胃ガンのリスクが増加したということは示されなかった。他の調査では、飲料水中からの硝酸塩の露出と胃ガンの致死率の間に正の相関を見出しているが、発生事例と対照の平均硝酸塩濃度水準はきわめて低く(2±2
mg
NO3/L)、その結果は疑わしい。その他の10調査では、すべての食品からの硝酸塩の日摂取量を吟味しているが、5例では硝酸塩の摂取量と胃ガンの間に有意な関係は見出せず、残りの5例は有意に負の相関を示していた。
およそ30の調査事例では、その多くは地理学的相関を使ったものであるが、硝酸塩露出と胃以外の部位での悪性腫瘍の関係を取り扱っている。そのうち5調査事例では正、4調査事例では負の関係を認めたが、他の大部分は硝酸塩露出と調査をした部位でのガンに間には相関がなかった。これらは本書に表として紹介されている。
多くの疫学的調査は、ヨーロッパでは食品科学委員会、アメリカ合衆国では飲料水中の硝酸塩および亜硝酸塩に関する小委員会で評価されたが、両者とも同様な結論に至っている。
EU(1995):「この委員会は、全般的にみて、硝酸塩に関する広範な疫学的調査は人間におけるガンのリスクとの関連を実証することができなかった」と結論した。
NRC(1995):「疫学的データは、体外からの硝酸塩に対する露出と人間のガン発生の間に直接の関連があることを支持していない。」
1995年以降に出版された研究はこのような結論を裏付けている。
結論
硝酸塩、亜硝酸塩、およびNOCsに露出するのは不可避である。われわれはこれらの化合物を自分の身体の中でも作っているからである。
疫学的調査から得られた主要なメッセージは、ガンに関連する要因は硝酸塩に対する露出が多いか少ないかではなく、食事に野菜や果物が多いかどうかである。Steinmetz
and Potter (1991)
は、「野菜および果物を多く消費することは一貫して、全般的ではないとしても、多くの部位においてガンのリスクが減少することに関連している」と結論している。この結論は他の人の総説でも認められている。
ビタミンCは防御要因の一つのようであり、体内において複合的防御機能をもっている。このビタミンが欠乏するとガンの発生に対する抵抗性が減少するとしても驚くべきことではない。この話題は、「硝酸塩の摂取により胃の中でNOCの生成が増加する可能性があるのに、なぜこれによりガン発生の増加のような潜在的危害性が観察されないのか」という謎に関係している。さまざまな可能性があり、それらは相互に排他的なものではない。
胃中でのNOCsの生成は、人体内でのこれら化合物の発生源の一つに過ぎない。胃におけるニトロソ化反応は人間の健康に有意なリスクとなるほど高濃度で生成するものかどうかは論議のある疑問である。
現在のところこの体内生成のどれだけが胃内で起こるのか、体内の他の部位でどれだけ起こるのかは不明確である。しかしながら胃の条件下におけるニトロソアミン類の生成についての数学的モデルによるとその生成量は少なく、実際上、NOCsが体内自身で生成する量に埋もれてしまうようである。
発ガン性物質に露出することには常に発ガンのリスクになると一般的に想定されているが、身体にはその体内の代謝産物に対して保護するための防御メカニズムをもっているのかも知れない。これは前例がないことではない。身体内では酸化窒素が生成し、これがDNAの損傷を修復することができるばかりでなく、免疫システムがガン細胞を殺すのを助けていることがすでに判明している。
胃ガンはNOCs露出に関連していると想定されているが、前ガン性胃潰瘍の患者は、その胃液中にニトロソアミン類を正常な胃粘膜をもつ人よりも多く含んでいることはなかった。さらに胃液
pHの上昇も胃内微生物の過繁殖を制限することも胃内におけるニトロソアミン類濃度の増加と関連がなかった。今日、臨床的胃ガンに結びつく一連の事象で決定的な段階は胃粘膜に微生物Helicobacter
pyloriに感染し炎症を起すということが有力になっている。H.
pyloriは感染部位において酸化窒素および過酸化亜硝酸の生成を刺激しているようであり、これが発ガン過程の一つの要因となっているのかも知れない(Tsuji et
al., 1997; Sakaguchi et al.,
1999)。
このように今では硝酸塩の摂取に起因したニトロソアミンの生成が胃ガンの発生原因ということはできず、これは疫学的調査で関連が明らかでなかったことと一致している。
Tricker
(1997)
は次のように結論している。
「広範な調査にかかわらず、人間のガンが食品、タバコ、タバコの煙、およびその他の職業的起源の、事前に生成したN‐ニトロソ化合物、あるいは生体内で生成したこれらの化合物に露出した結果であると示すことはできなかった。いくつかの独立した状況証拠は、ある種のガンの原因論におけるN‐ニトロソアミン類の役割を支持してはいるものの、体外性あるいは体内性N‐ニトロソアミン類に対する露出との間の直接的な関連は今後も可能でないかも知れない。」
状況はこのように複雑であり、リスクは過去25年間に出版された25国以上をカバーした50以上の疫学的調査によっても支持されていない。そこで権威者はこの問題について実用的な提案をしており、その例はアメリカ合衆国国立研究会議の硝酸塩、および亜硝酸塩小委員会の結論にみることができる(NRC,1995)。
「この小委員会は合衆国の飲料水中に見出される硝酸塩濃度に対する露出は人間のガンのリスクに寄与していることはありそうもないと結論する。発ガン性を基にして硝酸塩あるいは亜硝酸塩露出を制限しようとする試みは、食品、特に野菜が多くの合衆国人口に対するリスクの主要原因であることを意味する。しかし野菜の多い食品は一貫してガン発生のリスクを減らしてきたものである。どのような理論的ガンのリスクであっても野菜を食べることの利点にまず重点をおくべきである。体外硝酸塩への露出を発ガン性に基づいて規制することもまた、体内硝酸塩の生成と不整合なものである。」
3.その他の苦情
母親、胎児および小児に対する硝酸塩による健康リスクの増加、遺伝子毒性のリスク、先天的奇形のリスクの増加、甲状腺肥大の傾向、高血圧の早期発生、小児糖尿病の発生増大、その他のクレーム(例えば聴視覚刺激に対する反射運動の低下など)があり、著者は丁寧に紹介しているが、それらは追試をした他の研究者によって支持されないなど、納得し、認められるものではなかった。
結論
二つの主要な硝酸塩に対するクレームは、いずれも実証されたものとみることはできなかった。硝酸塩の摂取は実際にガンのリスクを増加させることはなく、乳児の食品関連のメトヘモグロビン血症は硝酸塩よりも不潔な衛生状態に起因するものであり、衛生上の基本的ルールに従うことによって避けられうるし、また避けるべきものである。硝酸塩を含むかどうかに関係なく、食品および水は微生物の繁茂から守られるべきである。
第6章 硝酸塩の規制:その内容と論議
硝酸塩規制により、飲料水および食品、例えば野菜、肉、魚、ベビー食品中の硝酸塩の最大値が設定されている。これらの規制は、硝酸塩に対する露出は健康にリスクがあり、大衆はこのようなリスクに対して勧告、規制、あるいは法律で守られるべきであるという仮定に基づいているが、西ヨーロッパ社会に及ぼした影響は強くしかも不合理なものであることはすでにApfelbaum
(1998, 2001) およびDuby (1998)
が強調している。
前章においてわれわれはこの基本的仮定は受け入れがたいものであることをみてきた。ここでは現在の硝酸塩に対する規制を正当化しているデータや研究報告が、このような目的に使うのに適切なものかを吟味した。
1 飲料水中の最高硝酸塩水準
規制の歴史
飲料水中の硝酸塩の公式な規制の歴史はComly
(1945)
の報告に始まる。この論文は大きな影響を与え、その後硝酸塩を含有する井戸水を飲む乳児について数多くのメトヘモグロビン血症の発生事例が合衆国およびヨーロッパで報告された。
アメリカで報告された事例調査の結果、1962年にアメリカ合衆国公衆衛生省が制限値、10
mg NO3‐N/L(45 mg
NO3/L)勧告した。この制限値には批判がある。メトヘモグロビン血症発生に必要な要因として問題の井戸における高い微生物濃度が指摘されており、「われわれの飲料水中の硝酸塩規制は事実と矛盾する水準に設定されている」と非難された。しかしながらこの数字、10
mg NO3‐N/L(45 mg NO3/L)が「非観察悪影響(飲料水)水準」(NOAEL)、また11−20 mgNO3‐N/L(50−90 mg NO3/L)
が「最低観察悪影響(飲料水)水準」の実在を実証するものとして解釈されてきた。(訳注:日本における飲料水基準はこのアメリカ合衆国の基準を踏襲して10 mg
NO3‐N/Lと設定されている。)
1960年代以降アメリカ合衆国と西ヨーロッパ諸国における井戸水の使用に関連したメトヘモグロビン血症の新発生の頻度は、50
mg
NO3/Lという数字は厳し過ぎるという意見(ISCWQT、1974)が強く、そのため飲料水についてのWHOヨーロッパ基準の第2版には妥協が導入された。すなわち50
mg NO3/L以下を満足すべき濃度、50−100 mg NO3/Lを許容される濃度、100 mg
NO3/L以上を勧めない濃度とした。この提案は西ヨーロッパで広く受け入れられ、例えばドイツでは最高水準を90 mg
NO3/Lとした。その後もWHOではこの基準について論議、改定が続いた。
アメリカ合衆国においては1971年のWHOの国際勧告に合致させて10 mg
NO3‐N/L(45 mg
NO3/L)を維持している。
1970年代中にN‐ニトロソアミン生成の問題が生じ、これがガンの主要な原因とおそれられるようになった。これを受けた会議(WHO、1978)で世界保健機構と国連環境計画(WHO‐UNEP)は、公共飲料水中の硝酸塩水準は45mg
NO3/Lの基準に合致するか、それより低いことが望ましいと結論した。
その当時世界的にはさまざまな基準が設定されていたため、EUでは水質に関するヨーロッパ法律を標準化し、人間の消費を意図する水質に関する委員会指令を作った(EU、1980)。その多くの規制の一つが硝酸塩に関するものであり、この指令では最大許容濃度を50
mg NO3/Lとし、「ガイド水準」(法的定義は与えられていない)を25 mg
NO3/Lと設定した。
1984年にWHOは再び硝酸塩に関する勧告を出版し(WHO、1984)、飲料水中の硝酸塩による健康リスクについての会議を招集した(WHO、1985)。ここで合意されたのは水中硝酸塩によるガンのおそれは誇張されてきたということであった。WHOのガイドライン値は乳児におけるメトヘモグロビン血症のリスクの考慮に基づくべきであるということになった。この会議においては、ハンガリアにおける発症例が発表された。1968年から1982年の間に2000件以上の発生事例があり、このうち最初の5年間に800件以上発生していた。発生した800件の事例の大部分(92%)では100
mg NO3/L以上の水を使用していたが、一方50−100 mg NO3/Lの水を使用していても発生していた。そのためこの会議では10 mg
NO3‐N/L(45 mg
NO3/L)という規制値を承認したのである。
1980年の飲料水中硝酸塩に関するEU委員会指令は論議をよび、問題を生じ、規制の厳密な適用はいくつかの理由で満遍なく受け入れられることはなかった。
●イギリスにおいては、イギリス環境大臣Ian
Gowは1985年7月23日の議会質疑に答えて次のように述べている。「硝酸塩に関して、供給水中の硝酸塩濃度の3か月平均が80 mg
NO3/L以下で最大値が100 mg
NO3/Lの場合(そしてその場合にのみ)、時限的な適用除外措置を与えるが、例外的で一時的な状況の場合は除外する。」
●ドイツにおいては、ドイツ連邦ガスおよび水工業協会の次長W.
Plugeは1986年のセミナーで1986年の飲料水質に関連するEU指令に関連して次のように話している。「飲料水規制でもっとも深刻な波及効果を及ぼした変化の一つは硝酸塩基準を90
mg NO3/LからEC指令の基準である50 mg NO3/Lに下げたことである。……連邦保健局では1986年6月に飲料水中硝酸塩濃度が以前の基準90 mg
NO3/Lに相当する硝酸塩であってもドイツ国民に実証できる健康被害を及ぼさないことを確立しており、過去20年以上の間にメトヘモグロビン血症(乳児のチアノーゼ)は1例も飲料水中の硝酸塩によって引き起こされたと科学的に実証されてはいない。そのため、ECの硝酸塩指令値の50
mg NO3/Lを基準として受け入れるものの、保健局は例外的な状況では一定の期間90 mg
NO3/Lまでの硝酸塩水準に特別な許可を与えることを勧告した。」
●フランスにおいては、1990年7月9日の省令で、妊婦および6か月以内の乳児を除いて、飲料水中50−100
mg NO3/Lを許容し、100 mg
NO3/L以上の水の消費は禁ずることを示した。
1991年、EU指令の範囲は拡張された。ヨーロッパ連合は1980年委員会指令(EU、1980)を「硝酸塩感受性地域」を定義するもう一つの委員会指令の基礎として採用し、この地帯では地下水および表面淡水の硝酸塩水準が50
mg
NO3/L以上の場合には汚染されているとみなし、そこでは水中硝酸塩含量の増加を防ぐため農業に制約(例えば家畜ふん尿の施用)をすることにした(EU、1991)。
1993年、WHOは再び飲料水質のガイドラインを改正した(WHO、1993)。この年の改正では、食事由来硝酸塩とガンの関連についての疫学的証拠は実際の対策をとるほど十分なものではないこと、またガイドライン値はメトヘモグロビン血症を防止するためのみに確立されるべきことが再確認された。この値としては50
mg NO3/L(以前は10 mg NO3‐N/L、45 mg
NO3/L)と設定された。しかしながら、亜硝酸塩をも含有する水については、相関式を用いてこの含量についても考慮に入れることになった。このような亜硝酸塩を含有する水はまれであるが、ある種の配水システムでは起こりうることである。
1998年、WHOは拡大聴聞会の後で水質指令を改正した(EU、1998)。以前の「ガイド水準」(これはおそらくガンから防ぐ見地で設定された)を削除し、WHO(1993)の硝酸塩についての勧告はそのままとなった。
このようにわれわれは今や1960年代の状況に逆戻りしているのである。硝酸塩の水質基準はその当時にまとめられたメトヘモグロビン血症についての疫学的証拠に基礎をおいたものとなった。したがってこれらの研究について、その時代以後になされた科学的進歩に照らしてみることは適切なことである。
現在の法律の基礎としての初期疫学調査に対する批判
アメリカ合衆国および西ヨーロッパ諸国において、水で誘発されたメトヘモグロビン血症はほとんど完全に消滅している。アメリカ合衆国およびEUの規制法律は古い昔に収集した疫学的データに基づいている。
井戸水に起因するメトヘモグロビン血症の問題については多くの総説が書かれ、法律を支持する資料として使われてきた。しかしながら、それらは二次資料である。法律を定義し正当化するのに使用するデータの質を評価するためにはオリジナル、すなわち一次資料に戻ることが必要である。
2.食品中の最高硝酸塩水準
●野菜
ドイツでは1995年に新鮮なホウレンソウおよびレタスについて硝酸塩の上限値を設定し、他の国においても同様な上限値の採用を計画している。このような上限は野菜中の硝酸塩に発ガンの可能性があるという消費者の関心に反応したものである。
住民の健康を守ること、また主として国内規制により市場にゆがみが生ずることを目的としてEU委員会では野菜(ホウレンソウとレタス)について最大硝酸塩水準を設定する規則を確立した。1997年1月31日のEU委員会規則(EU、1997)はその後改正された(EU、1999)。事例と季節によってホウレンソウおよびレタスの上限は変動し、2000から4500
mg
NO3/kg(新鮮野菜または加工野菜中)となっている。さらに加盟国はこれらの野菜中の硝酸塩含量を下げるため適正農業慣行綱領を改善する努力をしなければならない。
他の国においても野菜中硝酸塩の規制を採用している。ポーランドではきわめて厳しく、最高硝酸塩水準は250から2000
mg/kgである。
このような規制はもし調和したものとなれば野菜の取引における壁を防ぐのに役にたつであろうが、本書で詳しく論議したように、人間の健康に明らかな利益はまったくない。
●肉および魚肉
このような食品に硝酸塩を添加する利益は、硝酸塩が微生物活動によって亜硝酸塩に変化し、亜硝酸塩が微生物の繁殖と腐敗を防ぐことにある。このような添加物を使う第一の目的は、微生物のClostridium
botulinumから消費者を守ることの必要性にある。この微生物は悪性の毒素を生成し、このボツリヌス中毒のリスクはきわめて現実的な住民の健康問題である。
EUでは、共同体レベルで添加物としての硝酸塩の使用する条件を確立した指令を採用した(EU、1995)。食品の種類により、残留する量は36から182
mg
NO3/kgの範囲で変動する値となっている。
アメリカ合衆国においては、食品および薬品庁は、硝酸塩および亜硝酸塩を保存肉に使う場合には、「合量が亜硝酸塩200
ppm(亜硝酸ナトリウムとして計算)を最終生産物中で越えないこと」(133 mg
NO2/kgに相当)と決めている。実際には硝酸塩ではなく亜硝酸塩が貯蔵用肉に用いられている。ベーコンについては特別な規制があり、亜硝酸塩はベビー、ジュニア、またはよちよち歩きの幼児用食品には使用できない。
●ベビー食品
1981年、ヨーロッパ小児胃腸炎および栄養学会では、ベビー食品中で硝酸塩の上限を250mg
NO3/kgとすることを提案した(EU,1995)。
1995年食品科学委員会(EU,
1995)は、数字を提起することなしに、「ベビー食品(市販か家庭で調製したかにかかわらず)中の硝酸塩水準は最低限に維持し、この年齢の子供では体重当たり食品摂取量が多いことを考慮に入れてなお許容日摂取量(ADI)を越えないようにするべきである」と助言した。
ベビー食品に関しては、慎重さは理解されるべきものであり、両親は製品の健全性に信頼をもたなければならない。しかしながらすでにみたように、感染が硝酸塩露出によるメトヘモグロビン血症の主要な原因であり、「ベビー食品の硝酸塩水準」の要因は無視できるものである。アメリカ合衆国において、ある種のベビー食品中の硝酸塩濃度は前には2200
mg
NO3/kgに達していた例がある。それにもかかわらずアメリカ合衆国においてもその他の国においてもベビー食品に起因するメトヘモグロビン血症が発生したと証明された事例はない。
3.人間に対する硝酸塩の許容日摂取量 および参照投与量
FAO/WHOは食品添加物に関する合同専門家委員会(JEFCA)において許容日摂取量(ADI)を勧告している。EUでは食品科学委員会(SCF)においてADIを設定しており、アメリカ合衆国では環境保護局(EPA)が参照投与量(RfD)を計算しているが、これはADIに相当するものである。
現在の人間に対する硝酸塩のADIはJEFCAおよびEU科学委員会において、いずれも3.7
mg NO3 kg-1体重
日-1となっているが、その勧告の基礎は異なっている。
JEFCAでは1962年に始めてADIを設定し、その後、再確認されている(WHO、1962,
1974、1995)。いずれの版においても科学的進歩により見直され、最低のNOAELを出している報告がADIの計算の基礎となっている。選択された報告はいずれの場合もLehman
(1958) のものであった。
しかしながらLehman (1958) の報告はADIを3.7 mg NO3- kg-1体重
日-1と正当化したオリジナルでなく、肉製品中の硝酸塩と亜硝酸塩についての3ページの短い総説である。二つの実験を記述しており、これに準拠してADIが1962年以来決まっているのである。
現在のADIはネズミを使った実験に基づいている。オリジナルではイヌを使った実験も補助的に引用されている。この実験においてネズミは硝酸ナトリウムの高摂取水準においていくぶん成長の低下があったといわれている。しかしこれには厳しい批判があり、高濃度の場合、電解質の不均衡、またはおそらくは過度に塩分が多い飼料により単に実験動物の食欲がなくなった結果による可能性がある。さらにADIは「未出版データ」に基づいており、これらは厳密な吟味を受けられないものである。したがって用いた報告はADIの基礎として用いられるような質のものではない。
ネズミを使った別の長期毒性試験もあり、それはMaekawa
et al. (1982)
による詳細なものである。この実験は2年間にわたり、飼料に硝酸ナトリウムを0、2.5および5%添加し、いずれの群も性別に50頭のネズミを使った。試験目的は硝酸塩に発ガン性があるかを明らかにすることであった。発ガン性は認められなかった。この実験はFAO/WHOのJEFCAによってADIの基礎とすることを拒否されたが、その理由はそれが「発ガン性試験に過ぎず、彼らの最高投与水準である1日当たり硝酸塩イオンとして1820
mg/kg
体重はNOELとして考慮できないものである。というのは完全な組織学的試験がなされていないからである。」(WHO、1995)もしこの結果が採用され、それまで報告されたネズミの実験で用いられたのと同様に安全係数を100として計算すると、この委員会はADIとして現在の値の5倍、すなわち1日当たり体重kg当たり18.5
mg NO3と設定するべきであった。
EU科学委員会(1992)もまたADIを1日当たり3.7 mg NO3/kg
体重と設定している。しかしながらこの委員会ではMaekawa et al. (1982)
の研究を基礎として採用しているが、安全係数として通常の100に代わって恣意的な係数の500を使っている。彼らは種間差安全係数として通常の10に代わって過大な50を用いており、その理由としてネズミは人間よりも唾液中への硝酸塩の分泌が少なく亜硝酸塩の生成も少ないからとしている。この過大な安全係数によって彼らもまた伝統的なADIである1日当たり3.7
mg NO3/kg 体重に到達したのである。
しかしWalker (1990)
は安全係数を500とするのは不適切であり、通常の係数100を用いるべきであると示唆している。もしそうすればADIは1日当たり18.5 mg NO3/kg
体重に増加するのである。
1990年アメリカ合衆国の環境保護庁(EPA、1990)は人間に対する硝酸塩の参照投与量(RfD)を、乳児メトヘモグロビン血症のリスクを考慮して設定した。このRfDはFAO/WHOおよびEUによるADIのおよそ2倍の値である1日当たり7.1
mg NO3/kg
体重とされた。ここで基礎として用いた古い報告は誤解されたものである。さらに計算の論理は疑わしく、RfDは全生涯にわたるリスクに適用されると想定されている(EPA、1990)のに、その計算に用いたデータは短期間偶発的条件にあった幼い子供に関連したものに過ぎない。
硝酸塩についてのADIのほかに、亜硝酸塩についてのADIもFAO/WHOによって設定されている。その最新の値は1995年に改定され、以前の1日当たり0.133
mg NO2/kg 体重の半量である1日当たり0.06 mg NO2/kg
体重とされた。FAO/WHO合同専門家委員会は彼らの硝酸塩についてのADIを新しい亜硝酸塩についてのADIと比較し、体内における硝酸塩/亜硝酸塩の分子比を5%と仮定して正当化しようと試みている。これはネズミに亜硝酸塩を与えた毒性実験のほうが、硝酸塩を与えた実験よりも人間に外延するのが、ネズミでは硝酸塩から亜硝酸塩への変化が少ないことにより、容易であると判断されるからである。しかし亜硝酸塩についてのADIは、現在では再評価が必要な報告に基づいている。
本書の著者は強く亜硝酸塩のADIについての基礎は疑わしく、硝酸塩のADIを支持するのに用いるべきではなかったと非難している。
さらに、硝酸塩のADIが疑わしい科学に基礎をおいているばかりでなく、無用なものでもある。野菜が人間における硝酸塩吸収の主要な供給源であるのにもかかわらず、この値は野菜中の硝酸塩の上限値を計算するのには使われなかった。FAO/WHO委員会は、「野菜のよく知られている有用性」を留意し、「野菜からの硝酸塩への露出を直接ADIと比較するのは不適切であり、したがって野菜中の硝酸塩の上限をADIから直接計算するのも不適切である」(WHO、1995)と勧告した。菜食主義者は悪影響を受けることなく硝酸塩のADIを越えている。ADIは飲料水中硝酸塩の最大許容濃度についての論議、食品保存剤の使用基準、硝酸塩肥料工場の作業場における最大許容濃度あるいは大気基準においても使われることはなかった。
硝酸塩のADIにはなんの利点もないのである。
結論
現在施行されている硝酸塩の使用および人間がそれに露出するのを規制するための種々の勧告、規制および法律の科学的基礎を吟味すると、そこには科学によって支持されるものではないとみなされるほどに深刻な欠陥があることがわかる。不幸なことに、状況は過去50年ほどの間に発展し、硝酸塩が人間の健康に害がある印象を作ってきた。硝酸塩に対する法規制の大部分はこの認識を教条にまで硬化させてきた。この状況は今再び芽生えてきた問題、硝酸塩の有用性に関する問題の研究を遅らせ阻んでいるかも知れない。
第7章 硝酸塩の有益な効果
過去6年から7年の間には少数のグループは、硝酸塩について一般的見解とは逆に、その摂取が健康にとって有益なのではないかという問題を探求し始めている。このような研究は論文の数でみるとまだ少ないが、硝酸塩の摂取が有益な影響をもつ事例はますます有望にみえ、また挑戦的でもある。硝酸塩は、感染を予防し戦うこと、高血圧、脳卒中、その他の心臓血管病を防ぐこと、そして胃ガンのリスクを減らしていことに有益性がある。
1.硝酸塩の抗感染効果
口内および胃腸器官における効果
口内および胃腸器官における食事由来硝酸塩の抗感染効果は、唾液腺から唾液内に分泌される硝酸塩およびそれが引き続き起こる亜硝酸塩の生成によるものである。この反応結果の生理学的役割については長い間、謎であったが、現在ではほとんどが解明されている。
6月齢以上の小児、および成人の場合、唾液中の硝酸塩は口内で亜硝酸塩に変換される。還元は舌の後部、または歯の上や周囲(微生物の歯垢が集積している)で起こっている。
亜硝酸塩は酸性条件で微生物を殺すことは長い間知られている。亜硝酸塩は酸性条件では不安定であり、遊離の亜硝酸(HNO2)を経て酸化窒素に変化し、酸化窒素は殺菌剤となる可能性が提起されている。酸化窒素はさらに過酸化物と反応して過酸化亜硝酸(ONOO-)を生成する。過酸化亜硝酸は潜在的殺菌化合物であり、器具内でEscherichia
coli
に対して毒性をもち、それはクエン酸サイクルにある酵素アコニターゼを不活性にするからである。したがって過酸化亜硝酸は亜硝酸塩から生成した殺菌剤の一つでありうる。
殺カビ効果
酵母Candida
albicans はpH 3の酸性培地で1時間培養してもその活性が維持されるが、この培地に11.5 mg
亜硝酸/Lを添加するとその一部が破壊される。この実験条件は口内で起こる生理学的条件に近い。成人および6月齢以上の小児では、食事中硝酸塩は酸性化された亜硝酸塩を経て口内における殺カビ効果、特にCandida
albicansに対して効果があるかも知れない。
殺菌効果
5種の腸内細菌に対して酸性化された亜硝酸塩の殺菌効果感受性が調べられた。酸のみでは微生物の成長は続いたが、酸性溶液に亜硝酸塩を添加すると人間の腸内病原菌が殺された。胃液中では亜硝酸塩の殺菌効果と酸性は相乗作用があり、亜硝酸イオンが多いほど殺菌作用は高いpH水準でも発揮される。
硝酸塩を含む食事の後では唾液中亜硝酸塩の濃度は増加する。唾液とともに飲み込まれた亜硝酸塩は胃液の酸度の影響を強め、望ましからぬ細菌の増殖を防ぐ。この酸性化された亜硝酸塩の抗菌作用は感染性胃腸炎を防ぐのに大きな役割を果たしているようである。
口内において酸性化した亜硝酸塩の殺菌効果により虫歯から守られているようである。関与する微生物、例えばStreptococcusおよびLactobacillus属の菌は酸生成病原菌であり、酸性化亜硝酸塩の作用によって自分が生成した条件で抑制されてしまっている。唾液の分泌を損傷すると虫歯になりやすいことはよく知られているが、逆に子供が硝酸塩の摂取を多くすると虫歯から歯を守ることになるかも知れないという仮説がある。
この酸性化唾液中亜硝酸塩に抗感染効果があることの一つの兆候は動物実験で(ある状況では人間でも)みられる。多くの種属で傷をなめることは本能的なものであり、細菌の汚染を減らし治癒を促進している。この傷をなめることによる抗菌効果は、唾液中の微生物フロラが豊富なことを考えると驚くべきことである。しかし皮膚の表面は酸性であり、塗布された唾液中亜硝酸塩がこの奇妙な効果に寄与しているのかも知れない。
その他の器官における抗感染効果
皮膚の表面
汗腺から分泌される汗には硝酸塩および亜硝酸塩が含まれている。皮膚にいる共生微生物、例えばStaphylococcus
epidermidis やStaphylococcus
aureusは硝酸還元酵素をもっており硝酸塩を亜硝酸塩に還元することができる。正常の皮膚pHは5から6.5の間の弱酸性である。皮膚表面の条件はこのように酸性化亜硝酸塩が抗感染の役割を果たすのに適している。
呼吸器官
健康な成人における気道内分泌物には硝酸塩が含まれ、その平均濃度は8.95
mg
NO3/Lである。感染状況は低pHに関連していることがありうる。したがって気道表面の液体が気管支感染症の防御に貢献していることがありうると想定できるかも知れない。
下部尿管
尿は通常は滅菌状態である。尿管の感染を引き起こす細菌のあるものは、感染が十分重症な場合には、尿中の硝酸塩を亜硝酸塩に変えることができる。しかしながら感染した尿はしばしばアルカリ性であり、このような条件では尿中亜硝酸塩は抗感染効果をもたない。尿を酸性化する治療法、例えばビタミンCあるいは塩化アンモニウムの摂取は下部尿管の感染から防御することができる。亜硝酸生成菌は次いで亜硝酸塩の酸性化により死滅することが提起されている。
抗ウイルス効果の可能性
最近、酸化窒素がいくつかのウイルス属(HIVを含む)に対して抗ウイルス効果をもつことが明らかになった。酸化窒素は、ウイルスおよび宿主の両者においてS‐ニトロソタンパク質を作り、それによってウイルスの増殖を阻害する。
硝酸塩の摂取は血液中におけるS‐ニトロソタンパク質の生成を増加させることから、硝酸塩がウイルス感染に対して防御の役割を果たすのに寄与する可能性については今後の探求を求めている。
2.硝酸塩、血圧および心臓血管病
コロラド州において飲料水中の硝酸塩濃度と高血圧による死亡率と発生度に正の統計的関連があることが報告されており、また飲料水中の硝酸塩に露出した被験者の間で高血圧の早期発生を認めている事例も報告されている。
ブリティッシュ地域心臓研究は、心臓血管病の死亡率における地理学的変動と水質の役割についての報告があるが、これによると死亡率と供給水中の硝酸濃度の間には逆の関連があった。すなわち硝酸塩は心臓血管病から防御しているようにみえたのである。
その他の観察もこの観点を支持している傾向があった。Shuval
and Gruener (1972m、1977) は亜硝酸塩(660−2000 mg NO2/L)または硝酸塩(1460 mg
NO3/L)を含有する水を18か月間ネズミに飲ませた。対照のネズミの多くはその血管がある程度肥厚ししばしば著しい肥大となり狭くなっていた。これと対照的に、亜硝酸塩あるいは硝酸塩に露出したネズミの冠動脈は細くしかも拡張した。このような外見は年齢の高いネズミで通常みられるものではなかった。調査結果の解釈ははっきりしていないが、亜硝酸塩および硝酸塩の両者とも動脈硬化に対して防御しているようにみえるこの観察は示唆的である。
さらに数多くの研究は野菜および果物の消費を増加させると脳梗塞を減少させることを示しており、これよりやや相関は低いが心臓冠動脈病の発生を減少させているようにみえる。このように野菜や果物の多い食事は高血圧を防いでいるという主張がある。
菜食主義者の食事の有用効果は、不飽和脂肪酸が多く飽和脂肪酸が少ないこと、カリウム、セレンおよび亜鉛、あるいはカロテンやその他の抗酸化物の摂取量が多いこと、および生活スタイルの差異にあると通常はいわれている。これらの要因を否定するものではないが、野菜の消費が多いことから硝酸塩の摂取量が多いことも一つの要因になりうる。
硝酸塩の一部が亜硝酸塩に還元され、次いで酸化窒素の前駆体として作用し、このNOは血圧を下げると提起されている。この提起は、ネズミに亜硝酸塩を添加した飲料水を与えたところ血圧が下がったという動物実験で支持された。
しかしながら人間の唾液中および胃液中の亜硝酸塩濃度は、これらの実験で用いた亜硝酸塩の投与量に比較するときわめて低いものである。硝酸塩が心臓血管系に有用な効果を及ぼすさらにもっともらしいメカニズムも提起されており、亜硝酸塩は胃中で酸化窒素に分解され、これが全身性S‐ニトロソチオールの生成に寄与しうると主張されている。これらの化合物はNOの自然運搬体であり、血小板凝固の潜在的阻害剤であり、したがって血栓生成を阻害することが知られている。この示唆は、硝酸塩を経口的に摂取(KNO3を124
mg NO3与えた)させたところ実際に血小板の凝固を阻害した実験で支持された。さらに3名のボランティアに一度に硝酸塩を許容日摂取量(ADI)に相当する200
mg
NO3(KNO3で)与えて、血液中のS‐ニトロソチオール類の量が急速に増加した(個人差はあるが平均して60%増)ことを実証した実験もある。
このように食品および飲料水中の硝酸塩は実際、血液中S‐ニトロソチオール類の含量を高めることによって、喫煙および高血圧のリスクを減少させ、酸化窒素によって調節されている他の身体機能に影響することがあるようである。
最近におけるこれらの研究はまだ小規模のパイロット試験である。したがって硝酸塩が心臓血管病に対して防御的な効果をもつか、また提起されたメカニズムに関しても確かな結論を出すことは現在のところできない。しかしこの問題については今後活発に研究で追求することが望まれる。
3.食事中の硝酸塩と胃ガン
1960年から1985年の間の20年以上にわたって、食事中の硝酸塩に露出すると胃ガンの進展のリスクに関連するかもしれないと考えられてきた。しかし最近の知見によると、硝酸塩がニトロソアミンの生成によってガンを誘導するという仮説は弱いものとなっている。
現在問題になっているのは、逆に硝酸塩には望ましい抗ガン性の特性があるのではないかということである。この方向を目指していくつかの研究がある。
硝酸塩がネズミに対してなんらかの発ガン特性があるかを明らかにする目的で、Mae-kawa
et al. (1982) は300頭のネズミに2.5%および5%硝酸ナトリウムを含有する飼料(日経口投与量として200および460 mg
NO3に相当)を2年間にわたって与えた。彼らはどのような部位(睾丸、乳腺、下垂体腺、副腎腺、肝臓、甲状腺、子宮など)でもガンの発生の増加を認めることはできなかった。その逆に、「実験動物においては造血器官における腫瘍(そのほとんどは単核細胞白血病に限定される)の発生は有意に減少した。対照グループでは動物の32%にみられたのに対して、処理グループでは動物の2%で発生したのみであった」のである。
過去20年間において、11例の疫学的調査、6例の地理学的相関研究、そして5例の事例‐制御研究において、人間に対して硝酸塩の摂取と胃ガンの発生の間に負の相関があると結論している。
さらに数多くの研究で、野菜および果物の消費を増やすことはほとんどの地域でガンのリスクを減らすことと首尾一貫して(満遍なくではないとしても)関連していることが示されている。この関連は上皮ガンでもっとも著しいものがある。世界的な胃ガンの減少は、その一部はこの食事の改善の効果によるものかも知れない。すなわち17例の事例‐制御研究のうち15例では野菜および果物の消費の増加と胃ガンの間には逆の相関を認めている。
このような野菜および果物消費の有益な効果は多くの抗発ガン性物質、例えばカロチノイド類、ビタミンCおよびE、セレン、食物繊維、ジチオールチオン類、グルコシノラート類およびインドール類、イソチオシアン酸類などに起因するとされている。これら要因の効果の蓋然性を否定するものではないが、野菜の消費が増加することによって硝酸塩の摂取が増加することも要因の一つとなりうることである。
今日、Helicobacter
pyloriが特に注目されている。この細菌は人間の胃上皮組織表面を覆う粘膜に住んでおり、胃の炎症、潰瘍、およびガン発生において必須な役割を果たしていると考えられている。この菌は薬剤関連でない潰瘍の多くの原因となっているようにみえる。1994年、ガン研究国際機関(WHO)はH.pyloriをクラス1の発ガン物質と宣言したが、クラス1はもっとも危険として格付けされるものである。
Dykhuizen
et al. (1998)
はH.pyloriが器具内で酸化された亜硝酸塩に感受性が高いことを示し、粘膜層が無傷な未撹乱生検査試料においても感受性があった。H.pyloriの代謝に対するNOの効果の研究によると、酸化窒素はH.pyloriの中および周辺にある過酸化物ラジカルに捕集され、過酸化ニトリルを生成すること、この細胞毒代謝物はH.pyloriの呼吸を非可逆的に阻害することを示唆している(Nagata
et al.,1998; Shiotani et
al.,1999)。
H.pylori感染および胃ガンの発生は合衆国および西ヨーロッパにおいては減少しているが、一方野菜の消費による硝酸塩の摂取および衛生基準は増加の方向にある。McKnight
et al. (1999)
が指摘するように、「疑いもなく胃ガンの原因論は多要因のものであるが、硝酸塩が、H.pyloriを抑制することによって、有害というよりは防御的な役割をもっていることはありうる」ことである。
この問題について決定的な見解をもつことはまだ早すぎる。食品および水中における硝酸塩の抗発ガン性の可能性は挑戦するべき問題である。この重要な課題について確かな正確な答えを出すためにはさらなる研究を要する。
4.その他の有益な効果
胃における酸化窒素の合成は、腸‐唾液間の循環によって得られるものであるが、胃の平滑筋および胃粘膜に対して有益な効果を示しているかも知れない。
胃における酸化窒素の合成はまた胃粘膜における血流力学を増加し、ストレスや塩酸によって引き起こされる潰瘍から防御していることはネズミを使ったいくつかの実験で示されている。人間においては、次硝酸ビスマスを二重経口治療(オメプラゾール+アモキシシリン)に添加すると二重経口治療のみに比較して、H.pyloriの絶滅を増大し消化性潰瘍の治癒を助けた(100%対57%)が、これは次硝酸塩からの酸化窒素の放出によっている可能性がある。
硝酸塩を食事から摂取すると胃内における酸化窒素の化学合成を助け、胃の平滑筋を弛緩しまた胃粘膜を保護することによって有益な効果を果たしているのである。
第8章 総括および結論
1.硝酸塩は植物に対する主要な窒素源であり、生命の基礎である。
2.硝酸塩はさまざまな病気に対する薬品として使われた長い歴史がある。今日ではもっているとされ、あるいは意図された目的については薬品効果が疑われるかも知れない。しかし長い間使われてきたということはこの製品が無害であってことを示唆するものである。
3.硝酸塩は人間の一つの代謝産物、酸化窒素生成系列の最終産物であり、酸化窒素は人間および動物の生命に必須な体内過程を促進し制御している。硝酸塩は動物体内において数億年前から存在していたに違いない。
4.過去50年以上にわたり、硝酸塩はまれに起こるが時に致死的になる井戸水メトヘモグロビン血症と呼ばれる状態の原因物質として恐れられてきた。乳児に食品や飲み物として与える水の硝酸塩含量を制限するために厳密な規制法が制定された。しかしながらこれらの規制法は古いしかも誤った疫学調査に基礎をおいている。西ヨーロッパやUSAで井戸水メトヘモグロビン血症がみられなくなったのは、硝酸塩基準に合致することよりは肉眼的にも不衛生な井戸の排除によるようにみえる。肉眼的に不衛生な井戸に関連したメトヘモグロビン血症の事例は今でも東ヨーロッパで発生している。
5.微生物汚染を制御した公共飲料水、および開封前に殺菌してある市販ベービー食品は、例え硝酸塩含量が高い場合であっても、乳児メトヘモグロビン血症に関しては安全である。
6.発ガン性のN‐ニトロソアミンの生成により、理論として硝酸塩摂取とガンは関係づけられている。しかしながら疫学的調査によるとこの関連は確認することはできず、むしろ防御効果の可能性を示している。
7.WHO、合衆国およびEUによる飲料水および食品中の硝酸塩の規制法は科学によっては支持されない。再吟味されるべきである。
硝酸塩と健康の問題は終わったものではない。古くしかも証拠のない仮定と恐れを除外することにより、今後のさらなる進歩のための分野が開かれる。主要な挑戦は、硝酸塩が感染症、ガン、心臓血管病の防御に及ぼす有用効果を明らかにし探求することである。硝酸塩摂取が血液中のニトロソチオール含量を増加させるという発見は、現在行われている酸化窒素についての膨大な研究と硝酸塩を結びつけ、硝酸塩の有用効果について可能なメカニズムを提供するものである。有用効果はすでに論議したように他の効果もある。研究を要するその医学上の問題についても述べているが、ここでは省略する。
最後に結論として、硝酸塩の歴史は、50年以上も続いた世界的規模での科学の誤りである。今こそこの遺憾なそして高くついた誤解を正す時である。
最後に
最初に述べたようにこれはリロンデルの著書のごく一部を紹介したものである。図、世界における調査例をまとめた数多くの表、本書の特質を示してある綿密で詳細に収集されてある基礎資料の文献もここでは省略した。是非とも原著あるいは近く出版する予定の翻訳書を参照していただきたい。
訳者はこれまでにも硝酸塩の問題について解説2)したが、その際にかねがね疑問におもっていたことはほとんど本書によって明快に答えられている。
硝酸塩について論議する人はまず本書を読むべきである。
文献
1)J.L’hirondel
and J.-L.L’hirondel (2002): Nitrate and Man-Toxic, Harmless or Benefi-cial. 168
pp. CABI Publishing,
UK.
2)越野正義(1976):硝酸塩の植物体内での集積.早瀬達郎・安藤淳平・越野正義編「肥料と環境保全―化学肥料の影響と廃棄物の肥料化、p.227−252、ソフトサイエンス社.